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<最終章>お花屋さんと森の記憶
穏やかな日常
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「……もう。畑だけは荒らさないでって言ったのに」
朝、森の片隅にある家の庭先で、オルガはじっと空を見上げていた。
畑荒しの元凶—精霊樹の使いである白いカラスは、今日も畑を荒らすだけ荒らして、どこかへ行ってしまったようだ。
「食べるだけ食べて、精霊樹のところに行ったな……」
ため息をつき、荒らされた畑を整えると家の中へ戻る。
スタンピードを納めてから、早くも数ヶ月。
あれほど増えていた魔物たちも姿を潜め、変異体も見なくなった。
オルガは復興のために種を生成し続け、ようやく落ち着いたところで、花屋の仕事に戻ったところだ。
——そして、ひとつ大きく変わったことがあった。
ドン!ドン!ドン!
扉を叩く衝撃で、ゆれる棚の鉢を、落ちないように手で支えながら外に向かって声をかけた。
「もー!勝手に入って!」
だが扉は開かない。鉢から手を離し、訝しんで扉を開けると、そこには両腕いっぱいに荷物を抱えたレオニダスが立っていた。
白いシャツに黒のズボン。誰が見ても帝国騎士団副団長とは思わないだろう。
「え?どうしたの?」
「やっと休暇がとれたから荷物を運んできた」
「オルガさん!お久しぶりです!荷物中に入れちゃいますね!」
若い騎士が次々にレオニダスの私物を家の中へ運び込んでいく。
――ドラゴンとの戦いで死を経験したレオニダスは、二度と後悔しないと決めた。
その結果、ルーカス騎士団長とアルデバラン皇太子の反対を押し切り、オルガの家から城へ通う生活を選んだのだ。
最終的に許可が下りたのは、魔物の脅威が沈静化したことと、セフォラの移転魔法の協力があったから。
荷物を片付けたレオニダスは、勝手知った様子でコップを二つ取り出し、机に置いた。
「マーシャさんとトリスタンさんの、その後の連絡は?」
「この間手紙が届いたよ。そろそろエイミル村から離れて、各地を旅してからゆっくり戻ってくるってさ」
オルガの両親——マーシャとトリスタンは、スタンピードが起こった森の浄化と復興の手伝いのため、エイミル村に残っていたのだ。
「そうか……。オルガの両親がいない時に家へ上がり込むなど、騎士失格だとライラさんに散々叱られたぞ」
「ライラ、休暇から戻ったんだね」
「あぁ。団長は……まぁ、不満げだったが」
ライラが五年ぶりに帝国へ帰還したのは、まるで運命が皮肉を仕掛けたかのようなタイミングだった。
スタンピードの直後の混乱を狙ったかのように、
これまでの異変の裏で糸を引いていた元凶、隣国エストラーデが国境付近に兵を送り込んできたのだ。
騎士団が総力を挙げて迎撃し、戦況は帝国の圧勝で終わった。だが、勝ったからこそ残される膨大な後処理がある。
捕虜の管理、領土線の見直し、外交文書の整理——
ルーカス団長はそのすべてを背負い、連日ほとんど寝られないほど忙殺されているという。
夫婦がゆっくり時間を過ごせる日は、もう少しだけ先のことになりそうだ。
「そういえばこれ、新しくできた種。なんとなく前のと似た色だったから、渡しとくね」
オルガは思い出したように衣嚢を探り、小さな金色の種を取り出した。光を受けて淡く輝くそれを、そっとレオニダスへ差し出す。
「前のと同じものは作れないけど、適当に生成したらたまたま似たのができたの」
レオニダスはその種を、前と同じように紐へ丁寧に巻きつけた。首元には、彼の命を救った蘇生の種の跡がいまも残っている。
あの種は――
エルバの手を持つ者が、一生に一度だけ生成できる特別な種。
そして、生成者が心から愛しいと思う相手のために流した純粋な涙によってのみ芽吹く。
オルガが偶然にも種をつくり、偶然にもレオニダスがそれを気に入り、偶然にも肌身離さず持っていた。
これはたぶん、運命のいたずらだ。
「さて、昼食の準備をするぞ。鶏肉を買ってきた。今日はオルガの好きなトマト煮だ」
「やった!じゃあ、パンも焼くね!」
レオニダスはコップを置くと、台所へ向かうオルガの背中に、小さく息をついた。
戦いと喪失の中で、何度も諦めそうになった未来。
けれど今、こうして肩を並べて立っている。
不器用で、遠回りばかりだった二人だけど、
ようやく辿り着いた日常は、どんな宝にも変えられない。
「……レオニダス、小麦粉どこだっけー?」
「棚の右上だ。前にも言っただろう」
「えー、覚えてない」
そんなやり取りが、これから何度も繰り返されるのだろう。朝が来れば一緒に笑って、夜がくれば同じ屋根の下で眠る。
かつて死の淵で掴んだ手が、
今は未来へ伸びる道しるべのように温かい。
二人の新しい毎日は、今日からまた静かに始まる。
Fin.
朝、森の片隅にある家の庭先で、オルガはじっと空を見上げていた。
畑荒しの元凶—精霊樹の使いである白いカラスは、今日も畑を荒らすだけ荒らして、どこかへ行ってしまったようだ。
「食べるだけ食べて、精霊樹のところに行ったな……」
ため息をつき、荒らされた畑を整えると家の中へ戻る。
スタンピードを納めてから、早くも数ヶ月。
あれほど増えていた魔物たちも姿を潜め、変異体も見なくなった。
オルガは復興のために種を生成し続け、ようやく落ち着いたところで、花屋の仕事に戻ったところだ。
——そして、ひとつ大きく変わったことがあった。
ドン!ドン!ドン!
扉を叩く衝撃で、ゆれる棚の鉢を、落ちないように手で支えながら外に向かって声をかけた。
「もー!勝手に入って!」
だが扉は開かない。鉢から手を離し、訝しんで扉を開けると、そこには両腕いっぱいに荷物を抱えたレオニダスが立っていた。
白いシャツに黒のズボン。誰が見ても帝国騎士団副団長とは思わないだろう。
「え?どうしたの?」
「やっと休暇がとれたから荷物を運んできた」
「オルガさん!お久しぶりです!荷物中に入れちゃいますね!」
若い騎士が次々にレオニダスの私物を家の中へ運び込んでいく。
――ドラゴンとの戦いで死を経験したレオニダスは、二度と後悔しないと決めた。
その結果、ルーカス騎士団長とアルデバラン皇太子の反対を押し切り、オルガの家から城へ通う生活を選んだのだ。
最終的に許可が下りたのは、魔物の脅威が沈静化したことと、セフォラの移転魔法の協力があったから。
荷物を片付けたレオニダスは、勝手知った様子でコップを二つ取り出し、机に置いた。
「マーシャさんとトリスタンさんの、その後の連絡は?」
「この間手紙が届いたよ。そろそろエイミル村から離れて、各地を旅してからゆっくり戻ってくるってさ」
オルガの両親——マーシャとトリスタンは、スタンピードが起こった森の浄化と復興の手伝いのため、エイミル村に残っていたのだ。
「そうか……。オルガの両親がいない時に家へ上がり込むなど、騎士失格だとライラさんに散々叱られたぞ」
「ライラ、休暇から戻ったんだね」
「あぁ。団長は……まぁ、不満げだったが」
ライラが五年ぶりに帝国へ帰還したのは、まるで運命が皮肉を仕掛けたかのようなタイミングだった。
スタンピードの直後の混乱を狙ったかのように、
これまでの異変の裏で糸を引いていた元凶、隣国エストラーデが国境付近に兵を送り込んできたのだ。
騎士団が総力を挙げて迎撃し、戦況は帝国の圧勝で終わった。だが、勝ったからこそ残される膨大な後処理がある。
捕虜の管理、領土線の見直し、外交文書の整理——
ルーカス団長はそのすべてを背負い、連日ほとんど寝られないほど忙殺されているという。
夫婦がゆっくり時間を過ごせる日は、もう少しだけ先のことになりそうだ。
「そういえばこれ、新しくできた種。なんとなく前のと似た色だったから、渡しとくね」
オルガは思い出したように衣嚢を探り、小さな金色の種を取り出した。光を受けて淡く輝くそれを、そっとレオニダスへ差し出す。
「前のと同じものは作れないけど、適当に生成したらたまたま似たのができたの」
レオニダスはその種を、前と同じように紐へ丁寧に巻きつけた。首元には、彼の命を救った蘇生の種の跡がいまも残っている。
あの種は――
エルバの手を持つ者が、一生に一度だけ生成できる特別な種。
そして、生成者が心から愛しいと思う相手のために流した純粋な涙によってのみ芽吹く。
オルガが偶然にも種をつくり、偶然にもレオニダスがそれを気に入り、偶然にも肌身離さず持っていた。
これはたぶん、運命のいたずらだ。
「さて、昼食の準備をするぞ。鶏肉を買ってきた。今日はオルガの好きなトマト煮だ」
「やった!じゃあ、パンも焼くね!」
レオニダスはコップを置くと、台所へ向かうオルガの背中に、小さく息をついた。
戦いと喪失の中で、何度も諦めそうになった未来。
けれど今、こうして肩を並べて立っている。
不器用で、遠回りばかりだった二人だけど、
ようやく辿り着いた日常は、どんな宝にも変えられない。
「……レオニダス、小麦粉どこだっけー?」
「棚の右上だ。前にも言っただろう」
「えー、覚えてない」
そんなやり取りが、これから何度も繰り返されるのだろう。朝が来れば一緒に笑って、夜がくれば同じ屋根の下で眠る。
かつて死の淵で掴んだ手が、
今は未来へ伸びる道しるべのように温かい。
二人の新しい毎日は、今日からまた静かに始まる。
Fin.
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