可憐な従僕と美しき伯爵

南方まいこ

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18.一難去ってまた一難

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 お茶を堪能し終え、店を出た所でルドルフが口を開き「送って行くよ」と言う。

「いいよ、ご馳走になったうえに送ってもらうなんて申し訳ないし、それに俺は、ヴェルシュタム伯爵家の従僕だから、今までとは立場が違うし」

 そうなのだ。自分は従僕で身分も彼より格下なのだから、本当は一緒にお茶を飲んだりしている場合ではない。けれど、ルドルフは力強く「立場なんて関係ない」と言ってくれた。
 結局、ルドルフの好意に甘えることにし、彼が呼んでくれた馬車に乗り込み、しばし故郷の話で盛り上がった――。

 ヴェルシュタム伯爵家の別邸へと到着すると、ルドルフにまた会えるかと聞かれて、ティムは「もちろん」と頷いた。

「でも、仕事の休みがいつか分からないんだよな、ルドルフが王都にいる間に休みがもらえればいいけど」
「そっか、じゃあ、しょうがないな」

 そう、まだ具体的に仕事の内容を把握出来てないし、休みも、もらえるのかどうか分からないことを伝えると、ルドルフは、ここに尋ねに来てもいいかと聞いて来る。
 本邸ではないし、問題は無さそうだと思い、それなら大丈夫だと伝えようとした瞬間――、「ティム、遅かったですね」とイゼルが屋敷から出て来る。
 
「イゼル執事?」
「はい、そうですよ。あなたの上司のイゼルです」

 ニッコリと笑顔を作ってはいるが、目が笑っていない。しかも視線がティムの背後にいるルドルフへ向かっていることに気が付き、「えーと、この方は」とティムが彼を紹介しようとしたが、ルドルフが一歩前に出た。

「リントネン伯爵家のルドルフ・スタレッダと申します」

 伯爵家の令息らしい態度でイゼルに挨拶をした。

「あなたが……、そうですか、私はヴェルシュタム伯爵家の執事でイゼルと申します。貴方様のことはティムのご友人と伺ってます」
「はい」
「それに、秘密を守って下さる、、、、、、、、、と聞いておりますが?」
「事情は理解してますし、彼に迷惑が掛かるようなことはしません」

 ルドルフはイゼルに向かって、そう宣言すると今度はティムへ向き直り、「また会おう」と言い残して帰って行った。
 彼を見送ったあと「ふむ、なかなか好青年ですね」とイゼルが呟くのを聞き、同感だとティムは頭を縦に動す。けれど、今日は休みを貰っていたのに、どうしてイゼルが自分を待っていたのか不思議に思い、何かあったのかと尋ねた。

「ええ、緊急事態です。四日後、旦那様のお母様であるモニカ夫人がいらっしゃることになりました」
「え……?」
「それでティムには、また令嬢に戻って頂くことになります」

 えええ? とティムは目を丸くした。また令嬢の恰好をしなくてはいけないと聞かされて、その理由を聞けば、婚約の話を聞いたモニカ夫人は是非ティナ、、、に会いたいのだと言う。

「モニカ夫人には仮の婚約者だと伝えてないのでしょうか?」
「解消するのに、偽りの婚約者だと、わざわざ伝える必要がありますか?」
「それはそうかも知れませんが、今からでも本当のことを言った方が良いと思います」

 そう言った瞬間、「こほん」とイゼルは咳払いをし、ティムの訴えは何処かに吹き飛ばされる。

「滅多に王都に来ることがない大奥様をガッカリさせることは出来ません」
「気持ちは分かりますけど……、あ、ティナはもう王都を出てしまったので、連絡を取れるのは五日後じゃないですか?」

 と、ティムは屁理屈を並べてみたが、イゼルは頭を横に振りながらニッコリと笑みを浮かべ、ティムの眼鏡をツイっと下へ下げ、「おや、ここにティナ様が」と言う。

「はあ……、分かりました。なります令嬢に!」

 半分やけくそになりながら、ティムは令嬢になると返事をした。「いいお返事が聞けて良かったです」と満足な声を出すイゼルに、何をどうあがいても令嬢にさせるつもりだった癖に、とティムはぶつぶつと愚痴を溢した。  
 令嬢になるのに抵抗はないけど、やっと役目を終えて気持ちを切り替えたばかりなのに、と複雑な心境には違いなかった。  
 
「それから、大奥様はこの別邸を使います」
「……じゃあ、俺はどこに滞在するのですか?」
「もちろん本邸です。当然ですが滞在期間中、一日中令嬢として過ごして頂きます」
「は、えぇっ? む、無理ですよ! 一日中、完璧な令嬢で居られる自信ないです」

 ティムの訴えを聞き、こくりと頷いたイゼルは――、

「ええ、私も不安で一杯ですが、仕方ありません旦那様の指示ですから」

 イゼルも不本意だと片方の口端をむぎゅっと曲げる。しかも滅多に使うことがない、本邸の客室を使うことになったと教えてくれる。
 それはいいが、一日中、しかも滞在期間中ずっと気を抜かず令嬢として振る舞わなくてはいけないことを考えると、とてもじゃないけど隠し通すのは無理な気がしてティムは――、

「こうなったらジェイク様に俺が男だと伝えた方がいいと思うのですが?」
「いいえ、それは出来ません、少なからず旦那様はティナ、、、に好意を抱いてます。男だと知ったら喪心されるかも知れません」

 イゼルは眉を下げながら「ティナに好意を抱くとは、まさかの計算外でした」と心底嫌そうに言う。
 失礼な! と思ったが、それに関してはティムも理解出来る部分もあるので、素直に頷いた。
 考えて見れば、男だと知られるのはいいが、寛大なジェイクだって騙されていたと知ったら怒り狂うかも知れないし、咄嗟に自分の保身を考え、ティムは前言を撤回した。

「そ、そうですよね、やっぱり男だと知られるのは良くないですね」
「ええ、ですのでティナ、、、期待してますよ」
「……はい」
「では早速、ドレスに着替えましょうか」
「い、今からティナになるんですか⁉」

 一人でドレスを着れないし、化粧だって出来ないのに、どうすればいいのかとイゼルに言えば「私がやりましょう」と言うのを聞き、ティムは一気に不安になった。
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