恋語り

南方まいこ

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公爵家へ

#06

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 授業が終わり図書室から出ると、扉に向かって何かを刺しているシルヴィアを見て「それはなに?」と尋ねた。

かぎですか? ああ、見たこと無いのですね」
「うん、それを刺すと何があるの」
「ここが開かなくなります」

 それを聞き、シャールは困ったと思った。

――どうしよう……。

 シルヴィアに本を貸してもらえないかと尋ねたが、本の持ち出しは禁止で、ここでしか読めないと言われる。

「何か気に入った本がありましたか?」
「うん……」
「それなら公爵様に尋ねて見てはどうでしょうか? けれど、中には貴重な本もありますので、許可を頂けても、持ち出しは良くありません」

 貴重な本が破れたり、汚れたりするのは良くないと、シルヴィアが渋い顔をしながら言うのを聞き、確かにそれもそうだと思い、持ち出しは断念することにした。
 
「それでは、私はこの辺で失礼致します」

 そう言って笑みを見せるシルヴィアにシャールは、「はい」と返事をして見送った。
 最初は怖そうな人だと感じたが、シャールが読み書き出来ると知ると、嬉しそうな顔を見せてくれたので、勉強が出来る子だと分かれば、もっと喜んでもらえるかも知れないと思う。
 ふと通路にいるレオニードが目に留まり、駆け寄れば「楽しかったですか?」と聞かれ、楽しいと言うよりは、居心地の良い場所を見つけたので嬉しいと返事をした。
 別れた時と変わらない位置にいる彼に、「ずっとここで待っていたの?」と聞くと。

「いいえ、たまに座ったりして休ませてもらいました。ああ、そう言えば、早々にオーディン様が退室なされましたが、何かあったのでしょうか?」
「気分が悪くなった……って言ってた」
「え……、そうですか?」

 レオニードが挨拶をした時は、普通に返事をしていたし、ここを凄い勢いで走って行ったと聞き、それなら病気じゃないのかも? とシャールは安心した。
 けれど、オーディンのシャールへ向ける対応を思い出し、彼とは仲良くなれる気がしなくて、剣術を習っても無駄なことかも知れないとレオニードに言えば……

「普通は1日やそこらで仲良くなれません。オーディン様も途惑っているだけです」
「そうなのかな?」
「はい、私も友人と呼べる者達と心を通わせるには、随分と時間がかかりましたから」

 それなら、何日か顔を合わせればオーディンとも仲良くなれるのかも知れない。けれど……、と疑問が浮かぶ。
 ガイルやレオニードとは直ぐに仲良くなれたのに、どうしてオーディンは、少し話をするだけで嫌そうな顔をするのか分からないし、話したくないと思われているのなら、どうすることも出来ないと思った。

「どうされますか? 剣術は習っても損はしませんが、止めておきますか?」
「ううん、する。あ、その前にガイルはどこにいるの?」
「公爵様は王宮にある騎士訓練施設へ出かけられました。午前中は、いつも騎士団の面倒を見ています」

 首を傾げながらレオニードが「何か問題でも起きましたか?」と心配そうに尋ねて来る。

「違う……、気になる本を見つけて、また読みたいと思ったから」
「なるほど、それなら、ここでお待ちしております。あ……」

 彼は咄嗟に鍵穴を見つめ、シルヴィアに鍵をかけられたことを思い出したようで、シャールに向き直ると「鍵は執事の管理下にあると思います。頂いて参りましょうか?」と言ってくれたが、ガイルに聞きたいことがあるので、それはいいと断った。
 あの本に触れたら彷徨う喪霊そうれいに話しかけられ、シルヴィアの前で本を読んではいけないと言われて読めなかった。
 もし、シルヴィアが知りたいことが、あの書物に書かれているとしたら、教えてあげた方がいいと思ったのに、絶対に言っては駄目と言われた。
 どちらにしても、あの本に喪霊が宿っていることはガイルに伝えないといけない。思いもよらない出来事に遭遇してしまい、シャールが頭を悩ませていると、不意にレオニードに顔を覗き込まれて、ひゃっと喉が裏返りそうになる。

「シャール様、もし何か困ったことがあったら、すぐに教えてください」
「うん、けど……困ることってなに?」
「え……、そ、うですね。そう言われると困りますね」

 首を傾げるレオニードに「今が困っている状態?」と聞けば「確かに、そうですね?」と彼が笑う。
 不思議と彼と一緒にいると気分が落ち着く、突然シャールのことを守ると言われて、どうしてなのか最初は途惑ったけど、自分のことを一番に考えてくれる人が居るということが、どれだけ心強いのか分かったし、きっとガイルはそいうことも踏まえてレオニードを護衛に付けたのだと思った。
 笑顔の彼が腰のベルトに刺さっている剣へ手をかけ、「それでは、昼食まで少し時間がありますので、剣の練習でもしますか?」と言うので、彼の言葉にシャールはコクリと頷いた。
 中庭を抜けて、裏庭へ続く小道の先に開けた場所が見える。木々に囲まれた場所は風の通りの良い広場だった。
 レオニードはシャールに少し待っているように言うと、何処かへ行ってしまう。
 ここから遠目に見える立派な建物を、ぼーっと眺めていると冷たい声で、「そこ邪魔……」と急に背後から声をかけられて驚いた。
 振り返るとオーディンがいて片手に剣を持っている。咄嗟に「ごめんなさい」と謝ったが、彼はツンと鼻を尖らせてシャールの横を通り過ぎた。
 図書室で具合が悪くなってしまったのに、大丈夫なのかな? とオーディンを見ていると、立ち止まった彼が――、

「今度から、言うな……」
「何を?」
「だから、図書室で言っただろ」
「えっと……?」
「……ッ、もういい!」

 何故かオーディンは怒り出し、両肩を左右に振りながら、ずんずんと数歩先へ歩いて行った。
 何を言っては駄目だったのか分からないままだけど、シャールは自分が気が付かないうちに、オーディンを怒らせてしまった見たいだった。
 彼が怒ってしまう理由が自分にあることに気が付き、それなら、どれだけ努力しても、彼とは仲良くなれない気がした。そのままオーディンの姿を盗み見れば、手に持った剣を構える。 

――剣の練習するのかな……?

 背格好はシャールよりも、ひと回り以上大きくて、自分より二つ年上なだけなのに、凄く頼れる感じがして、剣を振っている姿は恰好いいなと思う。けれど、何か言うと睨まれて怒られそうなので言えなかった。
 なるべく怒らせたくは無いし、余計なことは言わないように出かかる言葉を飲み込んでいると、チラっとこちらを見たオーディンと目が合いシャールは慌てて目を逸らした。

「お前さ……、剣なんか習っても意味ないだろ……」

 ぼそっとそんな言葉が聞えて、シャールは自分に声をかけてくれたの? とオーディンを見れば「レオニードがいるし……俺」と言いかけ、彼は口元を隠すとジロっとシャールを睨んだ。
 自分からは何も話してないのに、常に怒っている彼にどう対処していいのか分からないし、これ以上目を合わせるのが怖いと感じてシャールは俯いた。
 しばらくすると遠くからバタバタと足音が聞え、音を発する方へ視線を向ければ、レオニードが木の棒を持って走って来るのが見える。

――良かった……

 レオニードの姿が見え、ほっとしていると「おや?」と言う顔をして見せ、彼はオーディンへと話かける。

「オーディン様もいらっしゃったのですね。稽古ですか?」
「ええ、今日は午後から弓の訓練がありますし、この時間しか剣を触れないものですから」

 オーディンとレオニードの会話を聞いて、え? と思う。自分と話す時とは全然違う話し方と、彼の穏やかな表情にびっくりして、まじまじと見つめていると、オーディンはキッとこちらを睨み、「そろそろ失礼します」と言って広場を出て行った。


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