恋語り

南方まいこ

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公爵家へ

#07

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 背を向けて帰って行くオーディンの後姿を、ぼんやり眺めていると、シャールの視界を奪うように大きな手がフリフリと振られ、レオニードが顔を覗き込んで来る。

「シャール様?」
「あ、うん。どうしてだろう、オーディンは僕と喋る時は怒ってる」

 それを聞き、レオニードはくすくす笑い出した。

「別に、怒っているわけでは無いと思いますよ?」
「けど、レオニードと話す見たいに、喋ってくれない……」
「あー、多分、途惑っているのでしょうね」
「途惑う……」
「ええ、シャール様は男の子にしては可愛らしい身姿ですので、上手く接することが出来ないだけでしょう」

――僕のせいで……?

 それなら、やっぱり今後は話しかけない方がいいのかも知れない、と思う。

「シャール様、先ほども言いましたよ。直ぐには仲良くなれないです」
「ううん。もう、仲良くなくて……いい……」

 レオニードは「そうですか?」と言葉を溢し、くすくす笑う。
 本当は、ついさっきまで、オーディンと一緒に剣の練習をする所を想像して、シャールが上手に出来たら、褒めてもらえるかも? と思っていたのに……。小さな野望は直ぐに潰れてしまって、凄く残念な気分だった。

「さ、練習を始めましょうか」と言われ、シャールが頷くとレオニードは持って来た木の棒をこちらへ手渡し、基本の動作と、もし襲われそうになった時にどうすればいいかを教えてくれるが、獣と対峙するのとはわけが違うし、レオニードだと思うと何故か躊躇ちゅうちょして振り下ろせなかった。

「体に当たったら痛いよ……?」
「大丈夫ですよ。鍛えてますから、気にせず打ち込んでください」

 その言葉にシャールは頷き、一頻ひとしきり剣の稽古をした後、少し遅れて昼食を取ることにした。
 今朝、朝食を取った部屋へと行けば、オーディンはらず、既に食事を済ませた後だと知り、ほっとして席に着くと。

「ちゃんと食べれるか?」
「あ、ガイル!」

 仕事が早く終わったと言い、ガイルがシャールの元へ来る。わしゃっと頭を撫でられ。

「ん、オーディンは一緒じゃないのか?」
「……んー、と、あの人は僕と一緒だと嫌みたいだから」
「そうか、まあ、仕方ないな」
「そんなことより、あのね、図書室の本に彷徨う……」

 ガイルの眉がクっと持ち上がり、目をすがめると人差し指をシャールの口へあてた。

「……分かった。それ以上は言わなくてもいい、取りあえずは食事を済ませよう」

 彼は大きく溜息を吐いた後、上座へと腰かけた―――――。
  


 食事が終わり、図書室前へ到着するとガイルは、顎髭あごひげをさすりながら「それで、何があった?」と聞いて来る。

「シルヴィア先生がいる時に、彷徨う喪霊そうれいが宿る本に触れたら読んでは駄目と言った」
「んー、読んではいけない本など無いはずだがな?」

 そう言いながら、ガイルは図書室の鍵を外して中へと入り、先程は読めなかった皮布で覆われた書物を出してもらうと「ああ、この本か……」と彼は呟き、表情を硬くした。

「シャール、ほどほどにな、この世に未練の強い死者との会話は精神を削るらしいからな」
「うん、分かった」

 彼から手渡された本のページをめくり、黒ずんだ箇所を見つけて触れた。
 ガイルがその様子を見て「血が付着してたのか……」と言葉を溢すのを聞き、シャールはこくりと頷いた。
 肌が粟立ち、彷徨う喪霊そうれい思念しねんの声と、黒いもやがかかった玉のような塊が出て来る。
 喪霊に「そいつは?」と聞かれガイルはこの屋敷の主だと伝えた。

 さっきはどうして読んではいけなかったの? と聞けば、シャールが喪霊そうれいがいた国に連れて行かれるからだと言う。それに本には喪霊が書いた薬に関して書き込んであり、拡散されても困るらしく、だから読んではいけなかったらしい。
 その話をガイルにしてもいいのかと聞けば「見たところ興味無さそうだな、それに、そいつは騎士だろう?」と聞かれて……

「ガイルは騎士なの?」
「ん?……ああ、そうだよ」

 ガイルが騎士だと判明すると、話してもいいと言われる。 

「あのね、この本の内容が広まると困るって……言ってる」
「広まるって言ったって、これはただの薬の解読書で、しかもここにあるのは直筆の原本だから完璧に読める人間は……、ちょっと待て……、その霊の名前を聞いてくれ」

 彷徨う喪霊に名前を聞けば、何故か得意げに「ロンベルト・ペンディーズだ」と言われる。そのままガイルに名前を伝えれば、彼の表情が強張った。

「知ってる人……?」
「知ってるも何も、有名な医者で、学者で、その本を書いた本人だ。しかも人体実験や毒薬の実験やら、危険なことを率先してやるような奴だったと聞いてる。そいつのせいで、幾つもの国が流行り病にかかり滅んだこともあるらしい」
「え……、悪い人?」
「ああ、悪いヤツだ。どうせ殺されたんだろ」

 ガイルは腕を組み、ふん、と鼻から息を吐くと、喪霊は小生意気な小僧だと言い、彼の頭上でポンポン跳ねる。
 その様子を伝えると、パパっと頭の上を手で散らし、ガイルが凄く嫌な顔を見せたので、ちょっとだけ面白かった。

「ったく、そいつが死んでから百年以上は経ってるんだ。いつまでも本に憑りついてないで、さっさと成仏するように言ってやれ」

 その言葉聞き、喪霊は思い残したことがあると言うので、それをガイルに伝えると。

「思い残したこと? 殺されてから百年以上経つんだぞ、何の思い残しがあるんだ」
「えっとね、本を完成させたいって言ってる」
「は? くだらん、どうせ人をあやめる為の毒薬とかだろ」

 喪霊は「コイツは嫌いだ」と言い、またガイルの頭の上で跳ねて激怒した。
 シャールが「どうするの?」とガイルに尋ねれば、本を取り上げパラパラとページをめくり、直筆で書かれた箇所を見つけると、それを読む様に言われた。

「豚の睾丸こうがんとカラスの目玉と猛牛のヘソ……? それからサイクロエイのヒレを混ぜ一昼夜煮込む。一人の死刑囚に飲ませたところ、体が燃えることなく、焦げた様に全身が覆われ死亡した。この薬にルプルザルの脳みそを加えたら……、ここで終わってる」

 なんだか、ちょっと気持ち悪いし、これ以上読みたくないから嫌だと言うと、ガイルも同じように、とんでもなく不味い物を食べた様な顔をし「お前は一生、彷徨ってろ」とガイルに喪霊は見えないのにロンベルトに向かって叫んでいた。

「もう、放置しておけばいい、触らなければ問題ないだろ」
「分かった。もう触らない」

 ガイルは「それにしても……」と口を一旦閉ざし、懐かしむように本の表紙を撫でると「この本は母親が手に入れた本でね……」とシャールに向かって優しい顔をした。

「草花を育てるのが好きな人だった。そのおかげで子供の頃は変な草を食べさせられたよ」
「草?」
「薬草だよ。万病に効くと言って父と俺に無理やり……、な」

 ガイルはくすりと笑みを溢し、大きく溜息を付くと。

「どちらにしても、本の内容は他言はしないようにな」
「分かった」

 最後にシャールは本に触れると「薄情な奴だな! まあいい、お前、気が変わったら言えよ? いつでも待ってるぞ」とロンベルトに言われ、気持ち悪いから嫌だと伝えて本を閉じた。

「シャール、今後は他人の剣や鎧には触れないように、血が付着していると、今回のようにおかしな奴に出くわす可能性がある。あと髪の毛もな?」
「うん、わかった」
「よし、じゃあ午後からは俺と遊ぶか」
「遊び?」

 口角を上げるガイルから面白い遊びをしようと言われて「うん」と返事をすれば「オーディンも誘うか……」と呟く声が聞えたので、シャールはそれは嫌だと伝える。
 出来るならガイルと二人がいい、もう怒られたくないし、きっとガイルと一緒ならオーディンは怒らないと思うけど、それでも彼に睨まれるのは嫌だった。
「じゃあ今日は二人で遊ぶか」と言うガイルの言葉に、シャールは笑顔で頷いた――――。




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