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二人の距離
#13
しおりを挟むオーディンと仲が良くなった日から、授業が終わる度に、彼の部屋へ行くのが日課になったが、決まって二人だけの挨拶をするようになった。
「……っ……」
最初の頃は意味も分からなくて、これが挨拶だと教えられて、そう信じていたけど、次第に途惑いが大きく膨れ上がり、これは本当はいけないことなのでは……? と思うようになった。
ようやくオーディンの唇が離れた時、シャールは口元を緩め疑問を口にした。
「オーディン、これって本当に挨拶なのかな」
「なぜ?」
「うーん、上手く言えないけど……、悪いこと? してるみたい」
「……悪いことだったら嫌なのか?」
嫌なのかと聞かれシャールは困ってしまう。
だって嫌じゃない。
唇が重なった瞬間の柔らかな感触は好きだし、その後に見せるオーディンの綺麗な顔がバラ色に染まるのは、見ていてぎゅっとしたくなるし、それに年上なのに可愛い感じがして、シャールの胸が躍る。
返答に困っていると背中に両手を回され、ふわりと抱きしめられる。
溜息交じりに「お前って、全然、成長しないのな……」とオーディンに言われて、シャールは首を傾げた。
「どういう意味?」
「普通は、こんなことしていたら……、体に多少なりとも変化があるんだけどな……」
「変化? オーディンはするの?」
「そ、それは……まあ……」
言葉が詰まり、しどろもどろになりながら彼は「俺のことはいい!」と怒り始める様子は以前とあまり変わらない。
けど、食事の時間や剣術を習う時や、シルヴィアの授業を受ける時は、以前と違って、何でも一緒にするようになった。
性教育の話もオーディンに「教えてもらいました」とシルヴィアに告げれば、訝し気にシャールを見た後「左様ですか」と言われただけで、その後は何も言わなかった。
一応、性教育の書物はもらったが、オーディンに取り上げられてしまい、本の内容は分からないままなので、早く読んで見たいと思う。
「ねえ、本はいつになったら読めるの……?」
「なんの?」
「シルヴィア先生がくれた本」
「……っ、あ、あんな本読まなくても、俺が教えるって言っただろ……」
オーディンは口を尖らせて言うけど、シャールに必要だから、シルヴィアがくれた本なのに、どうして読んでは駄目なのか分からない。
それにオーディンは教えると言いつつ、全然教えてくれないし、変なの……、とシャールは思う。
ふと彼が思い出したように「明日、ガーデンパーティーだな」と小さな声で呟くのが聞えたのでシャールは「楽しみだね」と答えたが、オーディンは「全然楽しみじゃない」と言い、目を細める。
「まあ、お前は俺の側から離れるなよ?」
「分かってる」
ぷにっと頬を指で突かれ、頬が染まった彼の顔が近付いて来る。
「……っん……」
暇があればオーディンは唇を重ねるが、挨拶と言うなら一回でいいとシャールは思うのに、彼は何度もしてくる。
「あ、どうして釦取るの?」
「肌に……触れたい」
「どうして?」
「もう……、質問ばっかりだな」
「だって、分からないことばかりだから……」
オーディンのすることは、シャールの知らないことばかりだった。
彼の唇は熱くて鎖骨に触れると、その部分がきゅっと熱くなるし、体だけじゃなく頭の中もカッと熱くなる気がして、そのせいなのか、たまにクラクラする。
彼は同じ場所に何度も口づけをしては吐息を零した。
「お前、早く大人にならないかな……」
「えー、二つ歳しか違わないのに、僕だけが子供みたい」
「実際、子供だろ。俺はもう成人してるから、一応大人に分類されるけど、お前の場合、あと二年もあるし……、だけど読み書きは俺が読めない他国の字も知ってるから凄いと思うよ」
オーディンは不思議そうな顔を見せ「シャールの祖父は学者だったのか?」と聞いて来るが「違う」とシャールは首を横に振った。
祖父は世の中のことに詳しかったけれど、それらは偉大なる祖先達が残して来た御霊語りと呼ばれる書物によって養われた物だと教えてくれた。
御霊使いが残して来た書物には、沢山の真実と知識が埋め込まれており、シャールも小屋の地下にある書物を読むのは好きだったけど、たまに恐ろしく感じていた。
それは死者が残した言葉には、恨みはもちろんのこと、隠された財宝なども綴られており、あの書物が御霊使いにしか分からない文字で書かれている理由は、いくら俗世に疎いシャールでも理解していた。
「……寂しいのか?」
「え?」
「家族がいないから、寂しいのかって聞いてる」
考え事をしていたシャールを見て、気落ちしていると勘違いしたオーディンが、そんなことを聞いて来るが、ガイルの屋敷に来てからは、あまり寂しいと思ったことは無かった。
「寂しくないよ? ガイルもレオニードもオーディンも、あと屋敷の人も皆いるから」
そう伝えると「何で俺が一番じゃないんだ」とオーディンは不貞腐れ始める。
たまたま浮かんだ名前を順番に言っただけなのに、彼は気に入らなかったようなので、シャールは言い直すことにした。
「じゃあ、オーディンもガイルもレオニードもいるから……?」
「今更、言い直されてもな」
そう言って彼は笑みを浮かべた。
ちょっと機嫌が直ったオーディンに、今まで聞いたことが無かったことをシャールは口にしてみた。
「家族は居るの?」と聞けば、一瞬で彼の機嫌が悪くなり、聞いてはいけなかったことだと気付くが、もう手遅れだった。
「家族の話は今はしたくない」とオーディンは言い、長椅子に押し倒されたまま、射るようにシャールを上から見下ろしてくる彼の顔は、悲しみと怒りの間を彷徨っているように見えた。
「…でも、学校が始まれば家に帰されるからな……」
「え? 帰っちゃうの?」
自分の家に帰ると言うオーディンを見つめ、シャールが驚いていると「学校が休みの日は遊びに来る」と言う。
家に帰ると聞かされて、凄く複雑な気分になるけど、オーディンには家族がいると知って、羨ましいと思ってしまうし、それとは別の感情も湧いた。
――何だろう……、寂しい……?
よく分からない自分の感情にシャールが困惑していると「は……」と小さな溜息を零した彼が、外されていたシャールのシャツの釦を留めてくれる。
オーディンの瞳がうるうると揺れ動き、何か言いたそうだとシャールが思っていると……
「いつか、一緒に……暮らそうか」
「オーディンと?」
「ああ、シャールが住んでいた森で一緒に……」
本当は「どうして?」と聞きたかったけど、オーディンが寂しそうな顔をしたから言えなかった。
何だか彼が迷子の子供のように見えて、寂しくならないようにオーディンの頬へと手を伸ばせば、シャールの手に彼の手が重り、しばらくの間、お互い何も話せずにいた。
静かな時間が過ぎて行き、オーディンの指がシャールの指に絡み、彼が「返事」と言うので、何の返事だろう? と考えていると……
「だから、一緒に住むって話」
「うん、いいよ、でも森は住むの大変だよ?」
「何が大変なんだ?」
「だって、ご飯は自分で作らないと駄目だし、湯浴みだって屋敷で入る時は温かいお湯だけど、あの森は冬以外は湖が湯場代わりだよ。それに今時期は、火を焚かなきゃいけないから、たくさん木を切らないといけないし……」
それを聞き、オーディンは「へぇ、面白そうだな」と楽しそうな顔をする。
全然、面白くないのに、変なことに興味を持つオーディンを見て、二人で森で住んだらどうなるのかな? とシャールは想像してみる、きっとオーディンは、畑を耕したことなんてないから、ミミズを見て吃驚して腰を抜かしそうだと想像して「ぷっ」っと拭き出した。
「なんだ?」
「ううん、なんでもない」
「何だよ」としつこく聞かれて、仕方なくミミズの話を白状したら、くすりと笑われる。
「他のことも想像して」と言われて何を想像しようかと考え、小屋の中にある書物の読み方を教えて上げもいいかな? なんて思う。
それから、シャールがお気に入りだった森の中で一番大きな木の上、そこから見える景色を見せてあげてもいい。
あと……、と色々考えて、オーディンはどうしてシャールと一緒に住みたいなんて思うのだろうと疑問が浮かぶ、貴族の彼には森で過ごすなんて退屈だろうし……、と、そこまで考えてハッとする。
オーディンが本気で言っているわけじゃないことに気が付き、急に寒々とした感情が心を覆い尽くす。
最初は面白がってくれるかも知れないけど、飽きたらシャールを置いて彼は自分の家に帰ってしまう気がして、せっかく楽しい想像も楽しくなくなる。
「何を想像した?」
「……悲しいこと」
「は? 何で…」
「僕、自分の部屋に帰る……」
すっと立ち上がりオーディンに「森には帰らない」と告げ、呼び止める彼の声を無視してシャールは急いで部屋を出た。
部屋の外へ出て自室へ戻る際、どうしてこんなに胸が苦しいのだろう……、と思いながら自分の胸元をぎゅっと抑える、オーディンに置いてきぼりにされる自分を想像して、祖父を失った時の喪失感を思い出してしまい、それに似た感情に襲われて嫌になる。
――オーディンは悪くないのに。
勝手な想像をして悲しんでる自分が、酷くひ弱な人間に思えてくるし、どうしてそんな感情を抱くのかシャールには理解出来なくて、嫌な気分だった。
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