恋語り

南方まいこ

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季節は変わる

#36

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 湖から出て体を拭きながら、近くに川があるのか? とシャールに聞けば、ここから少し離れた場所にあるらしく、明日はそこで魚を釣って来ると言う。

「ちゃんと釣れるのか?」
「う、ん……、大丈夫、釣れる」

 シャールの返事に怪しい感じがするが、本人がやる気ならいいか、とオーディンも明日は一緒に釣りをして見ることにした。
 明日の約束をしつつ、体を拭いていると、シャールが熱い眼差しを向けてくるのが気になり、あまりにも真剣に見るので「なんだよ?」と言葉をかければ。

「うん、僕と違うから」
「何が?」
「えっと、ね」
 
 そう言いながら服を脱ごうとするので、オーディンは慌ててシャールを止めた。

「なんで脱ごうとするんだよ!」
「え、だって……、比べた方が早いかなって……」

 自分の裸は見られても、どうってことは無いが、今はシャールの裸は見たくなかった。一体何を比べたいのか分からないが、視線の位置的に嫌な予感がしたのでシャールに説教をした。

みだりに、他人に裸を見せたりするな」
「オーディンにも?」
「……いや、それはいいけど」
「え、じゃあ、どうして脱いじゃ駄目なの?」
「もう……、お前は本当に扱いが難しいな、だから、それは俺が見たい時に見せて欲し……っ」

 思わず出た言葉に、はたとなる。一体、自分は何を言ってるんだ? と急に恥ずかしい気分にさせられ、頬が熱を持ち始める。 
 これは全部シャールのせいで、決して自分から望んで出た言葉じゃない、と火照ってくる頬を何とか鎮めながらオーディンは忠告する。

「シャール……、裸は誰にも見せちゃ駄目だ。それから……その……」
「オーディンが見たい時だけ?」
「そ、そうだ……」

 首を傾げながらシャールは嬉しそうに「これも約束?」と聞いて来るので、一番重要な約束だと伝えた。
 本当にそんな約束させて大丈夫なのかと罪悪感が生まれたが、そのうち、こんな約束なんて無意味なことだと分かるだろうし、取りあえず今はシャールを説得させるのに有効な手段として、約束だと納得させることにした。
 二人で小屋へ戻れば「もう寝る?」と聞かれ、体感的にはまだ早い気がしたが、普段使わない体力を使ったこともあり、少し疲れも感じるので、オーディンは就寝すると返事をした。

「じゃあ、こっちで寝よう」
「俺がシャールの部屋で寝るのか?」
「うん。一緒に寝るんだよ?」

 その言葉に、一瞬で固まる。

「嫌?」
「いや……、あ、違う! 嫌じゃないけど、そうじゃなくて、一緒に寝るなんて……」

 どうして、次から次へと拷問のような時間がやってくるのだろう、とオーディンは頭を抱える。自分は他の場所で寝ると伝えたが、シャールは手荷物の中から、一冊の本を取り出し、ダニエルが「好きな人とは一緒に寝る」と教えてくれたと言う。
 
「そ、んなの、駄目だろ」
「どうして?」

 また始まったと思った。
 これ以上シャールに、振り回されるわけにはいかない、と固く拳を握り説明をすることにした。

「あのな、俺達は男同士だけど、でも、その……えーと……」

――しまった……、そういえば性教育させてなかった……。

 性に関して説明してもいいが、絶対におかしな方向へ行きそうで、下手に説明が出来ないと思う。
「はあ……」と大きく溜息を吐いた後、シャールを先に寝かしつけてから、自分は別の場所へ移動するしかないと考え、オーディンは仕方なく一緒に寝ることにした。

「で、その本は何だ?」
「ダニエルが一緒に寝る時に必要だって言ってた。僕達、初夜なんだって」
「な、……ごほっ、ごほっ……っ」

 慌ててシャールからその本を取り上げて見ると、閨書ねやしょで男女の営みの詳しい説明が書いてある物だった。
 
「こんなの読まなくていい!」
「えー……、でも、折角の初夜なのに……?」
「お、お前、絶対に、初夜の意味分かって無いだろ」
「うん? 知ってるよ。好きな人と一緒に寝ることだって教えてもらった。それから先の詳しいことは、オーディンに任せておけばいいって言われた」

 それを聞きカッと頬が熱くなる。
 たぶん、しっかり『好き』と言われたのは初めてのことで、嬉しいとは思うのに、けれど……、と思う。
 ついこの間、シャールは十五歳になったばかりで、しかも性に関して何も知らない。それに関して言えば、全てオーディンのせいだが、どちらにしても、自分はシャールとの将来を約束出来ないのだから、決して間違いは起こしてはいけないし、これ以上を求めたり、心を通わせるのは辛いだけだと思う。
 取りあえず、一緒に寝ることを初夜だと思っているなら、さっさと寝かしつけるべきだと考え、シャールにベッドの奥で寝るように言い、自分はいつでも抜け出せるように扉側へ体を沈めた。

「初めて一緒に寝るね」
「そうだな、そう言えば……好きって意味、ちゃんと理解しているのか?」
「うん、胸がどきどきする相手が『好きな人』だって教えて貰った」

 確かに解釈は合っているが、シャールの場合、油断できない気がして何度も気持ちを確認をする。息を弾ませながら「僕、オーディンが好き」と言われる度に、自分の顔面がだらしなく崩れていくのを実感した。
 そのまま二人で寝転びながら他愛の話を続け、先程の本のことは忘れてくれた見たいだと安心していると、不満そうにシャールが口を開く。

「オーディン、今日は全然、挨拶してくれない」
「だから、それはさ……」

 こちらの意図を何も分かって無いシャールは、オーディンが挨拶だと教えた口づけを、まったくしないことを不満に思っているようで、仕方なく軽い口づけをした。

「……ん、……もう、おしまい?」

 そう言われて、オーディンの中でプチっと何かが切れた。
 シャールに、これでおしまい? と言われて散々我慢していた理性が飛ぶ。
 両腕を押さえつけ、初めて深い口づけをして見る。
 口腔へ舌を押し込めば吃驚したシャールがくぐもった声を漏らすが、お構いなしに自分の欲求をぶつけた。
 さっきの湖といい、今といい、シャール本人は煽っているつもりは無いことくらい、オーディンだって分かっていたが、自分にだって限界と言うものが存在する。

「……っン……ぅ」

 息苦しいとシャールの熱い吐息が聞える。
 絡めた舌から感じる甘い痺れと感触に、堪らない気持ちになり、健全な体を持つオーディン下腹部は熱を持ち始めた。
 だから嫌だったのに、と自分の醜い欲が剥き出しになるを懸念けねんし、必要以上にシャールに触れないようにしていたと言うのに、あっけなく自制は崩れた。
 次第に昂って来る体は熱く脈を打ち、それが主張し始め、苦しくなってくる。ただ唇を貪っているだけだと言うのに、すっかり膨れ上がったオーディンの性器がシャールの腰に擦れ、その刺激で危うく熱が爆ぜそうになり、ぐっと堪えた。
 ふと先程まで苦しそうに、強張らせていたシャールの体に力が入ってないことに気が付き、オーディンは唇を離し、恐る恐る様子を伺えば……

「え……、シャール? おい?」

 だらんとしたままの姿に驚き、慌ててシャールの心臓に耳をあてて見る。

「……」

――寝てる……、いや、気を失った?

 信じられない、とオーディンは自分の腕の中で、くたっとなったシャールを見下ろし、情けないやら、悔しいやら、愛しいやら、この複雑な感情を、どうやって整理したらいいのか分からなくなった。
 けれど、良かったと思ったのも事実で、あのまま進んでいたら、間違いなくシャールは傷ついてただろうし、オーディンを見る目が変わってしまったかも知れない。
 そうならなくて良かった、と安堵と同時に何だか一気に疲れが出てしまい。すやすやと寝息を立てるシャールの額に唇を押し当て「おやすみ……」と言い残し、オーディンは違う部屋へと移動した。

 もうひとつある部屋は、祖父が使っていた部屋らしく、歳に見合った装飾品が置いてあった。
 ベッドへ腰かければ、途端に頭が冷えて冷静になってくる。
 祖父とシャールがここで暮らしていたのは良いとして、女神がどうして神殿に来ることになったのかが気になった。
 自分が物心付いた時には女神は居て当たり前の存在だったし……、と、そこまで考えて辿り着くのは父親の存在だ。

――シャールの父親か。

 そのことについては、ガイルは教えてはくれなかった。
 もちろんオーディンも、ガイルが自分の子では無いとハッキリ宣言したことで納得し、それ以上、詳しくは聞かなかったが、隠されたシャールの出生が妙に引っ掛かった―――――。
 
   


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