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#19
しおりを挟むアダムは揺れる馬車の中で、二度と会えない人を思い出していた。
彼に会うには、またあの獣人達の国へ行かなければいけないし、自由に出入り出来るような国でもないことは十分に理解していた。
――どうして……。
こんなにも胸が騒ぐのだろう? と苦しくなる胸元をぐっと掴んだ。
「アダム様も乗り物酔いですか?」
ビビアンがアダムの様子を見て心配そうに声を掛けてきた。
「ううん、違うよ」
馬車の揺れはさほど強くはないが、時折ポコっと穴が開いた箇所に荷台が乗りかかると、肝がヒュっと冷えそうになる。
レミオンはその馬車の揺れが苦手のようで、乗り物酔いをしてしまった見たいだった。「大丈夫?」と声をかけると「……はい」と、か細い声で返事するが、徐々に血の気が無くなって行く様子に心配になる。
「ビビアンは平気?」
「はい、初めて乗りましたが楽しいですね」
あの国に居たら、荷台に乗るような経験など出来ないからだろうか、彼女は無邪気に馬車の乗り心地を楽しんでいる様だった。
ただ、残念なのが周り一面砂だらけと言うことだ。
どれだけ目を凝らしても砂しか見えないし、何の変哲もない景色を見ていると、目的の町にちゃんと辿り着けるのか心配になって来る。
ふと、アダムが街に辿り着いたあと、ビビアンはどうやって帰るのだろう? と疑問に思う。
「ねえ、ビビアン、帰りはどするの?」
「帰りですか?」
「だって、砂だらけで、国が何処にあるか分かるの?」
「帰る時が来たら考えます」
「そんな……、ビビアンって意外と無鉄砲なの?」
頭をコテンと傾けながらビビアンは、不思議そうな顔を見せた。
「いいえ? それに帰る時は、まだ当分来ません」
「……? そんなに長旅にはならないと思うよ?」
「アダム様、私は聖天様に、お仕えする家系だと申し上げたのを、お忘れですか? 生涯を全うする瞬間までお仕え致します」
「え! だ、だめだよ」
目を輝かせる彼女に、アダムは早く国に帰るよう伝えた。
「いいえ、戻りません。それに見てください。こんなに宝石を頂きました。これだけあれば、アダム様は一生暮らせると侍従長は仰ってました。足りなければ、私が稼いで参ります」
嬉しそうに言うビビアンを見て、アダムは溜息が出た。
前から感じていたが、彼女は少し忠誠心が強過ぎる。ふふふ、と宝石を見て微笑む彼女を見ながら。
「稼ぐって、どうやって?」
「冒険者という職業があると聞きました」
「確かにあるにはあるけど、危険だよ? それに、そんな必要ないからね? それはビビアンが使ってよ」
しゅんと落ち込む彼女に、慌ててアダムは教会の話をした。自分達で自炊して暮らしているから、お金は必要ないと伝える。
「畑で食料を確保して生活しているのですか?」
「うん、あとは寄付だね」
なるほど、と彼女は頷き、ディガにも畑があり育てた経験があると言う。そういえばディガ国は砂漠地帯だと言うのに、国自体は水も豊富で緑豊かな国だった。砂漠特有の砂らしき物も無かったことを思い出し、改めて不思議な国だと感じた――。
夕刻、砂漠を抜けて町へと到着した商人は、「この町はリンガです」と町の名前を教えてくれた。この町で作られる陶器は、とても有名だと商人に教えて貰った。
「皆さんの目的の町は何処でしょうか?」
「バイロンという町です」
アダムは自分の住んでいた町の名を伝えたが、商人は小首を傾げた。
「バイロンですか……? すみません。私では、分からないですね」
「そうですか」
知らない町だと言われ、地理に疎いアダムは自分の住んでいたバイロンの町が、どの辺りに位置するのかサッパリ分からなかった。
取りあえず、今日は宿を取り、休むことを先決させた方がいいと感じた。
「レミオン具合はどう?」
「うん……」
どう見ても顔色が悪く、早く休ませてあげたいと思ったアダムは、辺りを見回し宿屋を探した。
それなりに賑わいを見せている宿屋を見つけ、早速、部屋を借りることにしたが、どうやら宿屋は前金がいるらしく、取りあえず宿の女将に事情を話し、レミオンを預かってもらう事にした。
「レミオン、ちょっとだけ待っててね」
「いいよ、いいよ、私が見てるから、可哀想に……」
「すみません。お願いします」
宿屋の女将は、自分にも同じくらいの子供がいると言い、レミオンの頭を膝に乗せ膝枕をすると換金場所を教えてくれた。
女将の好意に甘え、レミオンの面倒を見てもらい、教えてもらった通りへ出ると、直ぐに換金所らしき建物が目に留まる。
けれど、店前にガラの悪そうな人物が数人いるのが見えて途惑う。世間を知らないアダムでも善悪の区別は付く、悪意のある人間だからと言って差別はしないが、それでも用心するに越したことは無かった。
「ビビアン……、気を付けた方がいいかも知れない」
「大丈夫です。人間にやられる事はありません」
「宿代分の宝石を僕が換金してくるよ。ビビアンはここに居て」
「ですが……」
「何か問題が起きて、ビビアンが獣人だとバレる方が良くないと思う」
「分かりました、気を付けて下さいね」
「うん」
中くらいの宝石をひとつ受け取ると、アダムは換金所に入った。
店内は物々交換用の品がたくさん並べられ、金品以外にも用途の分からない、変わった物も飾ってあった。
ぶっきら棒な店主にジロリと睨まれ、コクっと喉を嚥下させながら、店主の元へ行き、宝石の換金に来たとアダムは告げた。
「何だ、お客さんだったか、貴族なんて滅多に店に来ないから、てっきり冷やかしかと思ったよ」
「貴族……? あ、あの換金したいのは、この宝石なんですけど……」
「ほう、これは凄いねぇ、旅の途中かい?」
「ええ。そうです」
「うーん、そうだね。これなら、この金額でどうかな?」
「はい、それで良いです」
アダムはよく分からないまま返事をしたが、店内にいる若い青年に「待った!」と声を掛けられた。
「おじさん……、もっと高いはずだよ、その大きさの宝石なんて簡単に手に入らないだろ?」
「チっ」
「世間知らずの坊ちゃんを騙すなんて良くないな」
「分かったよ、これでどうだよ?」
「お、いいじゃん、分かってるね」
若い青年は換金したお金をアダムに渡すと、青い瞳をキラキラさせながら「気を付けなよ」と一言声を掛け出て行った。
自分は騙されかけていたのだと知り、情けなくなるが、親切な人がいて良かったと笑みを浮かべ、アダムも店を出た。
先程ビビアンと別れた場所を見れば、彼女の姿はなく、何処へ行ってしまったのだろう? と辺りをキョロキョロを見たが、彼女の姿は確認出来なかった。
「どうかした?」
先程、騙されかけてた所を助けてくれた青年が、背後から声をかけて来た。ニカっと屈託の無い笑みに、アダムも緊張が解け「連れを探してるんです」と正直に答えた。
「連れの容姿は?」
「女性で黒い瞳で、フードを被ってて……、それから…」
「あー、それなら、あっちに行ったよ?」
アダムにも分かりやすいよう、ビビアンが向かった路地裏の方面を指し示すと、彼はそちらへ歩いて行った。
青年の歳はアダムより、2つ、3つ上だろうか、青い瞳に、綺麗なシルバーグレーのふわりとした髪が印象的な彼はレナルドと名乗った。
「こっち……」
レナルドの後を付いてくと、人気のない路地に入る。彼が爽やかな笑顔で振り返り。
「あー、あー、簡単に騙されちゃって……、気を付けろって言ったのに」
彼はジリジリとにじり寄って来ると、先程換金したお金が入った袋を奪った。一瞬の出来事でわけが分からないアダムは、え? とレナルドを見た。
「やっぱり世間知らずの坊ちゃんだねぇ」
「あの、それ返して!」
「やだよ、授業料だと思って諦めな」
さっき騙されかけたのを助けたのは、アダムを油断させるためだったのだろうか? レナルドは踵を返すと、大通りを走り出した。
もちろん、アダムも彼を追いかける。その途中で自分を見かけたビビアンが、「アダム様、どちらへ?」と言って追いかけて来る。
「ビビアン! 何処にいたの?」
「あ、すみません、手洗いに行きたくなってしまいまして……」
「そ、そう、そんなことより ハァ…、ハァ…、あのシルバーの髪の……ハァ……」
「捕まえればいいのですね?」
アダムは声が出ず、コクコクと頭を縦に振った。
こちらの意図を理解した彼女は、体力のないアダムとは違い、あっと言う間にレナルドに追いつくと、彼の首衿を捕まえて引き摺って来る。
「な、なんだよ。この女っ! 離せって!」
「アダム様、お待たせ致しました」
ジタバタするレナルドを片手で抑え込むのを見て、アダムは今後ビビアンに逆らうのは止めようと誓った。
ふと、路地の隅にいるフードを被った大柄な男に、ビビアンが一瞬目配せをしたように見えたが、すぐに気のせいだと思った。
そもそも、彼女が人間の町に知り合いなどいるわけがない、そんなことより今は捕まえたレナルドの処置が先だった――。
ガヤガヤと騒がしく賑わう食堂で、ビビアンが不貞腐れていた。
「アダム様、どうしてこんな男を……」
「だって、地理に詳しいって言うし、それに根はいい人だと思う」
「何と心の広い……、私、涙が出そうです……」
「もー、ビビアンは大袈裟だよ」
涙ぐむビビアンを見ながら、正面に座るレナルドに、「好きな物頼んでください」と注文を促した。
ビビアンは文句を言っているが、アダムには彼が悪人だとは思えなかった。
店を出る際「気を付けろ」と言っていたのに用心しなかったアダムも悪いと思ったし、そもそも、ちょっと親切にされたくらいで、信用してはいけないことを教えてもらった気がした。
「レナルドさん、どうしてお金を奪ったんですか?」
「ん? それが職業だからだよ」
「お金を盗るのがですか?」
「そうそう、けど、お金持ちからしか盗らないよ」
レナルドはニッコリ微笑むが、お金を盗むなんて犯罪なのに、そんなに自信満々に職業だと言われて、何故か納得してしまった。
彼がテーブルに並べられた食べ物を、次から次へと口に含む様子を見ながら、アダムも一先ずは食事を摂る事を優先させた――。
翌日、レナルドと待ち合わせをしていた場所へ行くと、まだ眠そうな顔をした彼が朝食の催促をしてきた。
それならと昨夜の食堂に行くことにしたが、ビビアンが納得がいかない顔で声を張り上げた。
「アダム様! また、こんなのと食事を共にするおつもりですか?」
「こんなの、って、ビビアンちゃんって口悪すぎるよね~……」
「ビビアン……ちゃん、……ちゃんですって⁉」
フードを被っているが、きっとビビアンの耳はピクピクと激しく動き、怒りを表現していると思った。
尻尾は見た目には分からないように、腰にクルリと巻いているが、間違いなく尻尾も逆立ってる気がした。
ビビアンは彼と気が合わない見たいだけど、アダムとしては情報に長けた人物と知り合えたのは、運が良かったと思えた――。
皆で食堂へ入ると空いているテーブルに着き、四人分の朝食を注文した。
この食堂は宿屋の隣ということもあり、朝から晩まで客で賑わっている。昨日の夕飯もここで取ったが、夜とは違い陽光が差し込み、年季の入った一枚板のテーブルが、より一層温かい味わいを醸し出していた。
店員が注文した品を持って来ると、テーブルに焼きたてのパンと具沢山のスープが置かれる。アダムの横に座ったレミオンに取りやすいよう、パンとスープを寄せながら。
「ねえ、レミオンの住んでいた町の名前は?」
「モルタって言う町です」
「レナルドさん知ってます?」
彼はパンをかじりコクっと水を飲み干すと、ここから南西にある中規模のノヴェラと言う街に行き、そこの港から直通だと言う。
まずはレミオンを家に送り届ける事が先決だと思い、食事を済ませたあとすぐに向かう事にした。
「レミオン家に帰ろうね」
「はい……」
「家には誰が居るの?」
「おばあちゃんがいます」
「そう……」
レミオンの表情を見ると、きっと父親のことを気にしているのだと思ったが、自分の口から、ジョージの話はどうしても出来なかった。
会話を聞いていたレナルドが、「俺も一緒に行く」と言うのを聞き、激しい拒否反応をビビアンが見せる。
「ダメに決まってます!」
「なんで?」
「私、貴方のような人、よく知ってるんですよ。軟派で人に迷惑ばかりかけて……、絶対にダメ!」
何となく、誰のことを言っているのか理解出来たアダムは苦笑し、確かにジークに似てるかも? と思った。
ふと、ビビアンが辺りを気にする様子を見せると、手洗いに行くと言い席を離れる。
彼女の後姿を見つめながら、レナルドはぷくっと頬を膨らませると。
「俺、何で嫌われてるの?」
「うーん、日頃の行いかも知れませんね?」
「えー? まあ、確かに人に褒められた事はしてないけどさ……」
「レナルドさんは、冒険者のような仕事はしないんですか?」
彼はその問いに、目を伏せながら。
「昔、とある国で傭兵として働いてたんだけどね、上司がクソだった。下級兵の俺達の給料ピンハネしててさ……、それで思ったワケ、まともに仕事しても馬鹿を見るって、ね」
ふーっ、と大きな息を吐き出し、レナルドは水を口に含み、乾いた喉が潤された彼が話を続けた。
「冒険者だって同じだ。一緒に組んでいるヤツが、善人なことって稀なわけよ。一人で取れる仕事は安いし、その日食べる分も稼げない」
世間を知らないアダムからすると、人が働くことが、どれだけ大変な事なのかを思い知った気がした。
レナルドのような待遇は割と多いのだろう。自身の力が及ばない、他人の悪意があることを知り残念に思った。
食事を終えたレミオンの小さな手が、アダムの袖を引っ張るので、どうしたのかと頭を少し下げると。
「アダム様の町は、ここから近い?」
「うーん、僕が居た町は凄く遠い見たいだよ。レナルドさんも聞いたことが無い名前だって言うから、次の大きな町で聞いて見るよ」
自分の町のことも知りたいが、取りあえずはレミオンを送り届けることの方が先だと思った。それに、もしかするとジョージが家に帰っている可能性があるし、アダムは早くレミオンを安心させたかった――――。
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