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秘蜜の計画

#18

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 目が覚めると夕刻だった。一体どこから何処までが夢だったのだろう。そう、おかしな夢を見た。

――あんな事……。

 アダムは思い出すと恥ずかしさと恐怖が蘇る。
 部屋を見渡しながら、起き上がると一糸まとわぬ姿の自分に、現実を叩きつけられた。
 呆然と自分の身体を見つめていると、扉を叩く音が聞え、咄嗟に掛け布へ体を埋めた。
 ビビアンが「アダム様」と言いながら静かに近付いて来るのを聞き、顔を上げた。

「どうなさいましたか?」

 彼女の姿を確認すると何故か涙が溢れて来た。

「ううん…、ビビアンを見て安心しただけ……」
「そうですか…、シ……、シド様から言付けがあります」
「うん……」
「明日はちゃんと祭壇に来るように、と」

 それを聞き、会いたくないと思ってしまう。
 アダムはダメと言ったのに、言う事を聞いてくれないシドに不信感を抱ていた。
 心配そうに顔を覗き込むビビアンに頷き、身を固くしたまま「少し横になってもいい?」と尋ねれば。

「はい、それは構いません。では、お食事は簡単な物を、こちらにお持ちしましょう」 
「うん、ありがとう」

 ビビアンが部屋から出て行くのを見届け「はあ……」と大きく溜息を吐き、体を起こし衣類を手に取った。
 アダムは手早く衣類を身に纏い、気怠い体を横にして瞼を閉じたが、その途端シドの顔が浮かぶ、どうして彼の顔が浮かんでくるのか分からない、けれど思わず「嫌い…」と言葉を溢した。
 恥ずかしい出来事を、忘れたいと思えば思うほど、鮮明に蘇って来て、胸を触られて唇が触れただけで、あんなに高揚するとは思わなかった。
 自分で触っても何とも思わないのに不思議で、スっと衣類を開けて自分の胸を見た。
 その瞬間、自分に跨っていたシドの姿が蘇って来る。
 アダムの性器を食べようとするなんて……、とアダムは全身がカっと熱くなり羞恥に襲われ、また涙が零れた。

「やだ、嫌いだ」

 嫌いの言葉を吐き出す度に、何故かツキっと胸が痛み、息苦しくなる。自分の真意が分からなくて、そのままポスっと枕に顔を埋めた――――。


 夜になっても、アダムは一向に眠れずにいた。
 目を閉じると、シドにされた行為が浮かんでくるし、強烈な印象が脳裏に焼き付き、どうしようもなく体が疼いて来る。
 こんな事ビビアンに相談も出来ないし、する気も起きなかった。
 すっと起き上がるとバルコニーへ向い、火照った身体を夜風に晒せば、薔薇の香りと冷たい空気に少しだけ癒される。
 そもそもシドは何故あんなことをしたのだろう? と思う。
 アダムの少ない知識で、どれだけ考えても答えは導き出されることは無く、自分は男なのに、どれだけ発情しても女性とは違うのだから、あんなことをされる理由が分からない。
 けれど、獣人なら当たり前の行為なのかも知れない……、そう考えれば少しだけ気分が落ち着いて来た。

「どうした?」
「ひっ…!」

 聞えた声に身震いする。
 甘い声の主が自分を背後から抱きしめると、首筋に唇が触れる。

「こんな場所に出て、匂いを撒き散らすとは…、襲ってくれと言っているようなものだ」
「や、だ、違う! 匂いなんかしない!」

 アダムは芳香は出ていないと、頭を振り否定した。

「まったく、あんなことくらいで気を失うとはな……」
「あ……、ぁ…、僕は嫌って言ったのに……!」
「何が嫌なんだ? 身体はちゃんと喜んでいたと思うが…?」

 さっきまで、あんなに嫌いだと思っていた相手に、鼓動は激しくドキドキと動き出す。
 耳にかかる彼の息と声にクラクラしてしまう。
 嫌いなはずなのに……、と自分の真意が分からないでいると、不意に無重力に襲われて思わずシドに縋りついた。
 そして先程まで自分が座っていた椅子へ彼が腰かけ、ストンと向かい合うように抱き抱えられた。
 
「なんだ? 言いたいことがあるなら言ったらどうだ?」
「僕は男です」
「それで?」
「だから……」

 言いたい事ならたくさんある。
 ただ、彼を見ると言葉が出てこないだけで、聞きたいことも、訴えたいこともあるのに、呼吸を整えるので精一杯だった。
 何度か見た事のあるクスクス笑う顔が、何時にも増して意地悪な顔に見えた。

「どうして匂いを出している?」
「……! そんなの…、出てないです!」

 右手を取られ茜色に染まった甲を見ながら、ジっとこちらの様子を伺う。
 もう今すぐ逃げ出したいほど恥ずかしかった。
 アダムはシドに昼間されたことを思い出し芳香が出ているなんて、口が裂けても言いたくないし、悟られたくなかった。
 彼が切なそうにこちらを見ると、大きな手をアダムの頬にあて、スリスリと頬を撫でる手がピタリと止まる。

「この国が嫌いか?」
「わかりません……、僕が体験したのは牢屋と、処刑台と、この薔薇の宮殿だけです」
「それもそうだな、本来なら、お前は生涯ここで暮らすことになるが……」

 その先の言葉は彼は言わなかった。
 悲しそう…、そんな表情にアダムには見え、ふと、ジークが言っていたことを思い出した。

「僕は、処刑されてしまうのでしょう?」
「誰がそんなことを?」
「ジークさんが言ってました。王様は何も出来ないから…って」
「……そうか、王様は随分と甘く見られてるようだ」
「その前にここから出たいです…」

 そう、早くここから出ないといけない、それは神父様が心配しているからとか、処刑されるからとかでは無く、ここに居ると自分の心が囚われて行く気がした。
 シドはアダムの訴えを聞くと。

「あ…」
 
 深く官能的な口づけは、アダムの冷めかかった熱を、着火させるのに十分な効力を持っていた。
 分厚い舌が口腔に入り込み、喉奥へと到達すれば、甘い痺れは息苦しくなる。こくり、こくりと彼の唾液を飲みながら、つい、アダムはもじもじと腰が動いてしまう。
 それを悟った彼が強く抱き寄せ、夜だと言うのに、シドは眩しそうに目を細めると。

「処刑などさせないから安心しろ」
「本当ですか?」

 彼は優しく頷いた。

「約束通り家まで送り届けてやる」
「はい」
「俺はもう帰る……、早く休むといい」
「はい、分かりました……」

 アダムが頷くと額に彼の唇が触れ、部屋へ入るよううながされる、最後に「おやすみなさい」と声をかけようと振り返ったが、既にシドの姿は無かった。
 王族は皆、羽が生えているのだろうか、音もなく現れ、消えて行ったシドの残像が残るバルコニーをアダムは暫く眺めた。


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