19 / 49
秘蜜の計画
#18
しおりを挟む目が覚めると夕刻だった。一体どこから何処までが夢だったのだろう。そう、おかしな夢を見た。
――あんな事……。
アダムは思い出すと恥ずかしさと恐怖が蘇る。
部屋を見渡しながら、起き上がると一糸まとわぬ姿の自分に、現実を叩きつけられた。
呆然と自分の身体を見つめていると、扉を叩く音が聞え、咄嗟に掛け布へ体を埋めた。
ビビアンが「アダム様」と言いながら静かに近付いて来るのを聞き、顔を上げた。
「どうなさいましたか?」
彼女の姿を確認すると何故か涙が溢れて来た。
「ううん…、ビビアンを見て安心しただけ……」
「そうですか…、シ……、シド様から言付けがあります」
「うん……」
「明日はちゃんと祭壇に来るように、と」
それを聞き、会いたくないと思ってしまう。
アダムはダメと言ったのに、言う事を聞いてくれないシドに不信感を抱ていた。
心配そうに顔を覗き込むビビアンに頷き、身を固くしたまま「少し横になってもいい?」と尋ねれば。
「はい、それは構いません。では、お食事は簡単な物を、こちらにお持ちしましょう」
「うん、ありがとう」
ビビアンが部屋から出て行くのを見届け「はあ……」と大きく溜息を吐き、体を起こし衣類を手に取った。
アダムは手早く衣類を身に纏い、気怠い体を横にして瞼を閉じたが、その途端シドの顔が浮かぶ、どうして彼の顔が浮かんでくるのか分からない、けれど思わず「嫌い…」と言葉を溢した。
恥ずかしい出来事を、忘れたいと思えば思うほど、鮮明に蘇って来て、胸を触られて唇が触れただけで、あんなに高揚するとは思わなかった。
自分で触っても何とも思わないのに不思議で、スっと衣類を開けて自分の胸を見た。
その瞬間、自分に跨っていたシドの姿が蘇って来る。
アダムの性器を食べようとするなんて……、とアダムは全身がカっと熱くなり羞恥に襲われ、また涙が零れた。
「やだ、嫌いだ」
嫌いの言葉を吐き出す度に、何故かツキっと胸が痛み、息苦しくなる。自分の真意が分からなくて、そのままポスっと枕に顔を埋めた――――。
夜になっても、アダムは一向に眠れずにいた。
目を閉じると、シドにされた行為が浮かんでくるし、強烈な印象が脳裏に焼き付き、どうしようもなく体が疼いて来る。
こんな事ビビアンに相談も出来ないし、する気も起きなかった。
すっと起き上がるとバルコニーへ向い、火照った身体を夜風に晒せば、薔薇の香りと冷たい空気に少しだけ癒される。
そもそもシドは何故あんなことをしたのだろう? と思う。
アダムの少ない知識で、どれだけ考えても答えは導き出されることは無く、自分は男なのに、どれだけ発情しても女性とは違うのだから、あんなことをされる理由が分からない。
けれど、獣人なら当たり前の行為なのかも知れない……、そう考えれば少しだけ気分が落ち着いて来た。
「どうした?」
「ひっ…!」
聞えた声に身震いする。
甘い声の主が自分を背後から抱きしめると、首筋に唇が触れる。
「こんな場所に出て、匂いを撒き散らすとは…、襲ってくれと言っているようなものだ」
「や、だ、違う! 匂いなんかしない!」
アダムは芳香は出ていないと、頭を振り否定した。
「まったく、あんなことくらいで気を失うとはな……」
「あ……、ぁ…、僕は嫌って言ったのに……!」
「何が嫌なんだ? 身体はちゃんと喜んでいたと思うが…?」
さっきまで、あんなに嫌いだと思っていた相手に、鼓動は激しくドキドキと動き出す。
耳にかかる彼の息と声にクラクラしてしまう。
嫌いなはずなのに……、と自分の真意が分からないでいると、不意に無重力に襲われて思わずシドに縋りついた。
そして先程まで自分が座っていた椅子へ彼が腰かけ、ストンと向かい合うように抱き抱えられた。
「なんだ? 言いたいことがあるなら言ったらどうだ?」
「僕は男です」
「それで?」
「だから……」
言いたい事ならたくさんある。
ただ、彼を見ると言葉が出てこないだけで、聞きたいことも、訴えたいこともあるのに、呼吸を整えるので精一杯だった。
何度か見た事のあるクスクス笑う顔が、何時にも増して意地悪な顔に見えた。
「どうして匂いを出している?」
「……! そんなの…、出てないです!」
右手を取られ茜色に染まった甲を見ながら、ジっとこちらの様子を伺う。
もう今すぐ逃げ出したいほど恥ずかしかった。
アダムはシドに昼間されたことを思い出し芳香が出ているなんて、口が裂けても言いたくないし、悟られたくなかった。
彼が切なそうにこちらを見ると、大きな手をアダムの頬にあて、スリスリと頬を撫でる手がピタリと止まる。
「この国が嫌いか?」
「わかりません……、僕が体験したのは牢屋と、処刑台と、この薔薇の宮殿だけです」
「それもそうだな、本来なら、お前は生涯ここで暮らすことになるが……」
その先の言葉は彼は言わなかった。
悲しそう…、そんな表情にアダムには見え、ふと、ジークが言っていたことを思い出した。
「僕は、処刑されてしまうのでしょう?」
「誰がそんなことを?」
「ジークさんが言ってました。王様は何も出来ないから…って」
「……そうか、王様は随分と甘く見られてるようだ」
「その前にここから出たいです…」
そう、早くここから出ないといけない、それは神父様が心配しているからとか、処刑されるからとかでは無く、ここに居ると自分の心が囚われて行く気がした。
シドはアダムの訴えを聞くと。
「あ…」
深く官能的な口づけは、アダムの冷めかかった熱を、着火させるのに十分な効力を持っていた。
分厚い舌が口腔に入り込み、喉奥へと到達すれば、甘い痺れは息苦しくなる。こくり、こくりと彼の唾液を飲みながら、つい、アダムはもじもじと腰が動いてしまう。
それを悟った彼が強く抱き寄せ、夜だと言うのに、シドは眩しそうに目を細めると。
「処刑などさせないから安心しろ」
「本当ですか?」
彼は優しく頷いた。
「約束通り家まで送り届けてやる」
「はい」
「俺はもう帰る……、早く休むといい」
「はい、分かりました……」
アダムが頷くと額に彼の唇が触れ、部屋へ入るよう促される、最後に「おやすみなさい」と声をかけようと振り返ったが、既にシドの姿は無かった。
王族は皆、羽が生えているのだろうか、音もなく現れ、消えて行ったシドの残像が残るバルコニーをアダムは暫く眺めた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
130
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる