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彷徨う心
#14
しおりを挟むそれから数日後――。
いつまで経っても、リュシアは子を宿したことを誰にも言えずにいた。
閨に来たダーヴィンには体調が悪いことを理由に断りを入れていたが、そろそろ、そんな言い訳も通用しない気がして、リュシアは覚悟を決める。
カルメンとセレス宛てに、実家に行ってくるから誤魔化して欲しいと書置きを残し、数日前に手に入れた使用人の許可証を使って王宮を出ると、急いで検問所を目指した。
ベルヴィルは入国には厳しいが、外へ出るのは自由なため、特に身分も明かす必要がない。フード付きのローブを目深に被ると検問を通り、問題なく国を出ると真っ先に港町へ向かった。
自分の金や身に着けていた備品を少し持って来たので、これを売れば、しばらくの間は何とかなるだろうと思う。それに、これからは生活のために働かないといけない……、と決意を固めて船に乗り込んだ。
最初は、いつ捕まるかビクビクしていたが、国を出て数日も経つと、周りの目も気にならなくなっていた――――。
船の甲板で手摺りに寄りかかりながら、すーっと大きく深呼吸を繰り返し、そよぐ風を全身に浴びる。
――はあ……ちょっと気分が良くなったかも……。
悪阻というよりは単純に船酔いをした気がして、虚弱な自分が情けないと思う。
少し前にリュシアのことを心配して声を掛けてくれたお婆さんに「もう陸地に着くわよ、良かったわね」と言われ、リュシアは頷いた。
陸地に着いて背伸びをしながら生き返った気分を味わうが、ゆっくりはしていられなかった。
誰かに他の大陸の話でも聞こうかと思った瞬間、近くで談笑している男達の口から、只ならぬ会話が聞えて来る。
「魔法使い共が人を探してるらしいぞ、見つけたヤツには報酬も出るらしい」
「本当か? だとしても触らぬ神に祟りなしだな」
やっとの思いでベルヴィル王国から逃れて来たのに、もう既にこの陸地まで捜索の手が伸びていると知り、ぞわっと背筋に寒気が走る。
ただ、魔法使いは世界規約により、申請がない場合は西の大陸以外での魔法の乱用は禁じられているので、リュシアを探し出すにしても簡単では無いはずだ。
取りあえず、急いで別の船着き場へ行き、他の大陸へ行くために幾ら掛かるのか聞いて見る。
「その金額なら隣の大陸レブロンが限界だと思うぜ」
「そうですか……」
「へぇ、お前……、男なのか」
男の視線がリュシアの胸元に移動し、ニヤ付く顔に変わったのを見て、もしかして、この男が言った情報は嘘で、揶揄われているのかな? とムっとなる。
これでも蝶よ花よと育てられ、家ではそれなりの我儘を言ったりしてきたのだ。ダーヴィンを含め王宮以外の人間に揶揄われるのは心外で、リュシアの中では許していない。
ただ、世間知らずのお坊ちゃんだと思われているなら、あながち見当違いでは無いし、揶揄われても仕方が無いのかも、とちょっとだけ態度を改める。
「あの、レブロンはどの船で行くのでしょう?」
「もう定員一杯で誰も乗れないが、その気があるなら……、口聞いてやってもいいぜ?」
「その気ですか……?」
よく分からないが、リュシアの望む場所まで連れて行ってくれると言うことなのだろうか? と小首を傾げる。
「お前、男娼だろ?」
「え? 何ですか?」
「わざと首筋の情事痕を見せびらかしてるのか……?」
男が口にした言葉がよく分からない、リュシアはどう答えるべきか悩んだ。
――だんしょう? どうしよう……、知らないフリするとまた揶揄われるかも?
寸刻考えた結果、そうだと答えるべきだと思い、リュシアが答えるとニヤっと男は嬉しそうな顔をした。
男がいそいそと辺りを見回し、とある場所を見つめながら、「宿とか取らなくもいいか?」と言うので、一泊している暇などないと思い、リュシアは男の言葉に頷くと返事をした。
「はい、直ぐに乗りたいです」
「へぇ……、やっぱり綺麗な顔して相当慣れてるんだなぁ、お前なら一流店でも信じられない金額だろうに……」
男の言っている意味がまったく分からないが、どちらにしても、言うことを聞かないと船には乗れないし、リュシアとしては早くこの陸地から移動したかった。
男は付いて来いと言うので、後をついて行くと港から少し離れた倉庫のような場所に案内された。
「ここは……?」
「ん、ここは修理倉庫だな、船って言うのは何度も荒波を乗り越えるからな、知らない間に損傷したりするんだ、でだ! 修理する船はここに……って、そんなことは良いんだよ」
「はい、で、僕はどうすれば?」
「ハァ」と大きな溜息が聞え、男は首を傾げ「都の男娼は、手間がかかるのか……」とブツブツ言っているのが聞える。
くるっと男が後ろを向くと、がさごそと下服を脱ぐ準備をし始めたので「着替えですか?」とリュシアは尋ねた。
「は?」
「着替えるのであれば、外で待ってましょうか?」
「いや、お前も脱ぐんだよ」
「僕も? でも着替えするほど汚れてないです……っ」
男にいきなりガっと腕を掴まれて「痛いっ」とリュシアは悲鳴を上げた。
あまりに強く引っ張られたので肩が抜けそうになり、こんな強引で乱暴な扱いを受けたことがないリュシアはどう対応すればいいのか悩む。
一般的にはこれが普通なのかも知れないが、自分には耐えがたい扱いだったので、船の件は断ることにした。
「あの、僕、もういいです」
「今更、何を言って――っ?」
男が怒りの籠った顔でリュシアの腕を引っ張り上げた瞬間、突然、地面が割れて小さな石のような物が、男に向かってコツンコツンと当たる。
最初は軽い感じだったが、そのうち勢いを増した石がひゅんひゅんと飛び始めると、男がギョっとした顔を見せ「お前、魔法使いか?」と驚く。
魔法王国から来たのは間違いないし、今起きている現象は間違いなく土魔法だったが、これはリュシアが起こしたわけじゃない。
背後の扉が静かに開くのを感じて、ああ……、捕まってしまった、とリュシアは落ち込んだ。
「その方から離れて頂きましょうか、貴方のような人間が触れていい人ではありません」
冷たく怒りの籠った声が男に忠告した。
「くそっ、お前、ここの大陸は魔法が禁止されているのを知らないのか!」
背後にいる人物の靴の踵がカツンと地面に冷たく響く。
「大丈夫ですよ。貴方しか見てないし、言わなければ問題ありません、永遠に口を塞がれるのがお望みなら、今すぐに塞ぎますが?」
「――いっ、いや、そうだな、俺は見てない、何も見てない」
「ですよね、良かったです。では、お気を付けてお帰り下さい」
男はゴクリと喉を鳴らし、リュシアの腕を離すと、慌てて倉庫から出て行った。
振り返らなくても背後にいる魔法使いが誰なのか分かっていたが、どうすればいいのか分からなかった。
力が抜けてしまい、ペタンと地面に座りながら「僕、帰りたくない」と声を出した。
呆れた様な溜息が聞え、それが胸に沁み込んできて悲しくなる。きっと何を言っても連れ戻されるのだと感じたが、それでも帰りたくないと何度も言い、駄々を捏ねた。
「リュシア様、そんな場所で座っていては身体が冷えてしまいます」
「……」
「何処に行きたいのですか?」
「誰にも……、見つからない所……」
「分かりました。では一緒に参りましょう」
――え……?
リュシアは振り返った。
眉を下げ心配そうな顔をしたセレスが「何処までも、お供します」と言う。
多分、彼はダーヴィンからリュシアを連れ戻すように言われて来たはずなのに、どうしてそんなことを言うのだろう? と不可解に思っていると、ゆっくりこちらに歩みを進め、リュシアの前にしゃがみ込む。
「大丈夫ですよ。私だけは、いつでも貴方の味方です」
ふわりと抱きしめられて緊張が解けてしまい、リュシアの瞳から勝手に涙が溢れた。
「セレス……っ、……ぅ」
「本当に心配しました」
優しく抱き込む彼の体温に包まれ、背中を擦ってくれる大きな手に安堵すると同時に、自分がどれだけ心細くて気を張っていたのか分かった――。
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