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愛しの番
#25
しおりを挟むそれから月日が流れ、出産を控えたリュシアは、隣町のゲルマンの所に泊まり込んでいた。
セレスが自分の元を去る時、自分達が本当は魔法王国から逃げて来たことや、リュシアがどういう立場の人間なのかを、ゲルマンに説明してくれた。
わけありなのは、彼も分かっていたので、それに関しては驚きはしなかったが、リュシアが魔法王国ベルヴィルの国王陛下の側妻だと知り、それは大事だとゲルマンは頭を抱えていた。
セレスは生まれて来る子供が成長して手がかからなくなるまで、ゲルマンの所で面倒を見て欲しいと言い残すと、リュシアの元から去っていた。
「リュシア……」
「はい?」
診療所の周りをリュシアが掃除しているとゲルマンに呼ばれる。
「あまり動き過ぎるなよ、それにそんなことしなくてもいい」
「ですが、ただで御厄介になるわけには……」
「それに関しては旦那……、じゃなくて従者が大量に金を置いてったからいいと言っただろ? しかも、知らない間に壁の修復まで……」
いくらセレスがお金を置いて行ったとはいえ、居候には違いないのでリュシアはそのことをゲルマンに伝える。
「いいえ、それはセレスのお金で、僕のお金じゃありませんし、壁の修復も気にすることではありません」
「……頑固だな、似た者同士とは、お前達のような人間を言うんだろうな」
苦笑するゲルマンから、セレスと似ていると言われたことに、リュシアは微笑した。
午前中の診察が終わり、昼食の準備をしにゲルマンの自宅へと戻ると、塩が足りなくなっていることに気が付いたリュシアは、買いに出かけることにした。
馴染みの露店へ出向き調味料を買い足し、診療所へと戻ろうとして、見知った姿に足が止まった。
――え……、ウリック……従兄さん?
青碧色の髪に、魔法ローブに身を包んだウリックが、ゲルマンと何か揉めているのが見え、早く逃げなきゃいけないと頭が警告する。
咄嗟に羽織りを頭から被り、リュシアは踵を返すと、急いで町の中心へ向った。
――どうしよう……。
今、戻れば、捕まって国に戻されるのは言うまでもない。
自分一人ではやり過ごすのは無理だと判断したリュシアは、馬車を見つけると隣町まで行って欲しいと伝えた。
「ノルマントなら、100ルークだよ」
「あ、手持ちは無いのですが、送って頂いた先で、お支払いでも良いでしょうか?」
「うーん、本当は先払いだけどね……、いいよ」
「ありがとうございます」
妊婦だと分かったからなのか、馬車の主は快く引き受けてくれた。
急いで馬車に乗り込むと、馬車が走り出す。
診療所の周辺を通り過ぎる際、小窓からこっそり様子を伺ったが、ウリックの姿はもう無かった。
どちらにしても、この町に居ては見つかってしまう可能性の方が高いし、じっとはしていられなかった。
こんな時ばかり頼るのは申し訳ないけど、ハンナに助けを求めて一旦やり過ごすことをリュシアは考えた。
ふと、ノルマントへ向かう道ではない気がしたが、気のせいかも知れないと思い直す。しばらくして、小窓から外の様子を見るが、やはり道が違うと思い、馬車の主に声を掛けたが、聞えてないようだった。
どうすれば良いのかも分からず、馬車が停まるのをひたすら待っていると、ようやく停車した。
「着きましたよ」
「え……、ここノルマントじゃないです……」
断崖絶壁に建てられた大きな屋敷が目の前に見え、後を振り返ると緩やかな坂道の一本道だった。
「ここは収集家の家でね、珍しい物を買い取ってくれるんだ」
「え……」
「絹毛なんて珍しいから、相当高く買ってくれそうだ」
リュシアは随分前に、珍しい髪色は売り物になるから、気を付けろと言われたことがあったのを思い出した。
最近は診療所の周辺しか移動範囲がなく、人口も多くないことから、髪の毛のことをすっかり忘れていた。
セレスにあれだけ注意を受けていたのに、薬を飲むのを忘れていたことを今更のように後悔した。
「妊婦のようだし、ササっと髪を切られるだけで済む、さあ行こう」
男がリュシアの腕を引っ張るが、本当に髪を切るだけなら、ここで切ればいいと思い、それを男に伝える。
「髪の毛が必要なんですか? それなら、ここで切ります」
「……っ首から上が必要な場合もあるんだよ」
男の首から上という言葉を聞き、ぞっとする。
咄嗟にリュシアは男の腕を振り切り、転がるように坂道を下った。急に動いたからなのか、お腹にキンっと痛みが走る。
――ごめん、今だけ我慢して……。
リュシアは、お腹を両手で抱え逃げるが、直ぐに追いつかれてしまう。息を切らした男の形相はかなり怒っており、振りかざした手が見え、殴られると覚悟して目を瞑った瞬間、そのままバシっと叩かれた。
力いっぱい殴られたせいで、耳鳴りと脳震盪が起きて、リュシアは地面に体を打ち付けた。
「痛ぃ……!」
「素直に言うこと聞いていれば、痛い思いをせずに済んだんだ」
殴られた衝撃で片方の肩が外れてしまったようで、激痛で視界が歪んだ。男は、「ったく、手間かけさせんな」と怒りのままリュシアの腕を捻り上げた。
大人しく言うことを聞いたからと言って、命が助かる保証はないことぐらい、世間知らずな自分でも理解していたし、だから何としても逃げ出したかった。
けれど、リュシアより遥かに大きい男の体格の差に勝てるわけもなく、ずるずると引き摺られるまま、屋敷へと連れていかれる時、リュシアは馬車を見て、一か八かで馬に向かって足元にあった小石を蹴飛ばした。
それが上手く当り、馬が驚いて立ち上がると暴れ出し、「どうした?」と男が慌てて馬車へと駆け寄る。
男の意識が馬へ向いているうちに、急いで逃げ出したが、その先は崖で道がなかった。
どうしよう……、とリュシアが考えていると、男の怒号で、「おい! 危ない!」と聞こえた。
その瞬間、身体にぶつかる重い衝撃を受けて、ふわりと身体が浮いた――――。
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