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忘れられた番
#30
しおりを挟む子供が生まれてから、十日が過ぎた頃、ウリックは「もう、帰るのやめるか」と言い始める。
確か、国に帰らないと条約違反で大変なことが起きるとか言って、リュシアを脅していたのに……、と呆れながら、そのことを指摘した。
「まあ、そうなんだけど、意外といい町だよな、海からの風も気持ちがいいし……」
「そんな理由で帰るの止めるって言ったの?」
ダリウスを抱っこしながら、それだけが理由ではないと言う。どうやら、子供に情が移ったらしく、国に帰れば抱っこ出来なくなるのが嫌だと言い始める。
「もうさ、俺が父親でいいんじゃないか?」
「それは……なんか嫌だ……」
「ちっ、記憶がなくても、憎たらしいのはそのままか……」
本音を言えば、帰らずに済むなら帰りたくない。けれど、記憶が戻らないのは嫌だった。
何かが足りないことを本能で察知しているのか、時折、どうしようもなく不可解な切なさに襲われる。
一体、自分は何を忘れているのだろう? その忘れている何かを思い出すことが出来れば、この胸の苦しさは解消されるはずだと思うのに、思い出すのが怖いとも思う。
リュシアはウリックに抱かれている我が子を見つめながら、「僕って、子供頃どんな子だった?」と聞いた。
「あー、俺の感想で良いなら言うけど、可哀想な子供だったよ」
「そうなんだ」
生まれた時から側妻として育てられ、自由などなく、子供らしい遊びも出来なかったと教えられて、そんな幼少期を送ってきたとは思いもしなかった。
だから、本当に自分のことなのかな? とウリックを疑った。
「それ本当?」
「記憶がないからって嘘は言ってないぞ? お前は……、何と言うか、凄く一生懸命だったよ、習い事も含めて陛下のためなら命を差し出すことも厭わないほど、献身的に毎日を過ごしてた……」
そんなに? とリュシアはウリックの話に驚いた。
いくら王家との盟約があるからと言って、そんなに献身的になるなんて、と自分のことなのに信じられない話だった。
「本当は悩みもあったと思うけど、陛下のことを話す時は嬉しそうだった……、だから……、お前は好きだったんだと思うよ陛下のことが……」
ウリックは抱いているダリウスを見つめると、どちらにせよ、リュシアは陛下が嫌で逃げ出したのではない気がすると彼は言う。
しんみりと彼に言われて、それなら、ぽっかり空いている胸の空間は、陛下とのことを忘れているせいなのかも知れないと思った――――。
数日後、大きな客船がノルマント共和国の街へ入国した。
ゲルマンや、それ以前に世話になったことのあるハンナに別れを告げると、リュシアとウリックはその船に乗り込んだ。
赤ん坊が長い船旅に耐えられるか不安で、本当に大丈夫なのかと心配だったが、意外にもダリウスは楽しそうだった。
きゃっきゃっと燥ぐ姿を見て、こんなに可愛いなら、もう一人欲しいな、と密かに思う。けど、ダリウスの真っ黒な瞳にじっと見つめられると、不思議な気持ちが湧いた。
我が子なのは間違いないし、愛情だって湧いているのに、なぜか後悔に似た気持ちが混同していた。
「あー、それにしても魔法が使えない生活は辛いな……」
「そうなんだ、僕も魔法が使えるようになれば、そうなるのかな」
「多分な……、けど、どうなんだろうな……」
分かりやすく表情を沈ませるウリックを見て、リュシアはどうしたのかと思う。
「意図的に魔力が封印されているなら、お前は一生そのままの可能性がある」
「そっか」
自分のあっけらかんとした態度を見て、子供の頃は魔法が使えなくて悔しがってたのに、どうして悔しがらないんだ、と何故かウリックの方が不貞腐れていた――。
その後、しばらくしてリュシアは船酔いと戦うことになった。
ウリックに背中を擦られて、「お前、よくこんな遠い国に来れたな」と呆れたように言われた。
確かに、こんなに気分の悪い思いをしながら、ここまでよく来れたと思っていると、少しずつ変なことが頭を過り始める。
――誰だった……?
リュシアの身体を包む優しい体温を思い出すが、顔がはっきりと思い出せず、何故か苛々してしまう。ずっと一緒に暮らして居たというセレスという名の男だというのは分かるが、どうして顔が思い出せないのだろう。
一緒に暮らしていたのだから、親密だったのでは? と思うのに、彼のことが分かるような物が手元に一切ないのが不思議だった。
「ねえ、セレスってどんな人なの?」
「んー、どんな人……、一言で言うと完璧主義者だな」
魔導アカデミーの特別講師をしていたことがあるらしく、ウリックが学園に通っている頃は、よく怒られたと言う。
何故か怒られる彼の姿が想像出来てしまったリュシアは、「あー……」と納得の声を零した。
「何だその『あー』は!」
「何でもないよ? あ、僕の両親はどんな人なの?」
自分の生まれた故郷が近付くにつれて、両親、陛下、王妃と思いつく限りの質問をウリックにした。
けれど、やはり何も思い出せず、話しを聞くだけでは夢物語を聞いているようで、しっくり来なかった。
リュシアは生まれて間もない我が子を見ながら、国に戻ってこの子は幸せな人生を歩めるのか、それだけが気がかりだった――。
数日の船旅を終えて、魔法王国の大陸へと足を踏み入れた瞬間、ウリックが魔法を発動させた。
「わぁああ!」
「暴れるな、落ちるぞ」
「だ、だって、急に浮くから!」
しゅるっと彼の足元から竜巻が起きたかと思った瞬間、リュシアの腰を抱き空へ舞った。その時、防衛本能で子供を強く抱き込んだせいで、ダリウスが泣き出してしまった。
「ごめん、ダリウス、怖かった? ウリックのせいだからね」
「……そういうの教え込むのやめろ」
「本当のことだし……」
空を飛ぶなら飛ぶと言って欲しかった、と思っていると、こんなことが前にもあった気がした。
早く下ろして欲しいと言うつもりだったが、空高く舞った大陸の景色に、「はっ……」と小さく息が勝手に洩れる。
あれが育った王国だと言われて、ウリックが顎を揺らした先を見れば、大陸の中央に魔法王国ベルヴィルが見えた。
大きな建物の空に浮かぶ、三日月の文様と、それを囲むように丸く飾られた幾つもの五芒星が美しく、うっとりとそれを眺め、はたとなる。
――五芒星……似たような物を見たことがある気がする……。
引っ掛かるのに、そこで思考が途絶える。きっかけを掴むことは出来ても、そこから先が続かなかった。
でも妙に気になったリュシアはウリックに聞いて見た。
「あの五芒星は……?」
「ん、ベルヴィルは五属性が主体だから、そのシンボルだ」
「……そう、じゃあ三日月は?」
「魔法の始まりの地という意味だ」
自分の国のことなのに初めて聞く気分で魔法王国の歴史に触れて、感慨深く頷いた。
大きな門の前まで来るとウリックは、足元の竜巻を緩め、ふわりと地面に降り立った。
検問所に報告しないと入れないと言う彼に頷き、リュシアが門に近付いた瞬間、眩い光が辺り一面に広がった。
「犯罪者扱いかよ……」とウリックが呟いたあと、ザっと現れた兵士に取り囲まれた――――。
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