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すばらしい世界
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オタク文化には興味はなかった。
もちろん漫画もアニメも人並みには見てきたが、誰もが日本で生きてりゃ普通に触れる範囲のものだけ。
ただ、現代はネットを使えばイヤでもオタク文化へのアクセスは容易なものになっていて、興味のない俺にですら情報は勝手に入ってくる。
その中で最近は異世界転生というジャンルが人気だということも知っているが、そういうのって昔からあるような気がする。
言ってしまえばタイムスリップするものもそういうものだと思う。
俺も今別世界、異世界にいる。
朝、部屋で着替え中にズボンで足を絡ませてしまい、つまづき倒れテレビに頭をぶつけ、気絶したのか気づくと夕方になっていた。
朝が夕方になっていたというような事を比喩として異世界などとポエムな事を言っているわけでは決して無い。
窓の外の世界はおどろおどろしく、謎の生き物が闊歩している。
ベッドに腰掛け、そのまま横になる。不安や恐怖はもちろんあるが、仕事に行かなくて良いことや人付き合いをしなくて良いことの安堵感の方が勝ってる。
「死ぬとみんなこういう世界に来るのかな」
頭を打ったときに死んだのだとすれば、ここは異世界と言うよりリンボー?辺獄と呼ばれる、天国でも地獄でもない世界のような気がする、特に徳を積んだつもりもないし悪事を働いたわけでもないのだから。
しかし、部屋はそのままなんだな、スマホもあるしパソコンもある。スマホはたくさんの着信履歴がある、頭打って仕事行かなかったからな。上司と同僚の着信履歴に動悸がする。
「なんで別の世界に来てまでこんな」
窓からスマホを投げる。もともとプライベートなんて盆と正月に親から帰ってくるのかと聞かれる程度、未練はない。こんな状態じゃ連絡なんてつかないだろうし
ただふと、それで電気が生きている事に気づく。ネットはどうなんだろう?しまったスマホ、、、パソコンは何年も前にネットは解約したし、いやそもそも契約が生きてるはずはないのか?
しかし、まぁいいネットにつながったとして何なんだ、現世?への未練はないとついさっき思ったばかりだ。
こんなことなら冷蔵庫にもっと色々入れてれば良かった、腹は減るし、打った頭は痛い。
冷凍庫から保冷剤を出し、タオルやら半端な長さのテーピングやら絆創膏やらで頭に留める。
幸い瘤になっているだけで、大したことはないようだ、相当に不格好だが他に人間もいないのだし良かろうということで。
俺はそれから数日を家で過ごした。
数日分程度なら食べ物の備蓄もあるし、外は危険そうなのだ無理にでる必要はない。
家の外の異形は大小様々で、空を飛ぶものもいて、この世界の鳥のたぐいなのか、羽ばたいてるようにはみえない。
地面を這うモノの中には、全く動かずにじっとしているものもいるが、高速で駆け抜けていくもの、ゆっくりとどこかへ行くもの、行動も様々だ。
子供の時に見た確か手塚治虫だったかの古いコミックで、部屋ごと異世界にとばされるようなモノを読んだ気がする。
たしかそれによると部屋から離れすぎると部屋が消えてしまうような話だった。オチがどうなったかは覚えていないがその通りの展開になるはずもなかろう、それでも部屋から離れるのは何とも不安だが。
冷蔵庫のほかに即席麺もいくつかある。水もガスも出るし、なんならトイレも流すことが出来る。風呂にだって毎日入っている。
さらに数日がたち、食べ物が半分以下になった。
あまり動かないから腹も減らないが、これでも節制している。だがこのままでは餓えて死ぬ事になる、こうなった初日から頭を巡らせるがこの世界に人が食べられるモノがあるのだろうか、、、。
いよいよ危機感を感じてきている。
ふと、呼び鈴が鳴る。
心臓が飛び出そうと言う表現があるが、これがそうだろうか、心臓を吐き出しそうな感覚。すぐに口元を押さえる。まさか心臓を吐き出すとは思わないが、自分の悲鳴を押し殺す意味もある。人間ではない絶対に。何で化け物がチャイムを鳴らすんだよ!と心の中で不満を反芻し、口と腹を抱え込みうずくまり気配を消す。
1~2分経ったか、玄関先から物音はしない。動物は本能的に命の危険があると逆に危険に向かう習性があると聞く、俺は玄関に向かい覗き穴に目を当てる。
瞬間また呼び鈴が鳴る!
一瞬だが見た!確かに化け物だった、そして音がなる仕組みが気に入ったのか?もう一度呼び鈴がなる。腰を抜かすというよりスネからヒザにかけての血の気が引くような、力の抜けるような感覚に尻餅をつくが、幸い音はしなかった。「許してください許してください」と心で祈る。
体感は数時間だが部屋の時計を見ると5分程しかたっていないが、化け物はどこかへ行ったようだ。覗き穴を見るのは怖かったがそうも言ってられないわけで、安全確認をし部屋の奥へ逃げ込む。
それからの数日というと、これまでは物音など気にしたことがなかったが、息を殺して生活するようになった。
外からの音や、化け物がまた来るのではないかとびくつきながら布団の中にこもる。
最終的に布団をクローゼットまで持って行き、クローゼットの中で寝るようになった。
風呂やシャワーの音などもってのほか、トイレも流さない。においが酷い。
そして食べ物が尽きた。
だが外に出たいとは思わない、あの化け物と対峙するなんてしたくない、怖い。化け物に殺されるくらいなら餓死する方が怖くない。
張りつめた緊張感の中、昨日食べたツナ缶のすみにこべりついたものをなめとる。水を飲んで腹を満たすしかないとキッチンに行き水を飲む。
ふと包丁に目がいき、手に取り手首に当てるが、痛いのは怖い、自分で死ぬ勇気もない。
涙も出ない。
だが非情にもまた呼び鈴がなり身体がこわばり包丁を落とす。ほんの少し足の甲に当たって切れた。ケガは大したことはないが、、、音をたててしまったことへの開き直りと痛みによりやたらと思考がクリアにやっている。
化け物はドアを叩いている。俺がいることがバレた。そこからは冷静だった。
ドアを開け、ゆっくり入ってきた化け物の身体に何度も包丁を突き立てた。普通に赤い血を出し化け物は動かなくなった。
死肉の臭いなどにつられて化け物が来ても面倒だから部屋に引きずり入れシャワーで血を流した。
次の化け物が来ないとは限らない、淡々と武器を用意していく。
最初は物干し竿に結束バンドとガムテープで包丁を固定し槍を作ってみた。しかしテストとして化け物の死体に何度か本気で突き刺したところ、包丁がズレてしまう。
包丁は手元の武器としてそのまま使う事にして、物干し竿の方を斜めに切り竹槍よろしく簡単な作りの槍にした。ステンレスの物干し竿を切るのは容易ではなかったため手は赤く皮がむけてしまった。
金属ラックを短く改造するときに使った金属を切る為のノコギリがあって良かったが、最後はノコギリが折れてしまったので物干し竿の方を何度か曲げて折り切った。
この世界で長く生きていくつもりはないが、あいつらに殺される気ももうない。
風呂にある死体を切り刻み焼いてみた、牛とも豚ともつかないにおいがしたが、食えそうな肉のにおい。塩コショウをしてかぶりついてみる。
血の味がするし、臭みもある、が美味い。
最近は1日1缶のツナ缶で耐えてきたし、この世界に来て初めての肉の味に夢中で食べ過ぎてしまった。
やたらと眠くしばらく休むことにした。
そう言えば物音に怯え、ちゃんと眠れていなかった、、、
目が覚めるまで、元の世界で上司から怒られている夢を見ていた。夢のストレスのせいなのか、昨日の肉がもたれたのか、はたまた毒でもあるのか胃が気持ち悪い。
しかし気持ちは晴れていた。
「化け物は殺せる」
それが俺に自信をつけた。
冷静になってみるとあいつらは猛獣のような爪や牙もない、大型のモノは象ほどあるので敵う気がしないが、たまに犬猫ほどのものもそのあたりをうろうろしている。
この部屋の水やガスがいつまで使えるかわからない以上、この世界での新たな水や燃料の確保が必要だ。
そして冷静になると何故か日常的な動きをするもので、風呂に入り身体を洗い(肉はバラして冷蔵庫に入れた)歯を磨き、ソファーで一息つく。
テレビも付けてみたが、電源は入るのだがザラツいた画面がうつるだけ。
よし、そのあたりの動きの遅い小さな化け物を殺し食料にしよう。連中はたまに群れている事もある事から動物程度の知能はあるようだ、そう考えると単独で動いているモノを殺す方がいい。
すぐさま行動に移す。が、小型の化けものは存外にすばしっこく、逃げられてしまった。
次は人間の子供程度の大きさのモノに槍を刺し、息の根をとめ部屋まで引きずってくる。
同じようにバラし血抜きをする。馴れたというより、小さい分作業がしやすかった。
このあたりの化け物を狩り尽くす事も考えた、そうすれば不意に部屋に来て呼び鈴を鳴らすような奇行に出られる心配も減るだろうしと。あれはしこたまビックリした。
だが、、、やはり危険だろう、、、
数時間後に窓から見える少し先の方、ちょうどさっき化け物を殺したあたりに大小の化け物が集まってきていた。
あいつら血の臭いに敏感なのか?おぞましい、、、
翌日、また呼び鈴で起きた。
すぐに武器を取り、玄関まで移動する。穴を覗くと数匹の化け物がいる。血の臭いにつられたのか?しかし偶然呼び鈴に身体をぶつけたかなにかだと思っていたが、こいつらやはり知能があるのだろうか。蟻がフェロモンをたどって行くことで道がわかり行列をなすように、こいつらもなにかフェロモンのたぐいを発していて呼び鈴をさわりならしているのかもしれない。
前ほどの恐怖はないが組織だって動く化け物にたじろいだのはいなめない。ここはもうだめかもしれない。
身支度をし、いつでも逃げられるようにした。
そうして深夜2時頃、新たな拠点へと旅立つことにした。
夜は化け物も少ない、たまに大型の化け物が目を光らせながら走り去っていくがあいつらは自我があるの無いのかひたすらどこまでも去っていく。
先日より目星をつけていた、、、というより先日出掛けた際に近所のドラッグストアが見えた気がした。あわてていて幻覚をみたかと思ったが、やはりあった。
「ドラッグストアもこっちにとばされてきてたんだな」
ガラスを割ろうかと思ったが、それでは物音もたつし今後拠点にするつもりなのに化け物から侵入されてしまう。
裏口を探すが、無い。薬事法なんかで裏口とか作ったらダメなんだろうか?玄関の自動ドア以外には窓もない。入りさえ出来れば拠点としては裏口がないのは良いことなのかもしれない。逃げ場が無いともいえるのか判断は付かないが、ここなら食べ物もあるし、薬品もそろう。どうにか入れないかと思っていると、中に化け物がいる事に気づいた。
「どうやって入ったんだ?」
独り言を言いながらそっと近づくとドアを押し広げて出てきた、鍵が開いていたのだろうか。さらに近づき前後不明の化け物の身体に槍を突き刺し、そのまま店内に押し込んだ。
また血の臭いが外に残ると困るという判断だ。
化け物は少し暴れたが、槍を突き刺し直すとすぐに動きをとめた。
「夜勤あけですか?おつかれさまです。」
こんな世界で初めてジョークを言った自分がおかしくて少し吹き出したが、すぐにシャキッとしろと自分のヒザを叩いた。
油断は禁物、奥にまだいるかもしれない。その勘は当たりもう1匹いたのですぐに殺した。
風呂場がないので、うらにあった大きめのシンクに血を流し玄関先などの血はそこらにあるモップや漂白剤できれいにした。
頼りになる城を手に入れた!
これでまた生き延びられる。ちょっとしたシャツ類も売ってあり、なにしろ冷えた炭酸飲料は2週間ぶり。そうこの世界に来て2週間がたっていた。
ここには缶詰もまぁまぁあるし、乾麺もある。水道はここも出るようだが、、、ガスは無く、休憩室の電気ポットと電子レンジでなんとか調理は出来そうだ。
音を気にして洗濯もしていないので服や売ってある下着に着替え、さっぱりした。風呂はないが、レンジで蒸しタオルを作って体を拭いたりも出来るだろう。
そのうちバリケードを張れば自動ドアのガラスの脆弱性も気にならなくなるだろう。
水などの確保も今後必要になるだろうが、賞味期限を気にしなければ俺一人1年と言わず保つほどの資源はある。たまに化け物を狩って肉を食う気でいたが、ちゃんとしたベーコンなどもありそちらがよほど美味かった。
「すばらしい世界だ」
持ってきた布団で寝ながらつぶやく。よく眠れたと思う。
だが翌日、事態は急変した。
玄関先に10数匹の化け物がきている、そして勝手に入ってきてしまった。
俺はすぐさま槍と包丁で応戦したが、最初の何匹かだけは仕留めたのだが、やたらと強い化け物が次々と俺に襲いかかってきて俺を滅多打ちにし、武器を落とされる。手の指の骨が折れた気がする。
化け物達は俺に飛びかかり、食われるかと思ったが拘束されそのまま連れて行かれた。
化け物達のアジトにつれていかれ、とじこめられ、ときには無理矢理何かを食わされたり、じっと見つめられたり、たくさんの化け物の前に引きずりだされたりしたが、最後まで殺されなかった。
それが30年前のことで。
今も俺は生かされている。
「すばらしい世界だ」
『18日、ドラッグストア立てこもり事件の初公判が行われました。野林容疑者は別の通り魔殺人事件の関与も疑われており、市民団体等からも刑事告訴されています。事の発端は仕事を無断欠勤した野林容疑者宅を訪れた同僚と連絡が取れなくなり職場の上司が通報。その間包丁を持った野林容疑者と思われる男が目撃されており、野林容疑者の自宅30メートル程の場所で小学生が、、、、、』
もちろん漫画もアニメも人並みには見てきたが、誰もが日本で生きてりゃ普通に触れる範囲のものだけ。
ただ、現代はネットを使えばイヤでもオタク文化へのアクセスは容易なものになっていて、興味のない俺にですら情報は勝手に入ってくる。
その中で最近は異世界転生というジャンルが人気だということも知っているが、そういうのって昔からあるような気がする。
言ってしまえばタイムスリップするものもそういうものだと思う。
俺も今別世界、異世界にいる。
朝、部屋で着替え中にズボンで足を絡ませてしまい、つまづき倒れテレビに頭をぶつけ、気絶したのか気づくと夕方になっていた。
朝が夕方になっていたというような事を比喩として異世界などとポエムな事を言っているわけでは決して無い。
窓の外の世界はおどろおどろしく、謎の生き物が闊歩している。
ベッドに腰掛け、そのまま横になる。不安や恐怖はもちろんあるが、仕事に行かなくて良いことや人付き合いをしなくて良いことの安堵感の方が勝ってる。
「死ぬとみんなこういう世界に来るのかな」
頭を打ったときに死んだのだとすれば、ここは異世界と言うよりリンボー?辺獄と呼ばれる、天国でも地獄でもない世界のような気がする、特に徳を積んだつもりもないし悪事を働いたわけでもないのだから。
しかし、部屋はそのままなんだな、スマホもあるしパソコンもある。スマホはたくさんの着信履歴がある、頭打って仕事行かなかったからな。上司と同僚の着信履歴に動悸がする。
「なんで別の世界に来てまでこんな」
窓からスマホを投げる。もともとプライベートなんて盆と正月に親から帰ってくるのかと聞かれる程度、未練はない。こんな状態じゃ連絡なんてつかないだろうし
ただふと、それで電気が生きている事に気づく。ネットはどうなんだろう?しまったスマホ、、、パソコンは何年も前にネットは解約したし、いやそもそも契約が生きてるはずはないのか?
しかし、まぁいいネットにつながったとして何なんだ、現世?への未練はないとついさっき思ったばかりだ。
こんなことなら冷蔵庫にもっと色々入れてれば良かった、腹は減るし、打った頭は痛い。
冷凍庫から保冷剤を出し、タオルやら半端な長さのテーピングやら絆創膏やらで頭に留める。
幸い瘤になっているだけで、大したことはないようだ、相当に不格好だが他に人間もいないのだし良かろうということで。
俺はそれから数日を家で過ごした。
数日分程度なら食べ物の備蓄もあるし、外は危険そうなのだ無理にでる必要はない。
家の外の異形は大小様々で、空を飛ぶものもいて、この世界の鳥のたぐいなのか、羽ばたいてるようにはみえない。
地面を這うモノの中には、全く動かずにじっとしているものもいるが、高速で駆け抜けていくもの、ゆっくりとどこかへ行くもの、行動も様々だ。
子供の時に見た確か手塚治虫だったかの古いコミックで、部屋ごと異世界にとばされるようなモノを読んだ気がする。
たしかそれによると部屋から離れすぎると部屋が消えてしまうような話だった。オチがどうなったかは覚えていないがその通りの展開になるはずもなかろう、それでも部屋から離れるのは何とも不安だが。
冷蔵庫のほかに即席麺もいくつかある。水もガスも出るし、なんならトイレも流すことが出来る。風呂にだって毎日入っている。
さらに数日がたち、食べ物が半分以下になった。
あまり動かないから腹も減らないが、これでも節制している。だがこのままでは餓えて死ぬ事になる、こうなった初日から頭を巡らせるがこの世界に人が食べられるモノがあるのだろうか、、、。
いよいよ危機感を感じてきている。
ふと、呼び鈴が鳴る。
心臓が飛び出そうと言う表現があるが、これがそうだろうか、心臓を吐き出しそうな感覚。すぐに口元を押さえる。まさか心臓を吐き出すとは思わないが、自分の悲鳴を押し殺す意味もある。人間ではない絶対に。何で化け物がチャイムを鳴らすんだよ!と心の中で不満を反芻し、口と腹を抱え込みうずくまり気配を消す。
1~2分経ったか、玄関先から物音はしない。動物は本能的に命の危険があると逆に危険に向かう習性があると聞く、俺は玄関に向かい覗き穴に目を当てる。
瞬間また呼び鈴が鳴る!
一瞬だが見た!確かに化け物だった、そして音がなる仕組みが気に入ったのか?もう一度呼び鈴がなる。腰を抜かすというよりスネからヒザにかけての血の気が引くような、力の抜けるような感覚に尻餅をつくが、幸い音はしなかった。「許してください許してください」と心で祈る。
体感は数時間だが部屋の時計を見ると5分程しかたっていないが、化け物はどこかへ行ったようだ。覗き穴を見るのは怖かったがそうも言ってられないわけで、安全確認をし部屋の奥へ逃げ込む。
それからの数日というと、これまでは物音など気にしたことがなかったが、息を殺して生活するようになった。
外からの音や、化け物がまた来るのではないかとびくつきながら布団の中にこもる。
最終的に布団をクローゼットまで持って行き、クローゼットの中で寝るようになった。
風呂やシャワーの音などもってのほか、トイレも流さない。においが酷い。
そして食べ物が尽きた。
だが外に出たいとは思わない、あの化け物と対峙するなんてしたくない、怖い。化け物に殺されるくらいなら餓死する方が怖くない。
張りつめた緊張感の中、昨日食べたツナ缶のすみにこべりついたものをなめとる。水を飲んで腹を満たすしかないとキッチンに行き水を飲む。
ふと包丁に目がいき、手に取り手首に当てるが、痛いのは怖い、自分で死ぬ勇気もない。
涙も出ない。
だが非情にもまた呼び鈴がなり身体がこわばり包丁を落とす。ほんの少し足の甲に当たって切れた。ケガは大したことはないが、、、音をたててしまったことへの開き直りと痛みによりやたらと思考がクリアにやっている。
化け物はドアを叩いている。俺がいることがバレた。そこからは冷静だった。
ドアを開け、ゆっくり入ってきた化け物の身体に何度も包丁を突き立てた。普通に赤い血を出し化け物は動かなくなった。
死肉の臭いなどにつられて化け物が来ても面倒だから部屋に引きずり入れシャワーで血を流した。
次の化け物が来ないとは限らない、淡々と武器を用意していく。
最初は物干し竿に結束バンドとガムテープで包丁を固定し槍を作ってみた。しかしテストとして化け物の死体に何度か本気で突き刺したところ、包丁がズレてしまう。
包丁は手元の武器としてそのまま使う事にして、物干し竿の方を斜めに切り竹槍よろしく簡単な作りの槍にした。ステンレスの物干し竿を切るのは容易ではなかったため手は赤く皮がむけてしまった。
金属ラックを短く改造するときに使った金属を切る為のノコギリがあって良かったが、最後はノコギリが折れてしまったので物干し竿の方を何度か曲げて折り切った。
この世界で長く生きていくつもりはないが、あいつらに殺される気ももうない。
風呂にある死体を切り刻み焼いてみた、牛とも豚ともつかないにおいがしたが、食えそうな肉のにおい。塩コショウをしてかぶりついてみる。
血の味がするし、臭みもある、が美味い。
最近は1日1缶のツナ缶で耐えてきたし、この世界に来て初めての肉の味に夢中で食べ過ぎてしまった。
やたらと眠くしばらく休むことにした。
そう言えば物音に怯え、ちゃんと眠れていなかった、、、
目が覚めるまで、元の世界で上司から怒られている夢を見ていた。夢のストレスのせいなのか、昨日の肉がもたれたのか、はたまた毒でもあるのか胃が気持ち悪い。
しかし気持ちは晴れていた。
「化け物は殺せる」
それが俺に自信をつけた。
冷静になってみるとあいつらは猛獣のような爪や牙もない、大型のモノは象ほどあるので敵う気がしないが、たまに犬猫ほどのものもそのあたりをうろうろしている。
この部屋の水やガスがいつまで使えるかわからない以上、この世界での新たな水や燃料の確保が必要だ。
そして冷静になると何故か日常的な動きをするもので、風呂に入り身体を洗い(肉はバラして冷蔵庫に入れた)歯を磨き、ソファーで一息つく。
テレビも付けてみたが、電源は入るのだがザラツいた画面がうつるだけ。
よし、そのあたりの動きの遅い小さな化け物を殺し食料にしよう。連中はたまに群れている事もある事から動物程度の知能はあるようだ、そう考えると単独で動いているモノを殺す方がいい。
すぐさま行動に移す。が、小型の化けものは存外にすばしっこく、逃げられてしまった。
次は人間の子供程度の大きさのモノに槍を刺し、息の根をとめ部屋まで引きずってくる。
同じようにバラし血抜きをする。馴れたというより、小さい分作業がしやすかった。
このあたりの化け物を狩り尽くす事も考えた、そうすれば不意に部屋に来て呼び鈴を鳴らすような奇行に出られる心配も減るだろうしと。あれはしこたまビックリした。
だが、、、やはり危険だろう、、、
数時間後に窓から見える少し先の方、ちょうどさっき化け物を殺したあたりに大小の化け物が集まってきていた。
あいつら血の臭いに敏感なのか?おぞましい、、、
翌日、また呼び鈴で起きた。
すぐに武器を取り、玄関まで移動する。穴を覗くと数匹の化け物がいる。血の臭いにつられたのか?しかし偶然呼び鈴に身体をぶつけたかなにかだと思っていたが、こいつらやはり知能があるのだろうか。蟻がフェロモンをたどって行くことで道がわかり行列をなすように、こいつらもなにかフェロモンのたぐいを発していて呼び鈴をさわりならしているのかもしれない。
前ほどの恐怖はないが組織だって動く化け物にたじろいだのはいなめない。ここはもうだめかもしれない。
身支度をし、いつでも逃げられるようにした。
そうして深夜2時頃、新たな拠点へと旅立つことにした。
夜は化け物も少ない、たまに大型の化け物が目を光らせながら走り去っていくがあいつらは自我があるの無いのかひたすらどこまでも去っていく。
先日より目星をつけていた、、、というより先日出掛けた際に近所のドラッグストアが見えた気がした。あわてていて幻覚をみたかと思ったが、やはりあった。
「ドラッグストアもこっちにとばされてきてたんだな」
ガラスを割ろうかと思ったが、それでは物音もたつし今後拠点にするつもりなのに化け物から侵入されてしまう。
裏口を探すが、無い。薬事法なんかで裏口とか作ったらダメなんだろうか?玄関の自動ドア以外には窓もない。入りさえ出来れば拠点としては裏口がないのは良いことなのかもしれない。逃げ場が無いともいえるのか判断は付かないが、ここなら食べ物もあるし、薬品もそろう。どうにか入れないかと思っていると、中に化け物がいる事に気づいた。
「どうやって入ったんだ?」
独り言を言いながらそっと近づくとドアを押し広げて出てきた、鍵が開いていたのだろうか。さらに近づき前後不明の化け物の身体に槍を突き刺し、そのまま店内に押し込んだ。
また血の臭いが外に残ると困るという判断だ。
化け物は少し暴れたが、槍を突き刺し直すとすぐに動きをとめた。
「夜勤あけですか?おつかれさまです。」
こんな世界で初めてジョークを言った自分がおかしくて少し吹き出したが、すぐにシャキッとしろと自分のヒザを叩いた。
油断は禁物、奥にまだいるかもしれない。その勘は当たりもう1匹いたのですぐに殺した。
風呂場がないので、うらにあった大きめのシンクに血を流し玄関先などの血はそこらにあるモップや漂白剤できれいにした。
頼りになる城を手に入れた!
これでまた生き延びられる。ちょっとしたシャツ類も売ってあり、なにしろ冷えた炭酸飲料は2週間ぶり。そうこの世界に来て2週間がたっていた。
ここには缶詰もまぁまぁあるし、乾麺もある。水道はここも出るようだが、、、ガスは無く、休憩室の電気ポットと電子レンジでなんとか調理は出来そうだ。
音を気にして洗濯もしていないので服や売ってある下着に着替え、さっぱりした。風呂はないが、レンジで蒸しタオルを作って体を拭いたりも出来るだろう。
そのうちバリケードを張れば自動ドアのガラスの脆弱性も気にならなくなるだろう。
水などの確保も今後必要になるだろうが、賞味期限を気にしなければ俺一人1年と言わず保つほどの資源はある。たまに化け物を狩って肉を食う気でいたが、ちゃんとしたベーコンなどもありそちらがよほど美味かった。
「すばらしい世界だ」
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玄関先に10数匹の化け物がきている、そして勝手に入ってきてしまった。
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それが30年前のことで。
今も俺は生かされている。
「すばらしい世界だ」
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