『異世界味噌料理人』〜腹を満たす一杯から、世界は動き出す〜

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迷い込んだ料理人

第14話 大きな変化の前触れ

屋台を始めて5日目の朝。
広場に向かう途中、昨日よりも人の気配の多さが気になっていた。まだ早い時間だというのに、広場にはすでに何人かの姿がある。
立ち話をしている老人、荷物を置いて休む旅人、そして、こちらをちらちらと見ている顔ぶれだ。

「完全に待ってるな」

昨日は、軽く流すように人の往来を見ていたタクミだったが、明らかすぎて触れざるを得ない。

「昨日からそう言ってるじゃん!」

ミリアは、今更ですかという様子で、タクミに言った。

「確かに、昨日言ってたような......にしても、まだ店を開いてもいないのにな」

タクミは、わざとはぐらかす様に答えた。

「もぉ!全然人の話聞いてないんだから。でも、お客さんの朝の習慣みたいになってて嬉しいね」

その言葉に、タクミは返事をせず、じっと広場に集まる人や往来する人を見て、習慣かと呟いた。

それから、慣れた手順で準備を進める。机を置き、椀を並べ、かまどに火を入れる。湯気が立ち始める前から、人の視線が集まってくるのが分かった。
匂いが漂い始めた瞬間、最初の客がやってきた。

「おはようさん、今日も頼む」

いつもの農夫だ。もはや挨拶も自然になっている。

「相変わらずの一番乗りだな」

「仕事前の楽しみになっちまってな。こいつを食べると活力が涌いてくるんだ」

農夫は、完全に日課のような感じになっており、楽しそうに笑いながら銅貨を置く。その様子を後ろで見ていた別の男が、少し気まずそうに口を開いた。

「並ぶの、ここでいいのか?」

「合ってるが、順番だから一番後ろに並んでくれ」

タクミなりに丁寧に言ったつもりだったが、はたから見ると、怖いよとツッコミを入れたくなる。
男は頷き、列の最後に立った。

「並んでるよ」

昨日まで、朝一は常連が買いに来る程度だったが、今日はちらほら並んでいる。

「だな」

「もしかして、ちょっと感動してる?」

言葉少なめなタクミをからかうように、ミリアが言う。

「してない」

タクミは、一瞬表情がピクッと動いたが、いつもの通りに戻り、否定をした。

「え~、嘘だぁ!絶対してるよ」

軽口を叩きながらも、ミリアの顔は嬉しそうだった。
タクミは、からかうと怒りそうだが、ミリアに対しては怒ることもなく、次々と椀によそって、お客へ渡していく。
客は、おいしそうな食べ物に目を奪われて、焦る者や喧嘩をする者、順番を抜かすような人はいない。
屋台の前が、自然と人の集まる場所になっていた。

「へぇ~」

聞き慣れない声に顔を上げると、若い男が立っていた。服装は整っており、村人というよりはどこかの使い走りのようにも見える。

「噂は聞いてたけど、本当に人が集まってるんだな」

「噂!?次は、どんな噂だろう?」
 
ミリアは、また噂だとすぐに反応したあと、小さな声でどんな噂かと呟く。

「街道沿いで聞いたよ。村にうまい煮込み出す屋台があるって」

タクミは、息を吐いた。昨日と同じで、また街道での噂だったからだ。

「1つもらえるか」

男は銅貨を置き、椀を受け取る。ひと口食べると、驚いたように目を瞬かせた。

「想像より、しっかりとしてる」

「おいおい!昨日のやつも同じ台詞を言ってたが、なんだと思ってるんだ。食えないものを売る店はないだろ」
 
タクミは、何を言っているんだといった顔をした。

「どこの屋台や店も、それならいいんだが......悪いな。待ってる客がいるのに。また寄らせてもらう」

そう言って歩き去っていく。

「昨日から同じ台詞ばっかりだね」

「旅中は、当たり外れの店が激しいんだろう。行きつけってわけではないしな」

タクミも、前世に経験した道中にふらっと寄った店を思い出していた。
「でも褒めてたよね」

「あぁ、当たり前なんだがな」

鍋を混ぜながら、初日にはなかった村人、旅人、見知らぬ顔が、少しずつ混ざった景色を眺めていた。

「もう列できてるじゃないか。こりゃ、出遅れたか」

常連の商人が、いつもの時間にやってきたのだが、昨日より人が多く、遅れたと錯覚しているようだ。

「そうか?まだ大したことない」

「いやいや、村じゃ十分だって」

商人は、どこまで凄い行列が出来る屋台を目指しているんだと笑いながら列に並ぶ。

「最近、よく街道でこの屋台の話聞くぞ」

「そうらしいな。昨日から噂噂とくる人に言われてる」

同じ噂話に、タクミは少しうんざりした様子だ。

「もう時間の問題だな」

「何がだ?」

「もっと人が来るってことさ」

順番が来て椀を受け取ると、商人は満足そうに頷いた。

「うん、やっぱりいい。他の店とは違う」

商人は、満足した顔をして言う。

「それ、毎回言ってるな」

他愛ない言葉だが、タクミは内心嬉しい。

「本当のことだからな」

「そろそろ考えてもいいんじゃないか?」

先程とは違い、商人は少し真剣な顔つきになる。

「何がだ?」

「値段!このうまさで銅貨3枚は安すぎる。これだけ人が来るなら、4枚でも売れる」

タクミは、予想外の言葉に手が止まった。

「え!上げるの?」

ミリアも、タクミと同じで手を止めて思わず声を上げた。

「今はいい。悪いな!」

タクミは鍋に視線を落としながら答える。

「まぁ、そう言うと思ったよ。店主は、利益より客を大事にしているからな」
 
予想通りの回答に、嬉しさもありつつも商人は胸に引っかかる何かを感じた。

「でも覚えておけ。続けるなら、いずれ必要になる。いずれわかるさ」

そう言って商人は去っていく。

「値段、上げないの?」

ミリアは、商人の強い言葉を聞いて不安になる。

「今はまだ早い」

「でも、儲かるなら……」

「儲けるためだけじゃない。あの人の言ってる意味もわかるが、今じゃないんだ」

タクミは、答えまでは言わず、次のお客さんのために鍋をかき混ぜた。
この屋台は、最初から腹を満たす場所として始めたものだ。いきなり値段を上げれば、来なくなる人もいると理解しているからだ。

そして昼前、今日も鍋は空になった。
片付けをしながら、ミリアがぽつりと言う。

「なんかさ、少しずつ変わってるね」

「あぁ」

タクミも、変化を感じているが、言葉少なく返事をする。

「このまま、どうなるんだろう」

ミリアは、大きく変化する日々に戸惑いを覚えるのだった。
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