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第一話 ヒトの世に生ける魔の頂
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魔族。それは、この地に元より住まう種にして、人類の敵。これは、人間であればほぼ共通の認識だろう。人々は、地球に住まう時代より“魔”を嫌い、避けてきた。それは、空想の地でも然り。
しかしながら、その全てが害意のあるものだろうか。その全てが祓われるべきものなのだろうか。
もしそうなのであれば、人間は誠に傲慢である───
第一話 ヒトの世に生ける魔の頂
11034年6月15日 午前8時30分
ヴィラフォリダニア BB地区 冒険者ギルド・ヴィラフォリダニア中央本部
冒険者ギルド。過去の人類の空想の世界を元に結成された、冒険者たちと魔を退けんとする者達のための機関。各々が望む冒険者としての職業に転職し、様々な依頼やその受領などが行われる活気のある場所。特に、朝は依頼を受けに来る者達で溢れかえる為賑やかであった。
その中で、人一倍魔族や魔物の撲滅及び、それらを束ねる魔王を滅ぼさんとする者達がいた。彼らは、その国では有名な勇者パーティーとされていた。実力も確かで、才能も著しい。与えられた能力にも恵まれ、まさに神に選ばれたとでも言わんばかりの者達であった。
勇者のパーシィ、賢者の癒果、聖騎士の仇忌、そして魔導師のメリー。
この誰しもが互いを支え、互いを信じ、己が力を過信せず、心優しき者であった。まさに、聖人に近い存在である。
近年、この国の近くに新たな魔王が生まれたことによって、魔物が活発化し、冒険者でない者達はその被害にあっていた。これまでの前例を見る限り、これを止めるにはその魔王を倒さなくてはならない。しかし、馬鹿正直に魔王城に乗り込んだとて返り討ちにあうだけ。その程度は人間であれば容易に理解出来よう。故に、彼らはギルドにて作戦を練っていた。
パーシィ「魔王討伐……厄介なのは、複雑な構造の魔王城と、そこに居る数多の魔物・魔族だ。」
メリー「倒しても倒しても、その数は四人で対処し切れるほど少なくは無いわね。気を抜けば平気で命を落とすわ。」
癒果「魔物の程の知恵でしたらさほど驚異にはなりませんが……他国の魔王の例を見ると、知恵が無いなりに纏まってかかってくるよう訓練されている場合もありますね。」
仇忌「一気に相手は出来んな。せめて幾つかのブロックに分けて倒すくらいでないと、安全性は保証できない。誰かが欠けては意味が無いからな。」
彼ら勇者パーティーは、言ってしまえば国の希望。勿論、軍や政府なども既に動いている。軍に至っては魔王軍の一部の駐屯地を壊滅させ、国の自衛にも力を入れているほどだ。それでも尚ジリ貧の現状、もはや彼らに頼らざるを得ないのが現実である。
メリー「スパイでも雇う?」
パーシィ「それが出来たら苦労しないだろう。」
仇忌「いっそ魔王の方から来てくれないもんかね。」
癒果「縁起でもないことを言わないで下さい。」
それを言い終えたのと同時に、ギルドの扉がノックされる。先程まで賑やかであった空気が瞬く間に冷め、静寂の中をノック音だけが響き渡る。コンコンコン、コンコンコンと無機質に続く音。勇者がまさかと思いながら扉に近付き、恐る恐る開くとそこには一人の少女の姿があった。
両目を覆うボロ布を頭に巻き、ゴシック調でフリルの沢山ついたドレスを身に纏い、左腕と右脚の無い少女。首には、さも犬のリードのようなものが繋がった首輪が着いており、右手首には似つかわしくない金属製のブレスレットのようなものもあった。そんな彼女は自身より大きな魔法の長杖を支えに立っていた。視界に入れれば大抵の者ならば脳裏に焼き付いて離れないであろう印象的なその見た目に、勇者は思わず後退りをした。
パーシィ「き、君は……?」
謎の少女「………………」
そう尋ねる勇者に対し、一言も返さない少女。暫く返答を待っていると、持っていた杖を上げ、一切バランスを崩さずに勇者の方に向ける。突然の行動に、思わず剣に手をかけ構えを取る勇者だったが、その予想に反し少女は杖で軽く何かを叩くような動作をして見せた。
謎の少女「……?当たらない……という事は、誰か開けてくれたんですね。どこの誰かは分かりませんが、感謝します。」
そう言って杖を下ろし、再び支えとして杖をついて歩き始める。一連の行動に困惑して立ち止まっていると、ただ一直線に進んでくる彼女が勇者にぶつかる。何にぶつかったか把握出来ていない彼女は少し戸惑っていたが、勇者はひとまず彼女を離す為に、両肩を軽く掴んで後ろに下がらせた。しかし、それと同時に右手に違和感を感じた。
パーシィ(この感触……左肩の方だけ金属か何かがあるのか……?)
謎の少女「すみません、ぶつかってしまって。」
パーシィ「あぁ、いや。別に構わないんだが、何故目隠しをしているんだい?」
謎の少女「今日はついていませんね。久しぶりにぶつかってしまいました。」
パーシィ「……?あの、僕の話を」
謎の少女「すみませんが、ついでに奥の椅子まで案内頂けませんか。首につながっている紐で引っ張っていただければスムーズについて行けるかと思います。可能であればゆっくり歩いていただけると助かります。」
パーシィ「まず人の話を聞いてくれないか?」
そう尋ねるも彼女はその場に留まったまま黙り込んでしまった。突然現れた異質な彼女の扱いに四苦八苦していると、それに見かねたメリーが彼女の近くへと移動して耳元で大声を出す。
メリー「聞こえてるでしょ!!ほら!!大人を困らせないの!!」
謎の少女「………………あの、まだでしょうか。もしかして、もうお帰りになられてしまいましたか。」
メリー「無視!?耳詰まってるんじゃないの!?」
仇忌「とりあえず言う通りにしたらどうだ?まず事情を聞かないことには判断の下しようが無い。」
パーシィ「人をこんな風に扱うのはあまり気が進まないが……これでいいのか?」
謎の少女「あ、やはりまだいらしていたんですね。では、そのまま奥の丸椅子までお願いします。」
全く理解が出来ないままであったが、勇者は彼女のリードを手にゆっくりと進んで行った。その様子は稀に見る異常な光景であった。他者からの痛い視線が彼らに突き刺さる中、少女だけは何事もない表情を浮かべていた。
謎の少女「うっ……!も、もう少しゆっくり……」
パーシィ(何で僕がこんな事を…………)
そう思いながらようやく丸椅子まで連れていくと、手探りで丸椅子を探り、片脚であるにも関わらず軽快に飛び乗った。そして、杖を横に置いてから何かを探すように手を伸ばして動かしていた。そして暫くそうした後に掴んだのは魔導師の手首であった。
メリー「えっ?」
謎の少女「ありがとうございます、一人ではろくに移動も出来ませんので、本当に助かりました。」
パーシィ「僕はこっちだよ。」
謎の少女「何かお礼をしたいところですが、何分このような身ですので何も出来ないのです。」
メリー「だから私じゃないってば……って全く離れないっ……!?力強っ!?」
その華奢な身体からは想像もつかない強い力で魔導師の手首を掴み離さない。しかし、嫌がっているのを察したのか、少女はその手をゆっくりと離した。魔導師の手首は彼女の手の形がつき、赤くなっていた。
謎の少女「……今の手首……さっきの手は男の人のようでしたが、今掴んだのはもしかして女性の方……?」
メリー「そうよ……!いったたた…………」
謎の少女「では、先程の男性はどちらに。」
パーシィ「…………はぁ……」
勇者は見かねたように彼女の目を覆っているボロ布を剥がし、彼女の目元を顕にした。白く透き通った瞳。それ以上でも以下でもなく、ただ真っ直ぐだけを見つめるその眼は、生も死もないただの作り物のようであった。
謎の少女「目隠しを取られた……?別に取っても構いませんが、見えないことに変わりはありませんので、分かりやすいように返して頂けると助かります。」
パーシィ「えっ、本当に見えていないのか?」
謎の少女「…………どうしましょう、これではどうしようもありませんね。私の目線の先にいらっしゃるかも分かりませんが、ひとまず自己紹介をさせていただきますね。」
話も噛み合わず、目線すらも合っていないが、少女は軽く姿勢を正してから淡々と自己紹介を始めた。
謎の少女「初めまして、かは分かりませんが、私、マイラと申します。訳あって右脚と左腕、視覚と聴覚を失っておりますので、何分ご迷惑をおかけするかと思いますが、今後とも何卒よろしくお願いします。」
癒果「マイラさん……ですか…………」
メリー「視覚と聴覚を失っているなんて…………」
パーシィ「どうりで話がかみ合わないわけだ…………」
マイラ「昔はどれもあったのですが、世の中何があるか分かりませんね。でも、お陰様で味覚、嗅覚、触覚は普通の方よりも敏感になりましたよ。一応、私の右手を握って頂ければどなたかの判断はつきます。」
仇忌「そ、そうなのか……って、この言葉すら聞こえてないのか。どうやってコミュニケーションを取ればいいんだ……?」
マイラ「それと、既に会った方にはお伝えできているかと思いますが、基本的なコミュニケーションは、私が“はい”か“いいえ”でお答えできる質問をしますので、“はい”なら手を少し強く握っていただければと思います。私、心を読み取るのは鍛えられていますので、察しはいい方と思います。」
パーシィ「それはもう心を読んで会話した方が早いんじゃないかな……」
マイラ「……先に言っておきますが、全てにおいて心を読んでそれに答えればなんて言うのはご法度ですので、そこだけご理解願います。」
仇忌「確かに察し良いな。“先に”では無かったが。」
既に情報量過多であるが、それならば最低限のコミュニケーションは出来るだろう。無論、手間はかかるが、手段が無いよりはずっといい。
まだ半信半疑ではあるものの、今のところ信じることが出来そうな情報は彼女の言葉以外に無いため、勇者はその言葉を信じて少女の小さな手を軽く握った。
パーシィ「まぁ、未だに信じられていないけど……今日は何をしに来たんだい?」
マイラ「……えっと、今日は何をしに来たかを聞きたいのですか。」
パーシィ「もしかしてこれ毎回一度は聞き返されるのか?」
マイラ「お手数をお掛けしますが、知りたい内容を確認しない事には正しい答えを返せているか分かりませんので……そもそも自分自身の声も聞こえていませんし…………」
メリー「厄か……大変ねぇ…………」
本人には聞こえないが、そんなことは間違っても言うべきでは無いものである。そんな魔導師を横目に、勇者はマイラの手を少しの間だけ、軽く力を入れて握った。
マイラ「はい。私、こんな見た目ですがもう成人済みですので、自律した生活を送るために、ギルドでクエストを引き受けようと思いここに参りました。」
パーシィ「成人済み……まぁ、身長は個人差があるからね…………」
メリー「クエストって、あなたどう戦」
マイラ「一応、あまり好ましくはありませんが、私にも皆さんと同じく能力がありますので、それを用いながら、この杖で戦おうと思います。」
メリー「話の途中で遮らな……そっか、聞こえてないんだったわ…………」
音が聞こえない。つまり、相手の会話が聞こえない以上は、どのタイミングで話して良いのかも分からないということ。故に、先程から話が噛み合わなかったり、話しているタイミングで声を被せてきたりしてくるのである。
癒果「魔法がお得意なんですか?」
マイラ「……えっと、お近くの方の疑問が少し流れてきたようなのですが……戦い方についてもお答えした方がよろしいでしょうか。」
パーシィ「是非頼む。」
マイラ「あ……の……ちょっと力が強…………」
パーシィ「あ、ごめん。」
仇忌「この脳筋勇者。」
勇者まで上り詰めた男だ。戦いの腕があるという事は、それなりに力もある。一般人の感覚で力を入れてはならないのだ。
マイラ「で、では改めまして……私魔法が使えませんので、基本的にこの杖で戦うことになります。」
メリー「いや何のための魔法の杖なの……?それ打撃武器で良くない?」
マイラ「昔は魔法が得意だったのですが、ある日を境にこのブレスレットを着けられるようになりまして…………」
そう言って、彼女は軽く手首辺りにあるブレスレットを見せるように手を上げる。大人しめの彼女にはあまりに似つかわしくない金属製のブレスレット。彼女の話しぶりから察するに望んで着けた訳では無いのが分かる。
仇忌「それ、何のために着けてるんだ?」
マイラ「このブレスレット、魔法を封じ込める刻印と体内の魔力生成を止める刻印が刻まれているんです。あなたにはもう戦いは必要ないと言われて、嫌々ながらも付けることになりました。」
癒果「では、なおのことどうやってクエストを……?」
マイラ「そして、この杖の話に戻るのですが、この杖、魔法の杖の見た目をしていますが、友人の武器職人さんのご協力もあって、中は機械仕掛けで遠隔武器も出せるんです。」
仇忌「そのボロい木の杖の見た目で中身現代兵器みたいなもんなのか…………」
マイラ「でも、主な使い道は鈍器ですね。」
仇忌「その見た目でお前も脳筋なのか。」
パーシィ「武器職人涙目の使い方だね…………」
全くもって宝の持ち腐れである。どれだけ機能の良い武器を与えたところで、それを本来の用途で使わないのであれば意味が無い。職人の無駄遣いだが、その友人も友人で何故彼女に与えてしまったのだろうか…………
マイラ「普段、片腕で杖を持って片脚と合わせて体を支えていますので、こう見えても力はある方なのです。なので、杖で殴った方が早いかなと……」
パーシィ「そ、そうか……無理しない程度に頑張るんだよ。」
マイラ「まぁ、多少の無理は問題無しです。」
パーシィ「無理しない程度にって……あぁ……聞こえてないんだった…………」
マイラ「…………えっと、何だかすみません……?」
必要な部分を察する力はあるが、それ以外の気を遣われたり感情の変化だったりに対する察する力はそれなりらしい。言ってしまえば自分のことで割と手一杯のようなので仕方ない部分もあるが、せめて察するならそこまで行って欲しいというのも彼らの本音である。
マイラ「私の事は大まかにはこのくらいです。次は貴方の……貴方々のことについて聞きたいのですが、よろしいでしょうか。」
パーシィ「ん?あぁ、はい。」
勇者は特に深く考えることも無く軽く手を握る。彼女の質問は全て“はい”か“いいえ”かの二者択一、彼女に対しての質問よりは過程が少ないので比較的楽に進むだろう。
マイラ「では、皆さんは勇者パーティーですか。」
パーシィ「あ、そこからか。(にぎっ)」
マイラ「これから魔王城に向かおうとしていたりしますか。」
メリー「そうね。」
パーシィ「まぁ、それも察しはつくか。(にぎっ)」
マイラ「もしかして、作戦で悩んでいたりしましたか。」
仇忌「痛い所を突いてくるな…………」
パーシィ「ま、まぁ……そうだね……?(にぎっ)」
マイラ「……魔族を根絶やしにしたいほど、嫌っていますか。」
最後の問いだけ少し間を空けてから、声のトーンを落として尋ねられる。突然の毛色の違う質問は、ほんの少しだけ勇者達を戸惑わせた。そして、彼女は彼らに察しさせた。彼女の正体が、魔族であるということを。
マイラ「……そうですか。そうですよね。それは、皆さんにとって当たり前のような感覚ですもんね。」
パーシィ「マイラ君……違うんだ…………」
マイラ「私は構いませんよ。人の世ではそれが普通であると教えられるのは知っていますから。でも、少し寂しかっただけです。」
仇忌「寂しい……?」
マイラ「だって、いつかきっと、私は皆さんに殺されることになるんですから。こうして一期一会の出会いがあったのに、皆さんとはいずれお別れをする。それもまた風情かもしれませんが、やはり悲しいものがあります。」
メリー「私達は何も根絶やしなんて…………」
マイラ「……もし、今皆さんが少しでも罪の意識を持っていたなら、私と取引をしませんか。」
段々と重たくなっていく空気の中で、マイラは少し間を空けてからこう切り出した。魔族との取引。響きとしてはあまり好ましくも無いものではあるが、勇者として、何よりも人間として、そのような残酷なことは出来ないと思ったのだろう。
マイラ「私は、皆さんがお察しの通り魔族。魔王城に我が物顔で出入りできます。私が入ってきた時に、僅かながらに漏れ出ていた思念を踏まえると、スパイが居れば多少は楽だと思ったのでは無いですか。」
パーシィ「…………」
勇者は、黙ったままその手を握った。するとマイラは、入ってきた時から貫き通し続けた無表情を崩し、少しだけ穏やかな笑みを浮かべながらこう提案してきた。
マイラ「私に、その役目を与えてくれませんか。」
仇忌「……何を言っているか分かってるのかコイツ。」
マイラ「私は、過去に魔王軍に身を置いていたことがあります。この国の近くにいる新参魔王のではありませんが、ある程度コネはあるつもりです。」
癒果「で、でもっ……!そんなの危険です……!」
メリー「癒果ちゃん、聞こえてないから。」
癒果「あっ……!で、でもっ……!」
マイラ「大丈夫です。身の危険を感じたら、返り討ちにしますから。」
パーシィ「それはそれでどうなんだ……というかできるのか?」
マイラ「軍の魔物の総数や普段の配置、戦闘時の配置などでも何でも聞き出してお伝えします。ですから、どうか…………」
パーシィ「無視……まぁ仕方ないけど…………」
そう言って椅子に座りながら頭を下げるマイラ。相変わらず体の向きは明後日の方向を向いているが、その言葉に嘘偽りのようなものや騙そうと言う意思はまるで感じられなかった。
パーシィ「……僕としても、それはありがたい申し出だ。でも、君にメリットはあるのかい?」
マイラ「……私にメリットがあるか、と尋ねられましたか?」
パーシィ「うん。(ぎゅっ)」
マイラ「強いて言うなら、それだけでもお金稼ぎになるからですね。魔王城勤務だと役職次第では給料は大きいので。」
メリー「想像以上に現実的な理由だった…………」
仇忌「お前、肝座ってるな本当に……」
まさか魔王も魔王軍に勤めた時の給料目当てでスパイをしに来ているなど夢にも思わないだろう。それも、割と満身創痍状態の魔族が態々スパイなどという危険行為をしに来ているなど、誰が思うだろうか。恐らくバレる心配はないだろう。
パーシィ「……分かった。そこまで言うならお願いするよ。」
マイラ「ダメ……でしょうか…………」
パーシィ「……いいえって握らなければいいのかな…………」
マイラからは、“はい”なら手を少し強く握れと言われたが、“いいえ”の時にどうすべきかは教えられていない。とりあえず、何もしないで軽く握ったままでいると、マイラが反応を見せる。
マイラ「……これは、“いいえ”と捉えて良いのですか。そう捉えて良いなら握って下さい。」
パーシィ「はい。(にぎっ)」
マイラ「……ありがとうございます……!精一杯頑張りますね!」
その答えを聞いたマイラは、これまでで一番の笑顔を見せて感謝の言葉を述べた。その屈託のない笑顔は、年頃の少女のそれであり、体の不自由さの一切を忘れてしまうほどであった。過去に何があったかはまだ述べられなかったが、それさえ無ければきっと今頃もっと頻繁にこの笑顔を見せていただろうに。
勇者から直々の役目を与えられたマイラは、早速杖を持って椅子を降りて、ギルドの出口へと向かっていった。向かう先は魔王城。流石に早すぎると止められたが、彼女も生活がかかっている。その為にも一刻も早く行かなくてはと、勇者達の静止は聞かなかった。もっとも、そもそも聞こえていないが。
マイラ「それでは、失礼します。」
メリー「気を付けなさいよ~!」
癒果「迷子にならないようにしてくださいね~!」
マイラ「…………あうっ!?」
ギルドを出ていこうと歩みを進めていくと、彼女はそのままギルドの扉に頭をぶつけてその場にうずくまった。周囲も忘れていたようだが、彼女は耳だけでなく目も使えない状態だ。誰かがしっかりと扉を開けてやらなければならないだろう。
パーシィ「もう……気をつけるんだよ……?」
そう言いながら彼女を立たせるのを手伝い、扉を開け、外していた目隠しを戻してから彼女を見送った。正直なところ心配が勝っているようだが、あのなりで、尚且つ魔族であれば酷いことにはならないだろうと思って敢えて引き止めはしなかった。
パーシィ「……まぁ、彼女を信じよう。」
仇忌「本当にそう上手くいくんだろうか…………」
午前10時40分
ヴィラフォリダニア近辺 魔王城
魔王「……それで、久々のギルドはどうだった?」
マイラ「人間で溢れていました。」
魔王「それはそうだろう。人間の国なのだから。」
マイラ「扉にぶつかりました。」
魔王「だから来た時に額が赤くなっていたのか。人間も人間で手当してやれよ。」
マイラ「あと、杖をしっかり使わないともったいないと言われました。」
魔王「それはそうだ。俺も勇者に賛同だ。」
マイラ「むぅ……」
魔王「それにしても勇者も馬鹿だな。突然の新人が情報を持って帰れると思うか?まさかな。お前が魔王の右腕なんてことは誰も思わんだろうな。」
マイラ「魔王様には右腕が既にあるんですから右腕二本もいらないじゃないですか。」
魔王「そうじゃないんだが……まぁいい。お前、今でも人は憎いか?」
マイラ「I hate it.」
魔王「(何て言ってんだコイツ。)……人間の文化は好きか?」
マイラ『ダイスキデス。』
※『』内は日本語
魔王「そうか……(何を言っているか分からないのは)相変わらずだな。とりあえず変わりなさそうで安心したよ。人の世に魅入られ、人の子に憧れ、そして、人の子に裏切られ……今ではお前は満身創痍に近い。悲しいなぁ?お前は心のどこかでは人間が好きなのに、それ以上に人間を憎むべき理由がある。」
マイラ「もう人の世には戻りません。この仕事が終えるその時こそ、私の命日。本当の私は既に死にました。だから後は、この魂を朽ち果てさせるだけ。せめてそれまでに、力に酔いしれている人間を少しでも削らなくてはいけません。それこそ、転生者ならば尚更。」
魔王「相変わらずの執着心だな。ありがたい限りだが。」
マイラ「こちらこそ。こうして魔法で無理やり思念を流されでもしないとろくに会話もできない私を拾ってくれた貴方には、感謝してもし切れません。」
魔王「そりゃどうも。これからもしっかり頼むぞ。」
マイラ「Gertzel。」
※固有言語ミョルネシア語
魔王「公用語で頼む。」
マイラ「畏まりました、魔王様。」
魔王「うえぇ……様付けをやめろ、お前の方が年上だろ…………」
マイラ「年齢ではなく階級で敬意を払うべきだと人間に教わりました。」
魔王「変なところだけ人間の模倣をするな。」
第一話 終
tips
「魔物」
人間がこの星に移住してくる前から存在していた存在。知力が人間や魔族よりも比較的低いが、言葉を持つ種や集団行動をとる種など、決して知恵無き存在という訳では無い。人間に害意を成すものという意味から魔物と名付けられたが、実際に魔物から人間を襲いにかかるのは稀であり、その大半は人間から受けた報いの報復や暴虐な魔王の差し金である。こちらから手を出さずに放っておけば自然の中で増殖や減少を繰り返すので、実を言うと倒す必要はまるで無いのだが、一瞬の実害でも人間は駆除対象と見なすため争いが絶えないという。言ってしまえば、山から畑に食物を探しに降りてくる野生動物のようなものである。大抵は魔法生物であることが多いため、魔力が尽きると生命活動を停止する。
おまけ(筆者より)
皆さんの慣れ親しんだ感覚を雪崩させる為に、色んな小説の基本ルールを無視しました(普通に初心者なのでミスしているだけです)。ですが、面倒なのでこれからもこんな感じで行きたいと思ってます。「読みにくい、やめろ」という方は教えて下さい。
(また、初期投稿時より、固有言語名を一部変更しています。かと言って特に何も無いので気にせずドゾー。)
しかしながら、その全てが害意のあるものだろうか。その全てが祓われるべきものなのだろうか。
もしそうなのであれば、人間は誠に傲慢である───
第一話 ヒトの世に生ける魔の頂
11034年6月15日 午前8時30分
ヴィラフォリダニア BB地区 冒険者ギルド・ヴィラフォリダニア中央本部
冒険者ギルド。過去の人類の空想の世界を元に結成された、冒険者たちと魔を退けんとする者達のための機関。各々が望む冒険者としての職業に転職し、様々な依頼やその受領などが行われる活気のある場所。特に、朝は依頼を受けに来る者達で溢れかえる為賑やかであった。
その中で、人一倍魔族や魔物の撲滅及び、それらを束ねる魔王を滅ぼさんとする者達がいた。彼らは、その国では有名な勇者パーティーとされていた。実力も確かで、才能も著しい。与えられた能力にも恵まれ、まさに神に選ばれたとでも言わんばかりの者達であった。
勇者のパーシィ、賢者の癒果、聖騎士の仇忌、そして魔導師のメリー。
この誰しもが互いを支え、互いを信じ、己が力を過信せず、心優しき者であった。まさに、聖人に近い存在である。
近年、この国の近くに新たな魔王が生まれたことによって、魔物が活発化し、冒険者でない者達はその被害にあっていた。これまでの前例を見る限り、これを止めるにはその魔王を倒さなくてはならない。しかし、馬鹿正直に魔王城に乗り込んだとて返り討ちにあうだけ。その程度は人間であれば容易に理解出来よう。故に、彼らはギルドにて作戦を練っていた。
パーシィ「魔王討伐……厄介なのは、複雑な構造の魔王城と、そこに居る数多の魔物・魔族だ。」
メリー「倒しても倒しても、その数は四人で対処し切れるほど少なくは無いわね。気を抜けば平気で命を落とすわ。」
癒果「魔物の程の知恵でしたらさほど驚異にはなりませんが……他国の魔王の例を見ると、知恵が無いなりに纏まってかかってくるよう訓練されている場合もありますね。」
仇忌「一気に相手は出来んな。せめて幾つかのブロックに分けて倒すくらいでないと、安全性は保証できない。誰かが欠けては意味が無いからな。」
彼ら勇者パーティーは、言ってしまえば国の希望。勿論、軍や政府なども既に動いている。軍に至っては魔王軍の一部の駐屯地を壊滅させ、国の自衛にも力を入れているほどだ。それでも尚ジリ貧の現状、もはや彼らに頼らざるを得ないのが現実である。
メリー「スパイでも雇う?」
パーシィ「それが出来たら苦労しないだろう。」
仇忌「いっそ魔王の方から来てくれないもんかね。」
癒果「縁起でもないことを言わないで下さい。」
それを言い終えたのと同時に、ギルドの扉がノックされる。先程まで賑やかであった空気が瞬く間に冷め、静寂の中をノック音だけが響き渡る。コンコンコン、コンコンコンと無機質に続く音。勇者がまさかと思いながら扉に近付き、恐る恐る開くとそこには一人の少女の姿があった。
両目を覆うボロ布を頭に巻き、ゴシック調でフリルの沢山ついたドレスを身に纏い、左腕と右脚の無い少女。首には、さも犬のリードのようなものが繋がった首輪が着いており、右手首には似つかわしくない金属製のブレスレットのようなものもあった。そんな彼女は自身より大きな魔法の長杖を支えに立っていた。視界に入れれば大抵の者ならば脳裏に焼き付いて離れないであろう印象的なその見た目に、勇者は思わず後退りをした。
パーシィ「き、君は……?」
謎の少女「………………」
そう尋ねる勇者に対し、一言も返さない少女。暫く返答を待っていると、持っていた杖を上げ、一切バランスを崩さずに勇者の方に向ける。突然の行動に、思わず剣に手をかけ構えを取る勇者だったが、その予想に反し少女は杖で軽く何かを叩くような動作をして見せた。
謎の少女「……?当たらない……という事は、誰か開けてくれたんですね。どこの誰かは分かりませんが、感謝します。」
そう言って杖を下ろし、再び支えとして杖をついて歩き始める。一連の行動に困惑して立ち止まっていると、ただ一直線に進んでくる彼女が勇者にぶつかる。何にぶつかったか把握出来ていない彼女は少し戸惑っていたが、勇者はひとまず彼女を離す為に、両肩を軽く掴んで後ろに下がらせた。しかし、それと同時に右手に違和感を感じた。
パーシィ(この感触……左肩の方だけ金属か何かがあるのか……?)
謎の少女「すみません、ぶつかってしまって。」
パーシィ「あぁ、いや。別に構わないんだが、何故目隠しをしているんだい?」
謎の少女「今日はついていませんね。久しぶりにぶつかってしまいました。」
パーシィ「……?あの、僕の話を」
謎の少女「すみませんが、ついでに奥の椅子まで案内頂けませんか。首につながっている紐で引っ張っていただければスムーズについて行けるかと思います。可能であればゆっくり歩いていただけると助かります。」
パーシィ「まず人の話を聞いてくれないか?」
そう尋ねるも彼女はその場に留まったまま黙り込んでしまった。突然現れた異質な彼女の扱いに四苦八苦していると、それに見かねたメリーが彼女の近くへと移動して耳元で大声を出す。
メリー「聞こえてるでしょ!!ほら!!大人を困らせないの!!」
謎の少女「………………あの、まだでしょうか。もしかして、もうお帰りになられてしまいましたか。」
メリー「無視!?耳詰まってるんじゃないの!?」
仇忌「とりあえず言う通りにしたらどうだ?まず事情を聞かないことには判断の下しようが無い。」
パーシィ「人をこんな風に扱うのはあまり気が進まないが……これでいいのか?」
謎の少女「あ、やはりまだいらしていたんですね。では、そのまま奥の丸椅子までお願いします。」
全く理解が出来ないままであったが、勇者は彼女のリードを手にゆっくりと進んで行った。その様子は稀に見る異常な光景であった。他者からの痛い視線が彼らに突き刺さる中、少女だけは何事もない表情を浮かべていた。
謎の少女「うっ……!も、もう少しゆっくり……」
パーシィ(何で僕がこんな事を…………)
そう思いながらようやく丸椅子まで連れていくと、手探りで丸椅子を探り、片脚であるにも関わらず軽快に飛び乗った。そして、杖を横に置いてから何かを探すように手を伸ばして動かしていた。そして暫くそうした後に掴んだのは魔導師の手首であった。
メリー「えっ?」
謎の少女「ありがとうございます、一人ではろくに移動も出来ませんので、本当に助かりました。」
パーシィ「僕はこっちだよ。」
謎の少女「何かお礼をしたいところですが、何分このような身ですので何も出来ないのです。」
メリー「だから私じゃないってば……って全く離れないっ……!?力強っ!?」
その華奢な身体からは想像もつかない強い力で魔導師の手首を掴み離さない。しかし、嫌がっているのを察したのか、少女はその手をゆっくりと離した。魔導師の手首は彼女の手の形がつき、赤くなっていた。
謎の少女「……今の手首……さっきの手は男の人のようでしたが、今掴んだのはもしかして女性の方……?」
メリー「そうよ……!いったたた…………」
謎の少女「では、先程の男性はどちらに。」
パーシィ「…………はぁ……」
勇者は見かねたように彼女の目を覆っているボロ布を剥がし、彼女の目元を顕にした。白く透き通った瞳。それ以上でも以下でもなく、ただ真っ直ぐだけを見つめるその眼は、生も死もないただの作り物のようであった。
謎の少女「目隠しを取られた……?別に取っても構いませんが、見えないことに変わりはありませんので、分かりやすいように返して頂けると助かります。」
パーシィ「えっ、本当に見えていないのか?」
謎の少女「…………どうしましょう、これではどうしようもありませんね。私の目線の先にいらっしゃるかも分かりませんが、ひとまず自己紹介をさせていただきますね。」
話も噛み合わず、目線すらも合っていないが、少女は軽く姿勢を正してから淡々と自己紹介を始めた。
謎の少女「初めまして、かは分かりませんが、私、マイラと申します。訳あって右脚と左腕、視覚と聴覚を失っておりますので、何分ご迷惑をおかけするかと思いますが、今後とも何卒よろしくお願いします。」
癒果「マイラさん……ですか…………」
メリー「視覚と聴覚を失っているなんて…………」
パーシィ「どうりで話がかみ合わないわけだ…………」
マイラ「昔はどれもあったのですが、世の中何があるか分かりませんね。でも、お陰様で味覚、嗅覚、触覚は普通の方よりも敏感になりましたよ。一応、私の右手を握って頂ければどなたかの判断はつきます。」
仇忌「そ、そうなのか……って、この言葉すら聞こえてないのか。どうやってコミュニケーションを取ればいいんだ……?」
マイラ「それと、既に会った方にはお伝えできているかと思いますが、基本的なコミュニケーションは、私が“はい”か“いいえ”でお答えできる質問をしますので、“はい”なら手を少し強く握っていただければと思います。私、心を読み取るのは鍛えられていますので、察しはいい方と思います。」
パーシィ「それはもう心を読んで会話した方が早いんじゃないかな……」
マイラ「……先に言っておきますが、全てにおいて心を読んでそれに答えればなんて言うのはご法度ですので、そこだけご理解願います。」
仇忌「確かに察し良いな。“先に”では無かったが。」
既に情報量過多であるが、それならば最低限のコミュニケーションは出来るだろう。無論、手間はかかるが、手段が無いよりはずっといい。
まだ半信半疑ではあるものの、今のところ信じることが出来そうな情報は彼女の言葉以外に無いため、勇者はその言葉を信じて少女の小さな手を軽く握った。
パーシィ「まぁ、未だに信じられていないけど……今日は何をしに来たんだい?」
マイラ「……えっと、今日は何をしに来たかを聞きたいのですか。」
パーシィ「もしかしてこれ毎回一度は聞き返されるのか?」
マイラ「お手数をお掛けしますが、知りたい内容を確認しない事には正しい答えを返せているか分かりませんので……そもそも自分自身の声も聞こえていませんし…………」
メリー「厄か……大変ねぇ…………」
本人には聞こえないが、そんなことは間違っても言うべきでは無いものである。そんな魔導師を横目に、勇者はマイラの手を少しの間だけ、軽く力を入れて握った。
マイラ「はい。私、こんな見た目ですがもう成人済みですので、自律した生活を送るために、ギルドでクエストを引き受けようと思いここに参りました。」
パーシィ「成人済み……まぁ、身長は個人差があるからね…………」
メリー「クエストって、あなたどう戦」
マイラ「一応、あまり好ましくはありませんが、私にも皆さんと同じく能力がありますので、それを用いながら、この杖で戦おうと思います。」
メリー「話の途中で遮らな……そっか、聞こえてないんだったわ…………」
音が聞こえない。つまり、相手の会話が聞こえない以上は、どのタイミングで話して良いのかも分からないということ。故に、先程から話が噛み合わなかったり、話しているタイミングで声を被せてきたりしてくるのである。
癒果「魔法がお得意なんですか?」
マイラ「……えっと、お近くの方の疑問が少し流れてきたようなのですが……戦い方についてもお答えした方がよろしいでしょうか。」
パーシィ「是非頼む。」
マイラ「あ……の……ちょっと力が強…………」
パーシィ「あ、ごめん。」
仇忌「この脳筋勇者。」
勇者まで上り詰めた男だ。戦いの腕があるという事は、それなりに力もある。一般人の感覚で力を入れてはならないのだ。
マイラ「で、では改めまして……私魔法が使えませんので、基本的にこの杖で戦うことになります。」
メリー「いや何のための魔法の杖なの……?それ打撃武器で良くない?」
マイラ「昔は魔法が得意だったのですが、ある日を境にこのブレスレットを着けられるようになりまして…………」
そう言って、彼女は軽く手首辺りにあるブレスレットを見せるように手を上げる。大人しめの彼女にはあまりに似つかわしくない金属製のブレスレット。彼女の話しぶりから察するに望んで着けた訳では無いのが分かる。
仇忌「それ、何のために着けてるんだ?」
マイラ「このブレスレット、魔法を封じ込める刻印と体内の魔力生成を止める刻印が刻まれているんです。あなたにはもう戦いは必要ないと言われて、嫌々ながらも付けることになりました。」
癒果「では、なおのことどうやってクエストを……?」
マイラ「そして、この杖の話に戻るのですが、この杖、魔法の杖の見た目をしていますが、友人の武器職人さんのご協力もあって、中は機械仕掛けで遠隔武器も出せるんです。」
仇忌「そのボロい木の杖の見た目で中身現代兵器みたいなもんなのか…………」
マイラ「でも、主な使い道は鈍器ですね。」
仇忌「その見た目でお前も脳筋なのか。」
パーシィ「武器職人涙目の使い方だね…………」
全くもって宝の持ち腐れである。どれだけ機能の良い武器を与えたところで、それを本来の用途で使わないのであれば意味が無い。職人の無駄遣いだが、その友人も友人で何故彼女に与えてしまったのだろうか…………
マイラ「普段、片腕で杖を持って片脚と合わせて体を支えていますので、こう見えても力はある方なのです。なので、杖で殴った方が早いかなと……」
パーシィ「そ、そうか……無理しない程度に頑張るんだよ。」
マイラ「まぁ、多少の無理は問題無しです。」
パーシィ「無理しない程度にって……あぁ……聞こえてないんだった…………」
マイラ「…………えっと、何だかすみません……?」
必要な部分を察する力はあるが、それ以外の気を遣われたり感情の変化だったりに対する察する力はそれなりらしい。言ってしまえば自分のことで割と手一杯のようなので仕方ない部分もあるが、せめて察するならそこまで行って欲しいというのも彼らの本音である。
マイラ「私の事は大まかにはこのくらいです。次は貴方の……貴方々のことについて聞きたいのですが、よろしいでしょうか。」
パーシィ「ん?あぁ、はい。」
勇者は特に深く考えることも無く軽く手を握る。彼女の質問は全て“はい”か“いいえ”かの二者択一、彼女に対しての質問よりは過程が少ないので比較的楽に進むだろう。
マイラ「では、皆さんは勇者パーティーですか。」
パーシィ「あ、そこからか。(にぎっ)」
マイラ「これから魔王城に向かおうとしていたりしますか。」
メリー「そうね。」
パーシィ「まぁ、それも察しはつくか。(にぎっ)」
マイラ「もしかして、作戦で悩んでいたりしましたか。」
仇忌「痛い所を突いてくるな…………」
パーシィ「ま、まぁ……そうだね……?(にぎっ)」
マイラ「……魔族を根絶やしにしたいほど、嫌っていますか。」
最後の問いだけ少し間を空けてから、声のトーンを落として尋ねられる。突然の毛色の違う質問は、ほんの少しだけ勇者達を戸惑わせた。そして、彼女は彼らに察しさせた。彼女の正体が、魔族であるということを。
マイラ「……そうですか。そうですよね。それは、皆さんにとって当たり前のような感覚ですもんね。」
パーシィ「マイラ君……違うんだ…………」
マイラ「私は構いませんよ。人の世ではそれが普通であると教えられるのは知っていますから。でも、少し寂しかっただけです。」
仇忌「寂しい……?」
マイラ「だって、いつかきっと、私は皆さんに殺されることになるんですから。こうして一期一会の出会いがあったのに、皆さんとはいずれお別れをする。それもまた風情かもしれませんが、やはり悲しいものがあります。」
メリー「私達は何も根絶やしなんて…………」
マイラ「……もし、今皆さんが少しでも罪の意識を持っていたなら、私と取引をしませんか。」
段々と重たくなっていく空気の中で、マイラは少し間を空けてからこう切り出した。魔族との取引。響きとしてはあまり好ましくも無いものではあるが、勇者として、何よりも人間として、そのような残酷なことは出来ないと思ったのだろう。
マイラ「私は、皆さんがお察しの通り魔族。魔王城に我が物顔で出入りできます。私が入ってきた時に、僅かながらに漏れ出ていた思念を踏まえると、スパイが居れば多少は楽だと思ったのでは無いですか。」
パーシィ「…………」
勇者は、黙ったままその手を握った。するとマイラは、入ってきた時から貫き通し続けた無表情を崩し、少しだけ穏やかな笑みを浮かべながらこう提案してきた。
マイラ「私に、その役目を与えてくれませんか。」
仇忌「……何を言っているか分かってるのかコイツ。」
マイラ「私は、過去に魔王軍に身を置いていたことがあります。この国の近くにいる新参魔王のではありませんが、ある程度コネはあるつもりです。」
癒果「で、でもっ……!そんなの危険です……!」
メリー「癒果ちゃん、聞こえてないから。」
癒果「あっ……!で、でもっ……!」
マイラ「大丈夫です。身の危険を感じたら、返り討ちにしますから。」
パーシィ「それはそれでどうなんだ……というかできるのか?」
マイラ「軍の魔物の総数や普段の配置、戦闘時の配置などでも何でも聞き出してお伝えします。ですから、どうか…………」
パーシィ「無視……まぁ仕方ないけど…………」
そう言って椅子に座りながら頭を下げるマイラ。相変わらず体の向きは明後日の方向を向いているが、その言葉に嘘偽りのようなものや騙そうと言う意思はまるで感じられなかった。
パーシィ「……僕としても、それはありがたい申し出だ。でも、君にメリットはあるのかい?」
マイラ「……私にメリットがあるか、と尋ねられましたか?」
パーシィ「うん。(ぎゅっ)」
マイラ「強いて言うなら、それだけでもお金稼ぎになるからですね。魔王城勤務だと役職次第では給料は大きいので。」
メリー「想像以上に現実的な理由だった…………」
仇忌「お前、肝座ってるな本当に……」
まさか魔王も魔王軍に勤めた時の給料目当てでスパイをしに来ているなど夢にも思わないだろう。それも、割と満身創痍状態の魔族が態々スパイなどという危険行為をしに来ているなど、誰が思うだろうか。恐らくバレる心配はないだろう。
パーシィ「……分かった。そこまで言うならお願いするよ。」
マイラ「ダメ……でしょうか…………」
パーシィ「……いいえって握らなければいいのかな…………」
マイラからは、“はい”なら手を少し強く握れと言われたが、“いいえ”の時にどうすべきかは教えられていない。とりあえず、何もしないで軽く握ったままでいると、マイラが反応を見せる。
マイラ「……これは、“いいえ”と捉えて良いのですか。そう捉えて良いなら握って下さい。」
パーシィ「はい。(にぎっ)」
マイラ「……ありがとうございます……!精一杯頑張りますね!」
その答えを聞いたマイラは、これまでで一番の笑顔を見せて感謝の言葉を述べた。その屈託のない笑顔は、年頃の少女のそれであり、体の不自由さの一切を忘れてしまうほどであった。過去に何があったかはまだ述べられなかったが、それさえ無ければきっと今頃もっと頻繁にこの笑顔を見せていただろうに。
勇者から直々の役目を与えられたマイラは、早速杖を持って椅子を降りて、ギルドの出口へと向かっていった。向かう先は魔王城。流石に早すぎると止められたが、彼女も生活がかかっている。その為にも一刻も早く行かなくてはと、勇者達の静止は聞かなかった。もっとも、そもそも聞こえていないが。
マイラ「それでは、失礼します。」
メリー「気を付けなさいよ~!」
癒果「迷子にならないようにしてくださいね~!」
マイラ「…………あうっ!?」
ギルドを出ていこうと歩みを進めていくと、彼女はそのままギルドの扉に頭をぶつけてその場にうずくまった。周囲も忘れていたようだが、彼女は耳だけでなく目も使えない状態だ。誰かがしっかりと扉を開けてやらなければならないだろう。
パーシィ「もう……気をつけるんだよ……?」
そう言いながら彼女を立たせるのを手伝い、扉を開け、外していた目隠しを戻してから彼女を見送った。正直なところ心配が勝っているようだが、あのなりで、尚且つ魔族であれば酷いことにはならないだろうと思って敢えて引き止めはしなかった。
パーシィ「……まぁ、彼女を信じよう。」
仇忌「本当にそう上手くいくんだろうか…………」
午前10時40分
ヴィラフォリダニア近辺 魔王城
魔王「……それで、久々のギルドはどうだった?」
マイラ「人間で溢れていました。」
魔王「それはそうだろう。人間の国なのだから。」
マイラ「扉にぶつかりました。」
魔王「だから来た時に額が赤くなっていたのか。人間も人間で手当してやれよ。」
マイラ「あと、杖をしっかり使わないともったいないと言われました。」
魔王「それはそうだ。俺も勇者に賛同だ。」
マイラ「むぅ……」
魔王「それにしても勇者も馬鹿だな。突然の新人が情報を持って帰れると思うか?まさかな。お前が魔王の右腕なんてことは誰も思わんだろうな。」
マイラ「魔王様には右腕が既にあるんですから右腕二本もいらないじゃないですか。」
魔王「そうじゃないんだが……まぁいい。お前、今でも人は憎いか?」
マイラ「I hate it.」
魔王「(何て言ってんだコイツ。)……人間の文化は好きか?」
マイラ『ダイスキデス。』
※『』内は日本語
魔王「そうか……(何を言っているか分からないのは)相変わらずだな。とりあえず変わりなさそうで安心したよ。人の世に魅入られ、人の子に憧れ、そして、人の子に裏切られ……今ではお前は満身創痍に近い。悲しいなぁ?お前は心のどこかでは人間が好きなのに、それ以上に人間を憎むべき理由がある。」
マイラ「もう人の世には戻りません。この仕事が終えるその時こそ、私の命日。本当の私は既に死にました。だから後は、この魂を朽ち果てさせるだけ。せめてそれまでに、力に酔いしれている人間を少しでも削らなくてはいけません。それこそ、転生者ならば尚更。」
魔王「相変わらずの執着心だな。ありがたい限りだが。」
マイラ「こちらこそ。こうして魔法で無理やり思念を流されでもしないとろくに会話もできない私を拾ってくれた貴方には、感謝してもし切れません。」
魔王「そりゃどうも。これからもしっかり頼むぞ。」
マイラ「Gertzel。」
※固有言語ミョルネシア語
魔王「公用語で頼む。」
マイラ「畏まりました、魔王様。」
魔王「うえぇ……様付けをやめろ、お前の方が年上だろ…………」
マイラ「年齢ではなく階級で敬意を払うべきだと人間に教わりました。」
魔王「変なところだけ人間の模倣をするな。」
第一話 終
tips
「魔物」
人間がこの星に移住してくる前から存在していた存在。知力が人間や魔族よりも比較的低いが、言葉を持つ種や集団行動をとる種など、決して知恵無き存在という訳では無い。人間に害意を成すものという意味から魔物と名付けられたが、実際に魔物から人間を襲いにかかるのは稀であり、その大半は人間から受けた報いの報復や暴虐な魔王の差し金である。こちらから手を出さずに放っておけば自然の中で増殖や減少を繰り返すので、実を言うと倒す必要はまるで無いのだが、一瞬の実害でも人間は駆除対象と見なすため争いが絶えないという。言ってしまえば、山から畑に食物を探しに降りてくる野生動物のようなものである。大抵は魔法生物であることが多いため、魔力が尽きると生命活動を停止する。
おまけ(筆者より)
皆さんの慣れ親しんだ感覚を雪崩させる為に、色んな小説の基本ルールを無視しました(普通に初心者なのでミスしているだけです)。ですが、面倒なのでこれからもこんな感じで行きたいと思ってます。「読みにくい、やめろ」という方は教えて下さい。
(また、初期投稿時より、固有言語名を一部変更しています。かと言って特に何も無いので気にせずドゾー。)
0
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