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第三・三三三……話 回収/苦悩
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6月22日 9時42分
ヴィラフォリダニア近辺 ネアントーカ草原
先に国へと戻った二名を見送り、勇者達はクエスト達成報告に必要な討伐の証(証拠)を採取していた。ゴブリン系のように装飾品や衣服を着ている魔物の場合はそれらを倒した数の分だけ持っていく。スライムであれば、内部にある核(中核とも)を持っていくか遺液(倒した後の残骸の液体)などを持っていくことでクエストの達成と認められる。そうでもしないと、何もしていないのに帰ってきて虚偽の報告をする者も現れるからだそうだ。
パーシィ「うーん……流石に武器は持っていけないし……」
メリー「マイラの血がついてると分かっていると、尚更持っていく気にはならないわね……」
癒果「かと言って衣服もちょっと……」
パーシィ「無難に首飾りでいいよね。」
幾つか綺麗な宝石のようなものがついている首飾りを首から外し、それぞれの個体から持っていく。しかし、想像以上に遺体の損傷が激しく、中には頭部の輪郭が無くなっているものや、首らしき部分が無く、首飾りだけが近くに落ちているものもあった。
パーシィ「うわぁぁ…………何したのか分からないけど、仕込み銃……だっけ?でもこんな事にはならないでしょ……っ……グロぉ…………」
メリー「パーシィ~ッ!!何か見つけたの~~っ!!??」
グロいのが特に苦手な魔導師を置いてきていた為、立ち止まっていたところを大声で呼ばれる。彼女が見ていたら嘔吐か卒倒は確実だっただろう。というより、普通の神経の人間であればこの惨状を見ればある程度は嘔吐くと思うのだが……
パーシィ「う……これで……いいのかな……とりあえず持って帰ろう……うっぷ…………」
若干の吐き気を催しながら、心配そうに見つめる二人の元へと戻る。いくつかの装飾品は血がついていたりもするが、それはたまにある事なのである程度は妥協したらしい。こんな物を確認したり、たまに冒険者の小遣い稼ぎとして売られたりというギルドの職員達が可哀想でならない。
メリー「回収終わった?」
パーシィ「うん。他に何かやっておくことがなければ帰るけど、二人とも大丈夫?」
癒果「私は大丈夫です!」
メリー「私も特には……あっ、そうだ。これ持ってみてくれない?」
魔導師が指差す先にはマイラの杖が転がっていた。正直な話、虐魔を蹂躙したような危険な代物を平気で置いていくのはやめて欲しいところだが、それを何の気なしに持たせようとするのもどうなのだろうか。
言われるがままに手を伸ばし軽く持ち上げようとする勇者だったが、掴もうとした手だけが上がり杖はそのまま横たわっていた。持ってみたら意外と重たかった時などにたまにある空振りのあれである。二度目に持ち上げた時はしっかりと持っていたが、それでもとても軽そうには見えない様子であった。
パーシィ「……何これ?」
メリー「マイラの杖。」
パーシィ「魔法職の使う長杖ってこんなに重たかったっけ……?」
メリー「パーシィが重いって言う杖をここまで運んできたの偉くない?」
癒果「そんなに重たいんですか……?」
パーシィ「持ってみるかい?」
癒果「はい…………あっ……ちょっ」
メリー「あぁあぁ……!私も支えるね……!?」
地面に軽く立てて渡されたにも関わらず、重さに耐えられず前方に杖ごと倒れそうになる賢者。慌てて魔導師が支えてようやく止まるほどである。勇者と魔導師が軽く鍛えているのと、この賢者が少し非力気味なのもあるだろうが、それでも魔法の杖でここまでの重さになるのは異常である。
パーシィ「確か、魔導機械で作られてるんだっけ……?二人の杖は違ったよね?」
癒果「はい……!私の杖は天使さんから頂いたもので、私でも持ちやすくてとても軽いんですよ!」
メリー「私のはそこそこね。年季は入ってるけど丈夫だし、重さも一般的なお店で売ってるものの平均くらいだと思うわ。まぁ、癒果ちゃんの杖とパーシィの剣の間ってところかしら?」
パーシィ「そっか……重い杖ってどんな杖が多いの?」
メリー「色々あるわね……それこそ、魔力を通しやすい素材を使うと大抵重くなるわね。金属だったり鉱石だったり……色々使うもの。」
癒果「後は、魔導石でしたり、魔宝玉などをはめている杖なども重たいですね……!威力を重視すると、魔力をより高い効率で魔法として放つことが重要ですから……」
要するに、戦闘面で魔法の質や効果を重視する場合には杖も重くなることが多い。それよりも、杖自体の扱いやすさや振りやすさ、魔法の発動速度や弾速などを重視すると比較的軽めの杖になることが多いという。本当は使う素材次第でどれだけでも重くも軽くもできるのだが、基本は前述の通りである。たまに、鈍器として使う為に重くするというレアケースもあるらしいが、そんな変な魔導師はまぁ居ないだろう。
メリー「そういう意味では、マイラは中々強かったのかもしれないわね。」
パーシィ「どういうことだい?」
メリー「初心者だと、杖を選ぶ時は速射と安定性重視で軽めの杖をオススメされることが多いのよ。でも、こうやって好きにカスタムしたり、魔法の質とか威力を意識してるって人は、それなりに魔法での戦闘に慣れてる場合が多いのよね。」
癒果「それだけ余裕があるということらしいですね……!ちなみに私は回復を早く使って安心して頂きたいので、その思いを汲み取って下さった天使様が軽めにして下さったんですよ……!」
メリー「まぁ、回復役は発動速度重視が多いかもね。」
パーシィ「えーっと……つまり、マイラは攻撃魔法がメインの上級者ってこと?」
メリー「だったかもしれない、だけよ。もしかしたらただ単に鈍器として使う為に重くしたのかもしれないし……」
パーシィ「あぁ……有り得そう……」
出会った時に自分から主な使い道は鈍器であると言っていたので、恐らくそれも意識している部分もあるのだろうが、流石に副産物であろう。一応魔導師と名乗る以上は、そんな脳筋過ぎる意図だけで杖の注文はしないだろう。……多分。
メリー「とにかく、それ、パーシィが持って行ってね?重いし。」
パーシィ「まぁ……そうだね。メリーもずっと持ってるのは疲れるだろうから、僕が持っていこう。適材適所だね。」
癒果「……あ、あの……」
メリー「ん?どうしたの?癒果ちゃん。」
癒果「マイラさんって、その杖をずっと片手で持っているんですよね……?しかも片脚で立って……」
パーシィ「……マイラって、僕より力あるのかもしれない。」
メリー「だとしたら近接戦闘は避けたいところね……戦うことがあればの話だけれど……」
癒果「戦えないようにいっぱい思い出作りしておきますか……?」
パーシィ「あはは……それは平和的でいい解決策だね。」
メリー「囲い込みの仕方が癒果ちゃんらしいというか……まぁ、それもいいかもね。」
癒果「ですよねっ!」
流石は聖女、魔族である彼女にも情け深いようだ。悪く言ってしまえば能天気とも言えそうなお花畑作戦だが、視覚的にも聴覚的にも記憶出来ない彼女に、どのような手段で思い出を作るつもりでいるのだろうか……と言うよりも、残り期間の少ない状態でそんな悠長なことはしていられないという事に、何故誰も突っ込まないのだろうか。
パーシィ「ひとまず、ギルドに戻ろう。いつ袁たちが帰ってくるか分からないからね。早い内に着いておいて、いつでも合流できるようにしておかないと。」
メリー「はぁーあ……転送魔法が使えたらなーっと……」
パーシィ「ん、使えないの?」
癒果「ヴィラフォリダニアは人が多いので……座標間に動くものが多すぎると教わりました……」
メリー「バラバラになるリスクを負ってまで楽したくはないでしょ?」
パーシィ「……それもそうだね。交通費支給は達成時に貰えるんだし、素直に電車に乗って帰ろうか。」
メリー「それが一番懸命ね。」
楽をする為に命を失っては元も子もない。数千R(≒円)は確かに安くは無いが、命の重みとは比較するまでもないもの。この世界の制度上だと勇者ともなれば、さぞかし稼いでいるはずなので迷わず電車を選ぶべきである。その方がまだ生きられる可能性は高いだろう。余程不運でなければだが。
同日 10時46分 仇忌・マイラside
ヴィラフォリダニア北部 ミレニフィア地区 役所前
パーシィ達よりも先に国へと戻った聖騎士とマイラ。軽い治療を終え、“武器”の申請に来ていた。
仇忌「……マイラ。」
マイラ「……はい?」
仇忌「頼むから大人しくしていろよ?」
マイラ「……病院での事、まだ怒ってます?」
仇忌「当たり前だ、自分から傷を増やすとは何事か。しかも病院でだぞ。勝手なことをしすぎだ。」
マイラ「……すみません……でも、魔力を注入して自己再生する方が早いと思って……」
仇忌「だとしてもやり方があるだろう。先生に頼むなりなんなりすればもっと安全な方法で投与できたはずだ。力ずくで身体にガラスの細長い容器突き刺すなんて、どうかしている。」
マイラ「……あれ以外に魔力の注入の仕方が分からないんです。形的にメスピペットのようなものだとは思うのですが……アルファが説明を……」
仇忌「アルファ?」
マイラ「……何でもないです。」
仇忌「……とにかく、せっかく巻いた包帯が取れないように、あんまり動くなよ。この場で巻く訳にもいかないからな。」
マイラ「……はーい……」
問題児を叱りつけた所で、役所の受付に向かう。勿論、アレを忘れているのでマイラはお姫様抱っこ中。国が認めた勇者一行の一人が、そんな状態の彼女を連れて受付に来たとなると流石に少しザワつく。
仇忌「すみません、武器の申請を出したいのですが、手続きをお願い出来ますか。」
受付「かしこまりました、それでは少しおかけになってお待ち下さい。」
仇忌「はい。」
マイラを席に着かせてから聖騎士も椅子に腰掛ける。この辺りでは見ない少女に対し、周囲の者も視線を向けている。まぁ、彼女の状態であれば流石に目につくのも仕方が無いだろう。
受付「お待たせしました。こちら手続きの書類となりますが、申請を出される方は……」
仇忌「一応彼女ですが、この状態ですので私が代理に書かせて頂いても?」
受付「あっ……えっと、ご本人の了承の上でしたら問題はありませんが……」
マイラ「……あ、私が書くと読めなくなるので、聖騎士さんにお任せします。」
受付「かしこまりました。それでは、そちらの机で記入して頂きまして、終わられましたらまた受付までお越し下さい。」
仇忌「はい、ありがとうございます。マイラ、これ持って。」
マイラ「……はい。じゃあ……また……」
仇忌「あぁ。」
彼女にペンと書類の紙を持たせ、また抱えて運ぶ。聖騎士にとっては慣れたものだが、受付含む周りの者はやはり奇怪なものでも見るような目でその様子を見ていた。書類を書く為のスペースに着くと、再び席に座らせ、書類を受け取って記入を始める。
仇忌「…………」
仇忌(おい、マイラ。)
マイラ「……?はい。どうしましたか。」
仇忌(流石にお前の全てを知ってる訳じゃない。どうにかして周りに聞かれないように伝えられないか。)
マイラ「……アルファ、来て。」
アルファ?「よっと……!はぁ……全く人使いが荒い……」
仇忌「……ん?」
突然天井から女性が現れ、何故か一回転して床に降りてきた。次から次へと異様な光景が飛び込んでくるので、いよいよ役所内が騒然とし始める。銀髪だったり顔立ちが少しマイラに似ていないこともないが、親族か何かだろうか。
α「私は、α。マイラの保護者みたいなもん。まぁ敵じゃないから警戒しなくていいよ。」
仇忌「警戒せざるを得ないんだが……マイラ含めその辺のやつは派手な事をしないと気が済まないのか?」
α「まぁまぁ……入ってきて急に君達の方に来ても怪しまれるでしょ?」
仇忌「それもそうかもしれんが……派手な事は控えてくれ。」
α「ごめんね、次から気をつけるよ。」
マイラ「アルファ、防音結界お願い出来る?」
α「はいはい。」
面倒臭そうに頷くと、二人の対面の席に座って目を瞑る。すると半透明の壁が小さなドーム状に彼女らを包む。派手な事はしないでくれと頼んだにも関わらず、五秒後には破られる。恐らく魔族なのだろうが、何故ここまで勝手なのだろうか。
α「じゃ、終わったらまた言って。」
マイラ「はーい。じゃあ、聖騎士さん。何を言っていけばいいですか?」
仇忌「まずは名前だな。」
マイラ「……マイラ・W・ルカオール。(Myra・Weparn・Lucaor)」
仇忌「よし。次に生年月日。」
マイラ「……9243年9月1日。」
仇忌「…………はい。次、出身地。」
マイラ「……サデーラ王国ウォスタ地区降雪エリア。」
仇忌「…………はい。次、現住所。」
マイラ「……サデーラ王国サデーラ城四階404号室。」
仇忌「…………はい。次、家族構成。」
マイラ「……母2、姉1、妹4、妻1、娘3。」
仇忌「待て待て待て待て。」
α「流石にね?」
恐らく開幕から突っ込みたい部分はあっただろうが、何とか飲み込んでいた彼でも流石に最後だけは我慢出来なかったようだ。人間であればまぁ稀な母2人まではギリ飲み込めよう。人工授精等で父が居ないという事も有り得る。問題は後半だ。
仇忌「……妻と娘3……本気か?ふざけてる訳では無いだろうな?」
マイラ「……他の皆さんには内緒でお願いします。そういう反応をされると面倒なので……」
α「袁さん?マイラも、見た目も身体の作りも心もまだ子供かもしれませんが」
マイラ「えっ……?」
α「生年月日からも分かるように、十分結婚していてもおかしくない年齢ですよ。」
仇忌「……何か……すまん。」
マイラ「……大丈夫ですよ……!悪気は無いと思いますし……!そこの保護者よりマシです……!」
α「ん~?」
その後もそんな調子で必要事項を記入していく。なお、武器の使用用途で30分近く詰まったのはここだけの秘密である。
仇忌「……まぁ……これならギリ通る……か……?」
α「“負感体等の人魔共通の強敵の駆除協力の為”……か。まぁ、最初の“何となく”とか“敵を倒すため”とかよりはぐんとよくなったんじゃない?」
マイラ「そ、そんなに審査って厳しいんですか……?」
仇忌「……あ~……そうでも無いが、あそこまで強い武器となると、曖昧な表現では通らないことが多いな。」
マイラ「……私……曖昧な表現だったでしょうか……?」
α「マイラにはまだ難しいかな?ニューラットも最近の言語だからね。」
仇忌「そう……だな。それでもここまで来たんだ、上出来だろう。そこまで気にするな。」
マイラ「……はい。」
仇忌「申し訳ないですが、アルファさんはマイラを……」
α「あ~いいのいいの。気にしないで。元々そういうのは私の役目だから、寧ろ進んで私から運ぶよ。」
仇忌「では、お願いします。」
α「はーい。でも、次からタメ口呼び捨てでお願いね。落ち着かないから。」
仇忌「分かった。」
記入を終えた彼らは、受付に戻り書類を提出する。色々と目を疑いたくなる部分があるせいか、受付係の者も目を丸くしていたり、上司に確認している部分などもあったが書類自体は無事に受け取って貰えた。後は武器本体の確認をしてもらうのみ。
受付「で、では、こちらに書かれている武器の方を提出願えますか?」
仇忌「はい。マイラ。」
マイラ「…………あっ……」
α「……二人とも今更気付いたと言わないよね?」
仇忌「……そういえば杖持ってなかったな。」
α「ここまで気付かないことあるんだね?わざとでしょ最早。」
受付「……えっと……本日でなくても、また明日でも構いませんが……」
α「いえ、私が取ってきますので、少し待ってて下さい。」
そう告げると一瞬で姿を消し、居なくなったかと思えばマイラの杖を持って現れる。もはや聖騎士の忠告など聞く気もないというわけか。
α「はい、お待たせ。これです。」
受付「で、では……お預かり致します。機能と威力の確認が終わり次第お返し致しますので、20分ほどお待ちください。」
α「あ、それなんですけれど、この子も連れて行ってください。」
受付「えっと……はい?」
α「その杖、使い方があるのでこの子にガイドしてもらって下さい。」
受付「わ、分かりました……」
α「それともう一つ。カイ、ちょっと来れる?」
連絡用の端末と思わしき物を取り出し、小さな声で誰かと会話する。すると10秒もしないうちに床に魔法陣が現れ、またも一人の女性が現れる。今回はアルファとは違い、そこまでマイラ似ということでも無さそうだ。
カイ?「何?」
α「あの杖の被験者になってくれない?」
カイ?「え、私がですか?」
α「人間には無害っていうのも一応見せておこうと思ってさ。」
カイ?「あ~、無害アピールの為に的になれと。」
α「すごく悪く言えばそんな感じ。頼める?」
カイ?「いいですよ。め……マイラの為ですし。」
仇忌「め……?」
カイ?「めっちゃ不服だけどって言おうと思って留まっただけ……あら、初めまして。」
軽い挨拶のようなものを申し訳程度に交わし、そのままマイラと受付係と共に奥へと進んで行った。一応礼儀はある程度弁えているのだろうが、如何せん場所に合った現れ方をしなさ過ぎるのは何なのか。遺伝か、はたまたそういうものが彼女らの国では流行っているのか。
何にせよ、頭を抱える程に注目を集める彼女らのせいで、同じような痛い目線を向けられる聖騎士にとっては、ああいったことはたまったものではないだろう。
仇忌「……マイラ辺りと関わる度にこうなるのか……?流石にキツイぞ……」
α「……こう見えて私達も悩んでるんだよ?その件については。」
仇忌「ここまで見てそう言われても信用出来ん……」
α「あはは……ですよねー……」
受付「えっと……では、こちらへ……」
カイ?「マイラ、抱っこするよ?」
マイラ「う、うん……」
そして、特に派手な行動をする二人は受付係について行った。マイラが迷惑をかけないか、甚だ心配であった保護者二人だったが、使用するのはあくまでも職員。使い方の説明だけしかマイラのやる事は無いので、さして心配する必要はないだろう。奇想天外なことをしなければの話だが……
仇忌「……アルファ、マイラの保護者と言う割に全く傍に居ないのは何故なんだ?」
α「あれ?言わなかったっけ?」
仇忌「言わなかったも何もさっき初めて会ったばかりだろう。」
α「あ、そっか……ここの君にはまだ言ってなかったか…………」
仇忌「ここの君……?」
α「マイラ、嫌がるんだよ。他人にお世話されるの。“子供じゃないんだからそんなに過保護なのはやめて”って、そういうつもりじゃないんだけどな~って感じ。まぁそれに、私にも仕事があるし、マイラなら万が一のことがあってもそうそう死ぬことは無いからさ。」
仇忌「そうなのか……?……それともう一つ思ったんだが、お前が全部書いてくれたら防音結界とか無くて良かったんじゃないか?」
α「……確かに。言われてみれば。」
仇忌「おいおい……」
実際、そうすればもっと早く提出出来たろうに。だが、人間でない彼女に人間らしい言葉遣いや武器の使用用途などを考えさせるというのは、成長を促すという保護者としての考えもあっての事だったのかもしれない。それに、仮にアルファが書いていたとしたら、手持ち無沙汰になったマイラが何らかで暴れていた可能性もある。それも考えると、妥当だったのかもしれない。
彼女らが行って二十分も経たない頃、奥の通路から彼女らが杖を持って帰ってくる。想像以上に使い道はシンプルなのか、はたまた彼女の説明が意外と上手かったのか、確認はスムーズに終わったようだ。
α「おかえり、早かったね。」
カイ?「はい、意外と。」
マイラ「ただいまです……!」
仇忌「あぁ。」
受付「では、確認しましたところ、人間に対しての殺傷力が無いことと、記載された使い道の確認も出来ましたので、本日からその武器の使用・携帯の許可を出します。十年経ちましたら、また申請頂きますように連絡させていただきますので、その際はまたこの国の役所にお越しください。」
マイラ「……はいっ……!ありがとうございました……!」
無事、申請を出して許可を得ることが出来たマイラ達は、役所を出て中央ギルドに向かった。遠かったこともあってか、アルファが勝手にそこまで転送魔法を使ったのは極めて目立っていたが、この際聖騎士も諦めたようだ。
仇忌「じゃあすみません、ありがとうございました。」
α「いえいえ、こちらこそマイラを宜しくお願いします。」
マイラ「アルファ、この後買い出しだから着いてきて欲しいんだけど……」
α「はいはい。お連れの方も連れて私のとこまで来てね。ギルドの横にいるから。」
カイ?「じゃあ、私は帰りますから、マイラのことは宜しくお願いしますね。」
仇忌「はい、ありがとうございました。マイラ、行くぞ。」
マイラ「……はい。」
そうして、紆余曲折を経て彼らは先に着いていたパーシィ達との合流を果たした。かなりの長旅であったが、マイラとその愉快な仲間たちによる大暴走のことは口にしなかった聖騎士であった。
α「……そういえば、カイ頭押さえてたけど……もしかして使用用途に鈍器って書いてたからマイラがやらせた可能性ある……?」
やはり見張りはいつ何時でも必要であったと後悔するアルファであった……
第三・三三三……話 終
tips
「イルテスゴブリン」
ザ・ゴブリンといった見た目の魔物。虐魔の一種で、ゴブリンの中ではかなり凶暴性の高い種。基本的に木を削って作った武器や盾などを装備している場合が多く、衣服の布面積は腰巻や上着程度。ゴブリンだからと舐めてかかって返り討ちにされたり、酷い場合は苗床にされることもある。力が強く、武器が鋭くなくても本気を出せば木の武器で人間の皮膚を貫通することも可能。外に出て群れを成して獲物を狩っているのはオスであり、メスは住処で武器の製造をしていたり、住処を守る罠を作っていたりする。実は、メスの方が筋肉量が多かったりするので、こちらも舐めてかかると平気で命を落とす危険性あり。物々交換などで警戒心を削いでいくことも出来たりするが、余程でなければ近付くのは避けた方がいい。
ヴィラフォリダニア近辺 ネアントーカ草原
先に国へと戻った二名を見送り、勇者達はクエスト達成報告に必要な討伐の証(証拠)を採取していた。ゴブリン系のように装飾品や衣服を着ている魔物の場合はそれらを倒した数の分だけ持っていく。スライムであれば、内部にある核(中核とも)を持っていくか遺液(倒した後の残骸の液体)などを持っていくことでクエストの達成と認められる。そうでもしないと、何もしていないのに帰ってきて虚偽の報告をする者も現れるからだそうだ。
パーシィ「うーん……流石に武器は持っていけないし……」
メリー「マイラの血がついてると分かっていると、尚更持っていく気にはならないわね……」
癒果「かと言って衣服もちょっと……」
パーシィ「無難に首飾りでいいよね。」
幾つか綺麗な宝石のようなものがついている首飾りを首から外し、それぞれの個体から持っていく。しかし、想像以上に遺体の損傷が激しく、中には頭部の輪郭が無くなっているものや、首らしき部分が無く、首飾りだけが近くに落ちているものもあった。
パーシィ「うわぁぁ…………何したのか分からないけど、仕込み銃……だっけ?でもこんな事にはならないでしょ……っ……グロぉ…………」
メリー「パーシィ~ッ!!何か見つけたの~~っ!!??」
グロいのが特に苦手な魔導師を置いてきていた為、立ち止まっていたところを大声で呼ばれる。彼女が見ていたら嘔吐か卒倒は確実だっただろう。というより、普通の神経の人間であればこの惨状を見ればある程度は嘔吐くと思うのだが……
パーシィ「う……これで……いいのかな……とりあえず持って帰ろう……うっぷ…………」
若干の吐き気を催しながら、心配そうに見つめる二人の元へと戻る。いくつかの装飾品は血がついていたりもするが、それはたまにある事なのである程度は妥協したらしい。こんな物を確認したり、たまに冒険者の小遣い稼ぎとして売られたりというギルドの職員達が可哀想でならない。
メリー「回収終わった?」
パーシィ「うん。他に何かやっておくことがなければ帰るけど、二人とも大丈夫?」
癒果「私は大丈夫です!」
メリー「私も特には……あっ、そうだ。これ持ってみてくれない?」
魔導師が指差す先にはマイラの杖が転がっていた。正直な話、虐魔を蹂躙したような危険な代物を平気で置いていくのはやめて欲しいところだが、それを何の気なしに持たせようとするのもどうなのだろうか。
言われるがままに手を伸ばし軽く持ち上げようとする勇者だったが、掴もうとした手だけが上がり杖はそのまま横たわっていた。持ってみたら意外と重たかった時などにたまにある空振りのあれである。二度目に持ち上げた時はしっかりと持っていたが、それでもとても軽そうには見えない様子であった。
パーシィ「……何これ?」
メリー「マイラの杖。」
パーシィ「魔法職の使う長杖ってこんなに重たかったっけ……?」
メリー「パーシィが重いって言う杖をここまで運んできたの偉くない?」
癒果「そんなに重たいんですか……?」
パーシィ「持ってみるかい?」
癒果「はい…………あっ……ちょっ」
メリー「あぁあぁ……!私も支えるね……!?」
地面に軽く立てて渡されたにも関わらず、重さに耐えられず前方に杖ごと倒れそうになる賢者。慌てて魔導師が支えてようやく止まるほどである。勇者と魔導師が軽く鍛えているのと、この賢者が少し非力気味なのもあるだろうが、それでも魔法の杖でここまでの重さになるのは異常である。
パーシィ「確か、魔導機械で作られてるんだっけ……?二人の杖は違ったよね?」
癒果「はい……!私の杖は天使さんから頂いたもので、私でも持ちやすくてとても軽いんですよ!」
メリー「私のはそこそこね。年季は入ってるけど丈夫だし、重さも一般的なお店で売ってるものの平均くらいだと思うわ。まぁ、癒果ちゃんの杖とパーシィの剣の間ってところかしら?」
パーシィ「そっか……重い杖ってどんな杖が多いの?」
メリー「色々あるわね……それこそ、魔力を通しやすい素材を使うと大抵重くなるわね。金属だったり鉱石だったり……色々使うもの。」
癒果「後は、魔導石でしたり、魔宝玉などをはめている杖なども重たいですね……!威力を重視すると、魔力をより高い効率で魔法として放つことが重要ですから……」
要するに、戦闘面で魔法の質や効果を重視する場合には杖も重くなることが多い。それよりも、杖自体の扱いやすさや振りやすさ、魔法の発動速度や弾速などを重視すると比較的軽めの杖になることが多いという。本当は使う素材次第でどれだけでも重くも軽くもできるのだが、基本は前述の通りである。たまに、鈍器として使う為に重くするというレアケースもあるらしいが、そんな変な魔導師はまぁ居ないだろう。
メリー「そういう意味では、マイラは中々強かったのかもしれないわね。」
パーシィ「どういうことだい?」
メリー「初心者だと、杖を選ぶ時は速射と安定性重視で軽めの杖をオススメされることが多いのよ。でも、こうやって好きにカスタムしたり、魔法の質とか威力を意識してるって人は、それなりに魔法での戦闘に慣れてる場合が多いのよね。」
癒果「それだけ余裕があるということらしいですね……!ちなみに私は回復を早く使って安心して頂きたいので、その思いを汲み取って下さった天使様が軽めにして下さったんですよ……!」
メリー「まぁ、回復役は発動速度重視が多いかもね。」
パーシィ「えーっと……つまり、マイラは攻撃魔法がメインの上級者ってこと?」
メリー「だったかもしれない、だけよ。もしかしたらただ単に鈍器として使う為に重くしたのかもしれないし……」
パーシィ「あぁ……有り得そう……」
出会った時に自分から主な使い道は鈍器であると言っていたので、恐らくそれも意識している部分もあるのだろうが、流石に副産物であろう。一応魔導師と名乗る以上は、そんな脳筋過ぎる意図だけで杖の注文はしないだろう。……多分。
メリー「とにかく、それ、パーシィが持って行ってね?重いし。」
パーシィ「まぁ……そうだね。メリーもずっと持ってるのは疲れるだろうから、僕が持っていこう。適材適所だね。」
癒果「……あ、あの……」
メリー「ん?どうしたの?癒果ちゃん。」
癒果「マイラさんって、その杖をずっと片手で持っているんですよね……?しかも片脚で立って……」
パーシィ「……マイラって、僕より力あるのかもしれない。」
メリー「だとしたら近接戦闘は避けたいところね……戦うことがあればの話だけれど……」
癒果「戦えないようにいっぱい思い出作りしておきますか……?」
パーシィ「あはは……それは平和的でいい解決策だね。」
メリー「囲い込みの仕方が癒果ちゃんらしいというか……まぁ、それもいいかもね。」
癒果「ですよねっ!」
流石は聖女、魔族である彼女にも情け深いようだ。悪く言ってしまえば能天気とも言えそうなお花畑作戦だが、視覚的にも聴覚的にも記憶出来ない彼女に、どのような手段で思い出を作るつもりでいるのだろうか……と言うよりも、残り期間の少ない状態でそんな悠長なことはしていられないという事に、何故誰も突っ込まないのだろうか。
パーシィ「ひとまず、ギルドに戻ろう。いつ袁たちが帰ってくるか分からないからね。早い内に着いておいて、いつでも合流できるようにしておかないと。」
メリー「はぁーあ……転送魔法が使えたらなーっと……」
パーシィ「ん、使えないの?」
癒果「ヴィラフォリダニアは人が多いので……座標間に動くものが多すぎると教わりました……」
メリー「バラバラになるリスクを負ってまで楽したくはないでしょ?」
パーシィ「……それもそうだね。交通費支給は達成時に貰えるんだし、素直に電車に乗って帰ろうか。」
メリー「それが一番懸命ね。」
楽をする為に命を失っては元も子もない。数千R(≒円)は確かに安くは無いが、命の重みとは比較するまでもないもの。この世界の制度上だと勇者ともなれば、さぞかし稼いでいるはずなので迷わず電車を選ぶべきである。その方がまだ生きられる可能性は高いだろう。余程不運でなければだが。
同日 10時46分 仇忌・マイラside
ヴィラフォリダニア北部 ミレニフィア地区 役所前
パーシィ達よりも先に国へと戻った聖騎士とマイラ。軽い治療を終え、“武器”の申請に来ていた。
仇忌「……マイラ。」
マイラ「……はい?」
仇忌「頼むから大人しくしていろよ?」
マイラ「……病院での事、まだ怒ってます?」
仇忌「当たり前だ、自分から傷を増やすとは何事か。しかも病院でだぞ。勝手なことをしすぎだ。」
マイラ「……すみません……でも、魔力を注入して自己再生する方が早いと思って……」
仇忌「だとしてもやり方があるだろう。先生に頼むなりなんなりすればもっと安全な方法で投与できたはずだ。力ずくで身体にガラスの細長い容器突き刺すなんて、どうかしている。」
マイラ「……あれ以外に魔力の注入の仕方が分からないんです。形的にメスピペットのようなものだとは思うのですが……アルファが説明を……」
仇忌「アルファ?」
マイラ「……何でもないです。」
仇忌「……とにかく、せっかく巻いた包帯が取れないように、あんまり動くなよ。この場で巻く訳にもいかないからな。」
マイラ「……はーい……」
問題児を叱りつけた所で、役所の受付に向かう。勿論、アレを忘れているのでマイラはお姫様抱っこ中。国が認めた勇者一行の一人が、そんな状態の彼女を連れて受付に来たとなると流石に少しザワつく。
仇忌「すみません、武器の申請を出したいのですが、手続きをお願い出来ますか。」
受付「かしこまりました、それでは少しおかけになってお待ち下さい。」
仇忌「はい。」
マイラを席に着かせてから聖騎士も椅子に腰掛ける。この辺りでは見ない少女に対し、周囲の者も視線を向けている。まぁ、彼女の状態であれば流石に目につくのも仕方が無いだろう。
受付「お待たせしました。こちら手続きの書類となりますが、申請を出される方は……」
仇忌「一応彼女ですが、この状態ですので私が代理に書かせて頂いても?」
受付「あっ……えっと、ご本人の了承の上でしたら問題はありませんが……」
マイラ「……あ、私が書くと読めなくなるので、聖騎士さんにお任せします。」
受付「かしこまりました。それでは、そちらの机で記入して頂きまして、終わられましたらまた受付までお越し下さい。」
仇忌「はい、ありがとうございます。マイラ、これ持って。」
マイラ「……はい。じゃあ……また……」
仇忌「あぁ。」
彼女にペンと書類の紙を持たせ、また抱えて運ぶ。聖騎士にとっては慣れたものだが、受付含む周りの者はやはり奇怪なものでも見るような目でその様子を見ていた。書類を書く為のスペースに着くと、再び席に座らせ、書類を受け取って記入を始める。
仇忌「…………」
仇忌(おい、マイラ。)
マイラ「……?はい。どうしましたか。」
仇忌(流石にお前の全てを知ってる訳じゃない。どうにかして周りに聞かれないように伝えられないか。)
マイラ「……アルファ、来て。」
アルファ?「よっと……!はぁ……全く人使いが荒い……」
仇忌「……ん?」
突然天井から女性が現れ、何故か一回転して床に降りてきた。次から次へと異様な光景が飛び込んでくるので、いよいよ役所内が騒然とし始める。銀髪だったり顔立ちが少しマイラに似ていないこともないが、親族か何かだろうか。
α「私は、α。マイラの保護者みたいなもん。まぁ敵じゃないから警戒しなくていいよ。」
仇忌「警戒せざるを得ないんだが……マイラ含めその辺のやつは派手な事をしないと気が済まないのか?」
α「まぁまぁ……入ってきて急に君達の方に来ても怪しまれるでしょ?」
仇忌「それもそうかもしれんが……派手な事は控えてくれ。」
α「ごめんね、次から気をつけるよ。」
マイラ「アルファ、防音結界お願い出来る?」
α「はいはい。」
面倒臭そうに頷くと、二人の対面の席に座って目を瞑る。すると半透明の壁が小さなドーム状に彼女らを包む。派手な事はしないでくれと頼んだにも関わらず、五秒後には破られる。恐らく魔族なのだろうが、何故ここまで勝手なのだろうか。
α「じゃ、終わったらまた言って。」
マイラ「はーい。じゃあ、聖騎士さん。何を言っていけばいいですか?」
仇忌「まずは名前だな。」
マイラ「……マイラ・W・ルカオール。(Myra・Weparn・Lucaor)」
仇忌「よし。次に生年月日。」
マイラ「……9243年9月1日。」
仇忌「…………はい。次、出身地。」
マイラ「……サデーラ王国ウォスタ地区降雪エリア。」
仇忌「…………はい。次、現住所。」
マイラ「……サデーラ王国サデーラ城四階404号室。」
仇忌「…………はい。次、家族構成。」
マイラ「……母2、姉1、妹4、妻1、娘3。」
仇忌「待て待て待て待て。」
α「流石にね?」
恐らく開幕から突っ込みたい部分はあっただろうが、何とか飲み込んでいた彼でも流石に最後だけは我慢出来なかったようだ。人間であればまぁ稀な母2人まではギリ飲み込めよう。人工授精等で父が居ないという事も有り得る。問題は後半だ。
仇忌「……妻と娘3……本気か?ふざけてる訳では無いだろうな?」
マイラ「……他の皆さんには内緒でお願いします。そういう反応をされると面倒なので……」
α「袁さん?マイラも、見た目も身体の作りも心もまだ子供かもしれませんが」
マイラ「えっ……?」
α「生年月日からも分かるように、十分結婚していてもおかしくない年齢ですよ。」
仇忌「……何か……すまん。」
マイラ「……大丈夫ですよ……!悪気は無いと思いますし……!そこの保護者よりマシです……!」
α「ん~?」
その後もそんな調子で必要事項を記入していく。なお、武器の使用用途で30分近く詰まったのはここだけの秘密である。
仇忌「……まぁ……これならギリ通る……か……?」
α「“負感体等の人魔共通の強敵の駆除協力の為”……か。まぁ、最初の“何となく”とか“敵を倒すため”とかよりはぐんとよくなったんじゃない?」
マイラ「そ、そんなに審査って厳しいんですか……?」
仇忌「……あ~……そうでも無いが、あそこまで強い武器となると、曖昧な表現では通らないことが多いな。」
マイラ「……私……曖昧な表現だったでしょうか……?」
α「マイラにはまだ難しいかな?ニューラットも最近の言語だからね。」
仇忌「そう……だな。それでもここまで来たんだ、上出来だろう。そこまで気にするな。」
マイラ「……はい。」
仇忌「申し訳ないですが、アルファさんはマイラを……」
α「あ~いいのいいの。気にしないで。元々そういうのは私の役目だから、寧ろ進んで私から運ぶよ。」
仇忌「では、お願いします。」
α「はーい。でも、次からタメ口呼び捨てでお願いね。落ち着かないから。」
仇忌「分かった。」
記入を終えた彼らは、受付に戻り書類を提出する。色々と目を疑いたくなる部分があるせいか、受付係の者も目を丸くしていたり、上司に確認している部分などもあったが書類自体は無事に受け取って貰えた。後は武器本体の確認をしてもらうのみ。
受付「で、では、こちらに書かれている武器の方を提出願えますか?」
仇忌「はい。マイラ。」
マイラ「…………あっ……」
α「……二人とも今更気付いたと言わないよね?」
仇忌「……そういえば杖持ってなかったな。」
α「ここまで気付かないことあるんだね?わざとでしょ最早。」
受付「……えっと……本日でなくても、また明日でも構いませんが……」
α「いえ、私が取ってきますので、少し待ってて下さい。」
そう告げると一瞬で姿を消し、居なくなったかと思えばマイラの杖を持って現れる。もはや聖騎士の忠告など聞く気もないというわけか。
α「はい、お待たせ。これです。」
受付「で、では……お預かり致します。機能と威力の確認が終わり次第お返し致しますので、20分ほどお待ちください。」
α「あ、それなんですけれど、この子も連れて行ってください。」
受付「えっと……はい?」
α「その杖、使い方があるのでこの子にガイドしてもらって下さい。」
受付「わ、分かりました……」
α「それともう一つ。カイ、ちょっと来れる?」
連絡用の端末と思わしき物を取り出し、小さな声で誰かと会話する。すると10秒もしないうちに床に魔法陣が現れ、またも一人の女性が現れる。今回はアルファとは違い、そこまでマイラ似ということでも無さそうだ。
カイ?「何?」
α「あの杖の被験者になってくれない?」
カイ?「え、私がですか?」
α「人間には無害っていうのも一応見せておこうと思ってさ。」
カイ?「あ~、無害アピールの為に的になれと。」
α「すごく悪く言えばそんな感じ。頼める?」
カイ?「いいですよ。め……マイラの為ですし。」
仇忌「め……?」
カイ?「めっちゃ不服だけどって言おうと思って留まっただけ……あら、初めまして。」
軽い挨拶のようなものを申し訳程度に交わし、そのままマイラと受付係と共に奥へと進んで行った。一応礼儀はある程度弁えているのだろうが、如何せん場所に合った現れ方をしなさ過ぎるのは何なのか。遺伝か、はたまたそういうものが彼女らの国では流行っているのか。
何にせよ、頭を抱える程に注目を集める彼女らのせいで、同じような痛い目線を向けられる聖騎士にとっては、ああいったことはたまったものではないだろう。
仇忌「……マイラ辺りと関わる度にこうなるのか……?流石にキツイぞ……」
α「……こう見えて私達も悩んでるんだよ?その件については。」
仇忌「ここまで見てそう言われても信用出来ん……」
α「あはは……ですよねー……」
受付「えっと……では、こちらへ……」
カイ?「マイラ、抱っこするよ?」
マイラ「う、うん……」
そして、特に派手な行動をする二人は受付係について行った。マイラが迷惑をかけないか、甚だ心配であった保護者二人だったが、使用するのはあくまでも職員。使い方の説明だけしかマイラのやる事は無いので、さして心配する必要はないだろう。奇想天外なことをしなければの話だが……
仇忌「……アルファ、マイラの保護者と言う割に全く傍に居ないのは何故なんだ?」
α「あれ?言わなかったっけ?」
仇忌「言わなかったも何もさっき初めて会ったばかりだろう。」
α「あ、そっか……ここの君にはまだ言ってなかったか…………」
仇忌「ここの君……?」
α「マイラ、嫌がるんだよ。他人にお世話されるの。“子供じゃないんだからそんなに過保護なのはやめて”って、そういうつもりじゃないんだけどな~って感じ。まぁそれに、私にも仕事があるし、マイラなら万が一のことがあってもそうそう死ぬことは無いからさ。」
仇忌「そうなのか……?……それともう一つ思ったんだが、お前が全部書いてくれたら防音結界とか無くて良かったんじゃないか?」
α「……確かに。言われてみれば。」
仇忌「おいおい……」
実際、そうすればもっと早く提出出来たろうに。だが、人間でない彼女に人間らしい言葉遣いや武器の使用用途などを考えさせるというのは、成長を促すという保護者としての考えもあっての事だったのかもしれない。それに、仮にアルファが書いていたとしたら、手持ち無沙汰になったマイラが何らかで暴れていた可能性もある。それも考えると、妥当だったのかもしれない。
彼女らが行って二十分も経たない頃、奥の通路から彼女らが杖を持って帰ってくる。想像以上に使い道はシンプルなのか、はたまた彼女の説明が意外と上手かったのか、確認はスムーズに終わったようだ。
α「おかえり、早かったね。」
カイ?「はい、意外と。」
マイラ「ただいまです……!」
仇忌「あぁ。」
受付「では、確認しましたところ、人間に対しての殺傷力が無いことと、記載された使い道の確認も出来ましたので、本日からその武器の使用・携帯の許可を出します。十年経ちましたら、また申請頂きますように連絡させていただきますので、その際はまたこの国の役所にお越しください。」
マイラ「……はいっ……!ありがとうございました……!」
無事、申請を出して許可を得ることが出来たマイラ達は、役所を出て中央ギルドに向かった。遠かったこともあってか、アルファが勝手にそこまで転送魔法を使ったのは極めて目立っていたが、この際聖騎士も諦めたようだ。
仇忌「じゃあすみません、ありがとうございました。」
α「いえいえ、こちらこそマイラを宜しくお願いします。」
マイラ「アルファ、この後買い出しだから着いてきて欲しいんだけど……」
α「はいはい。お連れの方も連れて私のとこまで来てね。ギルドの横にいるから。」
カイ?「じゃあ、私は帰りますから、マイラのことは宜しくお願いしますね。」
仇忌「はい、ありがとうございました。マイラ、行くぞ。」
マイラ「……はい。」
そうして、紆余曲折を経て彼らは先に着いていたパーシィ達との合流を果たした。かなりの長旅であったが、マイラとその愉快な仲間たちによる大暴走のことは口にしなかった聖騎士であった。
α「……そういえば、カイ頭押さえてたけど……もしかして使用用途に鈍器って書いてたからマイラがやらせた可能性ある……?」
やはり見張りはいつ何時でも必要であったと後悔するアルファであった……
第三・三三三……話 終
tips
「イルテスゴブリン」
ザ・ゴブリンといった見た目の魔物。虐魔の一種で、ゴブリンの中ではかなり凶暴性の高い種。基本的に木を削って作った武器や盾などを装備している場合が多く、衣服の布面積は腰巻や上着程度。ゴブリンだからと舐めてかかって返り討ちにされたり、酷い場合は苗床にされることもある。力が強く、武器が鋭くなくても本気を出せば木の武器で人間の皮膚を貫通することも可能。外に出て群れを成して獲物を狩っているのはオスであり、メスは住処で武器の製造をしていたり、住処を守る罠を作っていたりする。実は、メスの方が筋肉量が多かったりするので、こちらも舐めてかかると平気で命を落とす危険性あり。物々交換などで警戒心を削いでいくことも出来たりするが、余程でなければ近付くのは避けた方がいい。
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