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第三話 棘
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───本編の前に───
前置きにおいて、とても大切な文言を入れておくのを忘れておりました(2月中旬時点)ので、こちらにて表記させていただきます。(今後増える可能性もあります。)
“この作品は、差別等を肯定・助長するものではありません。また、筆者にはそういった意図は一切ございません。”
また、このお話(第三話)には流血表現が含まれております。苦手な方は閲覧を中止するか、体調に気をつけながらお読み頂くことを推奨致します。(なお、お読み頂いたことによって生じた読者様の不利益等は、筆者は一切責任を負いません。)
そして、“この作品には暴力・暴言・残酷描写・みだらな行為/性表現などの他にも、道徳的・倫理的によろしくない文言や表現が含まれている場合がございます。”(2月下旬追記)
ご留意ください。
(もしかするとこのお話で何かしら指摘頂くかもしれませんが、上記の通りです。遅れましたが追記として書かせていただきます。)
───
6月22日 午前9時12分
ヴィラフォリダニア近辺 ネアントーカ草原
国を出てすぐの草原で目的の虐魔を探す。勇者パーティーと呼ばれるだけあって、戦闘経験は豊富な為、目標か否かは一目見れば分かるだろう。しかし、言うほど魔物が沢山居るということも無いため、そう簡単に見つけることは出来ない。
マイラ「見つかりましたか。」
仇忌「まだだ。魔物なら少しはいるが、どれもこれもハズレばかりだ。」
マイラ「……私の目が見えなくなってからもうしばらくですが、この国にいる虐魔も私の知っている姿と同じなのでしょうか。」
パーシィ「今回の相手はイルテスゴブリンだね。君の暮らしてきた国々でも、アイツは居たかい?」
マイラ「……はい。獰猛で、それでいて賢いので厄介でしたね。何度罠に嵌められたことか。」
メリー「賢い……かしら……?」
マイラ「……地域毎に個体差はあるかもしれません。個体群が異なれば、案外特徴も違いますから。海を超えれば尚更です。」
癒果「それって、本当にイルテスゴブリンでしたか……?」
マイラ「……はい、そのはずです。サデーラ付近に居たものの見た目は、紫色で少し平均身長の高めのゴブリンですね。とはいえ、その中にも太っていたりやせ細っていたりと様々でしたが、一貫して木を削って鋭い武器にしたり落とし穴にはめたりと面倒でした。」
仇忌「色や見た目はどうでもいいとして、その性質はこの辺りのとは少し異なるな。」
ゴブリンというのは、人間の過去の空想の世界から、基本緑の肌がイメージとして挙げられやすいだろう。実際、緑の肌の種も多く、この付近のイルテスゴブリンもその例に漏れない。とはいえ、肌の色が異なろうが同じだろうが、大抵生き方は環境に合わせたものになるため、特に判断の基準にはなり得ない。それこそ、肌の色で云々を言っていたのなんて大昔の人間程度だろう。
マイラ「……環境が違いますから仕方ないですね。サデーラだと砂漠ですし、ヴィラフォリダニア近辺は草原ですから。」
メリー「全然違うわね。昔から砂漠なら呼び方が同じでも、色々違うのは不思議じゃないのかしら……」
パーシィ「ん?あれ、そうじゃないか?」
マイラ「スンスン……いえ、この辺りには普通のフェ……エルギネスゴブリンの匂いしかしませんので、違うと思います。」
癒果「ん~……?あぁ~……本当ですね……あれはエルギネスゴブリン……って、そんなことまで分かるんですか……?」
マイラ「……しばらくは私が何となく感じ取れる程度の匂いが残ってますからね。ある程度の判別はこの状態でもつきます。」
仇忌「目と耳が使えないからってそこまでいくか?普通……」
その後も、マイラの鼻と勇者パーティーの目を駆使しながらイルテスゴブリンを探すものの、一向に見つかる気配は無い。あろうことか、ゴブリン系ではあるものの別の種であるエルギネスゴブリンやルィルゴブリンなどばかり見つかる始末であった。というより、それらが沢山いる方が珍しいのだが、この草原はどうなっているのだろうか……
パーシィ「全然居ないね……」
仇忌「まぁ、イルテス自体滅多に見ないしな。」
マイラ「……エルギネスやルィルの方が見ないですけれど……あの方々は争いを望まない傾向が多いので、住み着いていれば平和の証とまで言われているんですよ。」
メリー「平和……かしら……?」
マイラ「……まぁ、人間の皆さんから狙われることも少ないですし、魔王軍側からも特に何もされませんから、平和と捉えているのでは無いでしょうか。」
癒果「では、そっとしておきましょうか……!」
仇忌「下手に倒すとそこのお嬢様がうるさそうだしな。」
マイラ「……魔導師さん、言われていますよ。」
メリー「アンタよ。私どっちでもいいし……」
マイラ「……ですよね。」
更に探し続けること約三十分。漸くイルテスゴブリンを発見するが、クエストの依頼用紙に書いている情報とは異なり、六匹ほどで群れて行動していた。たかがゴブリンだからと侮ってはいけないのがこの世界。人間が空想の世界などのものからイメージしている強さと、実際の魔物の強さは大きく異なり、緊張感も比にならない。勇者であっても、下手をすれば命を落とす。対魔戦とはそういうものである。
仇忌「何が一匹から二匹だ馬鹿……六匹って誤差のレベルじゃないぞ……」
癒果「はい……!初心者さんが選んでいたら、危うく危険に身を晒してしまうところでした……!」
クエストの依頼用紙に記載されている魔物の目撃情報は、あくまでも事前にギルド職員が調べに行った際に確認した分を元に記載しているだけであり、絶対にその数だけが目撃地に居るという保証は無い。その間に繁殖しているか、そもそも確認の際にまだ数匹隠れているか、もしくはその場をたまたま離れていた可能性もゼロではない。いくらギルドの情報とはいえ、鵜呑みにしてはいけないのである。
マイラ「……見つけましたか。」
メリー「えぇ。でも、予想より多かったわ。貴女に任せてみて、実力を見たかったところだけれど、流石にそうもいかないわね。」
マイラ「……いえ、六体でしたら、まだ安全に戦えます。」
パーシィ「奴らは君が言うように普通の魔物よりも危険な方だ。そこに万全の状態でない君を出す訳にはいかないだろう?」
マイラ「……では、攻撃は私が引き付けて、その内二体だけ私が倒します。残り四体は……危なそうならお任せします。」
仇忌「お前なぁ…………あぁ……もういい……好きにしろ……」
勇者の忠告もまるで理解していないかのような提案に、聖騎士ももはや匙を投げてしまう。聞こえていないとはいえ、心を読んで居るのであれば警告の意図を少しくらい理解出来るはずだろう。というより、全て理解していてもおかしくはないはずなのに、それを全て無視するような発言。自信過剰なのかそれ程の安全策があるのか、どちらにせよ勇者達の話は基本聞き入れないので、もはやこの際自由にさせてみることにしたようだ。
仇忌「危なくなる前に回収でいいな……?」
マイラ「……はい、射線に入られると危ないので、本当に危険な際でも最低限の後方支援でお願いします。万が一死んだ場合には、念の為全身串刺しにしてから火葬してください。」
メリー「どこに保険張ってるのよ。一人でやりたいなら、ちょっとは死なない努力しなさいよ。」
マイラ「……では、半径五十メートル付近まで近付いて下さい。」
パーシィ「……五十メートルとか分からないから適当に近付くよ。」
マイラ「……はい。」
彼女をおぶりながら、勇者一行は姿勢を低くしつつ目標に接近する。幸いなことに低くはあるがしゃがめばある程度隠れられる草むらがしばらく続いているので、相手に気付かれることなく割と近付くことが出来た。因みに、五十メートルというのは、普通の魔物に発見されてもこちらに接近してこない程度の距離である。二十五メートル程になると警戒態勢に入り、十五メートルでは臨戦態勢に入るという。
パーシィ「……これ以上は隠れて進めなさそうだね……マイラ、もしかしたら五十メートルより近いかもしれないけど、ここで降ろしてもいいかい?」
マイラ「……はい。魔導師さん、私の」
メリー「はいはい、杖ね。癒果ちゃん、軽く支えてあげられる?」
癒果「はい……!」
聖騎士も一緒に彼女を支えながら降ろし、魔導師がマイラに杖を渡す。それを受け取ると、黙々とイルテスゴブリンの群れに向かって歩いていった。その様には一切の恐れが無く、歴を重ねてきた勇者達は彼女の強さを軽く察した。戦闘において、一切の震えもなく戦えるというのは珍しいことであり、熟練の戦士の証でもある。命がかかった戦いだ、それに慣れるにはそれなりの歴が必要。ましてや、見えない上に聞くことすら出来ない状態での戦闘であるならば尚更であろう。
メリー「……はぁ~重かった……何よあの杖、重りか何かなの……」
癒果「お疲れ様です……!メリーさん……!」
仇忌「……場慣れしているな。」
パーシィ「うん……僕達、もしかしたら出番無いかもね。」
仇忌「……どうだろうな。」
――――――
マイラ「…………」
I.g1「……ンォ?オヤァ、コレハこれは。いつぞやの」
マイラ「さようなら。」
※イルテスゴブリンは長いのでI.gと略させて頂きます。
I.g1「ン?」
片脚で器用に立ち、片腕で杖に添わせるように持ち、末端部をイルテスゴブリンの群れに向ける。すると、少ししてからその内の一体が、身体のあちこちから血のようなものを吹き出しながら少し吹っ飛んでいった。その際、少しだけマイラの腕が大きく揺れ、その後に杖から何か小さなものが排出され地面に転がり落ちた。遠目から見ていた勇者達は勿論のこと、相手も何が起きたかよく分かっていなかったようだ。
I.g3「グゥァッ……!!」
I.g2「ナッ……!?オマエ慈悲とか道徳とか無いノカ!?」
マイラ「そんなもの、とうの昔に溶かしました。皆さんの存在は我々にとって何の利益もありません。寧ろ害悪です。不利益を与えるのを止めないというのなら、このまま皆さん葬り去って差し上げます。」
I.g4「グッ……!コイツ、舐めた真似ヲ……!!」
仲間の恨みとばかりに、武器として持っていた木を荒削りした短い棒のようなものをマイラに一斉に投げる。見えもしなければ避けることもしないマイラにそれを命中させるのは容易であり、見事なまでにそれらは彼女の身体のあちこちに浅く刺さり抜け落ちた。
パーシィ「……っ……!」
仇忌「待て、今突っ込むお前が危ないぞ。イルテスはそうだが、最悪目の見えないマイラがこちら側に向かって、さっきの謎の攻撃を誤って放たないとも言いきれん。マイラの指示があるまで、少し待つ他ない。」
パーシィ「なら……!せめて回復だけでも……!」
メリー「木片を体内に残したまま治癒魔法なんて使った日には、最悪ちっちゃい破片が血管の中で詰まって死ぬわよ。」
癒果「治癒魔法があってもなお、病院やお医者さんが存在する大きな理由ですね……」
治癒魔法は実に便利である。しかし、安易に使えば逆に身体を死に追いやりかねない。魔法による回復や治癒というのも、あくまでも本人の治癒力を高めるもの。ポーションとは違って、止血や消毒なども出来るので多少の汎用性は上がったが、身体の中に入った異物をついでに消滅させるほど万能では無い。魔導師の言う通り、傷が閉じ外に出られなくなった異物が血管を詰まらせたり、心臓にたどり着いて更に異常をきたす場合もある。だからこそ、回復魔法などは専門の知識を持った白魔法使いや治癒士、賢者などの回復職が扱うのである。
マイラ「……痛い……」
I.g5「イヤ、普通痛いジャ済まないと思うんダケド……」
マイラ「素人が下手に取って悪化しても嫌ですし、このまま攻撃を続けますよ。」
攻撃方法がよく分からない以上は、避けようにもがむしゃらに避けるしか無い。既に屠られた仲間の遺体をその場に置いたまま、バラバラに散開しつつマイラを取り囲むように走り回る。するとまたもマイラの腕と杖が大きく揺れ、杖から何かが排出されたが、今度は誰も何も異常をきたしていなかった。
マイラ「あれ……当たらなかった……」
I.g6「……さっきカラお前どうやって攻撃してるんダ?」
マイラ「杖の先に立てば分かりますよ。」
I.g6「ソレ遠回しに自害シロって事ダロ。」
仇忌「……あぁ、分かった気がする……」
メリー「えぇ……?何にも分からないわよ……?」
仇忌「まぁ、魔法職には縁は無いし、この国で普通に過ごしていれば使うことは無いしな。」
癒果「……あっ……!もしかしてきゅーさんのお家にあるアレに似たものですか……?」
仇忌「多分な。だがまさか仕込み銃とは……恐れ入るよ。」
パーシィ「仕込み銃……?」
仇忌「まぁ、杖に銃の機能を仕込んでるって事だな。」
メリー「だからあの杖あんなに重たかったわけ……?」
パーシィ「銃刀法違反……」
仇忌「……ま、まぁ……虐魔用だとしても威力超過だな……」
この国で定められている銃刀法としては、殺傷能力を持たない威力の銃・弾の所持は許可されている。対魔物・魔族用として、しっかりと申請を出していればある程度幅は広がるが、流石に一発でイルテスゴブリンを葬る威力はアウトである。
メリー「……これは……目を瞑ってあげた方がいいのかなぁ……?」
仇忌「許可証の有無によるが……落ち着いてから聞くか……」
I.g2「……オイ……!そこの人間ドモ……!」
癒果「ひっ……!?」
知らぬ間に勇者達の方に来ていた一体が、声を潜めながら彼らに声をかける。慌てて臨戦態勢をとった勇者一行だったが、そのイルテスは慌てて弁解をした。
I.g2「待て待て待て……!?お前らには今は攻撃しないカラ……!」
メリー「本当かしら?焼いて確かめてみてもいいのよ。」
パーシィ「メリー、ストップ。……何か用かな。」
I.g2「あの小娘の杖のアレナニ……!アンナノ聞いてないゾ……!反則反則……!」
仇忌「それは俺もそう思う。」
I.g2「アノチビ容赦無さスギ……!」
メリー「……まぁ……確かに……?」
I.g2「アイツ人間の世界のルールも破ッテルダロ……!」
癒果「……あ。」
I.g2「お前らあのチビ止められないカ……!?」
マイラ「ゴメンなさいね。チビで。」
そう言い放ってから、彼女は杖に着いているボタンを押し込み、容赦無く後頭部から貫いた。もはやほぼ直に当てて撃ったので飛散も何も無いものの、大量の返り血を浴び、数分前まであった彼女への心配はある種の恐怖へと塗り替えられていた。目の前で倒れたイルテスが動かなくなったのを確認し、勇者達は先程まで戦っていた開けた場所にも目をやった。が、見るも無惨な惨状であった為、魔導師は直ぐに目を逸らし、賢者の目を隠すように聖騎士が前に立った。
メリー「……まともに見れたもんじゃないわね……」
癒果「きゅーさん?」
仇忌「……ちょっと血みどろ過ぎてな……癒果も酷すぎるのは得意じゃないだろう。」
癒果「な、なるほどです……ありがとうございます……!」
パーシィ「……いつの間に全員……」
マイラ「……乱射しましたからね。でも、動き回る方が悪いですよね。」
仇忌「お前……その杖……」
マイラ「……あれ、前にお話しませんでしたっけ。これ、特注品なんですよ。あ、因みに弾はちゃんと自然に還るらしいので、環境問題についてはご心配は要りませんよ。」
仇忌「そういうことを聞いてるんじゃないんだが……それに、戦い方も危険過ぎる。」
マイラ「……平気です。痛みには慣れてますし、万が一死んだとしても、勇者さん達にご迷惑をおかけすることは」
仇忌「だからそういうことを言ってるんじゃない。」
マイラの言葉を遮るように、食い気味に言葉を返す聖騎士は、怒るでもなく、ただ冷静に彼女を軽く責めていた。それに対し彼女は、今一つ理解は出来ていないようだったが、どこか反省しているような表情を見せた。
マイラ「……すみません。」
仇忌「謝らなくていい、一応仕事だからな。だが、お前も今は仲間だ。自己犠牲は望んでない。分かるな?」
マイラ「……はい……」
仇忌「一応念の為聞くが、その杖の申請は出してるんだろうな?もし出していなかったとなれば、最悪投獄どころではないぞ。」
マイラ「…………すみません。」
仇忌「……はぁ~っ……!……お前帰ってから俺と居残りな。」
マイラ「はい……」
仇忌「……癒果、悪いがそこの問題児の応急処置してやってくれ。」
癒果「分かりました……!」
反省会の約束を取り付けたところで、彼女の見るに堪えないボロボロの身体の治療に入った。止血をしつつ木片をピンセットなどで取り除いていく。これ以上動かれて深く刺さっても困るので、完璧では無いにせよしっかりと取り除いていった。
メリー「……この杖……危なくない……?」
マイラ「……安全装置の解除ボタンを押した後に、対象を捕捉しないと撃てません。そもそももう撃ち切ったので弾無いですし……」
仇忌「動くな、傷が開く。」
マイラ「うぅ……はぁい……」
パーシィ「どう?治せそう?」
癒果「はい……比較的浅いので……でも、小さな木片が多くて……粗方抜いて軽く止血しても、病院には行った方がいいかと……」
仇忌「お前追加で今日病院な。」
マイラ「えぇ~っ……」
仇忌「文句あるか?」
マイラ「……び、病院は嫌で」
仇忌「無 い よ な ?」
マイラ「……な、無いです……」
仇忌「だよな。いい子だ。」
パーシィ(もう扱いに慣れてる……)
どうやら物理的なリードだけでなく、扱いのリードも掴めるようになったらしい。細かい木片も取れるだけ取るために、一度彼女を座らせ、その後ろから背を支える。痛みに苦しみ、悶えて倒れてしまわないようにという配慮なのだろうが、その予想に反して、彼女は悶えることは愚か、苦痛を訴えることも声を上げることも無く、終始目を閉じて静かにしていた。
パーシィ「……痛くないのかい?」
マイラ「……もう大人ですから……このくらいで泣いてられません。」
メリー「それ大人でも声上げるレベルよ。」
五体分の木の武器を全てその身に受けたのだ。荒削りにも関わらず力任せに強引に投げられた故に皮膚を貫き、比較的浅かったとはいえ平気で命に関わる程の負傷をしたのに、それを大人だからで済ませるのは無理があるというもの。ただのやせ我慢なのか、はたまた痛覚は鈍いのか。こういった点はやはり普通の人間との差を実感する部分がある。
仇忌「全く、分からん奴だ……ん?イルテスゴブリンの死体……メリー、凍らせたか?」
メリー「そんな勿体ないことしないわよ……」
マイラ「……あぁ……この弾も特注品なんです。対魔物・魔族特効薬を塗った上に、着弾点で凍結魔法を発動するように、極小の魔法陣と魔力が込められています。」
メリー「それ、二つ機能持たせる必要あった?」
マイラ「……もちろん、ありますよ。」
特効薬は、対象の種に対して、その皮膚の細胞を瞬時に破壊し、弾を体内へと届けやすくする為に塗られている。ただし、体内に弾丸を届かせることが出来たとしても、確実な駆除には繋がらない。
そこで、彼女の杖の弾は凍結魔法を着弾後少ししてから発動するようになっている。そうする事で外からの物理的なダメージだけでなく、内部から凍りつかせることで動きを鈍らせ、次の攻撃へと繋げることも出来るのだ。最悪の場合は全身が凍りつき、強い衝撃を与えると全身粉々になるほどの効き目がある。言ってしまえば、遅効性の氷属性の魔法(物理)のようなものだろうか。
仇忌「ほう……それなら、連続で撃っても当たりやすい上、逃げるための時間稼ぎにもなるな。」
マイラ「……はい。人間であれば、皮膚の貫通が出来れば意味をなすのですが……その前例はありません。」
パーシィ「そ、そうなんだ……」
メリー「……ねぇ、やっぱり取り上げた方が良くない……?」
仇忌「かもな……まぁ、仲間のうちは持たせておいた方がいいだろう。後で買い物終わりに申請を出しに行くぞ。」
マイラ「……し、申請ってどのくらいで……」
仇忌「二十分あれば事足りる。威力と弾を見て、用途を記載して、サインして終わり。嫌がってうだうだ言わなければすぐ終わる。」
マイラ「……は、はぁ~い……」
仇忌「……そういう訳で、俺とマイラは先に国に帰っておくぞ。回収物とかは頼む。」
メリー「どこで合流するの?」
仇忌「こっちの用事が済んだら連絡を入れる。が、一応ギルド合流で頼みたい。パーシィもそれでいいか?」
パーシィ「もちろん、そっちは頼んだよ。」
仇忌「分かっている。よし、マイラ。じっとしてろ。」
マイラ「えっ、ちょっ……!?」
まだ座ってゆっくりとしていた彼女を両腕で抱え、国に向かって歩き始める。高所恐怖症の彼女が恐怖と少しの羞恥心で不平不満を漏らしたのは言うまでもないだろう。しかし、怪我人に無理に歩かせるほど彼も鬼では無い。それに、血まみれの魔族が杖をつきながら歩いていたら、いくら何でも国中大騒ぎだろう。
マイラ「お、降ろして下さ」
仇忌「じゃ、また後でな!」
癒果「気を付けてくださいね~っ!」
メリー「……待って……?まさかあの状態で電車に乗る気……?」
パーシィ「流石に国に入ってすぐの病院に行くと思うよ。……多分。」
第三話 終
tips
「虐魔」
魔物・魔族の中で使用されている単語。他の種族に対し、悪行を繰り返す事で、同じ魔物・魔族からも敵対視されることとなった魔物を指す言葉。生きる為にやらねばならないという訳でもなく、ただ好奇心やストレス発散、その時の気分で食料を奪ったり襲ったり、最悪の場合は命まで奪ったりする。にも関わらずそれに対して罪悪感を覚えず、何度も繰り返すため、現在では魔物・魔族間で駆除対象とまでされている。魔物の中では殊に好戦的であるが故に、冒険者の中でも初心者の部類の者が返り討ちにされるケースなども多く、討伐クエストとしては高ランク指定されることもしばしば。命の重みは平等であると彼らの駆除を批判する者も居るらしいが、残念ながらそんな者たちでさえも平気で襲う獰猛さを持っていることが多い。近年では、魔物・魔族だけでなく、虐魔と平和的共存が出来ないかという交渉を進めている国もあるのだとか……
前置きにおいて、とても大切な文言を入れておくのを忘れておりました(2月中旬時点)ので、こちらにて表記させていただきます。(今後増える可能性もあります。)
“この作品は、差別等を肯定・助長するものではありません。また、筆者にはそういった意図は一切ございません。”
また、このお話(第三話)には流血表現が含まれております。苦手な方は閲覧を中止するか、体調に気をつけながらお読み頂くことを推奨致します。(なお、お読み頂いたことによって生じた読者様の不利益等は、筆者は一切責任を負いません。)
そして、“この作品には暴力・暴言・残酷描写・みだらな行為/性表現などの他にも、道徳的・倫理的によろしくない文言や表現が含まれている場合がございます。”(2月下旬追記)
ご留意ください。
(もしかするとこのお話で何かしら指摘頂くかもしれませんが、上記の通りです。遅れましたが追記として書かせていただきます。)
───
6月22日 午前9時12分
ヴィラフォリダニア近辺 ネアントーカ草原
国を出てすぐの草原で目的の虐魔を探す。勇者パーティーと呼ばれるだけあって、戦闘経験は豊富な為、目標か否かは一目見れば分かるだろう。しかし、言うほど魔物が沢山居るということも無いため、そう簡単に見つけることは出来ない。
マイラ「見つかりましたか。」
仇忌「まだだ。魔物なら少しはいるが、どれもこれもハズレばかりだ。」
マイラ「……私の目が見えなくなってからもうしばらくですが、この国にいる虐魔も私の知っている姿と同じなのでしょうか。」
パーシィ「今回の相手はイルテスゴブリンだね。君の暮らしてきた国々でも、アイツは居たかい?」
マイラ「……はい。獰猛で、それでいて賢いので厄介でしたね。何度罠に嵌められたことか。」
メリー「賢い……かしら……?」
マイラ「……地域毎に個体差はあるかもしれません。個体群が異なれば、案外特徴も違いますから。海を超えれば尚更です。」
癒果「それって、本当にイルテスゴブリンでしたか……?」
マイラ「……はい、そのはずです。サデーラ付近に居たものの見た目は、紫色で少し平均身長の高めのゴブリンですね。とはいえ、その中にも太っていたりやせ細っていたりと様々でしたが、一貫して木を削って鋭い武器にしたり落とし穴にはめたりと面倒でした。」
仇忌「色や見た目はどうでもいいとして、その性質はこの辺りのとは少し異なるな。」
ゴブリンというのは、人間の過去の空想の世界から、基本緑の肌がイメージとして挙げられやすいだろう。実際、緑の肌の種も多く、この付近のイルテスゴブリンもその例に漏れない。とはいえ、肌の色が異なろうが同じだろうが、大抵生き方は環境に合わせたものになるため、特に判断の基準にはなり得ない。それこそ、肌の色で云々を言っていたのなんて大昔の人間程度だろう。
マイラ「……環境が違いますから仕方ないですね。サデーラだと砂漠ですし、ヴィラフォリダニア近辺は草原ですから。」
メリー「全然違うわね。昔から砂漠なら呼び方が同じでも、色々違うのは不思議じゃないのかしら……」
パーシィ「ん?あれ、そうじゃないか?」
マイラ「スンスン……いえ、この辺りには普通のフェ……エルギネスゴブリンの匂いしかしませんので、違うと思います。」
癒果「ん~……?あぁ~……本当ですね……あれはエルギネスゴブリン……って、そんなことまで分かるんですか……?」
マイラ「……しばらくは私が何となく感じ取れる程度の匂いが残ってますからね。ある程度の判別はこの状態でもつきます。」
仇忌「目と耳が使えないからってそこまでいくか?普通……」
その後も、マイラの鼻と勇者パーティーの目を駆使しながらイルテスゴブリンを探すものの、一向に見つかる気配は無い。あろうことか、ゴブリン系ではあるものの別の種であるエルギネスゴブリンやルィルゴブリンなどばかり見つかる始末であった。というより、それらが沢山いる方が珍しいのだが、この草原はどうなっているのだろうか……
パーシィ「全然居ないね……」
仇忌「まぁ、イルテス自体滅多に見ないしな。」
マイラ「……エルギネスやルィルの方が見ないですけれど……あの方々は争いを望まない傾向が多いので、住み着いていれば平和の証とまで言われているんですよ。」
メリー「平和……かしら……?」
マイラ「……まぁ、人間の皆さんから狙われることも少ないですし、魔王軍側からも特に何もされませんから、平和と捉えているのでは無いでしょうか。」
癒果「では、そっとしておきましょうか……!」
仇忌「下手に倒すとそこのお嬢様がうるさそうだしな。」
マイラ「……魔導師さん、言われていますよ。」
メリー「アンタよ。私どっちでもいいし……」
マイラ「……ですよね。」
更に探し続けること約三十分。漸くイルテスゴブリンを発見するが、クエストの依頼用紙に書いている情報とは異なり、六匹ほどで群れて行動していた。たかがゴブリンだからと侮ってはいけないのがこの世界。人間が空想の世界などのものからイメージしている強さと、実際の魔物の強さは大きく異なり、緊張感も比にならない。勇者であっても、下手をすれば命を落とす。対魔戦とはそういうものである。
仇忌「何が一匹から二匹だ馬鹿……六匹って誤差のレベルじゃないぞ……」
癒果「はい……!初心者さんが選んでいたら、危うく危険に身を晒してしまうところでした……!」
クエストの依頼用紙に記載されている魔物の目撃情報は、あくまでも事前にギルド職員が調べに行った際に確認した分を元に記載しているだけであり、絶対にその数だけが目撃地に居るという保証は無い。その間に繁殖しているか、そもそも確認の際にまだ数匹隠れているか、もしくはその場をたまたま離れていた可能性もゼロではない。いくらギルドの情報とはいえ、鵜呑みにしてはいけないのである。
マイラ「……見つけましたか。」
メリー「えぇ。でも、予想より多かったわ。貴女に任せてみて、実力を見たかったところだけれど、流石にそうもいかないわね。」
マイラ「……いえ、六体でしたら、まだ安全に戦えます。」
パーシィ「奴らは君が言うように普通の魔物よりも危険な方だ。そこに万全の状態でない君を出す訳にはいかないだろう?」
マイラ「……では、攻撃は私が引き付けて、その内二体だけ私が倒します。残り四体は……危なそうならお任せします。」
仇忌「お前なぁ…………あぁ……もういい……好きにしろ……」
勇者の忠告もまるで理解していないかのような提案に、聖騎士ももはや匙を投げてしまう。聞こえていないとはいえ、心を読んで居るのであれば警告の意図を少しくらい理解出来るはずだろう。というより、全て理解していてもおかしくはないはずなのに、それを全て無視するような発言。自信過剰なのかそれ程の安全策があるのか、どちらにせよ勇者達の話は基本聞き入れないので、もはやこの際自由にさせてみることにしたようだ。
仇忌「危なくなる前に回収でいいな……?」
マイラ「……はい、射線に入られると危ないので、本当に危険な際でも最低限の後方支援でお願いします。万が一死んだ場合には、念の為全身串刺しにしてから火葬してください。」
メリー「どこに保険張ってるのよ。一人でやりたいなら、ちょっとは死なない努力しなさいよ。」
マイラ「……では、半径五十メートル付近まで近付いて下さい。」
パーシィ「……五十メートルとか分からないから適当に近付くよ。」
マイラ「……はい。」
彼女をおぶりながら、勇者一行は姿勢を低くしつつ目標に接近する。幸いなことに低くはあるがしゃがめばある程度隠れられる草むらがしばらく続いているので、相手に気付かれることなく割と近付くことが出来た。因みに、五十メートルというのは、普通の魔物に発見されてもこちらに接近してこない程度の距離である。二十五メートル程になると警戒態勢に入り、十五メートルでは臨戦態勢に入るという。
パーシィ「……これ以上は隠れて進めなさそうだね……マイラ、もしかしたら五十メートルより近いかもしれないけど、ここで降ろしてもいいかい?」
マイラ「……はい。魔導師さん、私の」
メリー「はいはい、杖ね。癒果ちゃん、軽く支えてあげられる?」
癒果「はい……!」
聖騎士も一緒に彼女を支えながら降ろし、魔導師がマイラに杖を渡す。それを受け取ると、黙々とイルテスゴブリンの群れに向かって歩いていった。その様には一切の恐れが無く、歴を重ねてきた勇者達は彼女の強さを軽く察した。戦闘において、一切の震えもなく戦えるというのは珍しいことであり、熟練の戦士の証でもある。命がかかった戦いだ、それに慣れるにはそれなりの歴が必要。ましてや、見えない上に聞くことすら出来ない状態での戦闘であるならば尚更であろう。
メリー「……はぁ~重かった……何よあの杖、重りか何かなの……」
癒果「お疲れ様です……!メリーさん……!」
仇忌「……場慣れしているな。」
パーシィ「うん……僕達、もしかしたら出番無いかもね。」
仇忌「……どうだろうな。」
――――――
マイラ「…………」
I.g1「……ンォ?オヤァ、コレハこれは。いつぞやの」
マイラ「さようなら。」
※イルテスゴブリンは長いのでI.gと略させて頂きます。
I.g1「ン?」
片脚で器用に立ち、片腕で杖に添わせるように持ち、末端部をイルテスゴブリンの群れに向ける。すると、少ししてからその内の一体が、身体のあちこちから血のようなものを吹き出しながら少し吹っ飛んでいった。その際、少しだけマイラの腕が大きく揺れ、その後に杖から何か小さなものが排出され地面に転がり落ちた。遠目から見ていた勇者達は勿論のこと、相手も何が起きたかよく分かっていなかったようだ。
I.g3「グゥァッ……!!」
I.g2「ナッ……!?オマエ慈悲とか道徳とか無いノカ!?」
マイラ「そんなもの、とうの昔に溶かしました。皆さんの存在は我々にとって何の利益もありません。寧ろ害悪です。不利益を与えるのを止めないというのなら、このまま皆さん葬り去って差し上げます。」
I.g4「グッ……!コイツ、舐めた真似ヲ……!!」
仲間の恨みとばかりに、武器として持っていた木を荒削りした短い棒のようなものをマイラに一斉に投げる。見えもしなければ避けることもしないマイラにそれを命中させるのは容易であり、見事なまでにそれらは彼女の身体のあちこちに浅く刺さり抜け落ちた。
パーシィ「……っ……!」
仇忌「待て、今突っ込むお前が危ないぞ。イルテスはそうだが、最悪目の見えないマイラがこちら側に向かって、さっきの謎の攻撃を誤って放たないとも言いきれん。マイラの指示があるまで、少し待つ他ない。」
パーシィ「なら……!せめて回復だけでも……!」
メリー「木片を体内に残したまま治癒魔法なんて使った日には、最悪ちっちゃい破片が血管の中で詰まって死ぬわよ。」
癒果「治癒魔法があってもなお、病院やお医者さんが存在する大きな理由ですね……」
治癒魔法は実に便利である。しかし、安易に使えば逆に身体を死に追いやりかねない。魔法による回復や治癒というのも、あくまでも本人の治癒力を高めるもの。ポーションとは違って、止血や消毒なども出来るので多少の汎用性は上がったが、身体の中に入った異物をついでに消滅させるほど万能では無い。魔導師の言う通り、傷が閉じ外に出られなくなった異物が血管を詰まらせたり、心臓にたどり着いて更に異常をきたす場合もある。だからこそ、回復魔法などは専門の知識を持った白魔法使いや治癒士、賢者などの回復職が扱うのである。
マイラ「……痛い……」
I.g5「イヤ、普通痛いジャ済まないと思うんダケド……」
マイラ「素人が下手に取って悪化しても嫌ですし、このまま攻撃を続けますよ。」
攻撃方法がよく分からない以上は、避けようにもがむしゃらに避けるしか無い。既に屠られた仲間の遺体をその場に置いたまま、バラバラに散開しつつマイラを取り囲むように走り回る。するとまたもマイラの腕と杖が大きく揺れ、杖から何かが排出されたが、今度は誰も何も異常をきたしていなかった。
マイラ「あれ……当たらなかった……」
I.g6「……さっきカラお前どうやって攻撃してるんダ?」
マイラ「杖の先に立てば分かりますよ。」
I.g6「ソレ遠回しに自害シロって事ダロ。」
仇忌「……あぁ、分かった気がする……」
メリー「えぇ……?何にも分からないわよ……?」
仇忌「まぁ、魔法職には縁は無いし、この国で普通に過ごしていれば使うことは無いしな。」
癒果「……あっ……!もしかしてきゅーさんのお家にあるアレに似たものですか……?」
仇忌「多分な。だがまさか仕込み銃とは……恐れ入るよ。」
パーシィ「仕込み銃……?」
仇忌「まぁ、杖に銃の機能を仕込んでるって事だな。」
メリー「だからあの杖あんなに重たかったわけ……?」
パーシィ「銃刀法違反……」
仇忌「……ま、まぁ……虐魔用だとしても威力超過だな……」
この国で定められている銃刀法としては、殺傷能力を持たない威力の銃・弾の所持は許可されている。対魔物・魔族用として、しっかりと申請を出していればある程度幅は広がるが、流石に一発でイルテスゴブリンを葬る威力はアウトである。
メリー「……これは……目を瞑ってあげた方がいいのかなぁ……?」
仇忌「許可証の有無によるが……落ち着いてから聞くか……」
I.g2「……オイ……!そこの人間ドモ……!」
癒果「ひっ……!?」
知らぬ間に勇者達の方に来ていた一体が、声を潜めながら彼らに声をかける。慌てて臨戦態勢をとった勇者一行だったが、そのイルテスは慌てて弁解をした。
I.g2「待て待て待て……!?お前らには今は攻撃しないカラ……!」
メリー「本当かしら?焼いて確かめてみてもいいのよ。」
パーシィ「メリー、ストップ。……何か用かな。」
I.g2「あの小娘の杖のアレナニ……!アンナノ聞いてないゾ……!反則反則……!」
仇忌「それは俺もそう思う。」
I.g2「アノチビ容赦無さスギ……!」
メリー「……まぁ……確かに……?」
I.g2「アイツ人間の世界のルールも破ッテルダロ……!」
癒果「……あ。」
I.g2「お前らあのチビ止められないカ……!?」
マイラ「ゴメンなさいね。チビで。」
そう言い放ってから、彼女は杖に着いているボタンを押し込み、容赦無く後頭部から貫いた。もはやほぼ直に当てて撃ったので飛散も何も無いものの、大量の返り血を浴び、数分前まであった彼女への心配はある種の恐怖へと塗り替えられていた。目の前で倒れたイルテスが動かなくなったのを確認し、勇者達は先程まで戦っていた開けた場所にも目をやった。が、見るも無惨な惨状であった為、魔導師は直ぐに目を逸らし、賢者の目を隠すように聖騎士が前に立った。
メリー「……まともに見れたもんじゃないわね……」
癒果「きゅーさん?」
仇忌「……ちょっと血みどろ過ぎてな……癒果も酷すぎるのは得意じゃないだろう。」
癒果「な、なるほどです……ありがとうございます……!」
パーシィ「……いつの間に全員……」
マイラ「……乱射しましたからね。でも、動き回る方が悪いですよね。」
仇忌「お前……その杖……」
マイラ「……あれ、前にお話しませんでしたっけ。これ、特注品なんですよ。あ、因みに弾はちゃんと自然に還るらしいので、環境問題についてはご心配は要りませんよ。」
仇忌「そういうことを聞いてるんじゃないんだが……それに、戦い方も危険過ぎる。」
マイラ「……平気です。痛みには慣れてますし、万が一死んだとしても、勇者さん達にご迷惑をおかけすることは」
仇忌「だからそういうことを言ってるんじゃない。」
マイラの言葉を遮るように、食い気味に言葉を返す聖騎士は、怒るでもなく、ただ冷静に彼女を軽く責めていた。それに対し彼女は、今一つ理解は出来ていないようだったが、どこか反省しているような表情を見せた。
マイラ「……すみません。」
仇忌「謝らなくていい、一応仕事だからな。だが、お前も今は仲間だ。自己犠牲は望んでない。分かるな?」
マイラ「……はい……」
仇忌「一応念の為聞くが、その杖の申請は出してるんだろうな?もし出していなかったとなれば、最悪投獄どころではないぞ。」
マイラ「…………すみません。」
仇忌「……はぁ~っ……!……お前帰ってから俺と居残りな。」
マイラ「はい……」
仇忌「……癒果、悪いがそこの問題児の応急処置してやってくれ。」
癒果「分かりました……!」
反省会の約束を取り付けたところで、彼女の見るに堪えないボロボロの身体の治療に入った。止血をしつつ木片をピンセットなどで取り除いていく。これ以上動かれて深く刺さっても困るので、完璧では無いにせよしっかりと取り除いていった。
メリー「……この杖……危なくない……?」
マイラ「……安全装置の解除ボタンを押した後に、対象を捕捉しないと撃てません。そもそももう撃ち切ったので弾無いですし……」
仇忌「動くな、傷が開く。」
マイラ「うぅ……はぁい……」
パーシィ「どう?治せそう?」
癒果「はい……比較的浅いので……でも、小さな木片が多くて……粗方抜いて軽く止血しても、病院には行った方がいいかと……」
仇忌「お前追加で今日病院な。」
マイラ「えぇ~っ……」
仇忌「文句あるか?」
マイラ「……び、病院は嫌で」
仇忌「無 い よ な ?」
マイラ「……な、無いです……」
仇忌「だよな。いい子だ。」
パーシィ(もう扱いに慣れてる……)
どうやら物理的なリードだけでなく、扱いのリードも掴めるようになったらしい。細かい木片も取れるだけ取るために、一度彼女を座らせ、その後ろから背を支える。痛みに苦しみ、悶えて倒れてしまわないようにという配慮なのだろうが、その予想に反して、彼女は悶えることは愚か、苦痛を訴えることも声を上げることも無く、終始目を閉じて静かにしていた。
パーシィ「……痛くないのかい?」
マイラ「……もう大人ですから……このくらいで泣いてられません。」
メリー「それ大人でも声上げるレベルよ。」
五体分の木の武器を全てその身に受けたのだ。荒削りにも関わらず力任せに強引に投げられた故に皮膚を貫き、比較的浅かったとはいえ平気で命に関わる程の負傷をしたのに、それを大人だからで済ませるのは無理があるというもの。ただのやせ我慢なのか、はたまた痛覚は鈍いのか。こういった点はやはり普通の人間との差を実感する部分がある。
仇忌「全く、分からん奴だ……ん?イルテスゴブリンの死体……メリー、凍らせたか?」
メリー「そんな勿体ないことしないわよ……」
マイラ「……あぁ……この弾も特注品なんです。対魔物・魔族特効薬を塗った上に、着弾点で凍結魔法を発動するように、極小の魔法陣と魔力が込められています。」
メリー「それ、二つ機能持たせる必要あった?」
マイラ「……もちろん、ありますよ。」
特効薬は、対象の種に対して、その皮膚の細胞を瞬時に破壊し、弾を体内へと届けやすくする為に塗られている。ただし、体内に弾丸を届かせることが出来たとしても、確実な駆除には繋がらない。
そこで、彼女の杖の弾は凍結魔法を着弾後少ししてから発動するようになっている。そうする事で外からの物理的なダメージだけでなく、内部から凍りつかせることで動きを鈍らせ、次の攻撃へと繋げることも出来るのだ。最悪の場合は全身が凍りつき、強い衝撃を与えると全身粉々になるほどの効き目がある。言ってしまえば、遅効性の氷属性の魔法(物理)のようなものだろうか。
仇忌「ほう……それなら、連続で撃っても当たりやすい上、逃げるための時間稼ぎにもなるな。」
マイラ「……はい。人間であれば、皮膚の貫通が出来れば意味をなすのですが……その前例はありません。」
パーシィ「そ、そうなんだ……」
メリー「……ねぇ、やっぱり取り上げた方が良くない……?」
仇忌「かもな……まぁ、仲間のうちは持たせておいた方がいいだろう。後で買い物終わりに申請を出しに行くぞ。」
マイラ「……し、申請ってどのくらいで……」
仇忌「二十分あれば事足りる。威力と弾を見て、用途を記載して、サインして終わり。嫌がってうだうだ言わなければすぐ終わる。」
マイラ「……は、はぁ~い……」
仇忌「……そういう訳で、俺とマイラは先に国に帰っておくぞ。回収物とかは頼む。」
メリー「どこで合流するの?」
仇忌「こっちの用事が済んだら連絡を入れる。が、一応ギルド合流で頼みたい。パーシィもそれでいいか?」
パーシィ「もちろん、そっちは頼んだよ。」
仇忌「分かっている。よし、マイラ。じっとしてろ。」
マイラ「えっ、ちょっ……!?」
まだ座ってゆっくりとしていた彼女を両腕で抱え、国に向かって歩き始める。高所恐怖症の彼女が恐怖と少しの羞恥心で不平不満を漏らしたのは言うまでもないだろう。しかし、怪我人に無理に歩かせるほど彼も鬼では無い。それに、血まみれの魔族が杖をつきながら歩いていたら、いくら何でも国中大騒ぎだろう。
マイラ「お、降ろして下さ」
仇忌「じゃ、また後でな!」
癒果「気を付けてくださいね~っ!」
メリー「……待って……?まさかあの状態で電車に乗る気……?」
パーシィ「流石に国に入ってすぐの病院に行くと思うよ。……多分。」
第三話 終
tips
「虐魔」
魔物・魔族の中で使用されている単語。他の種族に対し、悪行を繰り返す事で、同じ魔物・魔族からも敵対視されることとなった魔物を指す言葉。生きる為にやらねばならないという訳でもなく、ただ好奇心やストレス発散、その時の気分で食料を奪ったり襲ったり、最悪の場合は命まで奪ったりする。にも関わらずそれに対して罪悪感を覚えず、何度も繰り返すため、現在では魔物・魔族間で駆除対象とまでされている。魔物の中では殊に好戦的であるが故に、冒険者の中でも初心者の部類の者が返り討ちにされるケースなども多く、討伐クエストとしては高ランク指定されることもしばしば。命の重みは平等であると彼らの駆除を批判する者も居るらしいが、残念ながらそんな者たちでさえも平気で襲う獰猛さを持っていることが多い。近年では、魔物・魔族だけでなく、虐魔と平和的共存が出来ないかという交渉を進めている国もあるのだとか……
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