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第三話 いい家族っぽい
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いい家族っぽいとはなんだろう、と思っても、触れてはいけない雰囲気があった。
ミナはとっさに話を転じて、恋バナの輪にあやのを引き込もうとした。しかし、あやのはどこか上の空のままで、熱を持ちはじめたスマホを握っては、手の汗をスカートで拭いていた。
結局あやのは、弟の世話を手伝いに帰らなきゃ、と五時の鐘とともに帰ってしまった。
夕飯の準備のあとで、母親は夕寝の時間が欲しいだろうから、と。
赤ちゃんというものは常に目を離さない人間がいないといけないものだと、ミナはその時に初めて知った。
夕飯時の六時まではダベって過ごすのが五人の常だった。
仕方がないとはいえ、四人となるとミナ自身のふるまいもどうしていいか分からなくなってしまう。
萌加はいつでも自分・自分・自分で、話を聞いている分には楽しいけれど、共感し合えるという相手ではない。
小枝子は転校してきたばかりでよく分からないうえ、裕太とどうやらいい感じらしい。
他の三人の話に、あやのと一緒になって反応したり、時折二人で顔を見合わせて笑ったり、そういったことが出来ないとなると途端に一人になってしまう。
結局ミナもいつもよりは早めに帰宅することにした。
あやのの言葉は、夕飯を食べる間も、推しのインスタライブを見ている間も、ひっかかり続けていた。
弟をかわいがっていて、母親をきづかって手伝おうと早く帰って、それは普通に「いい家族」に決まっている。しかも生まれたばかりの赤ん坊がいる家というのは、協力も生まれるだろうし、明るくならないわけがない。
しかし、あやのは複雑な表情で「いい家族っぽい」と呟いたのだ。
幼稚園で出会って友達になってから、お互いに隠しごとなどなかったはずのあやのまで、ミナの知らない秘密を抱えている。
一人置いていかれる不安が頂点に達したところで、ミナはメッセージアプリを開いた。いつメン、とあるグループの未読メッセージが23件たまっているが、そちらは無視して、あやのの個人アイコンをタップした。
会話画面を開いてから、ミナの指は止まった。
自分はいったい何をたずねようとしているのか。
整理して文字におこそうとしてみると、独りよがりの、傲慢な気分をぶつけるだけになってしまう。
あやのは芯から困っていそうで、それを支えたいという言い訳が無いではないけれど、でもアプリを開くきっかけになったのは置いていかれたくないという不安でしかないからだ。
――弟くん可愛いね お世話大変だよね 今度会いたいなー! 抱っこしたい!
まずそんな文章を送った。既読が付く前に、もうひとつ送る。
――名前は誰が考えたん? かっこいい名前だったよね
命名書にあった漢字は覚えていないけれど、あやのが発したタイキという音はかっこいいと素直に思った。同時に、名付けにふれることであやのの家庭の話に広げられるかもしれないという、コソクな考えもあった。
――かわいいよ。いま抱っこで寝てる。
画像が送られてきて、そのすぐ後にメッセージがあった。細い膝頭であやのの脚とわかるそこに、想像の半分くらいの大きさの赤ん坊が眠っていた。
頬の産毛が脂で光って、口元にはミルクのあとがついている。
――名前はうちとパパ。うちのときにはママがつけたから、順番なんだって。
笑う絵文字がついて、軽い調子で送られたメッセージの内容は、やっぱり「いい家族」のそれだ。
――めっちゃ幸せ家族って感じする!
ニヤリと笑う顔文字をつけて返信してみた。完全なカマかけで、親友にそんなことをしているのに嫌気がささないでもないが、自己破滅的な気持ちよさもある。
既読がついて返信を待つ間、ミナは自分が興奮しているのを感じていた。
「わら」と言っているスタンプが返ってきて、続いてメッセージがあった。
――明日抱っこにくる? 大毅と遊んでくれるとママも多分嬉しいと思う。
何かを話そうとしてくれている、とミナは直感して、おそろいでプレゼントしあったスタンプの「よき」という泣き笑いの顔を送り返した。
既読がつくのを眺めながら、タイキの漢字は難しいなあと思っていると、ちょっとマニアックな漫画のうさぎが「ヤハッ」と言っているスタンプが返ってきて、その日のやり取りは終了になった。
ミナはとっさに話を転じて、恋バナの輪にあやのを引き込もうとした。しかし、あやのはどこか上の空のままで、熱を持ちはじめたスマホを握っては、手の汗をスカートで拭いていた。
結局あやのは、弟の世話を手伝いに帰らなきゃ、と五時の鐘とともに帰ってしまった。
夕飯の準備のあとで、母親は夕寝の時間が欲しいだろうから、と。
赤ちゃんというものは常に目を離さない人間がいないといけないものだと、ミナはその時に初めて知った。
夕飯時の六時まではダベって過ごすのが五人の常だった。
仕方がないとはいえ、四人となるとミナ自身のふるまいもどうしていいか分からなくなってしまう。
萌加はいつでも自分・自分・自分で、話を聞いている分には楽しいけれど、共感し合えるという相手ではない。
小枝子は転校してきたばかりでよく分からないうえ、裕太とどうやらいい感じらしい。
他の三人の話に、あやのと一緒になって反応したり、時折二人で顔を見合わせて笑ったり、そういったことが出来ないとなると途端に一人になってしまう。
結局ミナもいつもよりは早めに帰宅することにした。
あやのの言葉は、夕飯を食べる間も、推しのインスタライブを見ている間も、ひっかかり続けていた。
弟をかわいがっていて、母親をきづかって手伝おうと早く帰って、それは普通に「いい家族」に決まっている。しかも生まれたばかりの赤ん坊がいる家というのは、協力も生まれるだろうし、明るくならないわけがない。
しかし、あやのは複雑な表情で「いい家族っぽい」と呟いたのだ。
幼稚園で出会って友達になってから、お互いに隠しごとなどなかったはずのあやのまで、ミナの知らない秘密を抱えている。
一人置いていかれる不安が頂点に達したところで、ミナはメッセージアプリを開いた。いつメン、とあるグループの未読メッセージが23件たまっているが、そちらは無視して、あやのの個人アイコンをタップした。
会話画面を開いてから、ミナの指は止まった。
自分はいったい何をたずねようとしているのか。
整理して文字におこそうとしてみると、独りよがりの、傲慢な気分をぶつけるだけになってしまう。
あやのは芯から困っていそうで、それを支えたいという言い訳が無いではないけれど、でもアプリを開くきっかけになったのは置いていかれたくないという不安でしかないからだ。
――弟くん可愛いね お世話大変だよね 今度会いたいなー! 抱っこしたい!
まずそんな文章を送った。既読が付く前に、もうひとつ送る。
――名前は誰が考えたん? かっこいい名前だったよね
命名書にあった漢字は覚えていないけれど、あやのが発したタイキという音はかっこいいと素直に思った。同時に、名付けにふれることであやのの家庭の話に広げられるかもしれないという、コソクな考えもあった。
――かわいいよ。いま抱っこで寝てる。
画像が送られてきて、そのすぐ後にメッセージがあった。細い膝頭であやのの脚とわかるそこに、想像の半分くらいの大きさの赤ん坊が眠っていた。
頬の産毛が脂で光って、口元にはミルクのあとがついている。
――名前はうちとパパ。うちのときにはママがつけたから、順番なんだって。
笑う絵文字がついて、軽い調子で送られたメッセージの内容は、やっぱり「いい家族」のそれだ。
――めっちゃ幸せ家族って感じする!
ニヤリと笑う顔文字をつけて返信してみた。完全なカマかけで、親友にそんなことをしているのに嫌気がささないでもないが、自己破滅的な気持ちよさもある。
既読がついて返信を待つ間、ミナは自分が興奮しているのを感じていた。
「わら」と言っているスタンプが返ってきて、続いてメッセージがあった。
――明日抱っこにくる? 大毅と遊んでくれるとママも多分嬉しいと思う。
何かを話そうとしてくれている、とミナは直感して、おそろいでプレゼントしあったスタンプの「よき」という泣き笑いの顔を送り返した。
既読がつくのを眺めながら、タイキの漢字は難しいなあと思っていると、ちょっとマニアックな漫画のうさぎが「ヤハッ」と言っているスタンプが返ってきて、その日のやり取りは終了になった。
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