4 / 34
第四話 あやのの家庭
しおりを挟む
「パパがママの妊娠中に浮気したって」
あやのの部屋でタイキを抱かせてもらいながら、そんな話を聞いた。
「うちんちの雰囲気は最悪だよ。タイキの世話でいっぱいなのに、ママはパパに協力しろって言わない。関わりになりたくないみたい。パパも気まずいみたいで遅くまでわざと仕事してる」
タイキの頭は体に対して大きすぎて重すぎる感じがする。実際に、うまく支えていないといけないのだと抱き方を教わったときに聞いた。
体の半分くらいが頭のような気がする、不思議な生き物だった。薄い皮膚の下にたぷたぷにつまった血液を感じ、乳臭さも血の臭いのような気がしてくる。とにかく暖かい。小さすぎる心臓の脈打つのは分からないが、呼吸に合わせて全身の血が揺れているのは分かる。
「あやののパパとママはずっと喧嘩してるの?」
「もう冷戦だよ。離婚の話も出てる。タイキが生まれたばっかりだからすぐには出来ないけど、小学校に上がる頃には……って聞いた」
「そう……あの、腕が疲れたし、そろそろ怖いよ」
腕の中のタイキがむずがりだしたので、ミナは上半身ごとあやのに傾けて言った。
受け渡しも慎重に行われなくてはならない。
むかしに家の前で野良猫がたくさん子猫を生んでいたことはあったけれど、ここまで心もとないことはなかった。もう少し生き物らしいバランスで体が作られていた。
そう考えながらミナはうやうやしくタイキを差し出す。
自然と中腰になって、両腕は行を保ったまま前へつき出される。ゆっくりと、血の袋が破けないように。
あやのはそれを慣れた様子で受け取ると、体ごと揺れながら話を続けた。
「パパがママを傷つけたのは最悪。それでママが泣いたり怒ったりして、パパがあやすみたいにしてるのも最悪。でも一番嫌なのは、タイキのことでみんなで協力できないこと。生まれたばっかりで、何も出来ないタイキが可哀想。すごく待ち望まれてたのに、みんなで退院してきたママとタイキを囲んで写真も撮ったのに、今ではなんとなくパパとママの離婚の障碍みたいになってる。なんでだよって思う。どうしてこんな事になっちゃったのかなって」
話しながらあやのの気持ちがたかぶるのが分かったが、それでも声は荒らげず、体は無関係に一定のリズムで揺れ続けていた。
話の内容よりも、あやののその姿にミナは無力さを覚えた。
「なんて言っていいか分からないけど、でも、話してくれてありがとう。それなのに、なにも言えないし出来なくてごめん。ごめんなさい」
「いいの、多分聞いて欲しかったし、話すならミナが良かったから。パパとママが元に戻れるかなんて分からないけど、どうしても楽しかった思い出が多くて、パパのことも嫌いになりきれない。ママにしたことは最低だけど、でも離婚してパパと離れたらきっと寂しい。タイキも入れて、四人の家族がいい……」
ごめん、と呟いてあやのはそっとベッドの上、ガーゼタオルが敷かれた場所にタイキを下ろすと、顔をおおってしゃくり上げた。
ごめん、はタイキに向けられたものかもしれなかったが、ミナは「いいよ」と答えて、あやのの肩をなんとなく抱いた。
そうして一緒に泣くくらいしか、14才の女子中学生同士では出来ないことを知っていた。
「あんなにいい写真なのに、あの写真にあった幸せまで嘘になっちゃったら、嫌だ」
ミナが息継ぎをはさみながら言うのは、命名書を囲んで撮った家族写真のことだろう。
「ならないよ。あれは嘘じゃなくて、みんな本当に幸せって笑顔だったもん。さかのぼって嘘になるなんてことないんだよ。それに……」
そこでミナは一瞬言いよどんだ。
「それに、タイキくんが小学生になるまでに、またパパとママの気持ちも、あやのの気持ちも変わってるかもしれないし」
言ってしまってからあまりに無責任だったかと後悔しかけたけれど、あやのは「そうかも」と笑った。
寝かされた瞬間から、 啼泣の予感をただよわせていたタイキが、とうとう猫とカエルのあいのこのような声で泣きはじめた。
あやのは手の甲で顔を拭ってから、急いでタイキを抱き上げた。
あやのの部屋でタイキを抱かせてもらいながら、そんな話を聞いた。
「うちんちの雰囲気は最悪だよ。タイキの世話でいっぱいなのに、ママはパパに協力しろって言わない。関わりになりたくないみたい。パパも気まずいみたいで遅くまでわざと仕事してる」
タイキの頭は体に対して大きすぎて重すぎる感じがする。実際に、うまく支えていないといけないのだと抱き方を教わったときに聞いた。
体の半分くらいが頭のような気がする、不思議な生き物だった。薄い皮膚の下にたぷたぷにつまった血液を感じ、乳臭さも血の臭いのような気がしてくる。とにかく暖かい。小さすぎる心臓の脈打つのは分からないが、呼吸に合わせて全身の血が揺れているのは分かる。
「あやののパパとママはずっと喧嘩してるの?」
「もう冷戦だよ。離婚の話も出てる。タイキが生まれたばっかりだからすぐには出来ないけど、小学校に上がる頃には……って聞いた」
「そう……あの、腕が疲れたし、そろそろ怖いよ」
腕の中のタイキがむずがりだしたので、ミナは上半身ごとあやのに傾けて言った。
受け渡しも慎重に行われなくてはならない。
むかしに家の前で野良猫がたくさん子猫を生んでいたことはあったけれど、ここまで心もとないことはなかった。もう少し生き物らしいバランスで体が作られていた。
そう考えながらミナはうやうやしくタイキを差し出す。
自然と中腰になって、両腕は行を保ったまま前へつき出される。ゆっくりと、血の袋が破けないように。
あやのはそれを慣れた様子で受け取ると、体ごと揺れながら話を続けた。
「パパがママを傷つけたのは最悪。それでママが泣いたり怒ったりして、パパがあやすみたいにしてるのも最悪。でも一番嫌なのは、タイキのことでみんなで協力できないこと。生まれたばっかりで、何も出来ないタイキが可哀想。すごく待ち望まれてたのに、みんなで退院してきたママとタイキを囲んで写真も撮ったのに、今ではなんとなくパパとママの離婚の障碍みたいになってる。なんでだよって思う。どうしてこんな事になっちゃったのかなって」
話しながらあやのの気持ちがたかぶるのが分かったが、それでも声は荒らげず、体は無関係に一定のリズムで揺れ続けていた。
話の内容よりも、あやののその姿にミナは無力さを覚えた。
「なんて言っていいか分からないけど、でも、話してくれてありがとう。それなのに、なにも言えないし出来なくてごめん。ごめんなさい」
「いいの、多分聞いて欲しかったし、話すならミナが良かったから。パパとママが元に戻れるかなんて分からないけど、どうしても楽しかった思い出が多くて、パパのことも嫌いになりきれない。ママにしたことは最低だけど、でも離婚してパパと離れたらきっと寂しい。タイキも入れて、四人の家族がいい……」
ごめん、と呟いてあやのはそっとベッドの上、ガーゼタオルが敷かれた場所にタイキを下ろすと、顔をおおってしゃくり上げた。
ごめん、はタイキに向けられたものかもしれなかったが、ミナは「いいよ」と答えて、あやのの肩をなんとなく抱いた。
そうして一緒に泣くくらいしか、14才の女子中学生同士では出来ないことを知っていた。
「あんなにいい写真なのに、あの写真にあった幸せまで嘘になっちゃったら、嫌だ」
ミナが息継ぎをはさみながら言うのは、命名書を囲んで撮った家族写真のことだろう。
「ならないよ。あれは嘘じゃなくて、みんな本当に幸せって笑顔だったもん。さかのぼって嘘になるなんてことないんだよ。それに……」
そこでミナは一瞬言いよどんだ。
「それに、タイキくんが小学生になるまでに、またパパとママの気持ちも、あやのの気持ちも変わってるかもしれないし」
言ってしまってからあまりに無責任だったかと後悔しかけたけれど、あやのは「そうかも」と笑った。
寝かされた瞬間から、 啼泣の予感をただよわせていたタイキが、とうとう猫とカエルのあいのこのような声で泣きはじめた。
あやのは手の甲で顔を拭ってから、急いでタイキを抱き上げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる