嘘つきミーナ

髙 文緒

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第四話 あやのの家庭

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「パパがママの妊娠中に浮気したって」

 あやのの部屋でタイキを抱かせてもらいながら、そんな話を聞いた。

「うちんちの雰囲気は最悪だよ。タイキの世話でいっぱいなのに、ママはパパに協力しろって言わない。関わりになりたくないみたい。パパも気まずいみたいで遅くまでわざと仕事してる」

 タイキの頭は体に対して大きすぎて重すぎる感じがする。実際に、うまく支えていないといけないのだと抱き方を教わったときに聞いた。

 体の半分くらいが頭のような気がする、不思議な生き物だった。薄い皮膚の下にたぷたぷにつまった血液を感じ、乳臭さも血の臭いのような気がしてくる。とにかく暖かい。小さすぎる心臓の脈打つのは分からないが、呼吸に合わせて全身の血が揺れているのは分かる。

「あやののパパとママはずっと喧嘩してるの?」

「もう冷戦だよ。離婚の話も出てる。タイキが生まれたばっかりだからすぐには出来ないけど、小学校に上がる頃には……って聞いた」

「そう……あの、腕が疲れたし、そろそろ怖いよ」

 腕の中のタイキがむずがりだしたので、ミナは上半身ごとあやのにかたむけて言った。
 受け渡しも慎重に行われなくてはならない。

 むかしに家の前で野良猫がたくさん子猫を生んでいたことはあったけれど、ここまで心もとないことはなかった。もう少し生き物らしいバランスで体が作られていた。
 そう考えながらミナはうやうやしくタイキを差し出す。
 自然と中腰になって、両腕は行を保ったまま前へつき出される。ゆっくりと、血の袋が破けないように。

 あやのはそれを慣れた様子で受け取ると、体ごと揺れながら話を続けた。

「パパがママを傷つけたのは最悪。それでママが泣いたり怒ったりして、パパがあやすみたいにしてるのも最悪。でも一番嫌なのは、タイキのことでみんなで協力できないこと。生まれたばっかりで、何も出来ないタイキが可哀想。すごく待ち望まれてたのに、みんなで退院してきたママとタイキを囲んで写真も撮ったのに、今ではなんとなくパパとママの離婚の障碍みたいになってる。なんでだよって思う。どうしてこんな事になっちゃったのかなって」

 話しながらあやのの気持ちがたかぶるのが分かったが、それでも声は荒らげず、体は無関係に一定のリズムで揺れ続けていた。
 話の内容よりも、あやののその姿にミナは無力さを覚えた。

「なんて言っていいか分からないけど、でも、話してくれてありがとう。それなのに、なにも言えないし出来なくてごめん。ごめんなさい」

「いいの、多分聞いて欲しかったし、話すならミナが良かったから。パパとママが元に戻れるかなんて分からないけど、どうしても楽しかった思い出が多くて、パパのことも嫌いになりきれない。ママにしたことは最低だけど、でも離婚してパパと離れたらきっと寂しい。タイキも入れて、四人の家族がいい……」

 ごめん、と呟いてあやのはそっとベッドの上、ガーゼタオルがかれた場所にタイキを下ろすと、顔をおおってしゃくり上げた。
 ごめん、はタイキに向けられたものかもしれなかったが、ミナは「いいよ」と答えて、あやのの肩をなんとなく抱いた。

 そうして一緒に泣くくらいしか、14才の女子中学生同士では出来ないことを知っていた。

「あんなにいい写真なのに、あの写真にあった幸せまで嘘になっちゃったら、嫌だ」

 ミナが息継ぎをはさみながら言うのは、命名書を囲んで撮った家族写真のことだろう。

「ならないよ。あれは嘘じゃなくて、みんな本当に幸せって笑顔だったもん。さかのぼって嘘になるなんてことないんだよ。それに……」

 そこでミナは一瞬言いよどんだ。

「それに、タイキくんが小学生になるまでに、またパパとママの気持ちも、あやのの気持ちも変わってるかもしれないし」


 言ってしまってからあまりに無責任だったかと後悔しかけたけれど、あやのは「そうかも」と笑った。
 寝かされた瞬間から、 啼泣ていきゅうの予感をただよわせていたタイキが、とうとう猫とカエルのあいのこのような声で泣きはじめた。

 あやのは手の甲で顔を拭ってから、急いでタイキを抱き上げた。
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