嘘つきミーナ

髙 文緒

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第九話 旧校舎の中

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 当日六時、五人はそろって校門の前にいた。

「ちゃんと言ってきた?」

 萌加が四人の顔を見渡してたずねると、皆はそれぞれに頷いた。

「五人でカラオケ行くから夕ご飯はいらない、七時には帰る、ちゃんと言ったよ。俺んちはユルいからどうでも良さそうだったけど、口裏合わせまでしてすることかって感じ」

「もえちゃん達が絶対行くっていうから来たけど、ちょっとでも危ないことあったらみんなで帰るんだからね。ミナちゃんも、平気って言ってたけど中に入るのは初めてでしょ? 気分悪くなったらすぐ言ってね」

 ミナ、あやの、萌加の強い押しで参加することになった裕太と小枝子は、気乗りのしない様子を隠さない。

 ミナは正直、二人が来るとは思っていなかったし、積極的には誘わなかった。萌加に声を掛けた時点では三人で行くつもりでいた。
 しかし「嘘ではない」ことを証明したい萌加が強く主張したため、グループメッセージで仲間を嘘つき扱いしたという引け目のある二人は、参加を断れなかったということらしい。

 六時とはいえまだ明るいなか、空気だけが先に夜の気配をつれて冷えていく。
 校門をくぐり、グラウンドを横切る途中で萌加がわざとらしく声を潜めて訊ねてくる。

「もういる? どこにいる? いっぱいいる?」

「いっぱいは居ない。うんていの陰に一人居る」

 適当に答えると、萌加とあやのが目を凝らす。あやのは見えない、と残念そうに呟いた。
 見えるわけがない、居ないのだから。

「ホントだ! 居る! 手前の棒の陰でしょ! 刀みたいなの腰から下げてる兵隊さんでしょ?」

「そう、ベージュの軍服着てる」

 萌加がささやき声のまま騒ぐので、ミナはわけがわからないまま、資料館で見た軍服のうちの一つを思い出しながら答えた。

「それそれそれ、もえやっぱり『見えてる』! ねっ、さえぴと裕太は見える?」

 後を歩く二人は、揃って首を振った。

 寝床に帰るカラスの群れが空を横切っていって、その羽音だけで小枝子が体をかたくする。
 裕太が、大丈夫?、とささやき声で気づかう。仲間の嘘を嘘と指摘しただけで、来たくもない肝試しに参加させられている二人は不憫ふびんだと、他人事ひとごととしてミナは思った。

 そもそもの始まりはミナの嘘だが、それを信じなくてはならない雰囲気を作ったのはミナではない。ミナの手から離れていて、もはや責任の範疇外はんちゅがいだ。

 五人が旧校舎の前に歩を進めると、強い風が吹いて、壁をおおう鬱蒼うっそうとしたつたが波打つようにして揺れた。
 小さな白い花を重そうにしならせて、花びらが散っていく。夏だというのに、雪が舞うようで寒々しい。

 これまで遠くで眺めていた旧校舎が、目の前にあった。
 近くで見ると、虫が飛び回っている。霊的にどうというよりも、まずはその虫の多さにミナはひるんだ。旧校舎に居る人達には慣れている、と言ってしまっている手前、先頭に立って扉を開けないわけにはいかない。


 入り口が閉ざされていることを願ったものの、扉はあっさりと開いた。
 ノブについたさびと、かかっていたらしい蜘蛛の巣が手に張り付いて不快だった。さり気なくショートパンツのすそで拭いていると、足元に羽根を広げたままのグレーのっていて嫌な気持ちになった。
 羽根に対象に描かれた目玉模様と目を合わせていると、あやのが「どうしたの?」とささやいてきた。

「玄関を守ってる人」

 適当に答えると、萌加がミナの肩越しに玄関前の石の床をのぞき込んだ。

「それってもしかして、上半身だけでいる人?」

「うん、そう」

 その時、最後尾の小枝子が悲鳴をあげた。

 虫が顔をかすめたらしく、もう帰りたいと半泣きになっている。帰りたい気持ちはミナも同じだ。それは一歩中に入って、壁にうごめく無数の蛾を見た時に頂点に達した。

「今日はもう、だめかも」

 ミナはサコッシュからハンカチを取り出すと、口元にあててみせた。事実、部屋の空気は最悪で、埃と、なにかが腐ったような臭いがしていた。

「今日はってどういうこと?」

 あやのがミナの肩を支えてくれる。

「一人ヤバい人がいて、それが今日は手前まで来てる。いつもはね、二階の奥の窓に写ってるだけなの」

「分かる、もえもすごくいま気分悪いもん」

 それはこの臭いと虫の群れのせいだろう、とは思うけれど勿論もちろん言うわけがない。
 五人の気分は、わざわざ確かめるまでもなく帰る方向へと向いていた。そうして、 旧校舎の探検は玄関を入ってすぐのところで終わりになった。



 中途半端に時間の余った五人は、仕方なしにコンビニの前でアイスを食べた。
 窓に張り付く蛾に、旧校舎で見た光景を思い出して、胸がむかむかとする。チョコレートコーティングされたアイスクリームを選んだことを後悔した。
 もっとさっぱりとしたソーダ系のアイスキャンディにすればよかった、とぼんやり考えていたときだ。

 萌加以外の四人のスマホが一斉いっせいに震えた。
 見ると、夏休みに入って止まっていたクラスのグループメッセージに萌加が連続投稿していた。


 ――旧校舎の軍人の霊マジでいる

 ――さっき見にいったから

 ――ミーナが実は霊感あってそれで教えてもらったら

 ――もえも同じの見えたの!

 ――二階の奥の窓にいつもいるヤバいのが近くに来たから

 ――そこで探検は終わりになっちゃったけど

 萌加の送信画面をのぞき込むと、リアルタイムで既読の数字が増えていくのが見えた。

 けたチョコレートが手の甲にれた。
 反射的に舐めてから、先ほど蜘蛛の巣が手に絡んだばかりだと思い出して、ミナは小さくえずいた。


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