嘘つきミーナ

髙 文緒

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第十九話 くだらない嘘でごまかすんじゃありません

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「どうしよう」

「うちらには無理じゃない?」

「裏門が近いから行ってみよ!」

 あやのとミナが顔を見合わせて困っていると、萌加がそう提案した。
 裏門に周ったが、これみよがしな大きな錠前をかけられて閉まっていた。それならば、と三人は敷地をぐるりと周るかたちで正門を目指した。
 中学校の周りの道路は細く、敷地に沿うように通っていて、普段から生徒以外の人通りは少ない。三人の駆ける足音と、長く伸びる影だけが、細く長く切り取られた空の下にあった。

 正門に周ると、正門は簡単な門扉止めがかけられているだけで、腕を差し込んで回せば開けることが出来た。
 先の旧校舎探検ブーム対策で、旧校舎の表側の扉と窓は全て閉ざされている。扉は太いチェーンをかけられてしまっているが、窓はトタン板をはめ込んでふさがれているだけだ。
 破るならこちらだろうとよく見てみると、太いホチキスのようなコの字の金具で、六ヶ所止められているだけだった。

 耳をすますと、中で走り回る足音があり、裕太が猫を追いかけているのだと分かる。

「早く中を確認しなくちゃ」

 ミナが金具に爪を引っかけてみる。ゆるむ気配はなく、爪が剥がれそうになった。

 今度はあやのが洗濯ネットで指先を保護して挑んで見るが、ネットが破けるのみだった。ミニーマウスの絵のネットはまだ真新しいし、厚手で大きさもあるので、100均で買ったのだとしても、200円商品かもしれないとミナは思った。

 中から、階段を駆け上るような音がして、遠ざかっていく。

「猫ちゃん、二階行ったんじゃない」

「どうしよう二階ってヤバいじゃん」

 萌加とあやのが言う。
 事態は一刻を争っていた。

 ミナは決意すると、あやのから洗濯ネットを奪い、右手にぐるぐるに巻いた。それでトタンを数度殴ってみたが、はじき返されて拳が痛むのみだ。

 花壇のわきに、花壇から外れて転がっているレンガがあった。
 ミナはレンガを左手で拾い上げ、十分な重量を確認する。そうしてからネットを巻いた右手に持ち返ると、トタンに向けて思い切り振り下ろした。
 プラスチックに裂け目が入り、その裏にある窓のガラスが粉々に割れる。肘の手前まで窓に腕を突っ込むかたちになったミナの、ネットに守られていない腕がプラスチックの裂け目に切りつけられて血を流す。
 手を引き抜くと、ネットから細かなガラスの粉がはりはりと落ちて光を反射した。目に入った光はそのままガラスの粉が目に入ったように痛かった。

 もう一打で恐らくトタンには大きな穴が空くだろう。そこから剥がせば、きっと内部に入れる。傷の痛みなど些細ささいなもので、なによりも言葉の責任を取らねばならないという気持ちがミナを奮い立たせた。

 トタンの裂け目を見て、負荷をかけるならばここだ、という一点をめがけて再度レンガを振り下ろす。

 今度はトタンの穴が大きく開いたため、新たな傷を追うことはなかった。
 あらためて眺めた腕の切り傷は、縦に大きくついていた。治るまで、かゆいだろうなと思った。
 あやのの心配する声と、萌加の悲鳴を無視して、ぼろぼろのネットを巻いた手で下側のトタンを掴み、へし折る。下が尖っていると中に入れない。ぐらついていたコの字金具がはずれ、下側のトタンはきれいに外れた。

 窓を開けると、ミナ達が入るのに十分な空間が出来た。

「入ろう! 服引っかけないよう気をつけて!」

 幸い今日は全員デニムだった。
 それでもあやののブラウスが薄手でひらひらとなびく素材だったので、ミナは髪ゴムを解くとそのすそを縛るのに貸してやった。
 依然いぜんとしてミナの腕を心配するあやのに、「大丈夫、とにかく今は裕太と猫だよ」と言い、先頭に立って中に侵入する。続いてあやの、最後に萌加だ。

 室内に降り立った三人の頭上、裕太の足音が聞こえていた。

「やっぱり二階だ、行こう」

 腕の血が床に垂れて、滑りそうになる。何だかわからない虫の死体を踏み潰して、舌打ちしながらミナは進んだ。

 ――階段の半ばまで登ったところだろうか、袖を引かれてミナは止まった。
 恐怖から、あやのの足がすくんでしまったようだ。

「どうしよう、ここで待つ?」

「あーや待てる?」

「一人で待つのなんて無理だよ。ちょっとだけ心の準備させて。ちょっとだから」

 そうあやのが自らの脚を叩いて、深呼吸しようとしたときだ。

 猫の怒り狂う声とともに、

「あ」

 という変に冷静な声がした。
 次の瞬間には転げ落ちる形で、裕太がかね折れ階段の踊り場、三人のいる地点に滑り落ちてきた。

 ミナはとっさに受け止めようとしたが、避けてしまった。いざ落下する裕太の体が迫ってきたら恐ろしくて、体が勝手に避けたのだ。
 裕太のおおよその体重と、階段の長さ、落下運動によりそれがミナの地点を通過する際にどれだけの重さを持つかを、中学生のミナは公式としては知らない。だが日常で体感しうる物理法則として知っていた。

 裕太は階段の突き当りの壁にぶつかり、勢いを失って下り階段の途中で止まった。動かなかった。
 猫が、なあ、と鳴いて下りてきて、ミナの足元で丸くなると、こちらも動かなくなった。

 タオルで包もうとしたあやのが、息をしていない、と言った。確かに猫の腹は呼吸による膨らみをとめて、剥製のようだった。



 本日二度目の救急車を、今度はあやののスマホから呼んだ。
 裕太は意識を失っていて、左腕がおかしな方向に折れていた。救急隊員は簡易的なチェーンを破って、入り口からタンカを運び込み、三人に非難がましい目を向けた。
 事情としては、「肝試しで」、と言うしかなかった。

 同乗は求められず、三人は無力感を抱えたまま家路についた。



「猫ちゃん、生霊のときに助けられなかったね」

 萌加が言った。
 校庭の手洗い場で洗ったミナの腕の傷は深くないものの20センチほどの長さにわたっていた。ハンカチで抑えても血は流れ続け、薄色のデニムに垂れた。

「でもこれで、さえちゃんの呪いはとけたよね?」

「いや。生霊が本物の霊になるだけだし、つたの体を借りてるのは変わらないし、どうしようかね、ミーナ。ね、ミーナの言ってた方法だと、猫ちゃんだもんね」

 萌加が念を押したように言う。


 まただ、またやってしまったと思った。


 軽はずみに言葉をつかって、猫を助ければ解けると言ってしまった。つまりという新たな呪いをかけただけだったのだ。
 

 その晩、裕太の家からミナの家に連絡があり、昼間の肝試しの件は親に伝わるところとなりこってり叱られることになった。
 裕太は結局軽い脳震盪のうしんとうで、運ばれる最中に意識を取り戻したらしい。
 左腕は骨折しているが、そちらもあまり心配はない。頭を打ったので念の為一晩入院して、翌日には退院するということだった。
 その情報で少し安心はしたものの、肝試しの件に加え、腕の傷を公園の金網の破れたところに引っ掛けたと言い訳していたのも嘘だとバレて、二重に怒られた。

「くだらない嘘でごまかすんじゃありません」

 母親が言う。もっともだとミナは思う。

「大変なことになるところだったんだからな」

 普段甘やかし役のはずの父親も、今回ばかりはかばってくれなかった。
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