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第二十話 ぜーんぜん見えてなかったよ
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部屋に戻ってスマホを見ると、メッセージの受信を知らせる音が不規則に鳴り続けていた。
何が起こっているのかはすぐに予想がついた。この一連の事件において、同じことが繰り返され続けている。
つまり、萌加が拡散しているのだ。
予想は的中していた。
小枝子の病状についてはぼかしながらも、はっきりと
「猫の生霊が憑いた」
「猫を助ければ解けるとミナが言ったが、猫が死んでしまったことで呪いを解くすべがなくなった」
「猫を追う過程で裕太が旧校舎の階段から落ちて怪我を負って入院した」
という情報が、萌加によって広められている。
――じゃあ馬渡さんは治らないってこと?
――裕太は呪われなかったのか?
――やっぱり旧校舎にはヤバいのが居るんだ
――ていうか旧校舎自体が呪いの元なんじゃ
――俺らが見た雪をかぶった軍人も蔦だってこと?
――ていうかもうどこで誰が呪われるか分からないじゃん
――戸川さんはわからないの?
まただ。また恐れが恐れを、言葉が言葉を呼んでいる。みんな言葉を軽々に扱わないでほしい。
それが引き起こしたのが今回のことなのだから。多くの人の想いが集まることで、言葉が思いもよらない力を持つことがある。
ミナがノスタルジー的青春としてあこがれを持って夢想していた、共同幻覚や集団ヒステリーのような怪談は、結局我が身から遠いところにあって初めて美しく想えるものだった。
何かを書くべきだが何を書くべきだろうか。ミナが入力フォームを立ち上げて思案していたときだ。
――ミーナに聞いてみるね さえぴについた霊と裕太がどうなるか
萌加がミナの名をあげて勝手にやすうけあいをする。
やめてよ、と書きたくなったが全員の面前でするやり取りではない。ミナはクラスのグループラインの画面を閉じると、萌加の個人アイコンをタップした。
「なんで? どうして? あったことを言っただけでなんでだめなの?」
翌日の午後、二人は馴染みのイオンのフードコートにいた。今日はラズベリーパインのドリンクを手にしている萌加がやつぎばやに訊ねてくる。
「だって言葉って怖いんだよ、分からない? あたしの言ったことを全部信じるなんておかしいよ。みんなが信じるから霊がちからを強めてるんでしょ」
あっはは、と声をあげて萌加が笑って、隣のテーブルの親子が一瞬視線をよこしてくる。
お小遣いの節約のため、ミナは水をくんだ紙コップだけを手にしている。それを見とがめられるのでは無いかと、身をかたくした。
握りしめた紙コップの、薄手の紙の表面が水滴でしめってうねっていて、中の水がしみ出しているような錯覚をおぼえた。
「言葉って怖いよね。それはミーナも分かるんだ? でもそれってみんなが信じるせいなの? きっかけがミーナの言葉でも?」
「あたしの言葉がきっかけでもだよ」
「でもミーナはミーナだけのちからを持ってるでしょ。ミーナが見たものをみんなが見てるだけだよ」
笑いの名残を残したまま言う萌加の、手元のラズベリーパインのドリンクが、ストローによりかき混ぜられていく。
白と赤のマーブルが細かく乱れていくのを見せられて、ミナは気分が悪くなった。
「そうかもしれないけど、……そうじゃないから。見てないの、一回も見てないんだよ。全部嘘なの。嘘なのにみんなが見た、見た、って言ってるんだよ」
こみ上げてきた吐き気と一緒にとうとう告白をした。
思い切った告白だったが萌加は平然とした顔で「サイテーだね」と笑った。
「でもミーナが始めたことじゃん。嘘が本当になるなら、それがミーナのちからなんじゃないの」
「だからだよ! だからちからを強めないで欲しいの! あたしは自分がそんな言霊のちからを持ってるなんて知らなかったの!」
思わず叫ぶが、萌加は面白くてたまらないというように体を縦に折ってテーブルにつっぷすと、呼吸があやしくなるくらい笑った。
その間に隣のテーブルの親子は、二つ奥の席に移動していた。
「ミーナさあ、旧校舎好きでしょ? もえもね、好きなの」
ようやく息を整えた萌加が唐突に言った。
「もえはさ、旧校舎の蔦が大好きなの。だってすごく伸び伸びしてるし、全部が蔓であり根っこであるって感じで、生命力が形をとって、それがあんな大きな建物を飲み込んじゃってる。ね、蔦が根をはった壁って、表面を剥がさないと蔦を落とせないんだって。知ってる? すごいよね。だからミーナとは理由が違うけど、もえも旧校舎が好きだったの。旧校舎の蔦が好きだったの。でももう建て壊しが決まってるって聞いた? 二年後だって。卒業した後だけど、無くなるのは寂しいね。蔦がいくら強くても建物ごと壊されちゃったら枯れちゃうもんね」
なんでそんな話をするのだろう、分からないまま聞いていると、萌加が音をたててドリンクをすすった。それで話が終わったものだとばかり思っていたら、喉をうるおしただけらしい。話は不思議な方向に続いていった。
「旧校舎の蔦が全部なかったことになるのはイヤだなって思ってる。でもきっとね、お話になれば、思い出に残れば、蔦は完全には消えないの。みんなに物語をあげたら、ずっと語りつがれるの」
いよいよ何を言いたいのか分からないと、ミナがぬるまった水を口に運びかけた時だ。
「もえもね、ぜーんぜん、見えてなかったよ」
萌加がとんでもない告白を始めた。
何が起こっているのかはすぐに予想がついた。この一連の事件において、同じことが繰り返され続けている。
つまり、萌加が拡散しているのだ。
予想は的中していた。
小枝子の病状についてはぼかしながらも、はっきりと
「猫の生霊が憑いた」
「猫を助ければ解けるとミナが言ったが、猫が死んでしまったことで呪いを解くすべがなくなった」
「猫を追う過程で裕太が旧校舎の階段から落ちて怪我を負って入院した」
という情報が、萌加によって広められている。
――じゃあ馬渡さんは治らないってこと?
――裕太は呪われなかったのか?
――やっぱり旧校舎にはヤバいのが居るんだ
――ていうか旧校舎自体が呪いの元なんじゃ
――俺らが見た雪をかぶった軍人も蔦だってこと?
――ていうかもうどこで誰が呪われるか分からないじゃん
――戸川さんはわからないの?
まただ。また恐れが恐れを、言葉が言葉を呼んでいる。みんな言葉を軽々に扱わないでほしい。
それが引き起こしたのが今回のことなのだから。多くの人の想いが集まることで、言葉が思いもよらない力を持つことがある。
ミナがノスタルジー的青春としてあこがれを持って夢想していた、共同幻覚や集団ヒステリーのような怪談は、結局我が身から遠いところにあって初めて美しく想えるものだった。
何かを書くべきだが何を書くべきだろうか。ミナが入力フォームを立ち上げて思案していたときだ。
――ミーナに聞いてみるね さえぴについた霊と裕太がどうなるか
萌加がミナの名をあげて勝手にやすうけあいをする。
やめてよ、と書きたくなったが全員の面前でするやり取りではない。ミナはクラスのグループラインの画面を閉じると、萌加の個人アイコンをタップした。
「なんで? どうして? あったことを言っただけでなんでだめなの?」
翌日の午後、二人は馴染みのイオンのフードコートにいた。今日はラズベリーパインのドリンクを手にしている萌加がやつぎばやに訊ねてくる。
「だって言葉って怖いんだよ、分からない? あたしの言ったことを全部信じるなんておかしいよ。みんなが信じるから霊がちからを強めてるんでしょ」
あっはは、と声をあげて萌加が笑って、隣のテーブルの親子が一瞬視線をよこしてくる。
お小遣いの節約のため、ミナは水をくんだ紙コップだけを手にしている。それを見とがめられるのでは無いかと、身をかたくした。
握りしめた紙コップの、薄手の紙の表面が水滴でしめってうねっていて、中の水がしみ出しているような錯覚をおぼえた。
「言葉って怖いよね。それはミーナも分かるんだ? でもそれってみんなが信じるせいなの? きっかけがミーナの言葉でも?」
「あたしの言葉がきっかけでもだよ」
「でもミーナはミーナだけのちからを持ってるでしょ。ミーナが見たものをみんなが見てるだけだよ」
笑いの名残を残したまま言う萌加の、手元のラズベリーパインのドリンクが、ストローによりかき混ぜられていく。
白と赤のマーブルが細かく乱れていくのを見せられて、ミナは気分が悪くなった。
「そうかもしれないけど、……そうじゃないから。見てないの、一回も見てないんだよ。全部嘘なの。嘘なのにみんなが見た、見た、って言ってるんだよ」
こみ上げてきた吐き気と一緒にとうとう告白をした。
思い切った告白だったが萌加は平然とした顔で「サイテーだね」と笑った。
「でもミーナが始めたことじゃん。嘘が本当になるなら、それがミーナのちからなんじゃないの」
「だからだよ! だからちからを強めないで欲しいの! あたしは自分がそんな言霊のちからを持ってるなんて知らなかったの!」
思わず叫ぶが、萌加は面白くてたまらないというように体を縦に折ってテーブルにつっぷすと、呼吸があやしくなるくらい笑った。
その間に隣のテーブルの親子は、二つ奥の席に移動していた。
「ミーナさあ、旧校舎好きでしょ? もえもね、好きなの」
ようやく息を整えた萌加が唐突に言った。
「もえはさ、旧校舎の蔦が大好きなの。だってすごく伸び伸びしてるし、全部が蔓であり根っこであるって感じで、生命力が形をとって、それがあんな大きな建物を飲み込んじゃってる。ね、蔦が根をはった壁って、表面を剥がさないと蔦を落とせないんだって。知ってる? すごいよね。だからミーナとは理由が違うけど、もえも旧校舎が好きだったの。旧校舎の蔦が好きだったの。でももう建て壊しが決まってるって聞いた? 二年後だって。卒業した後だけど、無くなるのは寂しいね。蔦がいくら強くても建物ごと壊されちゃったら枯れちゃうもんね」
なんでそんな話をするのだろう、分からないまま聞いていると、萌加が音をたててドリンクをすすった。それで話が終わったものだとばかり思っていたら、喉をうるおしただけらしい。話は不思議な方向に続いていった。
「旧校舎の蔦が全部なかったことになるのはイヤだなって思ってる。でもきっとね、お話になれば、思い出に残れば、蔦は完全には消えないの。みんなに物語をあげたら、ずっと語りつがれるの」
いよいよ何を言いたいのか分からないと、ミナがぬるまった水を口に運びかけた時だ。
「もえもね、ぜーんぜん、見えてなかったよ」
萌加がとんでもない告白を始めた。
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