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第二十一話 ぜんぶお前のせいだ
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「もえの物語に嘘つきのミーナはぴったりだった。だから乗ってあげたの。全部復唱してあげたの。もえは嘘の怖さを知ってるし、言葉にちからがあるのも、もえの方だよ」
始めは何を言っているのか分からず、萌加の言葉を頭の中で三回繰り返した。言葉にちからがあるのが、萌加の方――?
思い返すとミナの嘘の細部を決定したり、ときに誘導したりしながら、復唱していたのは萌加だった。ミナは水を飲み干すと、空の紙コップを投げつけたい気持ちをなんとか抑えてテーブルに、そうっと置いた。
「もしそれがホントなら、じゃあ小枝子の呪いがとけて、この街で怪奇現象が起きないように言ってよ!」
「やーだよ。だっていま物語が出来上がってるところだもん。ミーナもさあ、嘘の怖さが分かって良かったね。始まった物語は止まらないし、始めたのはミーナだよ。あ、これ残り飲んでいいよ」
言うが早いか、萌加は立ち上がって行ってしまった。
飲みかけのラズベリーパインを飲む気になどなるはずもなく、飲み残しのコーナーにピンク色のマーブルを捨ててミナは家に帰った。
一度は分かったつもりで居たが、飲み込めてはいない萌加の言葉を思い返しながら、くもった空を見上げていた。薄い雲におおわれた夜空は全体としては明るいが、月の姿は見えなかった。まぶたを閉じると、飲み残しのコーナーに捨てたマーブル色のどろりとした液体が蘇った。
そんな折、あやのから着信があった。
いつもならメッセージアプリで済ませることが多いのに、なんだろう。受話器のアイコンをスワイプした瞬間、あやのが猛烈な勢いで話し始めた。
あやのの話によると、弟のタイキが突然流暢に喋ったらしい。
タイキはまだ新生児期を抜けたばかりの乳児で、喃語すら出ない時期であるという説明が、急に冷静になって挟まれた。そんな乳児が低い声で「ぜんぶお前のせいだ」と繰り返したという。
今は元に戻っているが、微熱が出ていて、それも心配だとあやのは語った。
「最初にパパが抱っこしているときに、お前のせいだ、って言い出して、パパ泣き出しちゃった。大人の男の人ってあんなに大泣きするんだと思ってびっくりしちゃった。タイキ大丈夫かな、大丈夫だと思うんだけど、大丈夫ってママもパパも言うんだけど、怖くて。大丈夫だよね?」
あやのの言葉に、ミナは無責任に「大丈夫」と繰り返すことしか出来なかった。今あやのが言霊のちからを求めるべきはミナではなくて、萌加なのだ。
だが、そんなこと説明のしようがなかった。
「さっき寝かしつけたけど、一回起きちゃって、見たらタイキの回りに白い花が散ってた。それに、確かに見たの。枕元に雪をかぶった兵士が立ってた」
近くで見た兵士は人ではなくて、蔦が人の形をとった菊人形みたいなものだったという。
繰り返し、ミナは無力感のまま「大丈夫だよ」と答えた。あやののために、萌加に連絡をとらならないと考えながら。
――あやのの弟が大変なの 何でもするから助けて!
萌加にメッセージを送り既読がつくのを待つ間、「はやく、はやく、」という気持ちがそのまま口に出ていた。スマホを常に手放さない、お風呂にもジップロックに入れて持って入っているという萌加なのに、既読は一向につかなかった。
一向に、と言っても二十分程度のことだが、普段の萌加の反応速度からすれば、これは一向につかなかったと言っていい長さだ。
痺れを切らしてメッセージアプリの通話アイコンをタップするが、即切断されてしまう。受話器のアイコンの横に「キャンセル」と書かれた吹き出しが、積み上がっていく。
もしかしたらアツシ先輩との通話中なのだろうか、とスマホをベッドに投げつけかけて、ふとブロックの可能性に思い至った。試しに二人だけのグループメッセージを作成してみると、なるほど、グループのメンバーに萌加は追加されなかった。
ブロックされている。
『始まった物語は止まらないし、始めたのはミーナだよ』
萌加の言葉が耳の奥でカサカサ鳴る。取り出したいのに取り出せないくらい奥まった、ぐちゃぐちゃした細いところに引っかかっている。
あれはミナを完全に突き放すという宣言だったのだろうか。
自分でも意外なことに、ショックは無かった。確かに、友達が急に化け物めいて、ミナを攻撃してきたことの驚きはあった。
しかし予感は常に背後に潜んでいて、思い返せばその気配を折りに触れて感じとってはいた。
ブロックされたこと自体は受け入れられたが、それでも萌加にすがらなければならない理由がある。あやのを助けるには、萌加の言う言葉のちからというもの、大層強力らしいそれの手を借りねばならない。
ミナはスマホだけを掴んで部屋着のまま家を飛び出し、萌加の家に直談判へと向かうことにした。
家を出る際に「どこ行くの?」と追いかけてくる母親の声に、「コンビニ!」と叫んで返すと、ドアの閉まり際に「明日の朝のパン買ってきて」とのんきに返ってきた。
始めは何を言っているのか分からず、萌加の言葉を頭の中で三回繰り返した。言葉にちからがあるのが、萌加の方――?
思い返すとミナの嘘の細部を決定したり、ときに誘導したりしながら、復唱していたのは萌加だった。ミナは水を飲み干すと、空の紙コップを投げつけたい気持ちをなんとか抑えてテーブルに、そうっと置いた。
「もしそれがホントなら、じゃあ小枝子の呪いがとけて、この街で怪奇現象が起きないように言ってよ!」
「やーだよ。だっていま物語が出来上がってるところだもん。ミーナもさあ、嘘の怖さが分かって良かったね。始まった物語は止まらないし、始めたのはミーナだよ。あ、これ残り飲んでいいよ」
言うが早いか、萌加は立ち上がって行ってしまった。
飲みかけのラズベリーパインを飲む気になどなるはずもなく、飲み残しのコーナーにピンク色のマーブルを捨ててミナは家に帰った。
一度は分かったつもりで居たが、飲み込めてはいない萌加の言葉を思い返しながら、くもった空を見上げていた。薄い雲におおわれた夜空は全体としては明るいが、月の姿は見えなかった。まぶたを閉じると、飲み残しのコーナーに捨てたマーブル色のどろりとした液体が蘇った。
そんな折、あやのから着信があった。
いつもならメッセージアプリで済ませることが多いのに、なんだろう。受話器のアイコンをスワイプした瞬間、あやのが猛烈な勢いで話し始めた。
あやのの話によると、弟のタイキが突然流暢に喋ったらしい。
タイキはまだ新生児期を抜けたばかりの乳児で、喃語すら出ない時期であるという説明が、急に冷静になって挟まれた。そんな乳児が低い声で「ぜんぶお前のせいだ」と繰り返したという。
今は元に戻っているが、微熱が出ていて、それも心配だとあやのは語った。
「最初にパパが抱っこしているときに、お前のせいだ、って言い出して、パパ泣き出しちゃった。大人の男の人ってあんなに大泣きするんだと思ってびっくりしちゃった。タイキ大丈夫かな、大丈夫だと思うんだけど、大丈夫ってママもパパも言うんだけど、怖くて。大丈夫だよね?」
あやのの言葉に、ミナは無責任に「大丈夫」と繰り返すことしか出来なかった。今あやのが言霊のちからを求めるべきはミナではなくて、萌加なのだ。
だが、そんなこと説明のしようがなかった。
「さっき寝かしつけたけど、一回起きちゃって、見たらタイキの回りに白い花が散ってた。それに、確かに見たの。枕元に雪をかぶった兵士が立ってた」
近くで見た兵士は人ではなくて、蔦が人の形をとった菊人形みたいなものだったという。
繰り返し、ミナは無力感のまま「大丈夫だよ」と答えた。あやののために、萌加に連絡をとらならないと考えながら。
――あやのの弟が大変なの 何でもするから助けて!
萌加にメッセージを送り既読がつくのを待つ間、「はやく、はやく、」という気持ちがそのまま口に出ていた。スマホを常に手放さない、お風呂にもジップロックに入れて持って入っているという萌加なのに、既読は一向につかなかった。
一向に、と言っても二十分程度のことだが、普段の萌加の反応速度からすれば、これは一向につかなかったと言っていい長さだ。
痺れを切らしてメッセージアプリの通話アイコンをタップするが、即切断されてしまう。受話器のアイコンの横に「キャンセル」と書かれた吹き出しが、積み上がっていく。
もしかしたらアツシ先輩との通話中なのだろうか、とスマホをベッドに投げつけかけて、ふとブロックの可能性に思い至った。試しに二人だけのグループメッセージを作成してみると、なるほど、グループのメンバーに萌加は追加されなかった。
ブロックされている。
『始まった物語は止まらないし、始めたのはミーナだよ』
萌加の言葉が耳の奥でカサカサ鳴る。取り出したいのに取り出せないくらい奥まった、ぐちゃぐちゃした細いところに引っかかっている。
あれはミナを完全に突き放すという宣言だったのだろうか。
自分でも意外なことに、ショックは無かった。確かに、友達が急に化け物めいて、ミナを攻撃してきたことの驚きはあった。
しかし予感は常に背後に潜んでいて、思い返せばその気配を折りに触れて感じとってはいた。
ブロックされたこと自体は受け入れられたが、それでも萌加にすがらなければならない理由がある。あやのを助けるには、萌加の言う言葉のちからというもの、大層強力らしいそれの手を借りねばならない。
ミナはスマホだけを掴んで部屋着のまま家を飛び出し、萌加の家に直談判へと向かうことにした。
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