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第二十八話 嘘つきの、人でなしの、最低だよ
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言葉になった答えはなかった。しゃくりあげる声の合間に、深い呼吸音が聞こえる。
生理現象を止めて、ミナの話を聞いてみようということだと受け取って、先を続けることにした。
「あたしが見たって言った霊とか、そういうのは全部嘘です。なにも見えてないし、感じてもいない。でもあたしが嘘をついて、みんなが信じて、それで嘘が現実にちからを持った。そのせいで裕太もさえちゃんも、イオンの男の子も、クラスのみんなも被害にあった。あたしの嘘を嘘に戻せば、街も、タイキくんも、元に戻るはずなの。だから、あやのはあたしのことを嘘つきって言って。心の底から」
言いながら、これも萌加の策でしかなくて、タイキくんが助からなかったらどうしようかという疑念が頭をもたげてくる。昨日今日と何度も説明したことだが、実際その効果はまだ目の当たりにしていない。
タイキの病気が、霊と関係のないものだとしたら、それこそとんだ嘘つきだ。いっときの光明を与えるだけの、なにより残酷な嘘に変わってしまう。
あやのは信じなかった。あるいは、ミナの疑いがあやのにも伝わってしまったのかもしれない。
「ごめんけど、うち今それを信じたり、信じなかったり、そういうの出来ない」
そうだよね、と答えようとしたときだ。
あやのの父親らしき声が入って、通話は途切れてしまった。外に出て通話をしているあやのを、呼び戻しにきたのだろう。父親らしき男性の言葉は聞き取れなかったが、その声色に余裕がないことで、状況の予想は十分についた。
……かけるべき言葉は何だったのだろうか。
いきなり、嘘を告白されても、あやのからしたら期待外れだったかもしれない。無責任な「大丈夫」にすがりたくてかけてきたのかもしれない。あやのはきっとミナ自身に、呪いを解くちからがあると信じたいのだろうから。
しかしミナの「大丈夫」にちからは無い。土を食う小枝子にかけた、治るからね! は何の成果ももたらさなかった。
「『全部お前のせいだ』か、いいね、そう、誰かのせい。責任を負うべきひとがいる。ミーナは全部もえのせいって言いたいでしょ? もえが悪い。もえの言葉のちからが悪い。それは本当にそうかもね」
「ちゃんと守らないと駄目だよ。守らないとまた、嘘つきだよ」
萌加の言葉が耳の奥に反響する。
いま果たすべき責任は、いっときあやのの心を慰める言葉ではない。
お互いなあなあに出来る事態ではなくて、傷つけ合わなくてはならない。巻き込んでしまったあやのへの申し訳無さは募るばかりだが、その傷込みであやのには激怒してもらわなくてはならない。
責任を取るというのは責任を負う側を救うためのエゴのおしつけでしかないのかもしれない、とミナは思う。
今度こそは嘘つきになりたくないし、ジコギセイであやの達を助けるヒロインだと思いかけている。
どうしたって興奮してしまう。萌加の言う通り、佳境なのだと全身で感じ取っている。
心臓が強く速く脈打ち、運ばれた血流はこめかみを揺らす。
ミナはあやのへ通話発信を開始した。
出ない。
自動で切れた後、もはや加害の気持ちになって、時を移さずコールする。
「忙しいんだけど、なに」
また外に出てきたのだろう。鼻をすするあやのの声の背後で、風の吹き抜ける音がしていた。
「ごめんなさい、とにかく信じても信じなくてもいいから、あたしのことを嘘つきって言って! 最低って言って! タイキくんが心配なら、出来るだけのことはして、可能性に賭けるべきじゃない? 真実なんかどうでもいいんだよ、とにかく今出来そうなことをやるんだよ! お医者さんに任せながら、神頼みするでしょ! 同じことだから!」
「意味が分かんないよ! タイキとミナの嘘となんの関係があるの!」
あやのの後ろで救急車のサイレンが、音の波長を短くしながら近づいてきている。音に負けじとあやのが叫ぶ。
「分かんなくていいから! タイキくんのために出来ること全部やるのがお姉ちゃんじゃないの? 心配じゃないの? そんなものなの?」
「そんなものなわけないでしょ!!」
もはや絶叫に近く、ミナのスマホから大きく音漏れした。
ミナもつられて自分の声が大きくなっているのが分かる。リビングから母親の覗く気配があった。急いで階段を駆け上がると、ミナは自室にひきこもった。
「そんな、そんな言い方される筋合い無い! 心配してるなら心配してる風なこと言えばいいじゃん! もういい、切るからね!」
「切る前に、ちゃんとお姉ちゃんとして働きなよ! あたしのことを嘘つきって言うだけのことが何で出来ないの!?」
「出来るよ! ミナは嘘つきの、人でなしの、最低だよ! これでいい? こんなことしてる間にタイキになにかあったら、絶対に許さないから! 一生許さない!」
その叫びとともに通話は終わった。
一生許さない。勢いからのものとはいえ、事実弟になにかあれば、あやのは自らの言葉を守るだろう。あやのは嘘つきではない。あやのの言葉は全て、放つ通りに達成される。その意志をもって、嘘つきと断定してくれたことに、ミナは安堵した。
全身の力が抜けて、ミナはその場でフローリングに座り込んだ。数歩先にはベッドがあるけれど、そこまで体を運ぶ気力もない。
背中を丸くして額と両肘を床に付けると、礼拝者のような姿勢になった。
床に垂れる涙はただ、他でもないあやのに、許されないことで許されたという喜びによるものだった。
そのときに、タイキについては頭からすっかりと抜け落ちていた。ということに気づいたのは、翌朝にタイキ快復の報があってからだ。
「不思議なんだけどね、あの後タイキの容態が一気に良くなったの。一応今日までは入院だし、まだ検査もあるけど、もう安心して良さそうなの。それだけ伝えたくて」
言葉を探しながら、あやのが言った。周りが静かなので、外ではないのかと的はずれなことを訊ねると、院内の通話用の場所から電話をかけているという。
「そんなことも気づかないくらい、昨日はその、混乱してて」
「するよね。あの、良かったね、タイキくん」
「良かった。本当に」
一瞬の間があって、あやのの後ろを通ったらしい中年の男女の声が聞こえてきた。
しかたないしょ、あの子だって仕事あんだから。
でもばあちゃんに一番可愛がられてたのはあいつだろう。
「あの…………」
言いかけて息を飲むあやのが、言おうとしている言葉が分かった。
「良ければさあ、」
続くミナからの提案は、あやのから感謝の言葉を引き出すまいという抵抗であり、断られること、嫌われ続けることを望んでのことだった。
「良ければなんだけど、夏休み終わる前に旧校舎見に行ってみない?」
生理現象を止めて、ミナの話を聞いてみようということだと受け取って、先を続けることにした。
「あたしが見たって言った霊とか、そういうのは全部嘘です。なにも見えてないし、感じてもいない。でもあたしが嘘をついて、みんなが信じて、それで嘘が現実にちからを持った。そのせいで裕太もさえちゃんも、イオンの男の子も、クラスのみんなも被害にあった。あたしの嘘を嘘に戻せば、街も、タイキくんも、元に戻るはずなの。だから、あやのはあたしのことを嘘つきって言って。心の底から」
言いながら、これも萌加の策でしかなくて、タイキくんが助からなかったらどうしようかという疑念が頭をもたげてくる。昨日今日と何度も説明したことだが、実際その効果はまだ目の当たりにしていない。
タイキの病気が、霊と関係のないものだとしたら、それこそとんだ嘘つきだ。いっときの光明を与えるだけの、なにより残酷な嘘に変わってしまう。
あやのは信じなかった。あるいは、ミナの疑いがあやのにも伝わってしまったのかもしれない。
「ごめんけど、うち今それを信じたり、信じなかったり、そういうの出来ない」
そうだよね、と答えようとしたときだ。
あやのの父親らしき声が入って、通話は途切れてしまった。外に出て通話をしているあやのを、呼び戻しにきたのだろう。父親らしき男性の言葉は聞き取れなかったが、その声色に余裕がないことで、状況の予想は十分についた。
……かけるべき言葉は何だったのだろうか。
いきなり、嘘を告白されても、あやのからしたら期待外れだったかもしれない。無責任な「大丈夫」にすがりたくてかけてきたのかもしれない。あやのはきっとミナ自身に、呪いを解くちからがあると信じたいのだろうから。
しかしミナの「大丈夫」にちからは無い。土を食う小枝子にかけた、治るからね! は何の成果ももたらさなかった。
「『全部お前のせいだ』か、いいね、そう、誰かのせい。責任を負うべきひとがいる。ミーナは全部もえのせいって言いたいでしょ? もえが悪い。もえの言葉のちからが悪い。それは本当にそうかもね」
「ちゃんと守らないと駄目だよ。守らないとまた、嘘つきだよ」
萌加の言葉が耳の奥に反響する。
いま果たすべき責任は、いっときあやのの心を慰める言葉ではない。
お互いなあなあに出来る事態ではなくて、傷つけ合わなくてはならない。巻き込んでしまったあやのへの申し訳無さは募るばかりだが、その傷込みであやのには激怒してもらわなくてはならない。
責任を取るというのは責任を負う側を救うためのエゴのおしつけでしかないのかもしれない、とミナは思う。
今度こそは嘘つきになりたくないし、ジコギセイであやの達を助けるヒロインだと思いかけている。
どうしたって興奮してしまう。萌加の言う通り、佳境なのだと全身で感じ取っている。
心臓が強く速く脈打ち、運ばれた血流はこめかみを揺らす。
ミナはあやのへ通話発信を開始した。
出ない。
自動で切れた後、もはや加害の気持ちになって、時を移さずコールする。
「忙しいんだけど、なに」
また外に出てきたのだろう。鼻をすするあやのの声の背後で、風の吹き抜ける音がしていた。
「ごめんなさい、とにかく信じても信じなくてもいいから、あたしのことを嘘つきって言って! 最低って言って! タイキくんが心配なら、出来るだけのことはして、可能性に賭けるべきじゃない? 真実なんかどうでもいいんだよ、とにかく今出来そうなことをやるんだよ! お医者さんに任せながら、神頼みするでしょ! 同じことだから!」
「意味が分かんないよ! タイキとミナの嘘となんの関係があるの!」
あやのの後ろで救急車のサイレンが、音の波長を短くしながら近づいてきている。音に負けじとあやのが叫ぶ。
「分かんなくていいから! タイキくんのために出来ること全部やるのがお姉ちゃんじゃないの? 心配じゃないの? そんなものなの?」
「そんなものなわけないでしょ!!」
もはや絶叫に近く、ミナのスマホから大きく音漏れした。
ミナもつられて自分の声が大きくなっているのが分かる。リビングから母親の覗く気配があった。急いで階段を駆け上がると、ミナは自室にひきこもった。
「そんな、そんな言い方される筋合い無い! 心配してるなら心配してる風なこと言えばいいじゃん! もういい、切るからね!」
「切る前に、ちゃんとお姉ちゃんとして働きなよ! あたしのことを嘘つきって言うだけのことが何で出来ないの!?」
「出来るよ! ミナは嘘つきの、人でなしの、最低だよ! これでいい? こんなことしてる間にタイキになにかあったら、絶対に許さないから! 一生許さない!」
その叫びとともに通話は終わった。
一生許さない。勢いからのものとはいえ、事実弟になにかあれば、あやのは自らの言葉を守るだろう。あやのは嘘つきではない。あやのの言葉は全て、放つ通りに達成される。その意志をもって、嘘つきと断定してくれたことに、ミナは安堵した。
全身の力が抜けて、ミナはその場でフローリングに座り込んだ。数歩先にはベッドがあるけれど、そこまで体を運ぶ気力もない。
背中を丸くして額と両肘を床に付けると、礼拝者のような姿勢になった。
床に垂れる涙はただ、他でもないあやのに、許されないことで許されたという喜びによるものだった。
そのときに、タイキについては頭からすっかりと抜け落ちていた。ということに気づいたのは、翌朝にタイキ快復の報があってからだ。
「不思議なんだけどね、あの後タイキの容態が一気に良くなったの。一応今日までは入院だし、まだ検査もあるけど、もう安心して良さそうなの。それだけ伝えたくて」
言葉を探しながら、あやのが言った。周りが静かなので、外ではないのかと的はずれなことを訊ねると、院内の通話用の場所から電話をかけているという。
「そんなことも気づかないくらい、昨日はその、混乱してて」
「するよね。あの、良かったね、タイキくん」
「良かった。本当に」
一瞬の間があって、あやのの後ろを通ったらしい中年の男女の声が聞こえてきた。
しかたないしょ、あの子だって仕事あんだから。
でもばあちゃんに一番可愛がられてたのはあいつだろう。
「あの…………」
言いかけて息を飲むあやのが、言おうとしている言葉が分かった。
「良ければさあ、」
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