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ep12.探偵小説と姉
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「日南くん」
Kはベッドに寝転んだ俺を見下ろしながら首を傾げた。最近彼は勝手に家に入って来るが、親は戸締りをしてから仕事やパートに行っているし俺もわざわざあらかじめ鍵を開けに行くなんて労力を使うようなことはしない。ので、つまりはそういうことになるのだがあまり気にしてはいない。この金持ちイケメンのお眼鏡に叶うようなものはウチには無いし、多分そんな悪事を働く気力はこいつにはないからだ。咎めてもいいがチャイムを鳴らされるたびに出迎えるのは面倒だし黙認している。
「きみはその、意外だね……」
「お前今失礼なこと考えたな」
手にしてるものは自分には確かに似合わないかもしれない。普段こんなものを手に取ることはあまりないし、そんな気力も集中力もない。じゃあ何故と言われれば単純にただの気まぐれだ。
「あー、違うんだ。その、きみくらいの年齢の子は小説より漫画の方を好む傾向があるらしいからびっくりしただけ」
「わかってるよ。真面目そうには見えないから~ってことだろ? 偶々だよ、普段はお前のいう通り漫画の方がよく読む」
「……気を悪くしてしまったならすまない」
「お前ほどガラスのハートじゃねえから」
これは本当。そこまで繊細な心を持っていたらニートなんてしてない。
「でもお前は読みそうだよな、こういう小難しい本。俺には少し難しかった。トリックが理解出来ない」
「……探偵小説かぁ」
「読むか? この作者のは全部家にある」
「ファンなんだ?」
「姉さんがな」
姉の本棚から拝借してきたものだった。ある人気男性作家のもので、俺自身もいくつか読んだことがある。話の展開はどの本もどんでん返しがキツすぎて俺は好きになれなかったが、姉が好きだったから彼女の生前は話を合わせるために読んでいた。姉が死んだ今は特に理由も無く完全に惰性だ。
「お姉さん」
「名目上の遺品整理はしたっぽいけどな。殆ど部屋そのまま残ってるから本棚もそのままだ。ウチの親は優柔不断だから捨てるか捨てないか迷って放置してんだなアレ」
「そんな大事なもの借りられないなあ。それに探偵物は苦手だ。現実はあんなにカッコよくない。もっと汚いよ」
Kはそう言いながら渋い顔で表紙を眺める。
「なんだ、まるで知ってるような口ぶりだな」
そう笑って茶化しても男の表情は変わらなかった。
「……知り合いがそういう職業に就いてる」
「へえ、本当にいるとこにはいるんだな。やっぱこんな殺人事件とかズバッと解決すんの?」
「ううん。そういう本にあるような殺人事件とかは現実では扱わないけど、浮気調査に失せ物探し、素行調査のほかにも明らかにアウトじゃなきゃなんでもやってたみたいだよ」
「へえ……」
失せ物探しはともかく浮気調査や素行調査ってプライバシーのどうのこうのに引っ掛かんないのだろうか。ゴシップ誌もそうだが裁判されたら負ける気がする。
「ん、失せ物探し?」
電柱に貼られてるのを見たことがある。それって多分迷い猫とか犬とか探すやつだろう。それがアリなら人間だって探してくれるんじゃないか。
「なぁ、その探偵って人探しとかやってる?」
「多分許容範囲内だと思うけど……誰か探して欲しい人でも?」
「あぁ、だから出来ればその探偵を紹介して欲しい」
「それは………」
男は一度目を泳がせた後、言いにくそうに口を開く。
「無理だよ、その人もういないから。事務所も今は看板すらない」
もしかしてその探偵が例の女性なのだろうか。姉の命日に会った時の事を思い出す。この男に仲の良い知り合いが複数いるとは思えない(本人もいないような事を言っていた)し、親密そうなこの口振りだとあながち間違いでは無いのではないか。となると、俺はかなりのタブーを踏んでしまった事になる。素直にそれを詫びると、男は申し訳なさそうに笑った。
「気にしないでくれ。あぁでも、そうだな。その代わりに良ければその探し人のことを教えて欲しい」
「……なんで?」
「私で良ければ力になれるかもしれない」
今となっては減るものでもないから別にいいけれど。俺はデスクから桜色の手帳を取り出すと日記が書かれているページを指差した。
「姉さんの手帳だ。この日記に出てくる「先生」って男を探したい」
「……一応聞くけど、その人が見つかったらどうしたい? きみの手助けはしたいけど流石に君を犯罪者にする手助けはしたくないな」
「まさか、ただその男に姉さんの話を聞きたいだけだ。何もしない」
「話?」
「姉さんはどうして死んだのか。多分その男しか知らないことがある。俺はそれが知りたい」
「……死者にも黙秘権はあると思うのだけど」
「そんなもんねえよ、死んだらそれで終わりだ」
男は数秒口を閉ざした後、渋い顔で答えるように頷いた。
「…………わかった。じゃあ明日の夕方ごろここに来て欲しい」
Kは勝手に俺のデスクから付箋とペンを手に取るとサラサラと文字を書き出した。
「えっ、でも探偵はもう居ないんじゃ」
「"代わり"なら一応いる。今は探偵には敵わないかもしれないけれど年季ならそれなりにあるから役には立つと思うよ。それにきみには朗報だけどお金の心配はいらない。彼もきみに借りがあるからね」
「は?俺が会った事ある人?」
「会ったことがない人、そのどちらでもある」
よくわからないが、まぁ都合の良い話ではあるので気にしない事にしておく。結果さえ良ければそれで良い。
「ここで待ち合わせってこと?おっけ、よろしくな」
「うん、それと……この手帳一日借りても良いかい?」
「大事にする事と明日には返す事。それだけは守れよ」
男はこくんと頷くと、大事そうに鞄に手帳を仕舞った。そのまま荷物を肩に掛けて立ち上がる。
「それじゃあ準備もある事だし今日の所は帰るよ。また明日、日南くん」
車のキーを片手に部屋を出て行く男を目線で見送る。まさか助けたホームレスが巡り巡って姉の死の手掛かりになるとは。人生色々あるものだ。
Kはベッドに寝転んだ俺を見下ろしながら首を傾げた。最近彼は勝手に家に入って来るが、親は戸締りをしてから仕事やパートに行っているし俺もわざわざあらかじめ鍵を開けに行くなんて労力を使うようなことはしない。ので、つまりはそういうことになるのだがあまり気にしてはいない。この金持ちイケメンのお眼鏡に叶うようなものはウチには無いし、多分そんな悪事を働く気力はこいつにはないからだ。咎めてもいいがチャイムを鳴らされるたびに出迎えるのは面倒だし黙認している。
「きみはその、意外だね……」
「お前今失礼なこと考えたな」
手にしてるものは自分には確かに似合わないかもしれない。普段こんなものを手に取ることはあまりないし、そんな気力も集中力もない。じゃあ何故と言われれば単純にただの気まぐれだ。
「あー、違うんだ。その、きみくらいの年齢の子は小説より漫画の方を好む傾向があるらしいからびっくりしただけ」
「わかってるよ。真面目そうには見えないから~ってことだろ? 偶々だよ、普段はお前のいう通り漫画の方がよく読む」
「……気を悪くしてしまったならすまない」
「お前ほどガラスのハートじゃねえから」
これは本当。そこまで繊細な心を持っていたらニートなんてしてない。
「でもお前は読みそうだよな、こういう小難しい本。俺には少し難しかった。トリックが理解出来ない」
「……探偵小説かぁ」
「読むか? この作者のは全部家にある」
「ファンなんだ?」
「姉さんがな」
姉の本棚から拝借してきたものだった。ある人気男性作家のもので、俺自身もいくつか読んだことがある。話の展開はどの本もどんでん返しがキツすぎて俺は好きになれなかったが、姉が好きだったから彼女の生前は話を合わせるために読んでいた。姉が死んだ今は特に理由も無く完全に惰性だ。
「お姉さん」
「名目上の遺品整理はしたっぽいけどな。殆ど部屋そのまま残ってるから本棚もそのままだ。ウチの親は優柔不断だから捨てるか捨てないか迷って放置してんだなアレ」
「そんな大事なもの借りられないなあ。それに探偵物は苦手だ。現実はあんなにカッコよくない。もっと汚いよ」
Kはそう言いながら渋い顔で表紙を眺める。
「なんだ、まるで知ってるような口ぶりだな」
そう笑って茶化しても男の表情は変わらなかった。
「……知り合いがそういう職業に就いてる」
「へえ、本当にいるとこにはいるんだな。やっぱこんな殺人事件とかズバッと解決すんの?」
「ううん。そういう本にあるような殺人事件とかは現実では扱わないけど、浮気調査に失せ物探し、素行調査のほかにも明らかにアウトじゃなきゃなんでもやってたみたいだよ」
「へえ……」
失せ物探しはともかく浮気調査や素行調査ってプライバシーのどうのこうのに引っ掛かんないのだろうか。ゴシップ誌もそうだが裁判されたら負ける気がする。
「ん、失せ物探し?」
電柱に貼られてるのを見たことがある。それって多分迷い猫とか犬とか探すやつだろう。それがアリなら人間だって探してくれるんじゃないか。
「なぁ、その探偵って人探しとかやってる?」
「多分許容範囲内だと思うけど……誰か探して欲しい人でも?」
「あぁ、だから出来ればその探偵を紹介して欲しい」
「それは………」
男は一度目を泳がせた後、言いにくそうに口を開く。
「無理だよ、その人もういないから。事務所も今は看板すらない」
もしかしてその探偵が例の女性なのだろうか。姉の命日に会った時の事を思い出す。この男に仲の良い知り合いが複数いるとは思えない(本人もいないような事を言っていた)し、親密そうなこの口振りだとあながち間違いでは無いのではないか。となると、俺はかなりのタブーを踏んでしまった事になる。素直にそれを詫びると、男は申し訳なさそうに笑った。
「気にしないでくれ。あぁでも、そうだな。その代わりに良ければその探し人のことを教えて欲しい」
「……なんで?」
「私で良ければ力になれるかもしれない」
今となっては減るものでもないから別にいいけれど。俺はデスクから桜色の手帳を取り出すと日記が書かれているページを指差した。
「姉さんの手帳だ。この日記に出てくる「先生」って男を探したい」
「……一応聞くけど、その人が見つかったらどうしたい? きみの手助けはしたいけど流石に君を犯罪者にする手助けはしたくないな」
「まさか、ただその男に姉さんの話を聞きたいだけだ。何もしない」
「話?」
「姉さんはどうして死んだのか。多分その男しか知らないことがある。俺はそれが知りたい」
「……死者にも黙秘権はあると思うのだけど」
「そんなもんねえよ、死んだらそれで終わりだ」
男は数秒口を閉ざした後、渋い顔で答えるように頷いた。
「…………わかった。じゃあ明日の夕方ごろここに来て欲しい」
Kは勝手に俺のデスクから付箋とペンを手に取るとサラサラと文字を書き出した。
「えっ、でも探偵はもう居ないんじゃ」
「"代わり"なら一応いる。今は探偵には敵わないかもしれないけれど年季ならそれなりにあるから役には立つと思うよ。それにきみには朗報だけどお金の心配はいらない。彼もきみに借りがあるからね」
「は?俺が会った事ある人?」
「会ったことがない人、そのどちらでもある」
よくわからないが、まぁ都合の良い話ではあるので気にしない事にしておく。結果さえ良ければそれで良い。
「ここで待ち合わせってこと?おっけ、よろしくな」
「うん、それと……この手帳一日借りても良いかい?」
「大事にする事と明日には返す事。それだけは守れよ」
男はこくんと頷くと、大事そうに鞄に手帳を仕舞った。そのまま荷物を肩に掛けて立ち上がる。
「それじゃあ準備もある事だし今日の所は帰るよ。また明日、日南くん」
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