【完結】自傷探偵と日南くん。〜ときどき幽霊〜

あいう

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ep13.メンヘラ探偵登場

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 姉は神様だった。そうじゃなければ神様に愛された人間だった。そういう人間の事は何て言うのだろう?
 まぁいいか、とにかく姉は素晴らしい人間だったのだ。困っている人がいれば手を差し伸べ、自分の徳に成らなくとも他人の為に奔走し、誰にでも優しくいつだって肯定してくれる。聖人と言える人格を持っている女性。好きに成らないわけがないだろう。
 姉弟だからと言うのはあまり気にならなかった。だって姉にそういう不純な欲は持っていなかったから。神様を犯したいと思うか?
 思うのだとしたらそれは大罪だ。考えるだけで死刑を言い渡されてもおかしくはないレベルの罪だ。死んだほうがいい。情欲を伴うものだけが恋ではない。後ろめたいものは何もない、なら別に咎めれるものでもないだろう。だから俺は何の躊躇いもなく言ったのだ。それを聞いた姉は一瞬驚いた顔をした後、俺に答えた。「ごめんね」あぁ、やっぱり姉は神様なのだ! だって俺の気持ちを『否定』しなかった! 俺は歓喜した。やはり姉は完璧なのだと思った。当時の姉は、俺が求める完璧な""偶像""だった。


 呼び出された場所は隣の駅から五分ほど歩いたところにある小さな雑居ビルだった。
 一階、コインランドリー。二階、会計事務所。三階は空きで、四階が――……。
「っと、三階……エレベーターでいけば良いか」
 指定されたのは空きスペースである三階だ。もしかしてこれが昨日話していた"元"探偵事務所なんだろうか。
 チン、という軽い音と共に見えた廊下は薄暗く少し埃っぽい。扉はいくつかあるがどれも使われてはいないようだ。メモ通り一番奥の扉をノックする。返事の類は無い。数秒の間の後、意を決して扉を開けた。
中はがらんどう……、というわけではなく家具が埃をかぶっていた。雰囲気的には廃墟。だが、廃墟の様な乱雑さはなく、家具はそのまま部屋の主人を待っている。
「やあ」
 扉から目線を真っ直ぐ。その一番奥に男はいた。逆光に照らされた姿に一瞬戸惑う。センスのないセーターでも、俺が選んだシンプルなものでもない。ライトグレーのシャツにそれより少し濃い色のベスト。こういうきちんと格好は初めて家に突撃された時以来だと少しだけ見惚れてしまう。やっぱりちゃんとした格好をすればかなり格好良い。
「呼び出すならちゃんとした店にしろよな。俺とお前だけならまだしも、探偵の人も来るんだから失礼だ」
 照れ隠しなわけではないが嫌に癪に障ってぶっきらぼうに口を尖らせる。Kは口元を上げて答えた。
「心配はいらないよ。だってここにはきみと私しかいない」
「は? 探偵は?」
「私……じゃないや「僕」だよ。僕が君の依頼を受けた探偵だ」
 今は元、なんだけど。そう苦笑いする男を上から下まで改めて見る。探偵? この男が? 自分の知っている無職のメンヘラと小説に出て来る様な探偵。その二つはどうしても線で繋がらない。
「この場所に呼んだのは単に僕の切り替えと……少しの自慢の為だよ。今まで嘘ついててごめんね」
 惚けている俺の手に紙が渡される。小さな白い名刺には事務所の名前、それと「葛西鈴音」と黒いインクで刻まれていた。
「じゃあお前……葛西さんはマジで探偵であの男を探してくれるわけか。でも大丈夫なのか? 仕事とか出来る状態じゃないだろ」
 K……もとい葛西の精神は不安定で仕事どころか生活も危うい。そんな人間に人探しなんて出来るんだろうか。
「あ、その顔は不安? 大丈夫だよ……うん、ちゃんと見つけるから。そのかわり時間はかかるけど。だから無料で受けるんだよ。勿論恩もあるからだけどね」
「助かるけど……無理はしなくていいからな」
「大丈夫だよ、本当にこれが最後だから。……それじゃあ仕事の話をしようか」
 葛西が埃をかぶったソファに座る。空中に小さな埃が舞った。おそらく彼のスラックスにも埃が付着しているだろう。折角綺麗なのに。そう思うと溜息がでてくる。
「……その前に掃除だ」
 部屋の隅にあるスチールのロッカーを眺めながら俺は呟いた。どんなことをするにもまずは環境からだ。

「現時点でわかってることは二つ。『相手の名前』『居た地域』これであってるかい?」
 缶コーヒーで口内を濡らす。部屋の埃を払う際、雑巾を買うついでに買ってきたものだ。
「正直現時点では特定は無理だ。せめてそのバイト先やお姉さんの知り合いの証言がほしい。お姉さんと共通の友人は?」
「居たら先に当たってる。友人関係はわからないし学校も直接見には行ったけど正直人が多すぎて誰が誰だかわからなかった。正直お手上げだ。それに入院してる間に時間が経ちすぎた」
「……………出来ればお姉さんの部屋を僕にも見せてもらいたいのだけど」
「わかった。次来るときにでも見せる」
 だが姉の部屋は俺が退院した時点で調べ直している。新しいものは見つかるだろうか? 違う視点から見れば新しい発見はある可能性はあるが。
「一週間以内に何か結果を出す事を約束するよ。三流探偵の僕じゃ信頼出来ないかもしれないけれど」
「いや、期待してる。今はお前しか頼れない」
「それは……頑張らないとなぁ」
 語尾は小さいものだったが特に不安はなかった。珍しいことに信用していたのかもしれない。
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