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ep31.選んだもの
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「……姉さんが、本当にそう言ってるのか」
そう聞くと、星川はこくんと頷いた。俺には姉が見えない。だから、実際の所そうなのかなんてわからないから、星川の言葉を信じるしかない。でも、それを信じたら自分の中の大事なものが壊れる気がした。姉は、いつだって正しくて、神様のような人だったのに、そうではなかったなんて、信じたくない。だって、もしそうだったら、俺は何を信じればいいんだろう。
「お、れは……、姉さんの事をずっと見てきた。だから、姉さんが他人にそんなことする人間だと、思いたくなくて、おれは……」
「……信じなくてもいい。だけど、芽衣子が死んでいるのはもう覆らない。僕がもうすぐ死ぬのも、……覆らない。だから、もう僕たちの事は放っておいてくれ」
「姉さんは、人を呪い殺すなんて、そんなことしない……」
「芽衣子はきみにとっては良いお姉さんだったんだろうが、僕にとっては違うんだ」
「姉さんは、そんなこと……」
本当は、心のどこかで納得していた。引き出しに入っていた二冊目の日記や、今までの出来事、星川が嘘を言っているようにも思えない。俺が見ていたのは、姉の顔の一つでしかない。よそゆきの仮面を外した姉は、俺が死後に知った女のそれで間違いないのだと、本当はわかっていた。
ぼろぼろと姉の思い出が崩れる音がする。
俺の口からは心のどこかで想っていたことが零れ落ちた。
「……姉さんを、祓ってもらおう。ついていくから、俺も」
「その権利は僕にはない」
「おまえは、悪くないだろ……」
星川は何も悪くない。それはわかっている。でも、殺したい気持ちは消えない。コイツさえいなければ俺は今も姉と一緒にいられた。コイツが姉の気持ちに応えてくれれば、俺は幸せになれた。殺したい。殺したい。でも。
「お前の事、殺したい気持ちはどうやったって消えない。一生残ると思う。でも、もう帰ってこない姉さんと、まだ助かるお前、どっちか選べって言ったら俺はお前を選ぶ。お前には……」
――生きて、俺の恨みを受け止め続けて欲しい。
そう言うと、星川は苦しそうな表情を見せる。
「許せないんだよ。お前さえいなければってずっと考えちゃうんだよ。でもお前は悪くない。きっと見殺しにしても、殺しても、すっきりしない。だからお前は俺が八つ当たりできるように俺の為に生きてくれ。お前が生きてさえいれば、俺はこの辛い気持ちをお前のせいに出来るんだから……」
そうしなければ、俺はコイツを生かす理由を定義できない。
俺が善人であればよかった。漫画の主人公の様に、善は善、悪は悪と割り切れればよかった。でも、俺は姉を悪者にはどうしてもできない。俺は星川を悪にすることでしか、コイツを生かす理由を作ってあげられない。生きてさえいれば、なんだってできるから。時間さえあれば、俺がコイツを許すことも、コイツが自分を許すことも、出来るはずだから。だから理由を作って、コイツを生かす。そのためだったら、“姉のようなもの”を処理することも視野に入れなければならない。アレは姉ではない。少なくとも、自分の知っている姉ではない。姉は死んだ。そう思わなければ姉の為に星川が死ぬ事を許してしまいそうになってしまう。
「……姉さん、そこにいるのか?」
姉は何も答えない。俺は続ける。もし、この“姉のようなもの”が姉であったら、反応する言葉を。
「姉さん、星川先生は俺が貰うよ」
ガタンとテーブルに置かれたグラスがひとりでに倒れた。
「……この人は姉さんに渡せない。何も悪くない人を見殺しになんてできないから」
コロコロとグラスが転がる。床に落ちたグラスがいつかのジュースのグラスと同じように粉々になった。姉は確かにここにいるらしい。
「姉さんが星川先生を連れて行きたいのはわかる。けど、俺は姉さんを悪霊だなんて言いたくない。だからこれ以上、何もしないでくれ」
ガンッ、っと壁にかかった時計が床に落ちた。
「姉さん!」
震える星川の手を掴んで落ち着かせる。俺には何も見えないが、星川には姉がどうなっているか、どんな表情をしているかが見えているのだろう。過呼吸になりそうな星川の背中をさする。俺は、これ以上彼が姉を見ないように星川を抱き寄せた。
「姉さん、頼むよ。……俺の中の姉さんをこれ以上壊さないでくれ」
周りの物がガタガタと揺れる。心霊番組で見たことがある所謂ポルターガイストみたいだ。物が飛んできそうで少し怖い。もしかすると葛西の部屋の惨状は混乱した星川がやったのではなくて姉がやったのではないだろうか。
「……芽衣子、新くんには何もしないで……」
星川が姉の名前を呟くと、辺りはシンと静まった。いまのうちだ。
「星川、行くぞ」
彼の手を引いて玄関に向かう。姉は邪魔してこなかった。
「ど、どこに……」
「こういう事に詳しい知り合いがいるからそいつに頼む」
自分の数少ない友人を危ない事に巻き込むのは気が引けるが、こういうことに詳しいのは「アイツ」しかいない。俺はスマートフォンから電話番号を呼び出すと、星川の手を引きながら玄関の外へ出た。
そう聞くと、星川はこくんと頷いた。俺には姉が見えない。だから、実際の所そうなのかなんてわからないから、星川の言葉を信じるしかない。でも、それを信じたら自分の中の大事なものが壊れる気がした。姉は、いつだって正しくて、神様のような人だったのに、そうではなかったなんて、信じたくない。だって、もしそうだったら、俺は何を信じればいいんだろう。
「お、れは……、姉さんの事をずっと見てきた。だから、姉さんが他人にそんなことする人間だと、思いたくなくて、おれは……」
「……信じなくてもいい。だけど、芽衣子が死んでいるのはもう覆らない。僕がもうすぐ死ぬのも、……覆らない。だから、もう僕たちの事は放っておいてくれ」
「姉さんは、人を呪い殺すなんて、そんなことしない……」
「芽衣子はきみにとっては良いお姉さんだったんだろうが、僕にとっては違うんだ」
「姉さんは、そんなこと……」
本当は、心のどこかで納得していた。引き出しに入っていた二冊目の日記や、今までの出来事、星川が嘘を言っているようにも思えない。俺が見ていたのは、姉の顔の一つでしかない。よそゆきの仮面を外した姉は、俺が死後に知った女のそれで間違いないのだと、本当はわかっていた。
ぼろぼろと姉の思い出が崩れる音がする。
俺の口からは心のどこかで想っていたことが零れ落ちた。
「……姉さんを、祓ってもらおう。ついていくから、俺も」
「その権利は僕にはない」
「おまえは、悪くないだろ……」
星川は何も悪くない。それはわかっている。でも、殺したい気持ちは消えない。コイツさえいなければ俺は今も姉と一緒にいられた。コイツが姉の気持ちに応えてくれれば、俺は幸せになれた。殺したい。殺したい。でも。
「お前の事、殺したい気持ちはどうやったって消えない。一生残ると思う。でも、もう帰ってこない姉さんと、まだ助かるお前、どっちか選べって言ったら俺はお前を選ぶ。お前には……」
――生きて、俺の恨みを受け止め続けて欲しい。
そう言うと、星川は苦しそうな表情を見せる。
「許せないんだよ。お前さえいなければってずっと考えちゃうんだよ。でもお前は悪くない。きっと見殺しにしても、殺しても、すっきりしない。だからお前は俺が八つ当たりできるように俺の為に生きてくれ。お前が生きてさえいれば、俺はこの辛い気持ちをお前のせいに出来るんだから……」
そうしなければ、俺はコイツを生かす理由を定義できない。
俺が善人であればよかった。漫画の主人公の様に、善は善、悪は悪と割り切れればよかった。でも、俺は姉を悪者にはどうしてもできない。俺は星川を悪にすることでしか、コイツを生かす理由を作ってあげられない。生きてさえいれば、なんだってできるから。時間さえあれば、俺がコイツを許すことも、コイツが自分を許すことも、出来るはずだから。だから理由を作って、コイツを生かす。そのためだったら、“姉のようなもの”を処理することも視野に入れなければならない。アレは姉ではない。少なくとも、自分の知っている姉ではない。姉は死んだ。そう思わなければ姉の為に星川が死ぬ事を許してしまいそうになってしまう。
「……姉さん、そこにいるのか?」
姉は何も答えない。俺は続ける。もし、この“姉のようなもの”が姉であったら、反応する言葉を。
「姉さん、星川先生は俺が貰うよ」
ガタンとテーブルに置かれたグラスがひとりでに倒れた。
「……この人は姉さんに渡せない。何も悪くない人を見殺しになんてできないから」
コロコロとグラスが転がる。床に落ちたグラスがいつかのジュースのグラスと同じように粉々になった。姉は確かにここにいるらしい。
「姉さんが星川先生を連れて行きたいのはわかる。けど、俺は姉さんを悪霊だなんて言いたくない。だからこれ以上、何もしないでくれ」
ガンッ、っと壁にかかった時計が床に落ちた。
「姉さん!」
震える星川の手を掴んで落ち着かせる。俺には何も見えないが、星川には姉がどうなっているか、どんな表情をしているかが見えているのだろう。過呼吸になりそうな星川の背中をさする。俺は、これ以上彼が姉を見ないように星川を抱き寄せた。
「姉さん、頼むよ。……俺の中の姉さんをこれ以上壊さないでくれ」
周りの物がガタガタと揺れる。心霊番組で見たことがある所謂ポルターガイストみたいだ。物が飛んできそうで少し怖い。もしかすると葛西の部屋の惨状は混乱した星川がやったのではなくて姉がやったのではないだろうか。
「……芽衣子、新くんには何もしないで……」
星川が姉の名前を呟くと、辺りはシンと静まった。いまのうちだ。
「星川、行くぞ」
彼の手を引いて玄関に向かう。姉は邪魔してこなかった。
「ど、どこに……」
「こういう事に詳しい知り合いがいるからそいつに頼む」
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