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秋、扉の向こう。
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叶の部屋は自宅の一番奥だった。
「叶くん、ちょっとお話ししよう」
どんな立場だよ、と自分で笑ってしまう。カウンセリングの資格は持っていないし、心理学を専攻していた訳でもない。そんな人間が誰かを動かせる訳ないのに。
返事はない。そりゃそうだ。
いきなり知らないおっさんが家に来て近づいてきたら怖い。そんな時、染衣が思い付いたのは共通の話題だった。
「あのさ、ホワイトスピカの『スターリグレッド』のキーホルダー付けてたでしょ。きみが付けてたアルバートのキャラシナリオ書いたのオレなんだよね」
ドア越しからドタバタとした音が聞こえる。その後、勢いよく扉が開き、額に思い切り、ドアが当たった。
「いたっ」
「おじさんゲーム作る人なの!?」
星が見えた。
叶の瞳。出会ってから真っ黒だったその黒曜石にキラキラと輝きが浮かぶ。それはまるで、夜空に一等星が光るような、強い瞬きだった。
それに一瞬見惚れていると、叶が怪訝な表情をする。「もしかして嘘?」と。
「嘘じゃないよ。おじさんちょっと前までホワイトスピカで働いてたの」
「今は?」
「ニート」
なんで? と首を傾げられる。悲劇のヒロインぶるつもりはないが、この子には話して良いかと思った。そうしないときっと心はひらけない。
「大人になると色々面倒な事ばかりで、諦めなきゃいけないことが多くなるんだ」
濁してそう言った。書くための環境がなくなった? そんなのは子どもにはわからないだろう。
「それ、ママも言う」
「え?」
「ママ、絵が上手なんだ。だからイラストレーターになれば良いのにって言ったら大人になると諦めなきゃいけない事ばかりなのよって。ねえ」
叶は純粋な瞳で言う。
「大人になっても絶望が続くなら今のうちにやっぱり死ぬべきだった?」
「……どうだろう」
否定も肯定もできなかった。染衣は五体満足で、環境も恵まれている。死にたいとは思っても、死ぬ「べき」なんて断定、考えたことはない。ただ、こんな小さい子どもにそんなことを言わせるなんて世界は残酷だと思った。
「……さっきはお箸投げてごめんね。変な人がいきなり来て怖かった。……サッカーの事も、ちょっと嫌だったから頭に血が昇って。でもアルバートのお話書いた人なら良い人だもんね!」
「なんでいい人だって言えるの?」
「だってアルバート、隠れてみんなを守ってたの最高にカッコよかったもん! 死んじゃったのは悲しいけど、ボクは好き!」
「……そっか、うれしいな」
正式にはキャラのエピローグ後のおまけ、所謂ミニシナリオを書いただけなのだが、「お話を書いた」のは事実なので深掘りしないでおこう。それよりも、叶はかなり純粋に育った子のようだ。これは。
ーー死にたいくらい辛かっただろうな。
きっと、事故で足を失って一番最初に調べたことが「足がなくても出来るサッカー」だっただろう。それで今まで自分がいた世界と違う世界に、絶望したはずだ。
自分はもう普通じゃないのだと、「サッカー」は出来ない。「サッカーのようなもの」しか出来ない。
その気持ちはわからなくはない。だって、染衣も同じだ。プロだったのに、いきなりアマチュアになって、もうあの世界に戻る事もできない。
「……叶くんはいつも家で何してるの?」
当たり障りないことを聞いてみる。サッカーのことに触れるのも違う気がしたから。
「フリーゲーム。おじさん知ってる? パソコンがあれば無料でゲームできるんだよ」
叶はノートパソコンを持ってくるとちょうどやっていたらしいフリーゲームを見せてくれた。ノベルゲームだ。
「さっきアルバートのシナリオの事も言ってたし、文章読むの好きなの?」
聞いてみると、叶は恥ずかしそうに言う。
「……自分じゃ書けないからちょっとだけ」
自分はフリーゲームには詳しくないから、この画面に写っている作品も知らない。拙い立ち絵に文章も並。BGMもフリー素材だ。この年代の子だと実況を見るか有名な作品しかやらないと思っていたが、叶は有名でない人間の作品もプレイするらしい。
「若い子は有名どころしかやらないと思ってた」
「事故の前はそうだったよ。でも、あんまり外に出なくなってからは時間が余って。見つけたら片っ端からやってる」
「作る側になりたいとは思わない?」
夢を諦めるには新しい夢を、と思い誘ってみたがふるふると首を振られた。
「作る側には興味ないや」
「あ、そう……」
「……今から何かしようとか、何かを始めようとか怖いんだよね」
叶はポツリとそう呟いた。
「ゲームは数時間で終わるから暇つぶしには良いよ。ボクは好き。でも作るってなったら沢山頑張らなきゃいけないでしょ? 勇気が出ないんだ。……また奪われたら怖いから」
染衣は何も言えなかった。
話を逸らすためにアルバートの話をした。外に漏らしても構わない部分を少しだけ。叶はキラキラした目で聞いてくれたから、ほんのちょっと自分のもやもやも晴れた。
「また奪われたら怖い」
わかるよ。
わかるから何を言って良いかわからないんだ。
最後に、「もっと最近のゲームが知りたいからまた遊びに来て良いかな」と言ったら「いいよ」と返された。
「叶くん、ちょっとお話ししよう」
どんな立場だよ、と自分で笑ってしまう。カウンセリングの資格は持っていないし、心理学を専攻していた訳でもない。そんな人間が誰かを動かせる訳ないのに。
返事はない。そりゃそうだ。
いきなり知らないおっさんが家に来て近づいてきたら怖い。そんな時、染衣が思い付いたのは共通の話題だった。
「あのさ、ホワイトスピカの『スターリグレッド』のキーホルダー付けてたでしょ。きみが付けてたアルバートのキャラシナリオ書いたのオレなんだよね」
ドア越しからドタバタとした音が聞こえる。その後、勢いよく扉が開き、額に思い切り、ドアが当たった。
「いたっ」
「おじさんゲーム作る人なの!?」
星が見えた。
叶の瞳。出会ってから真っ黒だったその黒曜石にキラキラと輝きが浮かぶ。それはまるで、夜空に一等星が光るような、強い瞬きだった。
それに一瞬見惚れていると、叶が怪訝な表情をする。「もしかして嘘?」と。
「嘘じゃないよ。おじさんちょっと前までホワイトスピカで働いてたの」
「今は?」
「ニート」
なんで? と首を傾げられる。悲劇のヒロインぶるつもりはないが、この子には話して良いかと思った。そうしないときっと心はひらけない。
「大人になると色々面倒な事ばかりで、諦めなきゃいけないことが多くなるんだ」
濁してそう言った。書くための環境がなくなった? そんなのは子どもにはわからないだろう。
「それ、ママも言う」
「え?」
「ママ、絵が上手なんだ。だからイラストレーターになれば良いのにって言ったら大人になると諦めなきゃいけない事ばかりなのよって。ねえ」
叶は純粋な瞳で言う。
「大人になっても絶望が続くなら今のうちにやっぱり死ぬべきだった?」
「……どうだろう」
否定も肯定もできなかった。染衣は五体満足で、環境も恵まれている。死にたいとは思っても、死ぬ「べき」なんて断定、考えたことはない。ただ、こんな小さい子どもにそんなことを言わせるなんて世界は残酷だと思った。
「……さっきはお箸投げてごめんね。変な人がいきなり来て怖かった。……サッカーの事も、ちょっと嫌だったから頭に血が昇って。でもアルバートのお話書いた人なら良い人だもんね!」
「なんでいい人だって言えるの?」
「だってアルバート、隠れてみんなを守ってたの最高にカッコよかったもん! 死んじゃったのは悲しいけど、ボクは好き!」
「……そっか、うれしいな」
正式にはキャラのエピローグ後のおまけ、所謂ミニシナリオを書いただけなのだが、「お話を書いた」のは事実なので深掘りしないでおこう。それよりも、叶はかなり純粋に育った子のようだ。これは。
ーー死にたいくらい辛かっただろうな。
きっと、事故で足を失って一番最初に調べたことが「足がなくても出来るサッカー」だっただろう。それで今まで自分がいた世界と違う世界に、絶望したはずだ。
自分はもう普通じゃないのだと、「サッカー」は出来ない。「サッカーのようなもの」しか出来ない。
その気持ちはわからなくはない。だって、染衣も同じだ。プロだったのに、いきなりアマチュアになって、もうあの世界に戻る事もできない。
「……叶くんはいつも家で何してるの?」
当たり障りないことを聞いてみる。サッカーのことに触れるのも違う気がしたから。
「フリーゲーム。おじさん知ってる? パソコンがあれば無料でゲームできるんだよ」
叶はノートパソコンを持ってくるとちょうどやっていたらしいフリーゲームを見せてくれた。ノベルゲームだ。
「さっきアルバートのシナリオの事も言ってたし、文章読むの好きなの?」
聞いてみると、叶は恥ずかしそうに言う。
「……自分じゃ書けないからちょっとだけ」
自分はフリーゲームには詳しくないから、この画面に写っている作品も知らない。拙い立ち絵に文章も並。BGMもフリー素材だ。この年代の子だと実況を見るか有名な作品しかやらないと思っていたが、叶は有名でない人間の作品もプレイするらしい。
「若い子は有名どころしかやらないと思ってた」
「事故の前はそうだったよ。でも、あんまり外に出なくなってからは時間が余って。見つけたら片っ端からやってる」
「作る側になりたいとは思わない?」
夢を諦めるには新しい夢を、と思い誘ってみたがふるふると首を振られた。
「作る側には興味ないや」
「あ、そう……」
「……今から何かしようとか、何かを始めようとか怖いんだよね」
叶はポツリとそう呟いた。
「ゲームは数時間で終わるから暇つぶしには良いよ。ボクは好き。でも作るってなったら沢山頑張らなきゃいけないでしょ? 勇気が出ないんだ。……また奪われたら怖いから」
染衣は何も言えなかった。
話を逸らすためにアルバートの話をした。外に漏らしても構わない部分を少しだけ。叶はキラキラした目で聞いてくれたから、ほんのちょっと自分のもやもやも晴れた。
「また奪われたら怖い」
わかるよ。
わかるから何を言って良いかわからないんだ。
最後に、「もっと最近のゲームが知りたいからまた遊びに来て良いかな」と言ったら「いいよ」と返された。
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