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秋、シナリオ。

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「同人誌……?」

「小説です! 挿絵は私が描きます!」

 勿論存在は知っている。だが、なぜいきなりそんな話に?

「あの、あれから考えてみたんです。染衣さんが『まだ叶はサッカーを諦めてない』『別のなら出来るのに受け入れられてない』って。どうやったら叶は気持ちの整理がつくんだろうって考えて、それで思いました! 創作があるって! あの子の好きな創作物なら何か変えられるかもしれない!」

「無理です」

 染衣はキッパリと答えた。

「シナリオライターなら小説も書けるでしょ?」

「小説とシナリオはまったく違います。両方書ける人もいますが……少なくともオレは書けない。ゲームシナリオ専門です」

 よく勘違いされがちだが、シナリオライターが全員小説を書けるわけじゃない。たまに書ける人もいるが、そういう人は元々小説も書いてました。というパターンか天才型のどちらかだろう。

「それと、一応オレは元とは言えプロなので。アマチュアの中でお遊戯会するつもりはありません。……書くこともできないですし」

 どの口が言うんだよ。元プロ? 「今」は違うだろ。それにお前には誇れるほどの実力もなかったはずだ。

「お、お金は払います!」

「そういう問題じゃないです。オレのポリシーの問題なので」

 考えたこともあった。プロとしてやれないなら、趣味でやればいいじゃないかと。でも、ダメだった。自分に残るちっぽけなプライドが、染衣の邪魔をする。シナリオを書こうとすると「自分はこんなところにいる人間じゃないのに」と悲しくなってしまう。

 同人なんて、見てくれる人は限られている。だから自分はプロになったのに、どうしてこんな、ひとりで。

「……どうしてもダメですか」

「おひとりで漫画でも書けばいいじゃないですか」

「漫画とイラストは違うんです!」

「それと同じですよ」

「あ……」

 そこまで言って、桃華はようやく自分がどんなに無理を言っているか気がついたようだった。

 自分の専門外のことは、人間は軽視しがちだ。「○○なんだからできるでしょ?」と全く方向性の違う物を頼んできたりする。

「叶くんは自分で折り合いを……」

 ーー折り合いを?

 つけられるのか?あんな小さな、夢を諦めきれない子が?

 確かにこれが大人だったら「他にも生き方はあるよね」で済まされる。実際、染衣も夢を奪われて自暴自棄になって引きこもったが、心の中では「仕方がない、諦めよう」と都内にいた時から決めていた。それが現実ちゃんと諦めきれているかは置いておいて、プロの道は断たれたと。

 だけど叶は?

 才能も実力も未来もあった。

 自分の才能に見切りをつけた終わり方ならまだいい。実力がなかったと諦められるならいい。だけど、叶はそのどちらでもない。ただ、才能も実力もそのままに一方的に納得できない終わり方で未来を絶たれただけだ。

「折り合い、を」

 あの子は物分かりがいい。だけど。そんな子でも簡単に現実と折り合いをつけられるわけがないだろう。

『サッカーしかなかった』

 サッカーはあの子のきぼうだったのだから。

「……」

「では」

 男の声に振り向くと、そこには楓がいたのだった。

「ゲームならどうですか?」
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