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秋、見つけた。

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「え、ええ……」

 どうして文字が出てこない。書き出しが見つからない。

 こんなの初めてでわからない。こういう時はどうすればいいんだっけ。そんなの研修でやっていない。なにもわからない。

「もう一回企画書を読めば……何か……」

 書けない。

 かけない。

 なにも。

「……え、なんで……」

 今までこんなことは無かった。なんでだ? 自分が納得していない企画だから? いや、そんなの在職中に死ぬほどあった。じゃあ原因は?

「詰まった時……どうしてたっけ……」

 ああ、そうだ。こんな時は「彼」が傍に居た。

『スランプ? なったことありませんね』

 彼は飲みの席で絡んできた上司にこう言った。元々他人の感情を想うのが苦手な男だったから「お前みたいな天才はスランプなんかなったことがないだろ」みたいな嫌味もノーダメージでかわすことが出来たのだ。何故ならその言葉の真意を理解していないから。

 この場合の言葉の真意は「書けない俺とは違って天才はいつでも人気が出る文章をすらすら書けていいですね」なのだが、彼にはちっとも届かなかった。その代わり周りの染衣及び同僚は顔を青くした。

『え、だって勝手に手が書くじゃないですか。違うんですか?』

 酒の席だ。暴力沙汰が起こってもおかしくなかったが、そこはいつも振り回され慣れているシナリオチームだったので、彼を省いたメッセージグループで上司の愚痴を聞くだけにとどまった。

「……そういえば、アイツ今なにしてるんだろ」

 彼は私用のSNSアカウントを持っていない。企業のライターとしてのアカウントしか持っていないので特定するのは簡単だった。「吉川藤次」と検索するとすぐにヒットする。フォロワー数は三千、フォローは五、一会社のサブライターとしては人気のある方だと思う。

「……やっぱり普段日常ツイートとかしないよな。こういうのがプロ意識なのかな……」

 企業ライターとして生きていくなら、個を殺さなければならない。……というのは彼が常々言っていた言葉だ。最後までその理由は教えてくれなかったが、彼はそれを意識して仕事をしているとも言っていた。だから上にウケるんだよとも。そう言った彼はどこか寂しそうだったが、今でもその真意はわからない。

 彼が、毎回傍に居て相談にのってくれていた。

 今はいない。

 誰も染衣の傍にはいない。

「……自分でブロックしたのに、いまさら何言ってるんだか……」

 引っ越す時に、未練が出ない様に知り合い全員との連絡手段を絶った。吉川とは喧嘩もしてしまったし尚更連絡なんかできない。喧嘩と言っても、染衣が一方的に暴言を吐いただけだが。

 たとえまだ繋がりがあったとして、だ。、辞めた現場の話なんて間違っても聞きたくない。会いたくもない。ホワイトスピカと関わりたくない。未練しかない、あの場所なんて。

「ん……?」

 関連アカウントに花の写真のアイコンの「あ」というアカウントが表示されている。

「……これ、会社のサボテンの花だ」

 会社で吉川はサボテンを育てていた。会社で私物の植物を育てるなという話だが、自分のデスクに置いていたのと吉川自身が特別扱いされていたので誰も何も言わなかった。フォロー、フォロワーゼロのアカウントは一言だけ呟いている。

「オンラインイベントにサークル参加します。この日です」

 誰に向けているのかはわからないツイートが表示しているのは今週の日付だった。
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