物語の終わりを君と

お芋のタルト

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第三章『炎舞』

第二節「光無き」⑥ ・あの日・

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 ガチャリと玄関の戸が開かれ、一人の男が足を踏み入れた。

男は刃渡りが手の平と同じくらいあるナイフを腰に携えている。
その衣服にはまだ乾ききっていない鮮血が点々と付着していた。

男は足音を殺しながら家を練り歩く。
そして、ふとある部屋の前で足を止めた。

部屋には何やら楽しそうにしている夫婦と、その娘がいた。
その様子をしばらく眺めていた男は、携えたナイフの柄をそっと指でなぞる。
そして、ゆっくりと口を開いた。

「ただいま戻りました。」

夫婦とその娘は男の声に反応して振り返る。

「あら、おかえり君。」

「今日も無事で何よりだよ。」

「おかえりゴウ兄ちゃん!」

その男を家族は温かく迎えた。
なぜなら、その男が自分たちと関係の深い人物だったからだ。

男は、名を『ゴウ=アベル』と言う。
ゴウは世界中を放浪する旅人で、訳あって4ヶ月ほど前からこの家族に世話になっていた。

父親であるセガルがゴウを家に招いたのだが、母親のディーナはすぐに受け入れた。
しかし初めの頃、イギルはゴウと距離を置いていた。
いわゆる人見知りである。

それでも4ヶ月が経った今では、ゴウのことを「ゴウ兄ちゃん」と呼ぶまでに慕っていた。
これには彼の明るくて大らかな性格も深く関与している。

「見て見てゴウ兄ちゃん!綺麗なお花でしょ!!」

イギルは父親にしたようにゴウにもシモフリソウを自慢する。

「おお!綺麗な花だな!」

そう言ってゴウは小さな少女の頭をわしゃわしゃと撫でる。
イギルはそれに満足そうな表情を浮かべる。

「ああ、そうだセガルさん。今日の獲物は庭に置いておきました。もちろん血抜きは終わってます。」

「いやぁ、いつもすまないね。ゴウ君には本当に世話になっているよ。」

「いや、世話になってるのは俺の方ですから。それに、俺にできることはこれくらいしかないんで。」

居候をしているゴウは、せめてもの恩返しとして街の下の森で、動物や魔物を狩って食料を提供していた。
旅人であるため金銭には余裕が無く、金銭を払うことは出来ない。
これまでの旅で狩りのわざは培われていたため、ゴウにとっては苦ではなかった。

「………そうだ、ゴウ君。話したいことがあるんだ。今から少し付き合ってくれないか。」

「………?ええ、もちろんです。」

突然セガルが真剣な表情になったのを見て、ゴウは混乱しながらも返事をした。
ゴウにはセガルが言う話の内容が全く推測できないでいた。

「ディーナはイギルを頼むよ。」

そう言うとセガルは腰を上げ、ドアの前まで来ると、人差し指をピンと伸ばして2回ほど曲げる。
ゴウを外に呼んでいるのだ。

「お父さんどこかに行くの?」

子どもながらに何かを感じ取ったのだろう、母親に後ろから両肩を抱かれたイギルが不思議そうにセガルに尋ねる。

「少しゴウ君と話をしてくるだけだよ。いい子にして、お母さんと一緒に待ってるんだよ。」

「うん!わかった!」

セガルは数秒ほどイギルの頭を撫でたあと、ゴウを連れて部屋から出ていってしまった。

部屋に残されたのは母親と娘。
そして、娘の手に握られた小さな水色の花だけだった。


 ○


 時は進み、太陽が姿を隠して街が闇に呑まれた頃。
窓からこぼれた微光が薄暗い道にその影を落とす。
どこからか楽しそうな子どもの笑い声が聞こえていた。

「ディーナ、イギルはもう寝たのかい?」

「ええ、ぐっすり眠ってるわよ。きっと遊び疲れたのね。」

ディーナが愛おしそうに笑うと、セガルはゆっくりと寝室のドアを微かに開く。
その隙間から、寝室に光の筋が射した。

ベッドには静かに眠るイギルの姿があった。
セガルは、そっとドアを閉じた。

「………セガルさん。さっきのあれ、本気なんですか。」

ドアノブを握ったままのセガルの背中に、ゴウは暗い表情で言葉を放つ。

「………ああ、もちろんだよ。」

セガルはゴウに背を向けたまま答える。
ゴウからは、父親がどのような表情をしているのか見えなかった。

「ゴウ君、最後まで迷惑を掛けてしまってごめんなさいね。」

ディーナは申し訳なさそうにゴウに目を向ける。

「それが二人の意思なら、俺にできることはやりますよ。」

ゴウはその場でギュッと拳に力を入れる。
肩が、微かに震えていた。

テーブルの上には透明なガラスの花瓶に添えられた小さなシモフリソウが一輪。
小さいながらも懸命に空間に色を添えていた。

「あの、俺やっぱり―――」

ゴウが口を開いたその時だった。
ゴウの後方にある窓ガラスが突如割れ、何かが室内に飛び込んだ。
それは黒い1つの小さな塊。

「まずい―――」
彼の鼻をくすぐったのは微かな火薬の匂い。
その瞬間、ゴウは両腕にそれぞれセガルとディーナを抱えて床に倒れ込んだ。

刹那。
一瞬明るく光った事を認知すると同時に、その塊は家具を吹き飛ばす程の威力で爆発した。

爆風と共に砕け散った木材がゴウに降り注ぐ。
彼の瞬時の判断によって、2人に幸い怪我はない。

「2人とも立てますか!」

ゴウが立ち上がり2人の安否を確認するが、さらなる一手が彼らを襲う。

窓から飛び込んできたのは複数の矢。
その矢尻には煌々と燃え盛る炎が灯されていた。

それは突き刺さると瞬く間に家に燃え移り、全てを飲み込む。

ゴウは【能動強化】を施し、咄嗟に家の壁を蹴破る。

「2人は早く家から出てください!」

そう告げるとゴウは急いで近くのドアノブを捻る。
イギルが寝ていた部屋だ。

勢いよく扉を開けると、そこには布団を握りしめ、突然の騒ぎに怯えるイギルがいた。

「怖かったろ、大丈夫だ。俺がすぐに安全なところに連れて行ってやるからな。」

ゴウはイギルを両腕で抱える。
いわゆるお姫様抱っこの姿勢だ。
その間、イギルは力強くゴウの首にしがみついていた。

ゴウは【能動強化】を施したまま、先程蹴破った穴から外に出て燃え盛る炎から脱出する。

最後にチラリと家の中に目を向けると、シモフリソウが踊る炎に呑まれて儚く消えていくのが見えた。

何とか避難が間に合ったと胸を撫で下ろす。
しかし、彼の頭の中は混乱していた。

あまりに突然の奇襲。
何者によるものなのか、その理由さえ分からない。

心当たりが無いことは無いが、その件に関してはまだはずだった。

家を飛び出した先には、うねる炎と化した自宅に背を向けて立ち尽くすセガルとディーナの姿があった。

「何してるんですか!はやくここから離れないと―――」

そこまで叫んで、ゴウは口をつぐんだ。
2人の先に広がるのは闇。
しかしその闇の中には、50人を超える兵士の姿があった。

「なんだよ………お前ら………!」

ゴウは悟った。
彼らはセガルとディーナの2人を捕えに来たのだ。
【天才】を救うという彼らの思想は、この国から弾圧を受けていた。
そして、遂に兵士が行動を起こしたというわけだ。

しかし、あまりにも早すぎる連行にゴウは焦りと戸惑いを隠せない。
もう一度演説を行うくらいの猶予があると予想していたのだ。

兵士の先頭に立つ1人の男が、数歩前に出てくる。

「貴女方が近頃行っていることは、この国の根底を否定する行為、つまり貴女方は反逆者、ということになります。」

初老にさしかかろうという男は、背中で手を組んで両立したまま動かない。
しかし、男からは強力な【魔力】が溢れだしている。
明らかに他とは別格、かなりの実力者であることが伺える。

「この国では、国家転覆罪が最も重い罪ですから、貴女方は当然死刑となります。」

男はそこまで言うと、ため息をひとつ着く。
炎と兵士に挟まれた緊張感には、あまりにも似合わないため息だった。

「………とはいえ、わざわざ【一等代員】である私が来るほどの事でもないでしょうが………。とにかく、大人しく囚われた方が身のためです。」

男がイギルを抱えたゴウを鋭い眼光で睨みつける。
ゴウは【能動強化】を施したままだった。

ゴウの心は揺れていた。
このまま戦うべきか、大人しくするべきか。

兵士だけなら問題は無い。
しかし、先頭に立つ男はかなりの手練てだれ

あの男を相手取りながら、セガル、ディーナ、イギルの3人を守りきれるのだろうか。
ゴウにはその自信がなかった。

あるいは―――。
ゴウはある可能性を考えるが、それだけはどうしても避けたかった。

「なんですか、その目は。」

先頭の男はゴウに圧をかける。

ゴウは何もできず、ただ男を睨むことしか出来なかった。

「ゴウ君。」

セガルが、ゴウに背を向けたまま呟く。
ゴウはゆっくりと視線を向ける。

セガルは首を軽くひねり、言葉を続ける。
ゴウの目には彼の右の頬と、高い鼻の先が見えた。

「………頼んだよ。」

セガルの短く、弱々しいその一言は、ゴウの頭の中にはっきりと響く。

気がつけば、ゴウの体はひとりでに動き始めていた。
彼の両足は前へ、前へと進んでいく。
そして、その脇にはイギルが抱えられていた。

ゴウは、兵士たちとセガル、ディーナに背を向けて、全力で走っていた。
彼らの姿があっという間に小さくなっていく。

彼は、逃げたのだ。

「お父さん!お母さん!」

イギルはゴウに抱えられたまま大粒の涙を流し、声を張り上げる。

「ゴウ兄ちゃん!離して……離してよぉ!」

イギルはゴウの腕を叩く。
自分に何ができる訳では無い。
しかし、大好きな両親が兵士たちに連れていかれるのが、無性に怖く悲しかった。

少女の目に映るのは遠くなっていく両親と、そのすぐ横で舞い踊る炎。
炎の強烈な光で逆光になっているのか、ゴウの表情は闇に溶けて見えなかった。
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