物語の終わりを君と

お芋のタルト

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第三章『炎舞』

第二節「光無き」⑩ ・勇敢・

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 「【一等代員】として、貴方をこの場で殺します。」 

「私、さっきまであの剣のおじさんと戦ってたんです。後にしてくれません………?」 

血を流し満身創痍という言葉が相応しいような状態のフィリイの前に、新たなる【一等代員】が立ち塞がる。 

「早くシェイム君の所に行きたいんだけど―――」
「おや、何か言いましたか?最近は歳のせいか耳が悪いんです。話があるならもう少し大きな声でお願いします。」 

【一等代員】の男は申し訳なさそうに耳を突き出してくる。 

白髪が入り交じった短髪の男。
身だしなみにそれほど興味が無いのか、硬い髪の毛の先は整えられていなかった。
歳は初老に差し掛かろうかという程度。
後ろで腕を組んで直立の姿勢を取っている。 

一見「武」とは関わりの無さそうな男の胸には、十字の傷のようなマークが付いている。
彼が【一等代員】であることは間違いない。
街の形を変える程の力を持ったターギンと同レベルの実力者であるということだ。 

「あの、そこを通して欲しいんですけど―――」
「なんて言いましたか?」 

男は耳に手を当てて更に身を乗り出す。 

「いや、そこを通して欲しいって―――」
「もう少し大きな声でお願いしますよ。」 

「だ、か、ら!そこを通してって、言ってるんです、よ!あなた見た目よりかなりお爺さんね!」
「………貴方、今私のこと何て言いましたか………?」 

【一等代員】の男の様子がおかしい。
肩をワナワナと震わせて、何かを堪えているような仕草をしている。 

「誰が………誰が『耳の遠いクソジジイ』ですかぁぁぁ!!!」 

突然男は激怒した。
高密度の【能動強化】を施し、それでもなお有り余る【魔力】を放出している。 

「そ、そこまで言ってないでしょー?!」 

フィリイは突然怒り出した男に混乱する。 

このジジイ、しかのか! 

「貴方だけは許しませんよ!!!」 

男は驚く程のスピードでフィリイに近づく。 

「私はまだまだぁ―――」 

「は、はや―――」 

男は高く飛び上がり、振り上げた拳を勢いよくフィリイの頭上から振り下ろした。 

「―――若いです!!!」 

フィリは咄嗟に身体を捌いて拳の軌道から外れる。
男は拳をそのまま地面に叩きつけた。 

地面はまるでクッキーのように簡単に砕ける。
派手さは無いが、とんでもないパワーだ。 

「そ、それは無理があるわ!歳相応よ!」 

フィリイはバックステップで男と距離を取る。
男はフー、フーと荒く息をしている。
かなり頭に来ているようだ。 

「これだから短気な人は………!」 

消耗している今、このフィジカルを持った男と戦うのはかなりきつい。
どうにかして逃げるか、戦いが長引く前に仕留めなければならない。 

「貴方とターギンの戦いを見ていましたよ。かなり強力な【魔力】をお持ちですね。最後の攻撃、私もターギンも貴方の【魔力】は底をついたと思っていました。しかし、貴方はターギンの最後の技を跳ね返しました。」 

厄介だ、とフィリイは思った。
戦いにおいて、手の内を晒せば晒すほど自分の行動を予測され、不利になる。
それで言えばフィリイは最も知られたくなかった【反射リフレクション】を知られてしまった。 

「あの時、ジェーという男でさえ【魔力】がつきかけていたのに、なぜ彼以上の【魔力】を消費していた貴方に【魔力】が残っていたのかは分かりませんが………。さて、今はどうでしょうね。」 

男は【能動強化】を更に強くしてフィリイに肉薄する。
一瞬で懐に潜り込まれた彼女は反応が遅れる。
そして、無防備なまま殴り飛ばされた。 

「かはっ………!」 

声にならない声が洩れる。
内蔵を押し潰されて口から出てくるのでは無いかと思うほどの凄まじい威力。 

フィリイは息が出来ないまま地面を跳ねて転がっていく。
男は化け物じみた脚力でフィリイの横にピッタリと追ってきていた。 

そして、真横から再び殴り飛ばす。
辛うじて反応したフィリイは腕を犠牲に胴体を守ったが、威力は殺せず方向を直角に変えて吹き飛ばされた。 

凄まじい衝撃と音と共にフィリイは瓦礫へと叩き込まれた。
土煙が立っているため安否は確認できない。 

「今の攻撃で人間の形を保てているならば【能動強化】を施している証拠です。つまり、貴方はまだ【魔力】が尽きていない。………凄いですね。」 

男はゆっくりと土煙へと近づく。 

反射リフレクション】が使えるならまだしも、【能動強化】を施して防戦一方な敵など、もはやサンドバッグ。
男の敵ではない。 

これはでは無い。
言わばである。 

「手負いの人間をボコスカ殴るなんて………最低なおじいちゃんね………。」 

瓦礫の中からフィリイが立ち上がる。
ダメージが大きいのか直立はできていない。 

右手で左腕を抑えている。
先程犠牲にした腕だ。 

「私、暴力的な人って大っ嫌い。」 

「さあ、トドメと行きましょうか。」 

フィリイの言葉を無視したのか、そもそも聞こえていないのか、男は助走の構えをとる。
終わらせるつもりの本気の攻撃。 

「死んでください。」 

男は急激に加速して拳を後ろに引いた。
反逆者をここで討ち取り――― 

「おおおおおおお!!!!」 

突如、どこからか男の叫び声が聞こえてくる。
そして次の瞬間、フィリイの背に立つ瓦礫の山の向こうから、何者かの影が飛び上がった。 

「な、な、なんですか!」 

【一等代員】の男は驚きのあまり加速を中断し、その場に構える。 

瓦礫の山から飛び上がった影は、【一等代員】の男目掛けて拳を引いていた。 

「らああああああああ!!!!」 

【一等代員】の男は咄嗟に両腕を交差させて防御姿勢を取る。
そして、影はその防御の上から男を殴り飛ばした。 

「何………!」 

【一等代員】の男は威力を抑えきれずに踏ん張った姿勢のまま足の裏で地面を滑っていく。
超高密度の【能動強化】を施した【一等代員】の男を後退させる程のパワー。 

「………本当は、来るべきじゃなかったんだ。」 

フィリイを庇うようにして立つ影は拳を強く握り、その手を震わせていた。 

「………俺がどれだけ命を賭けようと、残酷な運命は変えられない。………俺がここに来たことも、きっとまた無意味に終わる。」 

フィリイは薄く笑みを浮かべる。
待っていた、と言わんばかりに。 

「でも、それでも―――」 

影は拳を握り直し、胸の前に掲げる。 

「―――どうせ変えられないなら、もう、後悔する選択をするのは、やめだ!」 

影の名は、ゴウ。
臆病者が、遅れて登場である。


 ○


 イギルは、暗い牢屋の中で膝を抱えていた。
右腕の前腕の痛みは先刻よりも酷くなっている。 

牢屋から出ることも、この手枷を外すことも、もう何十回と試した。
しかし、それらの努力はイギルの心を折っただけだった。 

「お母さん………お父さん………。」 

イギルは必死に涙を堪える。 

違う、自分は泣くためにここに来たんじゃない。 

そう自分に言い聞かせるが、この暗い牢屋の中で心の拠り所などなく、感情はいとも簡単に堤防を乗り越えた。
大粒の涙が何度も頬を伝う。 

『イギル、もし私たちが居なくなっても、強く生きてね―――』 

、母に言われた言葉が脳裏を過ぎる。
父がゴウを連れて話をしに行った時、イギルと共に残った母は、彼女の前に屈んで両手を頭に添える。
そして、ゆっくりと艶やかな髪を撫でながら、言った。 

『イギル、もし私たちが居なくなっても、強く生きてね。イギルはお母さんとお父さんの宝物なんだからね。』 

その時は意味が分からず、ただ心地よい母の声に身を任せ曖昧な返事をしただけだったが、今は何故母があんな事を言ったのか良くわかる。 

「お母さん………私………強くなれたかな―――」 

優しく美しかった母の記憶。
その温もりが遠く感じられて、ますます心は冷たくなる。 

「―――私、やっぱり会いたいよ。」 

少女の涙は止まらなかった。 

父と母を救いたい。
その思いはあの日から日に日に大きくなるばかりで、それでも自分には何も出来ない。
何もできる力がない。
救いたいと思えば思うほど自分の不甲斐なさや無力さを痛感する。 

自分にできたここといえば、八百屋で盗みを働いて地下にいる両親の所へ連れて行ってもらおうとした事くらいだ。 

私はなんでこんなにも無力なんだ。
私がゴウ兄ちゃんのように強ければ。
私は、なんでこんなにも弱い――― 

この暗い空間の中で、少女は1人きりだった。 

『イギル、お前は弱くなんかない―――』 

ふと、ゴウの言葉を思い出す。 

「ゴウ………兄ちゃん………。」 

ゴウはこの半年間、イギルに言葉を掛け続けた。 

イギルは弱くない、役ただずなんかじゃない、1人なんかじゃない。 

イギルの頭にあの日からゴウと共に過ごした記憶が駆け巡る。 

一緒に狩りをした思い出、一緒にツリーハウスを建てた思い出、一緒に修行もしたし、一緒に夕食を食べながら大笑いしたこともあった。 

「そうだ私は―――いや、………!」 

少女の目にはゴウがとてもかっこよく見えた。
強くて頼もしい、勇敢なあの背中に少女は憧れたのだ。 

あの日の夜、イギルは自分に誓ったのだ。 

『強く生きてね―――』 

母の言葉にあるように。
ゴウ兄ちゃんの背中のように。 

、強くなるんだ………!」 

イギルは涙を拭って立ち上がる。
まだ、何かできることがあるかもしれない。
何もしなければ、何も始まらないのだから。 

思考を練るイギルの前に、鉄格子の向こうから大きな影が迫る。 

イギルは影を辿って
そう、見上げるほど高い。 

「よお、また会ったな。出てこいガキ、お楽しみの時間だ。」 

そこに居たのはあの男。
広場で自分をいたぶった男だ。
その横には看守の男が1人着いていた。 

「ヴァ、ヴァルバロ………!」 

「ヴァルバロ、と呼べクソガキ。」 

ヴァルバロは看守から鍵を受け取ると、牢屋の鍵を開けて中へと入る。 

「お前なんか怖くないんだからな!戦うってんなら今ここでやってやる!」 

イギルは自分を奮い立たせる。
最後まで抵抗し続けてやる、そう心に誓った。 

「フン、くだらねぇな。お前には何も出来やしねぇよ。」 

「そんなもん………やってみないと分かんねぇだろ!」 

イギルは走り出すと、勢いそのままにヴァルバロに体当たりする。
そして、手枷が付いた腕を振り上げヴァルバロの足を殴った。 

その瞬間、右腕の前腕に激痛が走る。
広場でヴァルバロに掴まれた時、骨を折られているのだろう。
イギルは痛みでその場に硬直する。 

「フン。」 

ヴァルバロは鬱陶しそうに鼻を鳴らすと、おもむろに小さな少女を蹴り飛ばした。 

「うっ………!」 

イギルは呻き声をあげて吹っ飛ぶ。
まるで人形のような扱いだ。 

ヴァルバロにとっては軽い蹴りだが、その蹴りはイギルの鳩尾を的確に捉えていた。
少女は倒れたまま嘔吐し、それでもなお息ができずもがき苦しむ。 

「おい、あの汚ぇガキを連れてこい。」 

ヴァルバロは看守にそう告げると、牢屋を出て悠々と歩き出す。 

看守はイギルを無理やり立たせると、彼女の手錠に鎖を付け、鎖を引いてヴァルバロの後を追った。 

行く宛ても分からずイギルは半ば無理やり脚を前に進める。
看守の前を歩くヴァルバロを後ろから睨む。 

絶対に屈してやるもんか。 

イギルは先程の仕打ちを受けても尚、心をたぎらせていた。 

ふと、牢屋の中に目をやる。
暗い牢の中にはちらほらと人の影が見えた。 

誰もが頬を痩かし、生気の無い虚ろな目をしている。
ずっと無表情のまま涙を流している人、同じペースで頭を壁に打ち付けている人。
自分の長い毛をむしり取っている人もいた。 

―――地獄。
ここは地獄だ。 

人の精神が狂ような所など、それ以外に何と呼ぼうか。
少女はその狂気に恐怖した。 

この街は、この国は、狂っている。 

牢屋の中を見続けていると、1人の女性が地面に膝を着き、祈りを捧げているのが目に入った。
そこだけ空気が澄んでいるような、余りに周囲の人々とかけ離れた様子にイギルは目を奪われた。 

次の瞬間。 

「おっ………!!!」 

思わず叫び出しそうになるのをぐっと堪え、慌てて口を噤む。 

「………?」 

看守が振り返ってイギルを見るが、彼女は下を向いて小さな歩幅で歩いているだけだった。
異常はないと判断して前に向き直る。 

その後ろで、俯いたイギルは涙を堪えて唇を噛んでいた。
先程の光景を思い出す。 

1人ひたむきに祈りを捧げていた女性。
透き通るような白い肌で、美しい顔立ち。
ブロンドの髪で、聖母の様な雰囲気を纏っていた。 

―――間違いない。
あれはお母さんだ。 

艶のあった髪はパサつき、イギルの好きだった髪型は原型を辛うじて保っている程度だった。
しかし、間違いなくあれは母だと確信する。 

本当は声を掛けたかった。
看守を振り払い駆け寄りたかった。 

しかし、イギルは自分の状況を理解していた。
自分は今からのだと。
そんな自分と親子であると知られれば、母も処刑されてしまう。 

ごめんね、お母さん。
お別れも言えなくて、ごめんね………。 

まだ幼い少女は母親に会いたいという気持ちを押し殺し、心の中で別れを告げた。 

「ここだ。鎖と手錠を外してやれ。」 

しばらく歩いた後、広い空間に着いたヴァルバロは看守にそう命じる。
円形の空間で、客席こそ無いが闘技場を彷彿とさせる雰囲気のある場所だ。 

手錠を外す………? 

何故そんなことをするのかイギルが不思議に思っている間に、イギルはあっさりと自由の身になる。 

何が何だかさっぱりわからない。
自由になった腕を動かし、手のひらをグーパーする。
イギル程度だと手枷など無くても問題ないという事だろうか。 

「な、なんのつもりだ………!」 

イギルはぐるりと肩を回した後、戦闘の構えを取る。
今度こそヴァルバロに一撃を加えてやるという気合いがみなぎっている。 

「………お前、この地下牢の中に両親がいるらしいな。」 

ヴァルバロが唸るような低い声で言った。
その瞬間、イギルの胸は破裂しそうな程に強く拍動する。 

「な………何言って―――」 

「とぼけるなよ。聞けば【天才】は悪じゃねぇとかほざいてるらしいな。親子揃って俺に楯突きやがって。到底許されねぇ。」 

「お父さんとお母さんには手を出すな!!」 

「落ち着けよガキ、そうキャンキャン喚くな。望むなら会わせてやってもいいんだぜ。………まあ、お前次第だがな。」 

「………どういう事だ。」 

ヴァルバロの提案はイギルにとって意外なものだった。
どういう訳か、両親に会わせてくれると言うのだ。 

「何、簡単な事だ。お前がこいつに、勝てばいいんだよ。」 

ヴァルバロが看守の男に声を掛けると、看守の男は通信機で仲間に呼び掛ける。 

自分がいる方向とは反対側の壁に1箇所だけ鉄柵が設けられていた。
その奥には通路が続いている。
その通路に、黒い大きな影が現れた。 

兵士の男が通信機で再び合図を送ると、壁の鉄柵は重々しい音を立てながら釣り上げられていく。
そして、その中から影がぬるりとしなやかな足取りで姿を現す。 

イギルはふと違和感を覚える。
姿を現したというのに、影がなのである。 

―――いや、違う。
あれは影ではない。 

黄色い眼を光らせるその黒い生き物は、腹を空かせているのか低く唸りながら鋭い牙を覗かせる。
イギルは、その生物を何度も目にしたことがあった。
ただし、それはゴウが連れてくる死んだ状態のものだったが。 

「こいつはパララウス。こいつに勝てば、両親に会わせてやる。」 

ヴァルバロが突きつけた条件は、身長130cmに満たない少女が、森の覇者である体長3mを超える魔物に勝つことだった。
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