赤星という男

鳴海弘法

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邂逅

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「よお湯浅。久し振りやな。」
 赤星将一は、今日のJPOPシーンを牽引する稀代の天才シンガーソングライターと言われている。つい先週、元女子バレーオリンピック代表選手との結婚が報じられ、日本中を驚かせた。
 6月の下旬。年々遅くなる梅雨入りは、7月になろうかという所で、昨日から漸く雨を降らせ始めた。今日は、出版社の担当編集と、次回作の小説について、打ち合わせがあった。赤星は都内のカフェを指定した。彼は、今日は雨だから外が見たいと言って、窓側の席に着いた。窓側が空いていたのは幸運だった。或いは、世間の人々は皆、陰鬱な雨など見たくはないのかもしれないと思った。
 すると、計画通り、硝子越しに懐かしい顔を見かけた。その姿を確認すると、少し席を外しますと言い残して、赤星は店を出たのだった。
 学生時代のような、派手な栗毛のパーマは、すっかり面影を無くしていた。しかし、180を超える背丈は、平均身長が高くなった若者の集団の中でも目立った。
「は?誰お前。あと、初対面の人には敬語使いな?」
「その失礼な態度は相変わらずなんやな。」
湯浅は、その巨体で赤星を見下ろした。図体だけではなく、態度も大きいのは、以前と少しも変わらなかった。変わっていない所はそれだけではない。垂れ下がった目尻と、丸く縮こまったような眉、そして気怠げな瞳が、赤星を不快にさせる。赤星にはそれが、緩慢な他者への冷笑と、高いプライドの混合物が滲出しているように思われた。
「いや、だから敬語な?」
「話の腰を折るな。覚えてないのも無理はないが、俺は赤星だ。8年前、同じバイト先にいたろ?」
「あぁ~。」
湯浅は、尻すぼみな母音を吐き出しながら、顎と目を僅かに右上に傾ける。今だにこの男が誰だか思い至っていないようだ。湯浅にとって顎で使っていたちびの先輩など、モブに等しいのだろう。
 加えて、彼は音楽にはさほど興味がなかった。流行りの曲が分かる程度だ。その曲の多くは、実際赤星のものだった。しかし、脳内にあるアカホシマサイチ像と、目の前の赤星を名乗る男が一致しなかった。
 それは、赤星のメディア露出が少ないせいもあるだろう。今の日本で、赤星の声を聞かない日は無いとまで言われている。しかし、それは逆に、彼の歌を人々の日常へと溶け込ませすぎた。意識しないものは、存在していないものと等しい。人の認識はその程度のものだ。
「あ~分かった。ユートピアの人な。アカホシマサイチな。」
湯浅の記憶にアカホシマサイチの存在を喚び起こしたのが、ユートピアだった。この曲は、彼が先月出した作品だった。アニメの主題歌だったが、それ以上にSNS上で大流行した。SNS上で消費される、バブルのような音楽を、赤星は軽蔑していた。そのため、ユートピアの流行り方は、彼にとっては不本意だった。
 しかし、湯浅の知る音楽は、まさしくそのような、SNS上で耳にする音楽なのだと、赤星は納得した。
「過去の無礼を詫びて、今すぐ土下座しろ。」
「は?」
「詫びろ。」
「いや、意味分からんし、芸能人か何か知らないが、通報するよ?マジで。」
「あれ、赤星さんじゃない?」
「え、マジ?どれ?」
「あれ、背高い人の横。」
少し離れた所で、2人の女性が、赤星を見つけて色めき立つ。いくら赤星が一世を風靡していようと、今日は雨だ。傘で顔は隠れているし、雨音で声も掻き消される。その上、赤星の声は、元々通りづらい声質だった。しかし、それでも気付く人は気付く。彼女たちは赤星将一の熱心なファンだった。「これ以上はいられないな。」
「そうかい、それが君の答えというわけだね。分かったよ。まぁ、来週を楽しみにしているといいさ。」
「あと、通報したとしても、捕まるのは君だろうね。それじゃ、俺はこの辺りでお暇するよ。」
 暫くの間、湯浅は怪訝な顔つきで赤星の背を眺めていたが、はっと我に返った。そして、よく分からない奴に時間を取られたと感じて、小さく舌打ちした。無論その音も、雨によって掻き消された。
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