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第四章 サディスト夫人の嗜虐
指先潰し(4)
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「ラクトン夫人は、あまり社交界に出てこないから、私も気がつかなかったわ…。だからセレンは、夜会や公的の場にもあまり姿を見せなかったのね。貴方は、王族の血を継ぐ淑女。元男爵令嬢に過ぎないラクトン夫人とは、血統が違いすぎるわ」
「継いでいると言っても、母方だけの事ですし…」
「リグレット卿は、移民出身の貴族のため地位は低いけど、父君の御生母は前国王の第三王女。もっとも、一度落飾されて神官筋となられたから、世間には秘匿されている…。とは言え、血統の良さは充分で、早い段階の貴族院入りを期待されているわ。
セレン、知っていて? 貴方には、王位継承権が有るのよ。順位こそは低いけれど、別にテオルースに嫁がなくても、ある程度の爵位のある相手なら、娘にノッデの称号を名乗らせる事が出来る。もちろん、このまま私の息子に嫁げば、将来の女王候補となるわ…」
ーーー私に、王位継承権が…?
考えてみれば、リグレット伯爵家は地位が低いわりに、カスティア王女派の派閥でそれなりの発言権を持っていた。何より、これ程までに領地が荒れ果てていても爵位を返上させられる事もなく、未だ地位を保って、更に格上となる侯爵を頂くのも、隠された血筋の良さが理由だろう。
セレンティアは、このような狂った公爵家に嫁いでしまう前に、少しでも自分の血統について考えておくべきだったと酷く後悔した。
もうこんな淫らな行いをしてしまい、屋敷に閉じ込められた無力な令嬢では、まだ先の婚約予定をひっくり返す事など出来はしない。
「こちらへいらっしゃい、衣装部屋へ案内するわ」
レイン侍女長に服を正され、部屋の外に出るように促された。レイチェル夫人は優しく手を取り、忌まわしい記憶の残る衣装部屋へと連れて行く。
中に入ると前よりも部屋は片付いており、レイン侍女長は奥の小部屋から、非常に細かな刺繍の施された真っ白なドレスや宝石箱を運んできた。
「貴方の花嫁道具よ。お父上が辺境伯夫人にお願いして作らせた、職人の手による一級品。
お祖母さまは、私の息子との婚約予定を、とても喜んでおられたわ。王妃さまでさえ、こんな上等な生地に触れる事が少ないくらいの出来栄え。装飾品は、貴方の亡くなられたお母さまの…。伯母上の遺品を何とか買い戻させて、貴方のために持たせたと聞いているわ…。正式な婚約の際に渡すように言われていたのだけれど、先にお見せするくらいなら許されるでしょうね」
「お母、さまの…」
渡された宝石箱を開いてみると、生前の母の胸元を飾っていた緑石の首飾りと、金の耳あてが収まっていた。色褪せていた石は磨き直され、新たに金細工が施されている。
「貴方はまだ、充分に若いわ。私の息子との婚約は、規定の年齢も満たさないし、まだ予定でしかない。若くて美しくて、どんなに酷くされても気高さを失わない高潔さと知性を備えている。
もちろん、テオルースと婚約する方が喜ばしいけれど、私が望んでいるのは、貴方が貴族院のトップとなり、カスティアベルン殿下のための片腕となる事。聖女とも呼ばれる、次期女王を支える令嬢が、私は欲しいだけよ…」
「私が、カスティア王女殿下の…? 確かに私は王女殿下に焦がれていました。けれど、そんな大きな存在ではないわ」
「経験が、不足しているだけだわ…。貴方はこれまでの酷くされた行いに対して。とてつもなく違和感を感じているかもしれないけれど。貴族同士のお遊びは、こんなものよ。
この国は女性上位で、女王が優遇される。過去の女王も即位まで婚礼が許されなかったせいで、女性を愛する者が多かったわ。リンやスウが、殿下の手元に置かれて居た事は知っていて? ベルン殿下はセレンティア・リグレット。貴方にも深い興味を抱いていてよ…」
聖なる赤茶色の瞳を讃えた、王位継承から排されている次期女王候補。貴族への常識や酷くされた行いの記憶よりも、確かな野心にセレンティアは心を奪われる。
「花奴隷の庭園の鍵を、貴方に渡しておくわ。
退屈な貴族たちは、性に奔放よ。セレンに不足しているのは酷くされる行いへの経験と知識だけ。どうして、花奴隷を上位貴族が囲って来たのか。どうして、酷くされる行いが普通なのか。社交界に出た姫君は、まず最初に学ばされる事実を、ゆっくりとあの子たちに教えて貰うといいわ」
紫水晶細工が施された鍵を手渡され、針を刺された指先が酷く傷んだ。この鍵を手にしてしまったら、この指先は目の前の夫人の手によって噛み砕かれ、二度と何も知らなかった頃の令嬢には戻れないだろう。
それでも深い野心と、自分の血統を知ってしまった気位とが警戒心を咎めてしまい、庭園の鍵を手の中に収めてしまった。受け渡したレイチェル夫人は、いつになく残忍な笑みを浮かべる。
「もう、侍女としてのお務めは不要よ。セレン。今日からは侯爵令嬢としての、贅沢な生活に慣れて頂くわ…。
もちろん、マナーの教育は行うけれど、屋敷の出入りも自由よ。もしも恋しくなったら、リグレット卿の元へでも、テオルースの寝台の上にでも戻って構わなくてよ」
指先の痛みが、女蛇に手足を絡め取られている事を教えてくれる。それでも、ここまで来た苦労や嫌な思い出。ちっぽけなプライドと野心がセレンティアの心を支え、手にした鍵を痛む手の平で強く握りしめた。
「承知しましたわ。リリーチェ姉さま。いえ、今日からは、レイチェル夫人とお呼び致します。
これからは、私の敬愛するベルン殿下の身元に置かれますよう、ご指導願いますわ」
二人の従姉妹は互いに手を繋ぎ、この国の今後の未来を誓い合う。お姫さまや結婚に焦がれ、優美な夢を語り合った幼い日々はもう遠く、計略のパートナーとしての従姉妹関係がここに生まれた。
第一部幕間
「継いでいると言っても、母方だけの事ですし…」
「リグレット卿は、移民出身の貴族のため地位は低いけど、父君の御生母は前国王の第三王女。もっとも、一度落飾されて神官筋となられたから、世間には秘匿されている…。とは言え、血統の良さは充分で、早い段階の貴族院入りを期待されているわ。
セレン、知っていて? 貴方には、王位継承権が有るのよ。順位こそは低いけれど、別にテオルースに嫁がなくても、ある程度の爵位のある相手なら、娘にノッデの称号を名乗らせる事が出来る。もちろん、このまま私の息子に嫁げば、将来の女王候補となるわ…」
ーーー私に、王位継承権が…?
考えてみれば、リグレット伯爵家は地位が低いわりに、カスティア王女派の派閥でそれなりの発言権を持っていた。何より、これ程までに領地が荒れ果てていても爵位を返上させられる事もなく、未だ地位を保って、更に格上となる侯爵を頂くのも、隠された血筋の良さが理由だろう。
セレンティアは、このような狂った公爵家に嫁いでしまう前に、少しでも自分の血統について考えておくべきだったと酷く後悔した。
もうこんな淫らな行いをしてしまい、屋敷に閉じ込められた無力な令嬢では、まだ先の婚約予定をひっくり返す事など出来はしない。
「こちらへいらっしゃい、衣装部屋へ案内するわ」
レイン侍女長に服を正され、部屋の外に出るように促された。レイチェル夫人は優しく手を取り、忌まわしい記憶の残る衣装部屋へと連れて行く。
中に入ると前よりも部屋は片付いており、レイン侍女長は奥の小部屋から、非常に細かな刺繍の施された真っ白なドレスや宝石箱を運んできた。
「貴方の花嫁道具よ。お父上が辺境伯夫人にお願いして作らせた、職人の手による一級品。
お祖母さまは、私の息子との婚約予定を、とても喜んでおられたわ。王妃さまでさえ、こんな上等な生地に触れる事が少ないくらいの出来栄え。装飾品は、貴方の亡くなられたお母さまの…。伯母上の遺品を何とか買い戻させて、貴方のために持たせたと聞いているわ…。正式な婚約の際に渡すように言われていたのだけれど、先にお見せするくらいなら許されるでしょうね」
「お母、さまの…」
渡された宝石箱を開いてみると、生前の母の胸元を飾っていた緑石の首飾りと、金の耳あてが収まっていた。色褪せていた石は磨き直され、新たに金細工が施されている。
「貴方はまだ、充分に若いわ。私の息子との婚約は、規定の年齢も満たさないし、まだ予定でしかない。若くて美しくて、どんなに酷くされても気高さを失わない高潔さと知性を備えている。
もちろん、テオルースと婚約する方が喜ばしいけれど、私が望んでいるのは、貴方が貴族院のトップとなり、カスティアベルン殿下のための片腕となる事。聖女とも呼ばれる、次期女王を支える令嬢が、私は欲しいだけよ…」
「私が、カスティア王女殿下の…? 確かに私は王女殿下に焦がれていました。けれど、そんな大きな存在ではないわ」
「経験が、不足しているだけだわ…。貴方はこれまでの酷くされた行いに対して。とてつもなく違和感を感じているかもしれないけれど。貴族同士のお遊びは、こんなものよ。
この国は女性上位で、女王が優遇される。過去の女王も即位まで婚礼が許されなかったせいで、女性を愛する者が多かったわ。リンやスウが、殿下の手元に置かれて居た事は知っていて? ベルン殿下はセレンティア・リグレット。貴方にも深い興味を抱いていてよ…」
聖なる赤茶色の瞳を讃えた、王位継承から排されている次期女王候補。貴族への常識や酷くされた行いの記憶よりも、確かな野心にセレンティアは心を奪われる。
「花奴隷の庭園の鍵を、貴方に渡しておくわ。
退屈な貴族たちは、性に奔放よ。セレンに不足しているのは酷くされる行いへの経験と知識だけ。どうして、花奴隷を上位貴族が囲って来たのか。どうして、酷くされる行いが普通なのか。社交界に出た姫君は、まず最初に学ばされる事実を、ゆっくりとあの子たちに教えて貰うといいわ」
紫水晶細工が施された鍵を手渡され、針を刺された指先が酷く傷んだ。この鍵を手にしてしまったら、この指先は目の前の夫人の手によって噛み砕かれ、二度と何も知らなかった頃の令嬢には戻れないだろう。
それでも深い野心と、自分の血統を知ってしまった気位とが警戒心を咎めてしまい、庭園の鍵を手の中に収めてしまった。受け渡したレイチェル夫人は、いつになく残忍な笑みを浮かべる。
「もう、侍女としてのお務めは不要よ。セレン。今日からは侯爵令嬢としての、贅沢な生活に慣れて頂くわ…。
もちろん、マナーの教育は行うけれど、屋敷の出入りも自由よ。もしも恋しくなったら、リグレット卿の元へでも、テオルースの寝台の上にでも戻って構わなくてよ」
指先の痛みが、女蛇に手足を絡め取られている事を教えてくれる。それでも、ここまで来た苦労や嫌な思い出。ちっぽけなプライドと野心がセレンティアの心を支え、手にした鍵を痛む手の平で強く握りしめた。
「承知しましたわ。リリーチェ姉さま。いえ、今日からは、レイチェル夫人とお呼び致します。
これからは、私の敬愛するベルン殿下の身元に置かれますよう、ご指導願いますわ」
二人の従姉妹は互いに手を繋ぎ、この国の今後の未来を誓い合う。お姫さまや結婚に焦がれ、優美な夢を語り合った幼い日々はもう遠く、計略のパートナーとしての従姉妹関係がここに生まれた。
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