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第六章 決別の選択肢
残っていた心
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「セレンティアったら、動揺してカップを落とすなんて…。すぐに片付けて下さる?」
硬直したままのセレンティアをそのままに、ターニアは小間使いに指示を出していく。それからドレスの埃を整えると小さな鞄を取り出し、銀色に輝く石が付いたペンチを持ち出した。
「さあ、カティーナ様の元に参りましょう」
「——どうして、飛び降りた彼女の元へ…?」
「忘れているの、セレンティア。公爵家のお茶会は、カティーナ様の爪を全て剥がさなくては終わらないのよ…」
酷く冷酷な笑みを浮かべたターニアは、セレンティアの腕を取って階下へと向かう。拍手の音はまだ止まず、廊下ではガス灯が明るく照らしていた。
「——手足を、骨折しているようね。肋骨が臓器に刺さっていて、治療してもまず生きられないでしょう。全身を打撲して、顔には大きな傷まで作っている…。でも、辛うじて息は有る」
バルコニーから落ちた場所に向かうと、三階からとはいえ庭園の土に助けられたのか、カティーナは泥に塗れながらも何とか生きていた。
ターニアには医学の知識もあるらしく、裾に土を付けながら状態を楽しそうに見続けた。
「……もう少し、落ちた場所が手前だったら、敷石の上で身体は醜く潰れていたのよ。助かったわ、危うく爪を剥がせなくなる所だった」
ターニアはポーチからペンチを取り出し、ハンカチーフに包んでから苦痛に呻くカティーナの右手を持ち上げ、親指の爪を引き剥がした。
爪を小さな宝石箱の中に収めてから、ペンチの血を拭き取ってセレンティアに手渡す。
「私が彼女の爪を剥がしたら、ターニアはどうなさるの?」
「どうって、飛び降りた彼女は罪を許される事を投げ出したわ…。もう奴隷の身分より低い、貴方が割ったティーカップのような存在。カティーナ様の処分の方法は、そちらにお任せするわ」
少しだけ震えてきた手でペンチを受け取り、血塗れだったカティーナの右手の薬指に差し入れる。上手く動かせずに何度か揺らしながら、三度目はキレイに爪を剥がせた。
そのままターニアの宝石箱に薬指の爪を収めて貰い、今にも意識を失いそうになる自分の心を抑え込む。
彼女に、恨みがないわけでは無い。この姿を哀れにさえ思うし、ターニアの事を冷酷な方だとさえ感じられる。セレンティアの中にまだ気弱な伯爵令嬢が残されていて、慈愛とか偽善な気持ちで彼女を救うべきだと訴えている。
ドレスで隠された胸元には、ネックレスに繋いだ花奴隷の鍵が眠っている。カティーナを救う道を取れば、自分が昨夜の悪趣味な裁判で裁かれ、レイチェル夫人は喜んで二十枚の爪を剥がすだろう…。
小脇には、明かり取りのための松明を手にした小間使いが控えている。ターニアは何も言葉を続けてはくれず、答えを待ち侘びていた。
「……セレン、ティア…?」
カティーナの比較的傷が少ない下腹部に手を伸ばし、セレンティアは取り付けられた張り型と小水の管を外す。それから別の小間使いに水を持って来させて、血と泥に塗れた身体を丁寧に拭いていく。
感謝の言葉を述べる彼女の声が、酷く耳障りだった。
「……この汚らわしい罪人に、火を放って頂戴」
松明を手にした小間使いは、躊躇する事もなくカティーナの髪に松明を近づけた。細い焔ではあったが火は広がり、今までの呻いた声が嘘のように叫び狂う。
「……せ、セレンティア!! 許して、許して下さい!! どうか、助けて、たす、けて…。火が、イヤ、熱い、セレンティア…」
庭師が追加の松明を持って現れ、小間使いが吹子のような物をカティーナに吹きかけていく。勢いを増した火はカティーナの髪を燃やし尽くすと、溢れていた血に絡まって少し勢いを落とした。
「い、いや…。こ、ころさないで、わたし。まだ、しにたく、な……。たすけて、ひ…、ひを! と、とめてください…」
手足が折れたままのカティーナは、首だけ動かして火に抗おうとする。小間使いの吹子が更に風を送り込み、身体全体が赤く包まれると声は収まった。
別の小間使いは庭からテーブルとイスを運び出し、冷たい果実水を並べた。いつもの無表情に戻ったターニアは無言で飲み続けたので、自分もそれに習って喉を潤した。
庭師は人を焼く事に手慣れているようで、ある程度身体が焼けた所で大きな木槌を持ち出した。それを勢いよく奮って四肢を叩きつけ、火が治まって来た所で鎌で切り付けて小さくする。
再び火が放たれ、不快な臭いが庭園に広がった。
1時間ほどそれは続き、最後に庭師が木槌で骨を砕いて土に混ぜ合わせ、赤いバラの咲いた花壇に肥料として撒いていく。
今まで何人がこの処分をされて来たのか、考えたくもない話だ。
「……結構な判断だったわ。最後は始末するようにあの女から命じられていたから、どうしようかと思っていたのよ。これで、二十枚の爪を王宮に持ち込めるわ」
外は、すっかり明るくなっていた。
ターニアは帰り支度を始めており、このまま公爵家に滞在するつもりも無いらしい。
「カスティア王女は、侍女ではなく剥がした爪がお好みなのね」
「あの女は、酷く変わっていてよ…。数日中には招待状を送るから、次は日当たりの良いお部屋でお会いしましょう…」
優雅にお辞儀をし、ターニアは立ち去って行く。送られる招待状は、カスティア王女のお茶会か。顔合わせか、どちらにしてもお目にかかりたくは無い代物だ。
「私にも、強い気持ちが有れば。貴方をこんな薔薇の中に閉じ込めさせる事なんて、無かったのにね…」
カティーナにせめてもの祈りを捧げ、セレンティアは庭内庭園へと向かう。
心は決まってしまったから、あとは花奴隷の鍵を開くだけだった。
硬直したままのセレンティアをそのままに、ターニアは小間使いに指示を出していく。それからドレスの埃を整えると小さな鞄を取り出し、銀色に輝く石が付いたペンチを持ち出した。
「さあ、カティーナ様の元に参りましょう」
「——どうして、飛び降りた彼女の元へ…?」
「忘れているの、セレンティア。公爵家のお茶会は、カティーナ様の爪を全て剥がさなくては終わらないのよ…」
酷く冷酷な笑みを浮かべたターニアは、セレンティアの腕を取って階下へと向かう。拍手の音はまだ止まず、廊下ではガス灯が明るく照らしていた。
「——手足を、骨折しているようね。肋骨が臓器に刺さっていて、治療してもまず生きられないでしょう。全身を打撲して、顔には大きな傷まで作っている…。でも、辛うじて息は有る」
バルコニーから落ちた場所に向かうと、三階からとはいえ庭園の土に助けられたのか、カティーナは泥に塗れながらも何とか生きていた。
ターニアには医学の知識もあるらしく、裾に土を付けながら状態を楽しそうに見続けた。
「……もう少し、落ちた場所が手前だったら、敷石の上で身体は醜く潰れていたのよ。助かったわ、危うく爪を剥がせなくなる所だった」
ターニアはポーチからペンチを取り出し、ハンカチーフに包んでから苦痛に呻くカティーナの右手を持ち上げ、親指の爪を引き剥がした。
爪を小さな宝石箱の中に収めてから、ペンチの血を拭き取ってセレンティアに手渡す。
「私が彼女の爪を剥がしたら、ターニアはどうなさるの?」
「どうって、飛び降りた彼女は罪を許される事を投げ出したわ…。もう奴隷の身分より低い、貴方が割ったティーカップのような存在。カティーナ様の処分の方法は、そちらにお任せするわ」
少しだけ震えてきた手でペンチを受け取り、血塗れだったカティーナの右手の薬指に差し入れる。上手く動かせずに何度か揺らしながら、三度目はキレイに爪を剥がせた。
そのままターニアの宝石箱に薬指の爪を収めて貰い、今にも意識を失いそうになる自分の心を抑え込む。
彼女に、恨みがないわけでは無い。この姿を哀れにさえ思うし、ターニアの事を冷酷な方だとさえ感じられる。セレンティアの中にまだ気弱な伯爵令嬢が残されていて、慈愛とか偽善な気持ちで彼女を救うべきだと訴えている。
ドレスで隠された胸元には、ネックレスに繋いだ花奴隷の鍵が眠っている。カティーナを救う道を取れば、自分が昨夜の悪趣味な裁判で裁かれ、レイチェル夫人は喜んで二十枚の爪を剥がすだろう…。
小脇には、明かり取りのための松明を手にした小間使いが控えている。ターニアは何も言葉を続けてはくれず、答えを待ち侘びていた。
「……セレン、ティア…?」
カティーナの比較的傷が少ない下腹部に手を伸ばし、セレンティアは取り付けられた張り型と小水の管を外す。それから別の小間使いに水を持って来させて、血と泥に塗れた身体を丁寧に拭いていく。
感謝の言葉を述べる彼女の声が、酷く耳障りだった。
「……この汚らわしい罪人に、火を放って頂戴」
松明を手にした小間使いは、躊躇する事もなくカティーナの髪に松明を近づけた。細い焔ではあったが火は広がり、今までの呻いた声が嘘のように叫び狂う。
「……せ、セレンティア!! 許して、許して下さい!! どうか、助けて、たす、けて…。火が、イヤ、熱い、セレンティア…」
庭師が追加の松明を持って現れ、小間使いが吹子のような物をカティーナに吹きかけていく。勢いを増した火はカティーナの髪を燃やし尽くすと、溢れていた血に絡まって少し勢いを落とした。
「い、いや…。こ、ころさないで、わたし。まだ、しにたく、な……。たすけて、ひ…、ひを! と、とめてください…」
手足が折れたままのカティーナは、首だけ動かして火に抗おうとする。小間使いの吹子が更に風を送り込み、身体全体が赤く包まれると声は収まった。
別の小間使いは庭からテーブルとイスを運び出し、冷たい果実水を並べた。いつもの無表情に戻ったターニアは無言で飲み続けたので、自分もそれに習って喉を潤した。
庭師は人を焼く事に手慣れているようで、ある程度身体が焼けた所で大きな木槌を持ち出した。それを勢いよく奮って四肢を叩きつけ、火が治まって来た所で鎌で切り付けて小さくする。
再び火が放たれ、不快な臭いが庭園に広がった。
1時間ほどそれは続き、最後に庭師が木槌で骨を砕いて土に混ぜ合わせ、赤いバラの咲いた花壇に肥料として撒いていく。
今まで何人がこの処分をされて来たのか、考えたくもない話だ。
「……結構な判断だったわ。最後は始末するようにあの女から命じられていたから、どうしようかと思っていたのよ。これで、二十枚の爪を王宮に持ち込めるわ」
外は、すっかり明るくなっていた。
ターニアは帰り支度を始めており、このまま公爵家に滞在するつもりも無いらしい。
「カスティア王女は、侍女ではなく剥がした爪がお好みなのね」
「あの女は、酷く変わっていてよ…。数日中には招待状を送るから、次は日当たりの良いお部屋でお会いしましょう…」
優雅にお辞儀をし、ターニアは立ち去って行く。送られる招待状は、カスティア王女のお茶会か。顔合わせか、どちらにしてもお目にかかりたくは無い代物だ。
「私にも、強い気持ちが有れば。貴方をこんな薔薇の中に閉じ込めさせる事なんて、無かったのにね…」
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