永遠の処女神シリーズ

和泉葉也

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神に手向ける小さき指輪

1.神との婚礼

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 とある学者は、こう言った。
 今、と言うものは何だ? 考えられるものは三つある。

「---一つは夢の世界、今は夢の中。
 二つ目は今は時間で動いている。でもそれは、太陽の運動から生まれた産物で、不確かなもの。
 今とは去り逝くもの。 
 三つ目は操られた世界。今とは別の世界が作ったもの---」

 それ以外の答えを求めようとしても、頭の中にちらほらと単語が浮かぶばかりで答えはない。
 四つ目の答えを知りたきゃ、カミサマにでも聞いてみな。
 遠くからの叫びを、答える相手はいない。どこへ叫んでも、どこへ行っても、遠くて、遠くて、聞こえやしない。
 何を言おうとしても聞こえないんだから、神様に聞いてみな。意地悪な言葉だよ、”返る”のない。

 だが、この物語にはきちんとカミサマが存在している。
 どこが人で、どこがカミサマかなんて分からない。
 何で統治しているのか、何で人を見ているのか……。

 それが、知りたかったらページをめくってごらん。
 一つの答えと、一つの言葉が浮かんでくる。そう、それは永遠に。

----------------------------------------------------------------------------- 

 豪華なお城には、美しいお姫様が住んでいました。
 なんて、付けるより仕方ないほどの宮殿と呼べるこの城には、たしかに美しい女性が住んでいる。

 どこまでも高い天井と、熟練の職人達が生涯をかけて彫り上げたとしか思えない、美麗な装飾。
 目のくらむような宝石を埋め込んだ城の内部には、意外なほどに植物が植えられており、それを支えるための大量の水が場内を流れ出ていた。
 空気は澄んでおり、人々穏やか。
 そんな夢のような家に居るのにもかかわらず、彼女はそれに負けない存在感と美しさを誇っていた。

 腰までの茶色の髪と透き通る茶の瞳。
 緩やかなラインには白いロングドレスを付け、上にはガウンを着る。
 少々背丈に欠けるのが難点だが、それぐらいで美しさが損なわれはしなかった。
 そして、あごに手を当てながら紅茶の一杯でも飲んでうたた寝をする、これが基本スタイル。
 彼女、つまりはこの城の主アンジェリナだった。

 一般的には、神と呼ばれている彼女ではあるが、本人にその自覚はない。
 あの世でカミサマと呼ばれているからといって、絶対的とか不可侵なんてわけもない。

 簡単に言ってしまえば、統治している人間だというだけで、凡人に近いのだ。
 多少、能力に差があれどもただの女の子。
 ただ、カミサマと呼ばれている人々の生き残りだというだけ。

 何をしているかと言えば、お茶を飲みながらうつらうつらとしているだけが日課である。  
 とはいえ、今回だけは特別だった。

「……アンジェリナ、あっちへ行っててください。ちっともお部屋の掃除が出来ない!」

 彼女の友人であり、侍女でもあるレミアが怒鳴り散らす。
 結わえられた長い黒髪に、枝毛でも出来そうな位のじめじめとした空気がこの部屋にはあった。

 言っても無駄と思ったレミアは、そのままアンジェリナの足元を拭き始める。
 生前は古代王朝の何不自由のない姫君だったレミアだが、死後は給金を貰って侍女としてこの神殿で働いていた。
 あの世、現界で暮らす人々は魂。だが、彼らはきちんとした実体を持っている人間である。

 物を掴むことも出来れば、食事をすることも可能。魂ではあるが生きている頃と変わりなかった。
 ただし、そこはあの世の世界。レミアのように、神に忠義をつくして転生することを好まない者も居れば、ただ転生する日を寝て待つばかりの魂も居る。

 また、働くことによって業を少なくし、転生する時間を早めようとするものも居た。
 レミアと、そしてその兄はその中でも、転生を拒否して現界の住民として生活している珍しい兄妹だった。
 元王女だっただけの美しさと、気高さを誇っている彼女だったが、結構勝気なところと行動派なところがうまい具合にアンジェリナの手綱を締めてくれている。

「……うん」

 時間をかけて力なく、アンジェリナがつぶやいた。
 だからといって、掃除の邪魔だからどくという考えは彼女にはなかった。

「ここ二、三日。ずっと顎から手が離れないのね。そんなに、緊張でもしているの?
 兄様との婚礼に。ま、明日が婚礼ともなればぐたぐだするわ」

 アンジェリナはスープでもすするかのように、チュルチュルと紅茶を飲んだ。
 彼女なりの、うんという返事である。

 当日もバタバタ、前日もバタバタがイヤだと彼女はすべての準備を明日にしてしまった。
 全部自分のわがままが原因なのだが、結婚するということはパーティーだと勘違いしていた彼女も彼女である。
 とはいえ、ここはあの世。

 結婚どころか役所すらないため、システムが分からなくても無理は無かった。
 微かにため息を漏らしているアンジェリナを見て、レミアはくすっと笑いながらフキンとほうきを持って帰っていった。
 レミアが出て行くのをじとと見つめながら、アンジェリナはだぁーと息を吐いた。
 侍女とご主人、姉と妹として話すのではワケが違う。

「……あの子が私の妹に、私が姉に。そして私はあの子の兄の妻となるわけだ」

 レミアの兄、シェリグリティ・イルヴァはアンジェリナの守り役を勤めている。
 言ってしまえば、護衛なのだが長年付き合っているうちにお互い好き合い始めてしまったのだ。
 妹のレミアが王族であるように、兄のシェリグリティも王族。

 それも、彼は国王だったお人柄であるからして、立場から言えば、あの世を統率しているアンジェリナとスケールは違っていても暮らしはそんなに変わりはしなかった。
 話が合うのも当然。知り合って数年で、彼らはあの世でも異例の結婚をすることになった。

 といっても、形だけのもので、実際に夫婦生活がどうのこうのとか、戸籍がどうのこうのということはない。
 神と婚礼。なんて、石でも飛んできそうな話だが、統率しているアンジェリナ自身がそれで良いと言っているのだから誰も文句をいうものは居ない。
 また、シェリグリティ自身も過去に善政を敷いていてだけあって、住民の人気も高かった。
 ようするに、二人がかまわなければ現界の住民に文句は無かったのである。
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