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第一章 退屈なクイーンと呼ばれた姫君
王の義弟(5)
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「―――やれやれ、今日は来客が多い日だね」
書物を数ページめくった所で、ご満悦の叔父上様が小部屋から姿を現す。
引っ越しの準備は滞りなく済んだようだが、我が国の将軍が侍女の住まいを寝床にするとは随分な話である。
とはいえ、リリスも侍女長だったため人並み程度には部屋の広さを保っていたので、暮らすには多少の余裕はあったのかもしれない。
「侍女長殿は、思っていたよりも乙女だったようだ。
案外、この小さな部屋の住み心地も、悪いものではないかもしれないな」
「ボクが蝶番を壊すのが早いか、叔父上が扉の補強をするのが早いか次第だね。調度品はお下がりだけど、リリスのセンスで整えられた部屋の居心地は、そんなに悪くもないと思うよ。バスルームは少し、狭いけどね」
オーカスは小部屋の扉を開け閉めしては、こちらとの行き来を楽しんだ。
悪趣味な事を考え付いた元老院の長老たちがこの場に現れたら、パイでも顔に投げつけてやりたい所だった。
「そのようだな。改装が済むまでは、姪御殿の部屋の物を借りるとしよう」
「まあいいけどね、叔父上の役割は婚約者候補共の首の縄だと思って諦めるとするよ。
ボクが出走馬の誰かと婚姻を結べば、王家は万事解決。と言ったところだけど、侍女としての教育しか受けてこなかったリリスティンを姫として育てなおすのもかねてのレース……なんだろうね」
「神官筋の娘では、元老院も侍女に収まらせておくわけにもいかぬ。ルブライト家は先の戦で多大な成果を上げた事にして、侯爵位を賜ったそうだ」
「リリスが侯爵令嬢になり、義兄上のアキニムがウォム(爵位)を受けるとは、大出世コースだ。
炊事場の噂話どころか、城下の掲示板に張り付けられるビッグニュースだよ」
ソファーにもたれるエリヴァルを肩に寄せ、オーカスは少しだけ叔父としての顔に戻る。暗い影の中、時折見せる真摯な瞳がヘリティギア女王を思い出させた。
「お前がどうしても不服なら、候補者とやらを退けても構わないが……」
「そうして貰いたい所だけど、リリスの手前。レースとやらに参加しないで読書に興じるわけにもいかないよ。流行り病の継承者不足、とはされているけど、隣国の策略な可能性だってあり得ない話じゃないし、震えながら籠の鳥にでもなってみるさ」
母が女王となりやがて姉も嫁いでいき数年、本来なら父の姉が王位を継ぐか、父が王になり自分が姫となる。後ろ盾の弱い母君は、不義の子である姉姫まで産んでいたくらい、王位とは遠ざかっていたはずだった。
ーーー次期女王候補が姉に懸想をしていて、更に数年経過しても1人身では、御老体は不安になるだろうね。
「まあ、こちらとしては好都合と言えるがな」
「叔父上はシード選手だからね。しかも、候補者の1人のアキニムはボクが好みではないし、向こうも隠しているけど……リリスがご執心と有利な事ばかりだ」
抱き寄せられた身体はオーカスの膝へと運ばれ、ガウンの暖かみが肌に伝わってくる。
エリヴァルの蜜色の髪に指先で触れながら、その反応を楽しんでいるようだった。
「……お前は姉を好いていたようだが、向こうはそれを知らないままで、気持ちが本気になりかけていたそうだ。だから、お前とは会えないし会いたくはない。恋敵にだけ語ってくれた、姉姫の言葉だ」
「そっか……。あの強情は鈍感だったからな」
知らずと涙が溢れてきた。薄紫色の髪を揺らした姉は、子を成したとしても王宮には、オーファルゴートへは帰って来ないだろう。有るとしたらその子供が、エリヴァルの子とつがいになる時に面影を見るだけ。
歯車がかち合った時がくれば、いつかひと目でもお会い出来る日は来るのだろうか。
そっとお腹に手を当てて、まだ誰も居ない場所の音を感じる。願わくば希望が叶いますようにと。
書物を数ページめくった所で、ご満悦の叔父上様が小部屋から姿を現す。
引っ越しの準備は滞りなく済んだようだが、我が国の将軍が侍女の住まいを寝床にするとは随分な話である。
とはいえ、リリスも侍女長だったため人並み程度には部屋の広さを保っていたので、暮らすには多少の余裕はあったのかもしれない。
「侍女長殿は、思っていたよりも乙女だったようだ。
案外、この小さな部屋の住み心地も、悪いものではないかもしれないな」
「ボクが蝶番を壊すのが早いか、叔父上が扉の補強をするのが早いか次第だね。調度品はお下がりだけど、リリスのセンスで整えられた部屋の居心地は、そんなに悪くもないと思うよ。バスルームは少し、狭いけどね」
オーカスは小部屋の扉を開け閉めしては、こちらとの行き来を楽しんだ。
悪趣味な事を考え付いた元老院の長老たちがこの場に現れたら、パイでも顔に投げつけてやりたい所だった。
「そのようだな。改装が済むまでは、姪御殿の部屋の物を借りるとしよう」
「まあいいけどね、叔父上の役割は婚約者候補共の首の縄だと思って諦めるとするよ。
ボクが出走馬の誰かと婚姻を結べば、王家は万事解決。と言ったところだけど、侍女としての教育しか受けてこなかったリリスティンを姫として育てなおすのもかねてのレース……なんだろうね」
「神官筋の娘では、元老院も侍女に収まらせておくわけにもいかぬ。ルブライト家は先の戦で多大な成果を上げた事にして、侯爵位を賜ったそうだ」
「リリスが侯爵令嬢になり、義兄上のアキニムがウォム(爵位)を受けるとは、大出世コースだ。
炊事場の噂話どころか、城下の掲示板に張り付けられるビッグニュースだよ」
ソファーにもたれるエリヴァルを肩に寄せ、オーカスは少しだけ叔父としての顔に戻る。暗い影の中、時折見せる真摯な瞳がヘリティギア女王を思い出させた。
「お前がどうしても不服なら、候補者とやらを退けても構わないが……」
「そうして貰いたい所だけど、リリスの手前。レースとやらに参加しないで読書に興じるわけにもいかないよ。流行り病の継承者不足、とはされているけど、隣国の策略な可能性だってあり得ない話じゃないし、震えながら籠の鳥にでもなってみるさ」
母が女王となりやがて姉も嫁いでいき数年、本来なら父の姉が王位を継ぐか、父が王になり自分が姫となる。後ろ盾の弱い母君は、不義の子である姉姫まで産んでいたくらい、王位とは遠ざかっていたはずだった。
ーーー次期女王候補が姉に懸想をしていて、更に数年経過しても1人身では、御老体は不安になるだろうね。
「まあ、こちらとしては好都合と言えるがな」
「叔父上はシード選手だからね。しかも、候補者の1人のアキニムはボクが好みではないし、向こうも隠しているけど……リリスがご執心と有利な事ばかりだ」
抱き寄せられた身体はオーカスの膝へと運ばれ、ガウンの暖かみが肌に伝わってくる。
エリヴァルの蜜色の髪に指先で触れながら、その反応を楽しんでいるようだった。
「……お前は姉を好いていたようだが、向こうはそれを知らないままで、気持ちが本気になりかけていたそうだ。だから、お前とは会えないし会いたくはない。恋敵にだけ語ってくれた、姉姫の言葉だ」
「そっか……。あの強情は鈍感だったからな」
知らずと涙が溢れてきた。薄紫色の髪を揺らした姉は、子を成したとしても王宮には、オーファルゴートへは帰って来ないだろう。有るとしたらその子供が、エリヴァルの子とつがいになる時に面影を見るだけ。
歯車がかち合った時がくれば、いつかひと目でもお会い出来る日は来るのだろうか。
そっとお腹に手を当てて、まだ誰も居ない場所の音を感じる。願わくば希望が叶いますようにと。
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