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第五章 次代の女王と最後の別れ

待ち合わせのメッセージ(1)

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 朝からずっと、熱が出ていた。
 込み上げるように胸が痛くて、喉の奥がつっかえて何も考えられない。
 時折、額に冷たい布が当てられ、懐かしい匂いが鼻腔をくすぐって目を覚まさせる。

「ーー陛下」
 そこには、王冠を外して錫杖を持たない、質素なドレスだけを身に纏った女性が酷く疲れた様子で腰掛けていた。

「……夢を、見ていたんだ。母上の子爵家にベリウスと叔父上が居て、母上の焼き菓子を食べながら二人で口喧嘩なんかしているんだ…。
 ボクも姉上もただの姫君で、王室なんかと離れて自由に野山を走っている。遠乗りしたり、川遊びをしながら楽しんでいたのに、ある日衛兵が現れて、姉上を連れ去ってしまうんだ。ボクは泣きながら追いかけるのだけど、ベリウスは振り返りもしないで遠ざかっていく…」

 母上が即位した後、体調を崩してしまったり、疲れて眠ってしまった時に陛下の匂いを感じた時があった。
 夢だとばかり思っていたけれど、あれは、あの人が私の元へ様子を見に来てくれた際の香りだった。

「気がつかれないように、王女が心配で見に来てくれていたなんて、酷い王さまだよ…。
 ボクは何度も貴方を恨んで、部屋で罵ってやった事さえあったのに、ベリウスのために配慮して動いて、エリヴァルには何の疑問も抱かせないまま、アリサ姫を産ませるだなんて…。意地っ張りにも程があるよ」

「ベリウスが強情なのは、よく知っているでしょう? あの子の意思を、止められるはずもないわ。エリヴァルイウス。…王は、お前に何もしてやれないのよ」
「確かに強情だね、陛下が何かを告げた所で気持ちを曲げやしないよ。ボクの気持ちだけを繋ぎ止めて……」

 愚痴を溢していくと、少しだけ胸のつかえが取れていった。横を向き、気がつかれないように涙を拭いて起き上がり、美しかった髪に白髪が混じり、深い皺が刻まれた頬を撫でて大きく息を吸った。

「……こんなになるまで、追い詰められて。母さまは、政務はおつらかったでしょうに」
「お前が、カスティア王女に囚われていた時の方がずっと大変だったはずよ」
「あんなの、何でもないよ。母さまのおかげで姉上が来てくれて、ボクは救われたんだ」

 小脇に置かれた水を飲み、髪を整えて服を正す。
 そっとお腹に触れて、まだ動き出しはしない命の鼓動を感じ取った。

「まだ医師には診て貰ってないけど、ボクは王を宿したよ。叔父上の子種を貰って、少しずつ大きくなっていったんだ。
 夏がくれば金色の髪をした、男の子が産まれる。やがて、この国の王となる運命の子供だよ」

 少しだけ陛下は驚いて、エリヴァルの頬に祝福のキスを贈った。アリサ姫と結ばれる事が定められた、最初で最後の我が子。

「子を孕んで、次代に繋げる準備も出来た。
 ボクは……。私はヘリティギア女王の後を継いで、イウス王となる。我が子が王となるまでの間、短い期間だけれど…。この国を愛し、共に支えて、守り抜いてみせると陛下に誓うわ」

 宣言を終えると、女王は跪いてエリヴァルにかしずいた。戴冠式はまだ先になるが、王冠を飾らなくとも前王が承認すれば王位は移り変わり、ヘリティギア女王の意志は娘に継がれた。
 医師の準備と支度の用意が指示され、かつての住まいを後にして王の居室へと移り住んでいく。

 僅かな侍女以外、誰にも入室を許されない牢獄の檻の前には屈強な兵士達が門を構え、夜着姿のままのエリヴァルに膝をついて扉を開くための許しを乞う。鍵が解かれ、重い扉が開いて行くと、アーガイル柄の廊下が姿を見せた。

 金の細工と花飾りが取り付けられた窓を抜け、王のための居城へと入っていく。生涯をこの場所で過ごす従僕が扉を開き、赤いカーテンとベールに覆われた住まいに辿り着いた。
 王と目を合わせる事も口を利く事でさえも許されない従僕たちは、エリヴァルの手を抱いて許しを乞い、夜着を脱がせて王の衣装を身に纏わせる。

 頭上に輝くは彼女が即位するためだけに作られた、銀の王冠。赤い宝石が散りばめられた錫杖を握らされ、耳飾りを付けると銀のメダルが首にかけられた。

 この居城は、王とその伴侶以外は家族でさえも入る事は許されない孤独な部屋。
 話し相手となる侍女以外は誰からも語りかける事はなく、退位が決まればその日のうちに明け渡される場所。
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