45 / 49
第五章 次代の女王と最後の別れ
消えていった影踏み(1)
しおりを挟む
戴冠式を終え、エリヴァルは正式にイウス女王として即位した。
次代の王を宿した女王の住まいは別の空き部屋となり、ニーナとレインがそのまま従僕として侍女用の小部屋に移り住む。
王弟オーカスは王代行位の摂政となり、イウス王の命により古い体制の居城の維持と従僕の処刑を望んだ貴族や元老院達の首を刎ね、婚礼は行われないまま次代の王の後継人となる事を宣言した。
前女王のヘリティギアは辺境伯の元で第一王女の看護に向かい、リリスが侍女兼乳母として、アキニムが護衛となりそれに付き添った。
ニオブやノース達が新しい元老院の指導者に就任した頃にはお腹の王子は順調に育ち、少しづつ身体の動きも感じられるようになった。
「夜分に失礼する。陛下に、前女王の辺境伯領への送迎の任が無事に完了したことを報告しても、許されるか」
「……許すも何も、女王の居室の扉を勝手に開けて入ってきているんだから、完全に不敬罪だよ」
二人にお腹の様子を聞かせていたエリヴァルは、少しだけ重くなってきた身体を支えて無礼な王代行と久しぶりの口づけを交わす。
ニーナとレインは初めて見る相手に恐怖し、すぐ柱の隅に隠れてしまった。
「彼は、ルノルバの父君だよ。前女王陛下の義弟でもある。
わかるかい、陛下の弟だ。見た目は確かに怖いかもしれないけど、私の手足となる王代行だよ」
「……へいか、おとうと……?」
「それも、ルノーの父君。お父さんだよ」
ようやく警戒心が解け、二人揃ってオーカスの前に膝をついて礼の姿勢を取る。
「この二人が、噂に聞く王のための従僕の一族か……」
「銀色の髪をした子がレイン、薄く茶色がかった子がニーナだよ。てっきり母上の元で暮らすと思っていたんだけど、自分たちの使命は王の世話係だって聞かなくてね。
二人ともとても優秀で、侍女も小間使いも何も必要なく、女王として快適な日々を過ごさせてもらっているよ。恐ろしい事に誰の指導の賜物か、閨の世話まで完璧と来ている……母上は困惑されただろうね」
新しい住まいに移り住んだ夜に、ニーナとレインは女王の寝室に潜り込んできてエリヴァルの身体をそれは強く攻め立ててきた。
ヘリティギアは何とか説得して一緒に眠るだけで済ませていたらしいが、それを教え込むにはしばらく時間がかかりそうだ。
「まさかとは思うが、カスティア王女が従僕の候補者に指導を……?」
「自分が王になった時、従僕として恭順で在るように徹底的にご調教されたんだろうね。
後で気付いたのだけど、二人は伯母上の部屋でずっと飼われていた子だったんだ。当時はボクも自分の事で精一杯だったし、古傷を見られるまで二人とも忘れていたらしい。気づいてからは物凄く懐かれてしまって、毎晩二人を止めるのに苦労しているよ……」
カスティアの住まいには当時いくつかの子部屋があり、従僕の二人以外にもたくさんの愛妾が暮らしていた。
今では改築されて倉庫とリリスの部屋に替わり、元の大部屋もフレドリクスが色々手を加えていったので面影はほとんどなくなった。
「亡き国王と王妃の苦悩が感じ取れるな……。女王となるべく育て上げた娘がこれでは、王位をランベル殿下にと考えるのも無理はない。
それを王に認めさせたら、すぐに玉座は替わってしまうからな」
「二人とも、物凄い使い手だよ。他国の王に派遣させたら、すぐ陥落させてしまうくらいだし、自分を自制できるようになるまでは、ボクの部屋に閉じこもったままかな。
それより、姉上のご様子とアリサ姫はどうだったの?」
「お前の姉は、ずっと臥せったままだ。容体は良くないが、義姉と侍女長殿が来た事を喜んでいたそうだ。
アリサ姫は順調に育っていて、目は母親と同じ赤い瞳をしていた。芯の強そうな御子だったよ」
「……そうか。姉上と同じでちょっと嬉しい。いつかはお会いしてみたいけれど、大きくなるまでは、向こうも長旅は出来そうにないからね。ルノのお嫁さんか……」
赤い瞳に赤い髪、気性も激しそうな子だろうか。
自分の孫が生まれる頃には、エリヴァルは決してその姿を見る事は出来ないけれど、きっと可愛らしい子を産んでくれるのだろう。
「ルノルバ=ウォーラムと、子種を授けた特権で名を決めさせて貰ったわけだが。本当に、夏になれば王子が生まれてくるのか?」
「うん、姉上はこの子の姿を見る事はなくお隠れになるけど、産まれてくる子供は金色の髪をした男の子だ。ボクにはわかる、女王だからね……。
母上も、ボクをお腹に宿したときは、ある種の予言みたいな力があったと聞いているから、名前はルノルバでいいんだ。将来はウォーラム王として即位する事が決められた、運命の王子だよ」
オーカスは自分の息子の住まうエリヴァルの腹に触れ、鼓動の息吹を感じ取る。
春が過ぎて夏が近づくと、悲しい別れを迎えてから王子はオーファルゴートの地に降り立つ。
生涯の伴侶も、未来の国王の地位も決められた御子となる息子に、少しだけ後悔を思いながらまだ小さな膨らみを、そっと撫でた。
次代の王を宿した女王の住まいは別の空き部屋となり、ニーナとレインがそのまま従僕として侍女用の小部屋に移り住む。
王弟オーカスは王代行位の摂政となり、イウス王の命により古い体制の居城の維持と従僕の処刑を望んだ貴族や元老院達の首を刎ね、婚礼は行われないまま次代の王の後継人となる事を宣言した。
前女王のヘリティギアは辺境伯の元で第一王女の看護に向かい、リリスが侍女兼乳母として、アキニムが護衛となりそれに付き添った。
ニオブやノース達が新しい元老院の指導者に就任した頃にはお腹の王子は順調に育ち、少しづつ身体の動きも感じられるようになった。
「夜分に失礼する。陛下に、前女王の辺境伯領への送迎の任が無事に完了したことを報告しても、許されるか」
「……許すも何も、女王の居室の扉を勝手に開けて入ってきているんだから、完全に不敬罪だよ」
二人にお腹の様子を聞かせていたエリヴァルは、少しだけ重くなってきた身体を支えて無礼な王代行と久しぶりの口づけを交わす。
ニーナとレインは初めて見る相手に恐怖し、すぐ柱の隅に隠れてしまった。
「彼は、ルノルバの父君だよ。前女王陛下の義弟でもある。
わかるかい、陛下の弟だ。見た目は確かに怖いかもしれないけど、私の手足となる王代行だよ」
「……へいか、おとうと……?」
「それも、ルノーの父君。お父さんだよ」
ようやく警戒心が解け、二人揃ってオーカスの前に膝をついて礼の姿勢を取る。
「この二人が、噂に聞く王のための従僕の一族か……」
「銀色の髪をした子がレイン、薄く茶色がかった子がニーナだよ。てっきり母上の元で暮らすと思っていたんだけど、自分たちの使命は王の世話係だって聞かなくてね。
二人ともとても優秀で、侍女も小間使いも何も必要なく、女王として快適な日々を過ごさせてもらっているよ。恐ろしい事に誰の指導の賜物か、閨の世話まで完璧と来ている……母上は困惑されただろうね」
新しい住まいに移り住んだ夜に、ニーナとレインは女王の寝室に潜り込んできてエリヴァルの身体をそれは強く攻め立ててきた。
ヘリティギアは何とか説得して一緒に眠るだけで済ませていたらしいが、それを教え込むにはしばらく時間がかかりそうだ。
「まさかとは思うが、カスティア王女が従僕の候補者に指導を……?」
「自分が王になった時、従僕として恭順で在るように徹底的にご調教されたんだろうね。
後で気付いたのだけど、二人は伯母上の部屋でずっと飼われていた子だったんだ。当時はボクも自分の事で精一杯だったし、古傷を見られるまで二人とも忘れていたらしい。気づいてからは物凄く懐かれてしまって、毎晩二人を止めるのに苦労しているよ……」
カスティアの住まいには当時いくつかの子部屋があり、従僕の二人以外にもたくさんの愛妾が暮らしていた。
今では改築されて倉庫とリリスの部屋に替わり、元の大部屋もフレドリクスが色々手を加えていったので面影はほとんどなくなった。
「亡き国王と王妃の苦悩が感じ取れるな……。女王となるべく育て上げた娘がこれでは、王位をランベル殿下にと考えるのも無理はない。
それを王に認めさせたら、すぐに玉座は替わってしまうからな」
「二人とも、物凄い使い手だよ。他国の王に派遣させたら、すぐ陥落させてしまうくらいだし、自分を自制できるようになるまでは、ボクの部屋に閉じこもったままかな。
それより、姉上のご様子とアリサ姫はどうだったの?」
「お前の姉は、ずっと臥せったままだ。容体は良くないが、義姉と侍女長殿が来た事を喜んでいたそうだ。
アリサ姫は順調に育っていて、目は母親と同じ赤い瞳をしていた。芯の強そうな御子だったよ」
「……そうか。姉上と同じでちょっと嬉しい。いつかはお会いしてみたいけれど、大きくなるまでは、向こうも長旅は出来そうにないからね。ルノのお嫁さんか……」
赤い瞳に赤い髪、気性も激しそうな子だろうか。
自分の孫が生まれる頃には、エリヴァルは決してその姿を見る事は出来ないけれど、きっと可愛らしい子を産んでくれるのだろう。
「ルノルバ=ウォーラムと、子種を授けた特権で名を決めさせて貰ったわけだが。本当に、夏になれば王子が生まれてくるのか?」
「うん、姉上はこの子の姿を見る事はなくお隠れになるけど、産まれてくる子供は金色の髪をした男の子だ。ボクにはわかる、女王だからね……。
母上も、ボクをお腹に宿したときは、ある種の予言みたいな力があったと聞いているから、名前はルノルバでいいんだ。将来はウォーラム王として即位する事が決められた、運命の王子だよ」
オーカスは自分の息子の住まうエリヴァルの腹に触れ、鼓動の息吹を感じ取る。
春が過ぎて夏が近づくと、悲しい別れを迎えてから王子はオーファルゴートの地に降り立つ。
生涯の伴侶も、未来の国王の地位も決められた御子となる息子に、少しだけ後悔を思いながらまだ小さな膨らみを、そっと撫でた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
猫と笑顔とミルクティー~あの雨の日に~
咲良緋芽
恋愛
あの雨の日に、失恋しました。
あの雨の日に、恋をしました。
捨てられた猫と一緒に。
だけど、この恋は切な過ぎて……。
――いつか、想いが届くと願ってます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約者には愛する女がいるらしいので、私は銀狼を飼い慣らす。
王冠
恋愛
マナベルには婚約者がいる。
しかし、その婚約者は違う女性を愛しているようだ。
二人の関係を見てしまったマナベルは、然るべき罰を受けてもらうと決意するが…。
浮気をされたマナベルは幸せを掴むことが出来るのか…。
※ご都合主義の物語です。
いつもの如く、ゆるふわ設定ですので実際の事柄等とは噛み合わない事が多々ありますのでご了承下さい。
R18ですので、苦手な方はお控え下さい。
また、作者の表現の仕方などで不快感を持たれた方は、すぐにページを閉じて下さい。
浮気疑惑でオナホ扱い♡
掌
恋愛
穏和系執着高身長男子な「ソレル」が、恋人である無愛想系爆乳低身長女子の「アネモネ」から浮気未遂の報告を聞いてしまい、天然サドのブチギレセックスでとことん体格差わからせスケベに持ち込む話。最後はラブラブです。
コミッションにて執筆させていただいた作品で、キャラクターのお名前は変更しておりますが世界観やキャラ設定の著作はご依頼主様に帰属いたします。ありがとうございました!
・web拍手
http://bit.ly/38kXFb0
・X垢
https://twitter.com/show1write
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/sf.png?id=74527b25be1223de4b35)
クトゥルフ神話trpg世界で無双はできますか?→可もなく不可もなし!
葉分
SF
君たちはクトゥルフ神話trpgというものを知っているだろうか?
プレイヤーが探索者を作り、そのキャラのロールプレイを行いシナリオという非日常を体験し遊ぶゲームである。
簡単に言えばダイスを振ったり、ロールプレイして謎の部屋から出たり、化け物をぶっ倒したり、そいつらから逃げたりしてハラハラ、ワクワクを楽しむものだ。
この物語はマジもんのクトゥルフtrpgの世界に入り込んだ1人のプレイヤーが死亡ロストせず楽しく無事生還しようと笑い、苦しみ、踠き続ける物語である。
⚠︎物語の都合上、さまざまなCOCシナリオのネタバレと個人的なクトゥルフ神話の解釈が含まれます。ご理解の上でご覧ください。
本作は、「 株式会社アークライト 」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『クトゥルフ神話TRPG』の二次創作物です。
使用するシナリオは配信サービスなどで使用許可が出ているものを使用しております。
子どもじゃないから、覚悟して。~子爵の息子、肉屋の倅を追い詰める。~
織緒こん
BL
拙作『カリスマ主婦の息子、王様を餌付けする。』のスピンオフ。
肉屋の倅シルヴェスタは、今年三十歳になる働き盛りの男である。王弟殿下の立太子の儀で国中が湧き立つ中、しばらく国を離れていた弟分が帰国してきた。
弟分⋯⋯アイゼン子爵家の三男フレッドは、幼い日に迷子になっていたところを保護されて以来、折に触れてシルヴィーにアピールしていたものの、十二歳の歳の差もあって、まったく相手にされていない。
「もう僕は子どもじゃない」
一途なフレディは、シルヴィーに宣戦布告をするのだった。
物憂げで優美な青年 × 童顔細マッチョ
⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂
前作を未読の方でも楽しんでいただけると思いますが、ふたりの出会いは『カリスマ主婦の息子、王様を餌付けする。』にて詳しく書かれています。ご好評いただき、調子に乗ってスピンオフを始動いたします!
とか書いていましたが、前作のストーリーが強く絡んでまいりました。ちょっと長いですがお読みいただくとよりわかりやすくなると思われます。
attention‼︎
『えっちはえっちに書こう』をスローガンにしています。該当シーンはなるべく話数を跨がないよう調整してお届けします。十八歳未満のお嬢様、えちえちが苦手な方は『✳︎マーク』を目安にご自衛ください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄された令嬢は、それでも幸せな未来を描く
瑞紀
恋愛
伯爵の愛人の連れ子であるアイリスは、名ばかりの伯爵令嬢の地位を与えられていたが、長年冷遇され続けていた。ある日の夜会で身に覚えのない婚約破棄を受けた彼女。婚約者が横に連れているのは義妹のヒーリーヌだった。
しかし、物語はここから急速に動き始める……?
ざまぁ有の婚約破棄もの。初挑戦ですが、お楽しみいただけると幸いです。
予定通り10/18に完結しました。
※HOTランキング9位、恋愛15位、小説16位、24hポイント10万↑、お気に入り1000↑、感想などなどありがとうございます。初めて見る数字に戸惑いつつ喜んでおります。
※続編?後日談?が完成しましたのでお知らせ致します。
婚約破棄された令嬢は、隣国の皇女になりました。(https://www.alphapolis.co.jp/novel/737101674/301558993)
復讐溺愛 ~御曹司の罠~
深冬 芽以
恋愛
2年間付き合った婚約者・直《なお》に裏切られた梓《あずさ》。
直と、直の浮気相手で梓の部下でもあるきらりと向き合う梓は、寄り添う2人に妊娠の可能性を匂わせる。
居合わせた上司の皇丞《おうすけ》に、梓は「直を愛していた」と涙する。
「俺を使って復讐してやればいい」
梓を慰め、庇い、甘やかす皇丞の好意に揺れる梓は裏切られた怒りや悲しみからその手を取ってしまう。
「あの2人が羨むほど幸せになりたい――――」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる