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第五章 次代の女王と最後の別れ

消えていった影踏み(1)

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 戴冠式を終え、エリヴァルは正式にイウス女王として即位した。
 次代の王を宿した女王の住まいは別の空き部屋となり、ニーナとレインがそのまま従僕として侍女用の小部屋に移り住む。

 王弟オーカスは王代行位の摂政となり、イウス王の命により古い体制の居城の維持と従僕の処刑を望んだ貴族や元老院達の首を刎ね、婚礼は行われないまま次代の王の後継人となる事を宣言した。
 前女王のヘリティギアは辺境伯の元で第一王女の看護に向かい、リリスが侍女兼乳母として、アキニムが護衛となりそれに付き添った。
 ニオブやノース達が新しい元老院の指導者に就任した頃にはお腹の王子は順調に育ち、少しづつ身体の動きも感じられるようになった。


「夜分に失礼する。陛下に、前女王の辺境伯領への送迎の任が無事に完了したことを報告しても、許されるか」
「……許すも何も、女王の居室の扉を勝手に開けて入ってきているんだから、完全に不敬罪だよ」
 二人にお腹の様子を聞かせていたエリヴァルは、少しだけ重くなってきた身体を支えて無礼な王代行と久しぶりの口づけを交わす。
 ニーナとレインは初めて見る相手に恐怖し、すぐ柱の隅に隠れてしまった。

「彼は、ルノルバの父君だよ。前女王陛下の義弟でもある。
 わかるかい、陛下の弟だ。見た目は確かに怖いかもしれないけど、私の手足となる王代行だよ」
「……へいか、おとうと……?」
「それも、ルノーの父君。お父さんだよ」

 ようやく警戒心が解け、二人揃ってオーカスの前に膝をついて礼の姿勢を取る。

「この二人が、噂に聞く王のための従僕の一族か……」
「銀色の髪をした子がレイン、薄く茶色がかった子がニーナだよ。てっきり母上の元で暮らすと思っていたんだけど、自分たちの使命は王の世話係だって聞かなくてね。
 二人ともとても優秀で、侍女も小間使いも何も必要なく、女王として快適な日々を過ごさせてもらっているよ。恐ろしい事に誰の指導の賜物か、閨の世話まで完璧と来ている……母上は困惑されただろうね」

 新しい住まいに移り住んだ夜に、ニーナとレインは女王の寝室に潜り込んできてエリヴァルの身体をそれは強く攻め立ててきた。
 ヘリティギアは何とか説得して一緒に眠るだけで済ませていたらしいが、それを教え込むにはしばらく時間がかかりそうだ。

「まさかとは思うが、カスティア王女が従僕の候補者に指導を……?」
「自分が王になった時、従僕として恭順で在るように徹底的にご調教されたんだろうね。
 後で気付いたのだけど、二人は伯母上の部屋でずっと飼われていた子だったんだ。当時はボクも自分の事で精一杯だったし、古傷を見られるまで二人とも忘れていたらしい。気づいてからは物凄く懐かれてしまって、毎晩二人を止めるのに苦労しているよ……」

 カスティアの住まいには当時いくつかの子部屋があり、従僕の二人以外にもたくさんの愛妾が暮らしていた。
 今では改築されて倉庫とリリスの部屋に替わり、元の大部屋もフレドリクスが色々手を加えていったので面影はほとんどなくなった。

「亡き国王と王妃の苦悩が感じ取れるな……。女王となるべく育て上げた娘がこれでは、王位をランベル殿下にと考えるのも無理はない。
 それを王に認めさせたら、すぐに玉座は替わってしまうからな」
「二人とも、物凄い使い手だよ。他国の王に派遣させたら、すぐ陥落させてしまうくらいだし、自分を自制できるようになるまでは、ボクの部屋に閉じこもったままかな。
 それより、姉上のご様子とアリサ姫はどうだったの?」

「お前の姉は、ずっと臥せったままだ。容体は良くないが、義姉と侍女長殿が来た事を喜んでいたそうだ。
 アリサ姫は順調に育っていて、目は母親と同じ赤い瞳をしていた。芯の強そうな御子だったよ」
「……そうか。姉上と同じでちょっと嬉しい。いつかはお会いしてみたいけれど、大きくなるまでは、向こうも長旅は出来そうにないからね。ルノのお嫁さんか……」

 赤い瞳に赤い髪、気性も激しそうな子だろうか。
 自分の孫が生まれる頃には、エリヴァルは決してその姿を見る事は出来ないけれど、きっと可愛らしい子を産んでくれるのだろう。

「ルノルバ=ウォーラムと、子種を授けた特権で名を決めさせて貰ったわけだが。本当に、夏になれば王子が生まれてくるのか?」
「うん、姉上はこの子の姿を見る事はなくお隠れになるけど、産まれてくる子供は金色の髪をした男の子だ。ボクにはわかる、女王だからね……。
 母上も、ボクをお腹に宿したときは、ある種の予言みたいな力があったと聞いているから、名前はルノルバでいいんだ。将来はウォーラム王として即位する事が決められた、運命の王子だよ」

 オーカスは自分の息子の住まうエリヴァルの腹に触れ、鼓動の息吹を感じ取る。
 春が過ぎて夏が近づくと、悲しい別れを迎えてから王子はオーファルゴートの地に降り立つ。
 生涯の伴侶も、未来の国王の地位も決められた御子となる息子に、少しだけ後悔を思いながらまだ小さな膨らみを、そっと撫でた。
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