姫君たちの傷痕

和泉葉也

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第一章 調教部屋への道案内

日向の部屋(1)

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 ようやく抜糸も終え、背中の傷も癒えた頃には五日も時間が過ぎていた。
 王宮から城外へと繋がる門の警護は堅く、年配の元老院の者たちが訪れる事はまずない。貴族院に支配された空間にエリヴァルの味方は誰も居らず、城で働く者達は目を伏せるばかり。

 頼みの王妃に会おうにも、居城には誰一人として立ち入る事を禁じられており、護衛の兵士は王女直属の兵と同じく、誰であろうとも勤務時の会話は一切行われない。仮に口を開こうものならば処刑が義務付けられており、それ程までの忠義を持った相手の心を折れさせる事など出来はしなかった。

「ここが陛下のお部屋ですわ。
 外遊や公務でお休みにならない日の方が多いですが、私たちは自由に使って良いと許可を頂いております」

 セレンティア侯爵令嬢に案内され、日当たりの良い部屋に招かれる。

 大きな鏡といくつかの小部屋を抱えたその部屋の扉はとても重く、開いた先にはもう一つのドアが備え付けられていた。
 天蓋付きの数人はゆったり過ごせる寝台に、バスルームにドレッサー、鉄格子の付けられた特別製のバルコニーと、王女であるとしても広過ぎる空間は、まるで迎賓館か何かのように感じられた。
 高い天井と装飾の趣味は良いとは言えないが、バスタブには火釜が備え付けられていて、湯沸かしまで可能になっている。ランプは最新式のガス管が取り付けられ、贅を尽くした部屋にこの国の税金は費やされたのではないかとさえ思った。

 テーブルでカード遊びに興じているレイチェル公爵夫人が、エリヴァルに笑顔を見せた。
 艶のあるドレスを身に纏い、長い金色の髪の毛を揺らしながらカードを片付け、戸棚から小瓶を取り出して三人分の果実酒を注いで二人に給仕する。

「ルク・レイチェルですわ、エリヴァル姫。
 こうしてお会いするのは、王妃さまの誕生日会以来かしら…? 相変わらずの見事な蜜色の髪を、今日は結えているのね。可愛らしいヘアースタイルは、ターニアが仕立てたのかしら…」

「このような場でなければ第一王子の娘として礼を尽くす所ですが、生憎と不快な思いをさせられると知っている相手に下げる頭も有りません」

 渡された果実酒を飲み干し、レイチェル夫人のグラスに追加を注いでいく。
 牙を剥かれた相手に逆上する事もなく、夫人はエリヴァルの髪をそっと撫で、結えられた朱色のリボンを正した。

「エリヴァル様は、セレンティアとお呼び下さって構いません。何でしたら、セレンの方が言いやすいでしょうか?
 レイチェル夫人も同じように呼び捨てでお呼び下さい。ここでは、何をしても許されるのですから楽な気持ちでお過ごし下さい」

「ではセレンと、レイチェル公爵夫人は、夫人とでも…」

 酔いが廻って来たのか、それとも何かの薬物でも含まれていたのか、エリヴァルは顔を蒸気させて呼吸を荒くした。
 貴族年鑑の記述を思い返してみれば、レイチェル公爵家は薬学に長けていた家系だったはずだ。それが王女の腹心であるのならば、果実酒に何らかの成分を含ませても、飲んだ相手に気がつかせはしないだろう。

「まだ婚約者も居ないお年頃ですのに、背中に消えない傷を負わせるなんて、陛下を余程怒らせてしまったのか、それとも恨まれていたのか…。エリヴァル様は罪なお方ですね」

「薄桃色の装いが本当に似合ってらしてよ。
 脱がせてしまうのが惜しいくらいだけど、夫人の前で衣類を纏わせたままにするのも無礼ですからね」

 手足に力が入らなくなり、椅子から落ちそうになるエリヴァルを小間使いが支えてガウンを外し、まだ傷跡が色強く残る背中を二人に見せた。
 コルセットはまだ付けられない素肌は、ドレスを外されてしまえばすぐに晒されてしまう。

「……何を、なさろうと言うのです」

「私たちは、エリヴァル様を歓迎しているのですよ。貴方の幼い頃からの姿に、何度焦がれたでしょうね。
 精巧な硝子人形ですら叶わない、美しい蜜色の髪と白い肌。小鳥のような可憐な声に長く伸びた手足…。ご覧になって夫人、陛下がお付けになった傷跡は白い肌に映えて薔薇のように赤く染まっているわ」

「そうね、絵画のように素晴らしいお姿だわ。許されるなら酷く鞭を打って、赤い染みを広げて差し上げるのに…。
 傷が癒えたら、長い時間を頂戴してエリヴァル様を個人的にお借りしたいわ」

 テーブルに背中を晒されたエリヴァルは、痛みが残る傷跡に何度も触れられた。その度に苦痛で息が更に荒くなるが、その息遣いさえも二人の貴婦人にとっては上質な音楽に聴こえるようで、触れられて声を荒げる度に感嘆のため息を漏らされる。
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