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第二十七話……浅間山大噴火 ~甲州崩れの巻~
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――天正十年(1582年)正月
甲斐国・躑躅が崎館
勝頼は新たな居城である新府城にて、家臣や周辺の豪族たちから新年の祝賀を受けていた。
高天神城を奪われたとは言え、昨年の野戦においては、常勝無敗の勝頼である。
その領国は、甲越同盟により、信玄の宿願であった信濃国の全土支配の確立。
さらに、駿河国や上野国の支配強化を強め、甲斐本国から遠い越中国や飛騨国の一部も支配していたのだ。
その支配範囲は、信玄の頃よりも広大であった。
――
新年の祝賀をつつがなく行い、家族とつかの間の平和を愉しんでいた勝頼に、思わぬ知らせが届く。
「木曽殿、御謀反! 織田方についた模様!」
勝頼は手にしていた盃を落とす。
木曽義昌の妻は信玄の三女。
つまりは勝頼の義理の兄である。
よって、御親類衆のうちでも破格の家柄であった。
しかも、木曽義昌の母や息子などは、人質として新府城にいたのだ。
……その木曽が裏切るなど、勝頼にとっては青天の霹靂であった。
「やむを得ん、人質を焼き殺せ!」
非情に徹さねば生き残れない。
戦国の世では、裏切り者の家族には、死あるのみであった。
勝頼は義理の兄の家族を磔に処し、武田信豊に木曽谷追討を命じた。
……しかし、
「武田信豊殿、ご敗走の由!」
数に上回る信豊軍は、なんと木曽勢に負けたのである。
確かに冬場のの木曽谷は雪深く、険阻な地でもあった。
「……やむを得ん。余が、直々に成敗いたす!」
勝頼は故郷である諏訪の蒲原城に布陣。
一万五千の兵を集めた。
木曽勢は約一千。
すぐに反乱は鎮圧されるかに見えた。
……が、
「織田勢が伊那谷(長野県南部)に現れました!」
「なんだと!?」
ここ暫く、武田と矛を交えなかった織田勢が、この時とばかりに押し寄せてきた。
さらに間髪入れず、
「小笠原信嶺殿、御謀反!」
織田との国境を守る信嶺がすぐさま寝返り、伊那谷の入り口が簡単に織田方に落ちた。
以前より、信長は彼を秘密裏に調略していたのだった。
さらに徳川勢と北条勢が、東西より駿河国へ侵攻。
流石の事態に、勝頼は蒲原城にて家臣を集め、至急の軍議を開いた。
――その晩。
軍議の最中に、凄まじい轟音が響く。
浅間山が火を噴いたのだ。
この浅間山の噴火は、武田支配地全土に未曾有の影響を与えた。
当時は、浅間山信仰というものが信じられており、浅間山が噴火すると、甲斐や信濃に禍が訪れると信じられていたのだ……。
この噴火の影響で、伊那谷の重要拠点である飯田城の守将、保科正直が戦わずに逃亡。
……さらに、
「武田信廉様、戦わずに大島城を捨て、甲斐に逃げ帰ったとの由!」
武田信廉は信玄の弟であり、穴山信君と共に武田家の双璧だった。
さらに信廉は、南信濃方面の総司令官だったのだ。
その信廉が南信濃の守備を放棄して、勝頼より先に甲斐に逃げ帰ったとのことだった。
「……なんと、それは誠か!?」
勝頼はもとより、居並ぶ諸将も驚きを隠せない。
確かに浅間山の噴火は大きかった。
……しかし、陣代の勝頼より、武田家中に影響力があるともいえる信廉の脱走はあり得なかった。
さらに、ここにきて、勝頼が高天神城を見捨てた報が効いてくる。
籠城しても援軍を期待できぬ事態を悟った南信濃の部将たちは、次々に織田勢に降った。
……こうして、武田方は南信濃の険阻な地形を生かすことが出来ず、逆に易々と織田勢は武田領に侵入を果たした。
そして、さらなる凶報が勝頼を襲う。
「穴山信君殿、御謀反!」
「穴山殿の家族には脱走されました!」
……もはや、駄目押しである。
穴山信君は駿河国の総司令官。
言わずもかな、武田家の御親類衆筆頭。
なおかつ、武田家の本拠地である甲府に通じる河内の支配者でもあった。
穴山信君の裏切りにより、信濃どころではない。
甲斐本国が危険に晒されたのだ。
「新府城に退くぞ!」
「「「ははっ!」」」
勝頼は慌てて、甲斐への引き上げを決定。
事実上、信濃での戦線は放棄された。
これは、戦国時代においても例を見ないほどの崩れようだった。
後日、甲州崩れと言われる特異な現象であった。
高天神城の影響もあるが、当時の風習を考えると、浅間山の噴火が極めて大きかったのだろう……。
甲斐国・躑躅が崎館
勝頼は新たな居城である新府城にて、家臣や周辺の豪族たちから新年の祝賀を受けていた。
高天神城を奪われたとは言え、昨年の野戦においては、常勝無敗の勝頼である。
その領国は、甲越同盟により、信玄の宿願であった信濃国の全土支配の確立。
さらに、駿河国や上野国の支配強化を強め、甲斐本国から遠い越中国や飛騨国の一部も支配していたのだ。
その支配範囲は、信玄の頃よりも広大であった。
――
新年の祝賀をつつがなく行い、家族とつかの間の平和を愉しんでいた勝頼に、思わぬ知らせが届く。
「木曽殿、御謀反! 織田方についた模様!」
勝頼は手にしていた盃を落とす。
木曽義昌の妻は信玄の三女。
つまりは勝頼の義理の兄である。
よって、御親類衆のうちでも破格の家柄であった。
しかも、木曽義昌の母や息子などは、人質として新府城にいたのだ。
……その木曽が裏切るなど、勝頼にとっては青天の霹靂であった。
「やむを得ん、人質を焼き殺せ!」
非情に徹さねば生き残れない。
戦国の世では、裏切り者の家族には、死あるのみであった。
勝頼は義理の兄の家族を磔に処し、武田信豊に木曽谷追討を命じた。
……しかし、
「武田信豊殿、ご敗走の由!」
数に上回る信豊軍は、なんと木曽勢に負けたのである。
確かに冬場のの木曽谷は雪深く、険阻な地でもあった。
「……やむを得ん。余が、直々に成敗いたす!」
勝頼は故郷である諏訪の蒲原城に布陣。
一万五千の兵を集めた。
木曽勢は約一千。
すぐに反乱は鎮圧されるかに見えた。
……が、
「織田勢が伊那谷(長野県南部)に現れました!」
「なんだと!?」
ここ暫く、武田と矛を交えなかった織田勢が、この時とばかりに押し寄せてきた。
さらに間髪入れず、
「小笠原信嶺殿、御謀反!」
織田との国境を守る信嶺がすぐさま寝返り、伊那谷の入り口が簡単に織田方に落ちた。
以前より、信長は彼を秘密裏に調略していたのだった。
さらに徳川勢と北条勢が、東西より駿河国へ侵攻。
流石の事態に、勝頼は蒲原城にて家臣を集め、至急の軍議を開いた。
――その晩。
軍議の最中に、凄まじい轟音が響く。
浅間山が火を噴いたのだ。
この浅間山の噴火は、武田支配地全土に未曾有の影響を与えた。
当時は、浅間山信仰というものが信じられており、浅間山が噴火すると、甲斐や信濃に禍が訪れると信じられていたのだ……。
この噴火の影響で、伊那谷の重要拠点である飯田城の守将、保科正直が戦わずに逃亡。
……さらに、
「武田信廉様、戦わずに大島城を捨て、甲斐に逃げ帰ったとの由!」
武田信廉は信玄の弟であり、穴山信君と共に武田家の双璧だった。
さらに信廉は、南信濃方面の総司令官だったのだ。
その信廉が南信濃の守備を放棄して、勝頼より先に甲斐に逃げ帰ったとのことだった。
「……なんと、それは誠か!?」
勝頼はもとより、居並ぶ諸将も驚きを隠せない。
確かに浅間山の噴火は大きかった。
……しかし、陣代の勝頼より、武田家中に影響力があるともいえる信廉の脱走はあり得なかった。
さらに、ここにきて、勝頼が高天神城を見捨てた報が効いてくる。
籠城しても援軍を期待できぬ事態を悟った南信濃の部将たちは、次々に織田勢に降った。
……こうして、武田方は南信濃の険阻な地形を生かすことが出来ず、逆に易々と織田勢は武田領に侵入を果たした。
そして、さらなる凶報が勝頼を襲う。
「穴山信君殿、御謀反!」
「穴山殿の家族には脱走されました!」
……もはや、駄目押しである。
穴山信君は駿河国の総司令官。
言わずもかな、武田家の御親類衆筆頭。
なおかつ、武田家の本拠地である甲府に通じる河内の支配者でもあった。
穴山信君の裏切りにより、信濃どころではない。
甲斐本国が危険に晒されたのだ。
「新府城に退くぞ!」
「「「ははっ!」」」
勝頼は慌てて、甲斐への引き上げを決定。
事実上、信濃での戦線は放棄された。
これは、戦国時代においても例を見ないほどの崩れようだった。
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