あやかし探録記

めろんぱん。

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10 早朝探索

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 ジリリリリ。

 鳴り響くベルを止める。七時四十分。着替える。薄味朝食を食べる。行ってきますを叫ぶ。

 いつもと同じ朝だった。しかし玄関を出ると、俺の日常は変わる。

「おはようございますっ!」

「新宮、おはよう」

 同じ高校の制服、海風に揺れる艶やかな髪。ふんわりと香る優しい鼻の匂い。

 分かっていた癖に、俺は扉の前にいた新見に驚くふりをしながら挨拶を交わした。

「では行きましょうか」

「うん」

 俺は自転車に跨り、新宮はその籠にスクールバッグを放り込む。

 俺が自転車を漕ぎだすと、新宮もそれに合わせて走り出す。新宮は短距離だけでなく長距離も得意らしい。俺は全力で自転車を漕いでいるのに、新宮の横顔はとても涼しげで、心拍数の乱れすら感じられない。

 新宮の護衛は登校時から始める。俺なんかの為にわざわざ迎えに来てくれるなんて……これは任務だと分かっているが、男は勘違いせずにはいられない生き物なのだ。

「新宮はさ、いつも何してるの?」

 下り坂を経て余裕のできた俺は彼女に質問をする。新宮もまだまだ余裕そうだ。学校まであと十分。

「何ってあやかし退治ですけど……」

 新宮は何言ってんだコイツ? と言いたげな顔でこちらを見た。

 た、確かにそうかもしれないけど、俺が聞きたいのはそういうことではない。

「じゃなくて趣味の話」

「趣味、ですか……特にないです」

 あんなにゲームの話ししてたのに⁉ またツッコミ待ちなのかと横を見るが、新宮は驚くほどに真顔だった。

「じゃ、じゃあ好きな食べ物!」

「食べ物……特には」

 立て直すために発した質問も撃沈。

 会話のキャッチボールをしていく中で気付いたこと。新宮結は凄い人間だが、案外薄い人間なのかもしれん。

 それこそ食パンみたいな存在。どんな食材にも対応できる凄い奴だが、単体では味が薄い。

「じゃあ……」

「すみません、久我さん。ストップです」

 人通りなんてないに等しい、人二人がギリギリ並べる程度の細い近道を通過中、快調そうに見えた新宮は一時停止した。

 どうしたのだろう? 早くしないと遅刻してしまう。

「もしかして疲れた? に、新宮さえ良ければ後ろに乗せ……」

「久我さん、後方にご注目下さい」

「……え?」

 昨日ぶりに感じる嫌な予感。まさか、まさか、な……? だってまだ朝だぞ……?

 本当は、振り返りたくなかった。でも、確認せずにはいられない。

「……マジ、かよ」

「はい。マジです」

 そう言いながら、新宮は右腕につけた赤いゴムで髪を結ぶ。髪を結ぶという行為は、彼女の戦闘ルーティーンなのだろうか?

 自転車を止め、そっと振り返る。そこに居たのは言わずもがな、あやかし。

 背丈は新宮より少し小さい。しかし横幅が横綱にはギリギリなれない相撲取りのように広い。道に挟まっていないのが奇跡だ。そして相
変わらず気色悪い。全身は人間に近い肌色で、人間の裸を見ているような変な気分だった。

 小さな二つ目がぎゅるりと回り、俺を捕らえたまま視線を逸らしてはくれない。人間にはモテない癖にあやかしにモテるとは……世の中は不条理にも程がある。

「では、遅刻してしまうのでちょっぱやで片付けます」

「あ、う……」

 うん。たった二文字を言い終わらない内に、新宮はスカートをめくった。

 ぎょっとした俺は凝視する。クソ。ストッキングめ。あれさえなければ生足が拝めたのに。

 新宮は俺の煩悩など露知らず、右足のストッキングの上に巻かれたホルスターからサバイバルナイフのようなものを抜き取った。

「えっ……な、何それ……」

 俺は驚嘆の眼差しを向けた。そんなものまで仕込んでいたなんて……用意周到が過ぎる。

 優秀な人間と凡人は、準備の段階か差が開いているのか。

「妖具です。普通のナイフでもいいのですが、妖具は妖力が染み込みやすいよう、加工がされています。本当はそれなりの長さがある日本刀が一番使い易いのですが、学校に持ち込んだら色々面倒くさいんで」

 説明を終えた新宮はふぅと一つ呼吸を置いてすぐ、あやかしの心臓(?)と思われる部分を突き刺した。


 グサリ。

「ア、アア……」

 もう慣れたつもりだと思っていたが、やはりその光景は気持ちが悪かった。

 ナイフが差し込まれた部分から流れる緑色の液体。怪物の悲痛な叫び。B級映画のゾンビの方が何十倍も美しい。

「はい、死にました。ではではーさっさと捌きますねー」

 新宮はいつかテレビで見たマグロの解体ショーのような鮮やか且つ素早い手捌きで、祓い終わったあやかしの身体を捌き始めた。

 鼻を強くつまむも、相変わらず匂いがキツイ。毎日こんなのと遭遇するのならば、ガスマスクを一つ買っておくべきなのかもしれない。

「それも、食うの?」

 俺は一歩引いた場所から、肉をタッパーに詰める新宮の背に問いかけた。

「はい。少々時間がかかるので久我さんは先に行ってください。私はもう少しかかりそうなので。あ、ご心配なく、式神をつけますので」

 タッパーを地面に置き、俺の自転車の籠に入れっぱなしだった鞄をまさぐり出す新宮。彼女は一体、どれだけの用意をしているのだろう。

「あっれー……どこだっけ……んー……あ、あったあった。てってけー……」

「新宮、遅刻しちゃうから」

「ああ、そうでしたね」

 ふざけようとする新宮を一瞥する。こういう所は食パンらしくない。チャーハンくらい、カロリーはありそうだ。

「これ、持っていてください」

「あ、うん」

 手の上に乗せられたのは千代紙で織られた鶴。いってしまえば、ただの折り紙の鶴。

 俺は怪訝そうな顔で新宮を見る。まだふざけているのか、コイツ?

 しかし新宮は大真面目らしく、また右手の中指と人差し指だけ立て、鶴にあてた。

「汝、現世を守りし者よ。我の僕となり給え」

 呪文を唱え終わった新宮が手を放すと、鶴は俺の手から勝手に離れた。

「うわっ!」

 思わず声が漏れる。俺は昨日から驚かされ過ぎだ。ただの折り紙は本物の鶴のように、自らの意思で宙を舞った。

「式神術式です。式神は私と視聴覚を共有できますので何かありましたらすぐに駆け付けます」

「う、うん」

 一件、自分勝手に飛んでいるよう見えたが、鶴は俺の頭上をくるくると飛び回っている。

 ふと思い出した。昨日、新宮が言っていたあの言葉。

『私がいる限り、久我さんが死ぬことはありません。私が命を懸けて、貴方をお守りします』

 ここから学校までは一キロもない。新宮はいつだって俺のことを最優先に考えてくれている。

 そんな新宮を置いていくなんて、俺には出来ない。俺にだってできることはあるはず。俺だって、与えられ続けるのは嫌だ。新宮の為になることをしたい……!

「に、新宮……俺……!」

「あの、早く行ってください。ハッキリ言って、久我さん邪魔です」

「……は?」

 風船のように膨れ上がった熱い気持ちは、針のような冷たい言葉で、一瞬のうちに破裂した。

 新宮は真顔でこちらを見ている。あの感動を、返して欲しい。

「聞こえませんでしたか? ここ片さなきゃいけないのでさっさと行ってください。それに、早く行かないと遅刻しますよ?」

「……あ、はい」

 なんだよ……なんだよ、アイツ!

 彼女と俺の温度差を感じて、急激に恥ずかしくなった俺は早急に自転車に跨り、全力でペダルを踏みこむ。早く、あの場から離れたかっ
た。

 もしかして俺……新宮に囮としてしか見られてないんじゃないのか……?

 浮かんだ仮定はすぐさま削除したかったが、心当たりが多すぎた。

 親交を深めるための雑談には答えてくれない、あやかしをおびき寄せた後は邪魔と言われる、

 ……うん、そうだよ。確実に嫌われている、もしくは関心がないのどちらかだ。

 しかし、考えてみれば当たり前かもしれない。新宮のような完璧超人は、俺みたいな凡人、好くわけがない。囮としてでも、隣に居られることが奇跡なんだ。

 言い聞かせるように繰り返す言葉は非常に虚しくて、俺は生まれて初めて、平凡であることを嫌に思った。



「おはようございます。さっさと処理、お願いします」
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