あやかし探録記

めろんぱん。

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34 早朝

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 その日はアラームを六時にセットした。なのに午前五時前に起きた。

 緊張しているのか? まさか。……していないことを願う。

 もう一度寝ようかとも思ったが、寝坊したら全てが水の泡だ。まだ重い瞼をこすり、洗面所に向かう。

 相変わらずギシギシを鳴る階段。今日は一段とその声が大きい気がする。

 寒さからだろうか、先ほどから心臓がぎゅっと絞られるような感覚が走る。あー寒い寒い。凍死しそー……

 顔面をちゃぷちゃぷ、恐る恐る洗う。田舎の水は冷たすぎる。お陰ですっきり目が覚めたが、手は凍り付いた。

「婆ちゃん、おはよう」

 台所に顔を出すと、やはり腰の低い婆ちゃんがいた。俺の声を聞くなり振り返り、婆ちゃんは笑った。

「あら、時雨。今日は早いわねー。学校は休みなんだろう?」

「うん。でもちょっと用事あるから出かける」

 婆ちゃんの手を凝視する。寒い中、冷水に手を突っ込み、野菜を洗っていた。しわしわで弱々しいが、多分俺よりずっと強い手だ。

「そうかい。ご飯食べるかい?」

「うん、食べる」

 そう言いながらも、居間は移動せず、婆ちゃんの横に立った。

「どうした?」

「……なんか、手伝うことある?」

「……あらあら。どういう風の吹き回しだい?」

 そのセリフ、この数日に何回聞けばいいのだろう。しかし事実なのでよい反論が見つからない。手伝いどころか、俺は今まで進んで誰かのために何かをすることなどなかったのだから。

 嫌みっぽいセリフだが、婆ちゃんの笑顔は先ほどより輝いている気がする。

「別にいいじゃん……で、なんかある?」

「ふふっ。気持ちだけで十分よ」

「でも婆ちゃん大変だろ?」

「大変だけど、婆ちゃんこのくらいしかやることないんだよ。時雨は婆ちゃんのことなんか気にしないで、自分のこといっぱい頑張ればい
いんだよ。例えば勉強とかね」

「げっ……やなこと言わないでよ……」

 今度は頭まで痛くなってきた。

「ほらほら、朝ごはんの準備、後三十分くらいかかるから上で勉強してなさい」

「……分かったよ」

 渋々、という感じで台所を去る。強そうに見える婆ちゃんの背はやはり小さい。新宮とよく、似ている。

 俺の身長は男子高校生の平均くらい。恐らく強さも世の男性の平均……いやもしかすると平均値を下回るかもしれない。

 そもそも強さとは何なのだろう。力? 権力? 意思? 性格? しなやかさ?

 狭い世界しか知らない俺だが、世界一強い人間は誰という問いを投げられたら、俺は間違いなく新宮結の名を上げる。

 決して折れない、諦めない。強さを具現化したような存在、それが新宮結だと思う。

 だから、俺は望む。新宮結に、望むのだ。


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