あやかし探録記

めろんぱん。

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33 頑張り続ける君へ

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「もしもし、何の用です?」

 ワンコールでつながった電話。彼女の声は重く、警戒しているようだった。

「明日のパトロール、俺も行く」

「……あら? どういう風の吹き回しですか?」

 一見警戒が緩んだような軽くからかうような口調。しかし恐らくそれは建前で、きっと警戒はさらに強まっているに違いない。
 当然だ。今まで否定していた奴が急に協力するなど……流石に俺でも疑いの目を向ける。

「どういうもこういうもねぇよ。あやかしと親玉の妖怪を祓えば、お前はこの村から出て行くんだろう?」

「ええ、そうです」

「だから協力するだけだ。俺はお前の顔など二度と見たくない。だからお前をさっさと追い出す。それだけだよ、文句あるか?」

「……文句はありません。しかし私についていく、ということは私のやり方に賛成する、ということでよろしいですか?」

「……俺の命は、絶対に守ってくれるんだろうな?」

「そう来ましたか……どうせ、七葉から全部聞いたんでしょう?」

「ああ」

「でしたら貴方も罪人の対象です。……しかし、貴方がいなければこの忌まわしい村での滞在期間が増える。それは反吐が出るほど嫌なので、まぁいいでしょう。貴方の命は、全力でお守りしますよ、久我さん」

「……何時に、どこに行けばいい?」

「朝七時に迎えに行きます。では」

 始めての新宮との通話は、何の名残も惜しみもなく切られた。心電図の音が、耳を擽り、俺の心臓を奮い立たせる。

「……本当に、これでいいのかよ」

「うーん……ギリ合格ケロ」

「はぁ……よかったぁ……」

 大げさに胸を撫でおろす。緊張感から解放された身体は軽く、今なら三メートル程跳べそうだ。

「でも通話でよかったぴょん。声は結にも負けない強い感じが出てたけど……終止腰、引けてたぴょん」

 ギクリ。鋭いウサギの指摘にまた体が重くなる。

「う、うるせぇな。別にいいだろ、見えてないんだし」

「見えないところこそ意識すべし。そんな言葉を聞いたことあるケロ」

「そんなの命かけたことない余裕のある大人が考えた言葉だよ。俺みたいな覚悟決めたビビリは見えるとこだけでも仕上げれば十分だ」

「そうなのかぴょん?」

「そうなんだぴょん」

 といったが、今まで覚悟など決めたことのない俺は基準が分からない。少なくとも今の俺は、他のことにこだわる余裕などない。

「それより本当にこれでいいのか?」

「お前は三笠木七葉を疑いすぎだぴょん。三笠木七葉の教え通りにやれば、絶対にうまくいくぴょん」

 ウサギを近づけ、威嚇しているようだが全く怖くない。可愛いウサギさんが視界に広がるだけ。幼稚園生が喜びそうな手法だ。

「ほ、本当かよ……」

「しつこいケロ。三笠木七葉は嘘をつかない。人間関係の基本は信用から。三笠木七葉はお前の選択を信用した。だから託した。ならば、
お前も三笠木七葉を信じるべきではないかケロ?」

「……そう、だな」

 三笠木七葉だって、好んで俺に託してくれたわけではない。俺のことを恨んでいる。なのに、信じてくれた。手を差し伸べてくれた。

「分かった。俺、頑張る」

 表情に力が入る。彼女の為にも、新宮の為にも、未来さんの為にも……そして、俺の為にも。

「その意気ぴょん」

 三笠木七葉の表情は結局最後までハッキリと見えなかった。もしかすると、終止俺を睨んでいたのかもしれない。

「じゃあ三笠木七葉はこれにてドロンケロ」

「え……もう行くの?」

「妖術師はお前ら一般人と違って忙しんだぴょん。三笠木七葉だって任務は大量にある。これからアメリカに飛ぶんだぴょん」

 ア、アメリカ……⁉ よ、妖術師ってグローバルだな……

「……なぁ。もしかしてその恰好でいくのか?」

「何か問題あるぴょん?」

 カエルの声は本気でとぼけていた。俺はもう一度、彼女の全身を見る。両手には人形。顔は隠し、全身は真っ黒。

「……入国審査で引っかかるなよ」

 問題しかないだろう。俺が入国審査官だったら、百パー止めている。

「はいはい。じゃまたなぴょん」

 気のない返事をして、三笠木七葉は背を向けた。アメリカ、か……凄いな、妖術師。俺とは大違いだ。

「三笠木七葉!」

 思い出したように、遠ざかる彼女の背に声をかける。けれどその背は遠ざかるばかりだった。

「ありがとうな! 俺、頑張るから! お前も……」

 頑張れよ。そう言いかけてやめた。頑張っている人間にこれ以上頑張れと? 嫌みにも程がある。

 言葉は呪いだ。形には残らないが、心にはハッキリと残る。発した方は意外とすぐ忘れるが、言われた側は一生覚えていたりする。

 今俺が、あの女の子にかけるべき鈍いはなんだろう。

「っ……俺が絶対にどうにかするから! お前は安心して、自分のことだけ考えてろよ!」

 こんな大声、初めて出した。なのに、彼女は足を止めない。これでは聞こえたか、聞こえていなかったのかも分からない。これじゃ考えた意味、ねぇじゃん。

 いつの間にか日は頭上を通り過ぎていた。

 やがて日は登り、落ち、また昇り、朝が来る。朝、俺は新宮と会う。


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