死せる少女は星に焦がれる

めろんぱん。

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一幕五場 許容値

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「何故いる」

「いちゃ駄目なの?」

 日曜日。パンケーキのことなどすっかり忘れた私は、デブを危惧して散歩に行く準備をしていた。

 髪をとかし、眼鏡を装着。するとインターホンが鳴った。

 富沢さんが対応してくれるので、他人事のように鏡を見ていると、醜いアヒルのように足をばたつかせた富沢さんが洗面所に現れた。

「お、お友達です」

 久しぶりに彼女の動揺を見た気がする。

 普段は仏頂面の富沢さんの目が少しだけ泳いでいた。

「誰の?」

「あ、葵さんのですよ」

 そりゃそうか。とぬかした数秒後、遅れて驚きがやってきた。

「だ、誰」

「成田さん、とおっしゃっていました」

「下の名前は」

「成田陽彩さんです」

 あのアマ。ドンッと洗面台を叩くと、富沢さんはまた少々驚いて見せたが、すぐにいつもの冷静さんに戻り、どうするかと尋ねた。

 何故私の家を知っているのか。聞きたいことは山ほどあるので、私が対応すると押しのけ、今に至る。

 コンクリートから熱気が漏れる夏空の下、麦わら帽子をかぶった彼女は無知な子供のようにニコニコしていた。

「何で知ってんの、私の家」

「嫌だなぁ。ストーカーなんてしてませんよ?」

「まだなんも言ってないんですけど」

 訝しみながら、陽彩を見下ろす。

 青いチェックのワンピースに、キャンプでも行くらしい大きなリュック。オレンジのラインが入った黒いスニーカー。帽子を被っているからなのか、髪は下ろしていた。

「映画、嘘だったんだね」

「嘘じゃない、演技」

「同じでしょ。私を騙すためについた、卑怯な嘘よ」

「違う、ぜんっぜん違う」

 頑なに首を振る。何が違うのか説明は出来ないけど、その二つは明確に違う。私はそう思っている。

「まぁどっちでもいいけど、暇でしょう? 行こうよ、ひまわりホール」

「図書館、いくから」

 嘯く。散歩では逃げられないと思ったから。

「ホールでも物語は楽しめるわ」

「活字を堪能したい」

「パンフレット買ってあげるから」

「電車嫌い」

「タクシー呼ぶわよ? 貴方持ちで」

 どうやら逃がす気は無いらしい。きっと仮病を使っても、陽彩は私を引きずり出すだろう。

 相変わらず口角は上がっているが、目が据わっている。獲物を狙う、狩猟の目だ。

「一人で行きなよ」

「寂しいじゃない。JKは単独行動出来ない生き物なんだから」

「ここまで一人で来れたでしょ」

「それは許容距離内だから。あと三メートル単独行動したら、二度とスイーツが食べられなくなる」

「あっそ。ダイエットに最適な特性ね」

 話の途中で隙を突き、戸を閉めようとしたが彼女の右手がそれを阻む。こちらは両手で戸を引いているのに、なんちゅー力だ。

「離さないなら今すぐ叫ぶわよ、泥棒って」

「こんな可愛い泥棒、いないわよ」

「……どうして私を、引きずり出そうとするの?」
 
 半分以上閉まった戸からは、日光が零れる。

 眩しい。私は、家の中にいたいのに。

 ああ、今なら引きこもりニートを演じられるかも。……嘘だけど。

「そんなの決まっているでしょう」

「はぁ?」

「あの子が今でも信じているから。そして貴方は裏切るから。舞台が貴方を、呼んでいるからよ」
 
 あの子。名を呼ばずとも、誰だか分かる。

「『ふれんどしっぷす』主演日暮沙也加役、成田星来。あの子はちゃんと射止めたわ。去年貴方が演じた
役……いいえ、演じ切れなかった役を」

 淡々と吐き出された名に耳を塞ぐ。それは、もう一生聞くことはないと思っていた名。貴方は、いつもそう。

 名前を聞いただけなのに、目が眩む。心拍数が異常値を叩きだす。呼吸の仕方を忘れる。

 貴方はいつだって、私を死に追い詰める。

「舞台に戻れ、笹山葵。あの子を殺せるのは、お前だけだ」

 殺される前に殺せ。それが出来れば、どれほど楽だったか。

 私にとって成田星来は、殺したいほど憎い相手だった。

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