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あなたの名前はパルマ

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 魔女はそれぞれによって得意とすることが違く、魔女なのに肉体労働な鍛冶をするのが趣味なのもいる。
 まぁ、おとぎ話や伝説では魔女も自由過ぎるから警戒をするのは仕方がないかもしれないけど。
 一部では怖いと印象付けられる魔女の私へとさっきの子は来てくれるだろうかと不安になる。

 別にお金の心配をしているんじゃない。ただ、わずかでも信頼して欲しいと思っているだけ。
 ひとまずは昼あたりまで待てばいいかなと考え、薬屋についた私は荷物から納品する薬を出してからは店の中で考え事をしながら時間を潰す。
 そして考える。
 もし来てくれたなら、初めての弟子となる女の子とはどう接していけばいいかというのを。
 いえ、弟子の前に、まず子育てね。
 幼い子供相手だから魔女修行との並行。でも、ここで問題がある。

 私という女は300年生きてきた中で出産をしたこともなく、結婚や恋愛すらしたことがないということ。
 友達が出産した子供の世話はしたことが多少はあるけれど。
 つまりどういうことかというと、子育てがまったくわからない。9歳のあの子をどう教育していけばいいか考えもつかない。
 私が魔女に弟子入りしたときは15歳の時だったから、同じような教育は参考にならないだろうし、そもそも少ししか覚えていない。

 ……なるようになるでしょう、きっと。
 考え事で疲れたあとは、ぼうっとしながら女の子の新しい名前を考える。
 なぜなら、魔女になるということは過去を捨てるということで、その際に新しい名前を師匠が付けるというしきたりがある。
 私の今の名前である『シエナ』も師匠が名付けてくれたものだ。名前の意味は過去に存在した都市の名前だ。師匠が前に住んでいたからというだけで何の深い意味もない名前。
 師匠がつけたように私も何か名前を考えてあげよう。魔女として似合う、あの子の名前を。

 物凄く頭を使って考え、長いあいだずっと考えて続けていると滅多に人が来ない薬屋の扉が開いて人が入ってきた。
 そこに現れたのは、まるで絵画の中から天使が出てきたのかと一瞬思ったほどの美少女だった。
 でも、よく見ればその美少女は、さきほど私がお金を渡した子で、服は汚いままだけれど体全体が綺麗になっていた。
 腰までまっすぐに伸びている金髪は先ほどとは違い、黄金色の麦穂が揺れるかのように美しい。
 それ以外の部分はまだ美しいとは言えないけれど、私の元で健康的かつ化粧品を使っていれば美人さんになっていくに違いない。

 胸はまるで男の子と言いたくなるようにぺったんこだけれど、成長期な今は栄養をつけさせれば大きくなるはず。
 そんな天使のような見た目の子は私に近づいてくると、おつりの銅貨を渡してくれた。
 それを受け取り、ポケットへしまった私は初めて会った時と同じように手を差し出して微笑む。

「返事を聞かせてくれないかしら。あなたは魔女になりたい?」
「魔女がどういうものか知ってから返事をする」

 その返事を聞き、たしかにその通りだと私は自分が焦っていたことに苦笑し、手を戻して魔女について説明していく。
 それは魔女の歴史に魔法と魔力の説明、魔女になってからよかったこと悪いことを。そして不老になることができると
 説明が終わったあと、私はもう1度笑みを浮かべて手を差し出す。
 余裕ある仕草と表情をしているけれど、内心はどきどきだ。もし、これで振られたらショックで一週間は落ち込んでしまいそう。
 私の首元までしかない身長の子は、そう声をかけた後に私へと目を合わせてくれるけど、恥ずかしそうに目をそらされた。
 そのあとにそっと優しく手を握ってくれる。

「魔女を目指せばボクは幸せになれるかな?」
「幸せを知るのに若すぎることもなければ、老い過ぎているということはないわ。それと生まれや育ちは何も関係ないと思うの」
「ボクを大事にしてくれるだけで幸せだよ」

 身長差もあるからなのか、自然と上目遣いで微笑んでくる姿は、もうなんてかわいいの!?
 もう、もうっ!! あまりにもかわいらしいわ!!
 魔女の弟子にするのはやめて、将来は貴族の嫁入りができるレベルの肌や髪の手入れをして美人さんにして舞踏会の踊りやワインテイスティングの知識を詰め込みたくなってしまうわ!!
 でもダメよ、私。約束は魔女にすることなの。最初の目的を見誤ってはダメだわ。私もいい歳なのだから弟子を作るいい機会なの。
 私はその子の返事から5秒ほど間を置いて精神を落ち着かせようと深呼吸をする。

「大事にするし、あなたを魔女にしてあげるわ。でも魔女になるには、最初にやる大事なことがあるの」
「やること?」
「そう。今の名前を捨てて、魔女として新しい名前が必要なの」
「わかった。それでボクの名前はなに?」

 ……名前を捨てるということは今までの自分を捨てるにも近いこと。なのに、この子は"捨てる"と即答した。それは考えなしで言っているようには思えなかった。
 なぜなら、まっすぐに私を見つめている瞳は、新しく始まる人生へと希望の光で輝いていたから。
 今の名前がそこまで嫌なほどの、辛いことがあったのかしら。
 いえ、孤児なのだから辛かったのはあるに違いないけど、それでも名前を変えるというのは抵抗が多少はあると思う。
 魔女になることへの抵抗がないのも不思議だけど……今どきの子は私が思っているような教育と違うのかしら。
 きらきらとした目に見つめられながら、この子の今までの生活を考えていたが、意識を切り替えて考えていた名前を言う。
 とても悩んだけれど、結局は師匠と同じ名付け方になってしまった名前を。

「あなたの名前はパルマ。私が昔に住んでいた町の名前よ。名前の付け方は私の師匠と同じにさせてもらったわ」
「……パルマ。今日からボクの名前は……パルマ」

 はにかみながら、小さく何度も自分の名前をつぶやくパルマ。そのかわいらしい姿をずっと見ていたくなるけれど、このままだとお昼過ぎまで愛でてしまいそうだ。
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