4 / 8
パルマは男の子?
しおりを挟む
「さて、ご飯を食べて、あなたの服を買いに行きましょうか。それと食料も買わないとね。さぁ、行きましょうか、パルマ」
「……! わかった。えっと、シエナお姉さん?」
お姉さん。シエナお姉さん。それはなんという甘い響き。
過去には町の子供や後輩の魔女にそう呼ばれたこともあったけれど、この子、いえ、パルマに呼ばれると背筋がしびれるほどの快感がやってきてしまう。
気を抜くと、にへらと笑ってしまいそうな顔を多大なる精神力を使って凛々しい状態を維持する。
「シエナと呼び捨てでいいわ。昔、私の師匠にも呼び捨てでいいって言われたから私も同じにしたいと思うの」
「わかったよ、シエナ」
そして私は名前を付けたかわいいパルマを連れて薬屋を一緒に出ていく。
まずは大通りの屋台に行き、そこでチーズが乗っただけの簡素な焼きたてピザを一緒に食べた。
ひさしぶりに温かく、おいしい食べ物を食べたと言う彼女は目に涙を浮かべながら喜んで食べてくれた。
その嬉しそうな顔を見ると、迎え入れてよかったなんて思う。
お腹を満たしたあとは服だ。
同じ通りにある、私がよく行く古着の服を扱っている店へと行き、店主のお任せでパルマを預けて一通り服のコーディネートを頼んだ。でも、なぜか女物の服をまったく用意してくれなかったので結局は私が選ぶことになってしまった。
パルマは私がスカートやかわいい服を選ぶ様子を不思議そうに見ていたけれど、今まで着たことがないから戸惑っているのよね。これからは私がおしゃれさせてあげるわ! と気合を入れて似合う服を買っていく。
店の主が用意してくれた服は男の子用だけど動きやすく丈夫そうだったから、似合いそうなのは全部買った。
ボーイッシュな女の子というのもいいよね。
服を買ったあとは着替える部屋を借り、ボロボロだったパルマの服を動きやすい黒のズボンと羊毛で作られているブリオーというワンピースタイプの服に着替えてもらう。
それと別の店で忘れずにいい革靴を買った。
服をある程度揃えるというのは中々にお金がかかるけれど、初めての弟子になるパルマの喜ぶ顔とさらに美しくなった姿が見られることは、充分にお金をかける意味があるものだと私は強く学習する。
そのうち腕が職人がいる店で、新品の服を注文してあげよう。
服を買い終えたあとは子供用のリュックサックを買い、その中に衣類を入れて背負わせる。
次に向かったのは市場だ。広場に立ち並ぶ露店で、野菜や肉などを交渉しつつ買っていく。そうして店をそれぞれ巡り歩いていると、パルマは親子連れの人をじっと見つめていた。
その様子はどことなくうらやましそうに見える。だから寂しがらせないように、私はパルマとしっかり手をつなぐ。
「えっと、どうしたの、シエナ」
「はぐれるといけないから」
微笑んでそう言うと、パルマは何か言いたそうに口を開ける。でもその口からは何の言葉も出てこず、はずかしそうにうつむいて私を握る手に力が入る。
ほんのり赤くなった顔は素敵で、小さな犬が懐き始めたのと同じように心が温かくなる気持ちになった。
そうして手を繋ぎながら買い物を終え、町の外へと出る。
途中、朝にあった衛兵の人が不思議そうに見てきたので「かわいい弟子を取りました」と自慢げに宣言しておく。
衛兵に温かい目を向けられたパルマは私から手を離すと、早歩きで私が向かう方向へと歩いていく。
そんな照れている仕草に自然と笑みが浮かび、少し歩いた先にパルマが待っていたので追いついてから、一緒に並んで歩いていく。
目的地は、私、シエナが住む魔女の家。
そこへ向かう道中に私自身のことを話す。
私は石壁で囲まれたあの町が大きくなりはじめた80年ほど前から、この地域に住んでいること。
薬や化粧品を作って納品し、貴族相手にも商売することを。
家は町から歩いて、遠くの奥深い森の近く。
その手前には農村があるけれど、少し外れた場所に住んでいるということを細かく言った。
パルマは私の話が終わると、たどたどしい喋りながらも教えてくれた。
パルマの父親は下級貴族の騎士だった。
そして6歳の頃に捨てられた。原因は父親が戦死して生活が苦しくなったため孤児院に預けられたとのことだ。
その孤児院も増えた孤児を預かりすぎてお金がなくなり、潰れてしまったという。
そして9歳になる今までは拾い、盗むという生活をしていた。
親を物凄く恨んで怒っていてもおかしくないというのに、パルマの顔は晴れやかというか落ち着いていた。
それは今までの生活から抜けられて嬉しいから?
それとも町の外に出られたから?
理由が気になったけど、なんでもあれこれ聞くよりも、一緒に生活していくうちにわかっていくことにしよう。急ぐこともないし。
今のパルマは話よりも景色が楽しそうだから。
荷物が入ったリュックを背負いながら私のすぐ隣を歩くパルマは、珍しくもない周囲の景色を見ながら、目をきらきらと輝かせていた。
そんな様子を見ているだけでも面白く、私はパルマが急に止まって花を眺め、空を飛ぶ虫を追いかけて早歩きになったり走ったりするのに合わせて歩いていく。
町を少しずつ離れていくと、平原となだらかな丘が続く景色が広がっていく。
時々旅人や行商人とすれ違いながら、小さな橋がかかった細い川を越えて歩いていくと、70人ぐらいが住んでいる小さな農村へと着く。
その農村を突っ切って歩きながら、魔女に好意的な農村の人に手を振って挨拶をし、村から少し外れたところにある私の家に到着した。
近隣の村人たちや街の人たちに作ってもらった築15年の我が家は大きな森のはしっこあたりにある。
家に行くまでの土の道は雑草がところどころ生えていて、途中までの木々は日の光が入るように間隔を開けて伐採されている。残った木もきちんと剪定済みだ。
病気や怪我を治してくれる感謝の気持ち、ということで色々やってもらったけれど、お金を受け取ってくれなかったのは何か悪い気がする。
その代わりに、薬の量や質にはおまけをしているけど。
村人たちのおかげで綺麗に整備されている道はお気に入りで、村の人を雇っては定期的に手入れしてもらっている。
家のまわりは、日の光がよく入ってくるように木を切っているので日中は明るくていい。
家の横や後ろには畑があり、仕事で使うハーブや野菜を植えてある。
まわりだけでも立派なものだと思うけど、家はちょっと自慢したくなる造りだ。三角屋根の木造2階建てというのはどこにでもあるが、なんと我が家は窓にガラスを使っている。それも透明度が高い白ガラス。
ガラスなんて教会や貴族ぐらいしか使っておらず、庶民には手が届かない超高級品!!
……問題としてガラスは壊れやすいことと、買いなおすのに結構なお値段と時間がかかることかしら。
ちょっとした自慢ができる家はパルマにとって珍しいらしく、驚いて口を開けながら入り口の扉の横にある覗き窓に自分の顔を近づけていた。
パルマが楽しんでいるのを邪魔したくなく、先に家へ入っていく。
「木の精霊よ。この家の主である、我を通せ」
扉に向かって人差し指を向けて声をかけるのは魔法だ。体から魔力がちょっと抜け出る感覚と共に扉がきしむ音が聞こえ、魔法の鍵をかけていた扉が開いていく。
家の中は木製の棚が数多く並び、そこには乾燥させた葉、木の実、粘土、石など様々な物を様々な大きさの陶器の瓶に入れて保存している。
その棚の隙間には本を何冊も積んでいるテーブルとイスがある。その少し奥には料理を作るかまど。
普段から整理しているけれど、これからパルマが暮らし始めることを考えたたら瓶に名前を書いたり、脚立を用意したほうがいいかしらと腕を組んで悩んでいると、後ろから視線を感じる。
組んだ腕を外して振り向くと、不思議そうな顔のパルマが立っていた。
「今のが魔法なんだね?」
「そうよ。意外と地味なものでしょう?」
「うん。でも、なんかかっこよかった」
「あなたも勉強すれば今のはできるし、もっと派手なこともできるわよ。ほら、荷物を渡して」
パルマから荷物を受け取ると、私のもまとめてテーブルの上に置く。
それからパルマについてくるよう言って階段を登って2階へ。
2階の物置部屋のひとつに入ると、大小さまざまな物が詰め込まれている。
この部屋を片付けてパルマ専用の部屋にしよう。今からやれば、夕方までには終わるでしょうし。
ベッドやテーブルといった家具はないから、あとで買ってくる必要があるけれど。そのあいだ、しばらくは私のベッドで一緒に寝ればいいかしら。
「ここが今日からパルマの部屋よ。少し物があるけど、私と一緒に片付けましょうね」
「ボクの部屋……?」
「あなたが自由に使っていい場所になるわ」
どういうふうな部屋に作ろうか考えようとし、パルマに任せればいいかと考える。
だからパルマの顔を見た瞬間、両方の目から涙を流しているのを見るとすごく驚いた。
理由がまったくわからなく、私が何か変なことをした!? と混乱したぐらいに。
「どうして泣いているの!? 少し汚いけど中にあるものは片付けるし、汚れは掃除すれば綺麗になるわ!? あ、もちろん雨漏りはしないから大丈夫よ!?」
静かな声でつぶやき、涙を流し始めたパルマ。そんな姿を見て、私は慌てて素早く近づくと床へ膝をついて視線を合わせる。
騎士の家の子だったから、もしかしてもっと上品な部屋で暮らしていたのかしら。
魔女だからもっと豪華な暮らしを想像していたとか!?
「違う、違うんだ。今日会ったばかりのボクに、こんなによくしてくれるとは思わなくて」
「バカな子ね。魔女の弟子というのは家族と同じ意味を持つのよ。悪い暮らしをさせることなんて決してないわ」
部屋の入口で止まっているパルマにそう言葉をかけ、私は部屋に入って窓を開ける。そうするとほこりっぽい部屋に涼しい風が入り、私の赤毛の髪を揺らす。
少し外の風景を見たあとに、入り口のほうを見るとパルマは涙を服の袖でごしごしと拭いていた。
そんなパルマを見ながら、もう少し落ち着くまで待ったほうがいいかしらと考えていると、パルマは早足で私に近づいてきて胸へと飛び込むように抱き着いてくる。
「ボクはシエナと一緒にいたい」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」
私のあまり大きくない胸に、ぎゅうっと顔をうずめているパルマの頭を撫で、ちょっとのあいだだけ金髪のさらさらとした感触を楽しむ。
そのあとは落ち着いて離れたパルマと一緒に部屋の片づけだ。
今まで捨てるかどうか悩んでいたものは、この部屋に入れておいた。
でもパルマが住むなら、いらないものはいらないとすぐに決心して家の外へと運んでいく。まだ必要だと思ったのは1階の作業場や私の部屋に運んでいく。
途中、パルマのものとなる部屋で体を動かしていると暑くなって汗をかいてきたため、黒のローブを脱ぐと、灰色のカートル姿(羊毛でできたワンピース)になる。
いつもなら家に帰るとすぐ脱ぐけれど、今日ばかりは魔女らしく見せたかったから今まで着ていた。
そのローブを部屋の隅っこに置くと、一緒に作業していたパルマも私を見てから上半身の服を脱いでいく。
肌着ごと脱いだパルマの肌はところどころ刺された傷が見られ、幼いのに苦労してきたのがうかがい知れる。それなのに、ひねくれもしない性格は親の教育のたまものだろうかとも思う。
その親は深い理由があったかもしれないけど、自分の子供を捨てるなんて許せないとは思うけど。
自分の心が静かな怒りに燃えながらも、パルマの白い肌と金色の髪色を目で楽しんでいると、変なことに気づく。
それはパルマの裸を正面から見たときだ。
私が知っている女の子とは何か違う。
パルマは女の子のはずなのに胸がない。そう、ふくらみが小さくても女の子ならば、見ただけでわかる。
でもパルマはまったくない。ないのである。
胸の!
ふくらみが!!
「……! わかった。えっと、シエナお姉さん?」
お姉さん。シエナお姉さん。それはなんという甘い響き。
過去には町の子供や後輩の魔女にそう呼ばれたこともあったけれど、この子、いえ、パルマに呼ばれると背筋がしびれるほどの快感がやってきてしまう。
気を抜くと、にへらと笑ってしまいそうな顔を多大なる精神力を使って凛々しい状態を維持する。
「シエナと呼び捨てでいいわ。昔、私の師匠にも呼び捨てでいいって言われたから私も同じにしたいと思うの」
「わかったよ、シエナ」
そして私は名前を付けたかわいいパルマを連れて薬屋を一緒に出ていく。
まずは大通りの屋台に行き、そこでチーズが乗っただけの簡素な焼きたてピザを一緒に食べた。
ひさしぶりに温かく、おいしい食べ物を食べたと言う彼女は目に涙を浮かべながら喜んで食べてくれた。
その嬉しそうな顔を見ると、迎え入れてよかったなんて思う。
お腹を満たしたあとは服だ。
同じ通りにある、私がよく行く古着の服を扱っている店へと行き、店主のお任せでパルマを預けて一通り服のコーディネートを頼んだ。でも、なぜか女物の服をまったく用意してくれなかったので結局は私が選ぶことになってしまった。
パルマは私がスカートやかわいい服を選ぶ様子を不思議そうに見ていたけれど、今まで着たことがないから戸惑っているのよね。これからは私がおしゃれさせてあげるわ! と気合を入れて似合う服を買っていく。
店の主が用意してくれた服は男の子用だけど動きやすく丈夫そうだったから、似合いそうなのは全部買った。
ボーイッシュな女の子というのもいいよね。
服を買ったあとは着替える部屋を借り、ボロボロだったパルマの服を動きやすい黒のズボンと羊毛で作られているブリオーというワンピースタイプの服に着替えてもらう。
それと別の店で忘れずにいい革靴を買った。
服をある程度揃えるというのは中々にお金がかかるけれど、初めての弟子になるパルマの喜ぶ顔とさらに美しくなった姿が見られることは、充分にお金をかける意味があるものだと私は強く学習する。
そのうち腕が職人がいる店で、新品の服を注文してあげよう。
服を買い終えたあとは子供用のリュックサックを買い、その中に衣類を入れて背負わせる。
次に向かったのは市場だ。広場に立ち並ぶ露店で、野菜や肉などを交渉しつつ買っていく。そうして店をそれぞれ巡り歩いていると、パルマは親子連れの人をじっと見つめていた。
その様子はどことなくうらやましそうに見える。だから寂しがらせないように、私はパルマとしっかり手をつなぐ。
「えっと、どうしたの、シエナ」
「はぐれるといけないから」
微笑んでそう言うと、パルマは何か言いたそうに口を開ける。でもその口からは何の言葉も出てこず、はずかしそうにうつむいて私を握る手に力が入る。
ほんのり赤くなった顔は素敵で、小さな犬が懐き始めたのと同じように心が温かくなる気持ちになった。
そうして手を繋ぎながら買い物を終え、町の外へと出る。
途中、朝にあった衛兵の人が不思議そうに見てきたので「かわいい弟子を取りました」と自慢げに宣言しておく。
衛兵に温かい目を向けられたパルマは私から手を離すと、早歩きで私が向かう方向へと歩いていく。
そんな照れている仕草に自然と笑みが浮かび、少し歩いた先にパルマが待っていたので追いついてから、一緒に並んで歩いていく。
目的地は、私、シエナが住む魔女の家。
そこへ向かう道中に私自身のことを話す。
私は石壁で囲まれたあの町が大きくなりはじめた80年ほど前から、この地域に住んでいること。
薬や化粧品を作って納品し、貴族相手にも商売することを。
家は町から歩いて、遠くの奥深い森の近く。
その手前には農村があるけれど、少し外れた場所に住んでいるということを細かく言った。
パルマは私の話が終わると、たどたどしい喋りながらも教えてくれた。
パルマの父親は下級貴族の騎士だった。
そして6歳の頃に捨てられた。原因は父親が戦死して生活が苦しくなったため孤児院に預けられたとのことだ。
その孤児院も増えた孤児を預かりすぎてお金がなくなり、潰れてしまったという。
そして9歳になる今までは拾い、盗むという生活をしていた。
親を物凄く恨んで怒っていてもおかしくないというのに、パルマの顔は晴れやかというか落ち着いていた。
それは今までの生活から抜けられて嬉しいから?
それとも町の外に出られたから?
理由が気になったけど、なんでもあれこれ聞くよりも、一緒に生活していくうちにわかっていくことにしよう。急ぐこともないし。
今のパルマは話よりも景色が楽しそうだから。
荷物が入ったリュックを背負いながら私のすぐ隣を歩くパルマは、珍しくもない周囲の景色を見ながら、目をきらきらと輝かせていた。
そんな様子を見ているだけでも面白く、私はパルマが急に止まって花を眺め、空を飛ぶ虫を追いかけて早歩きになったり走ったりするのに合わせて歩いていく。
町を少しずつ離れていくと、平原となだらかな丘が続く景色が広がっていく。
時々旅人や行商人とすれ違いながら、小さな橋がかかった細い川を越えて歩いていくと、70人ぐらいが住んでいる小さな農村へと着く。
その農村を突っ切って歩きながら、魔女に好意的な農村の人に手を振って挨拶をし、村から少し外れたところにある私の家に到着した。
近隣の村人たちや街の人たちに作ってもらった築15年の我が家は大きな森のはしっこあたりにある。
家に行くまでの土の道は雑草がところどころ生えていて、途中までの木々は日の光が入るように間隔を開けて伐採されている。残った木もきちんと剪定済みだ。
病気や怪我を治してくれる感謝の気持ち、ということで色々やってもらったけれど、お金を受け取ってくれなかったのは何か悪い気がする。
その代わりに、薬の量や質にはおまけをしているけど。
村人たちのおかげで綺麗に整備されている道はお気に入りで、村の人を雇っては定期的に手入れしてもらっている。
家のまわりは、日の光がよく入ってくるように木を切っているので日中は明るくていい。
家の横や後ろには畑があり、仕事で使うハーブや野菜を植えてある。
まわりだけでも立派なものだと思うけど、家はちょっと自慢したくなる造りだ。三角屋根の木造2階建てというのはどこにでもあるが、なんと我が家は窓にガラスを使っている。それも透明度が高い白ガラス。
ガラスなんて教会や貴族ぐらいしか使っておらず、庶民には手が届かない超高級品!!
……問題としてガラスは壊れやすいことと、買いなおすのに結構なお値段と時間がかかることかしら。
ちょっとした自慢ができる家はパルマにとって珍しいらしく、驚いて口を開けながら入り口の扉の横にある覗き窓に自分の顔を近づけていた。
パルマが楽しんでいるのを邪魔したくなく、先に家へ入っていく。
「木の精霊よ。この家の主である、我を通せ」
扉に向かって人差し指を向けて声をかけるのは魔法だ。体から魔力がちょっと抜け出る感覚と共に扉がきしむ音が聞こえ、魔法の鍵をかけていた扉が開いていく。
家の中は木製の棚が数多く並び、そこには乾燥させた葉、木の実、粘土、石など様々な物を様々な大きさの陶器の瓶に入れて保存している。
その棚の隙間には本を何冊も積んでいるテーブルとイスがある。その少し奥には料理を作るかまど。
普段から整理しているけれど、これからパルマが暮らし始めることを考えたたら瓶に名前を書いたり、脚立を用意したほうがいいかしらと腕を組んで悩んでいると、後ろから視線を感じる。
組んだ腕を外して振り向くと、不思議そうな顔のパルマが立っていた。
「今のが魔法なんだね?」
「そうよ。意外と地味なものでしょう?」
「うん。でも、なんかかっこよかった」
「あなたも勉強すれば今のはできるし、もっと派手なこともできるわよ。ほら、荷物を渡して」
パルマから荷物を受け取ると、私のもまとめてテーブルの上に置く。
それからパルマについてくるよう言って階段を登って2階へ。
2階の物置部屋のひとつに入ると、大小さまざまな物が詰め込まれている。
この部屋を片付けてパルマ専用の部屋にしよう。今からやれば、夕方までには終わるでしょうし。
ベッドやテーブルといった家具はないから、あとで買ってくる必要があるけれど。そのあいだ、しばらくは私のベッドで一緒に寝ればいいかしら。
「ここが今日からパルマの部屋よ。少し物があるけど、私と一緒に片付けましょうね」
「ボクの部屋……?」
「あなたが自由に使っていい場所になるわ」
どういうふうな部屋に作ろうか考えようとし、パルマに任せればいいかと考える。
だからパルマの顔を見た瞬間、両方の目から涙を流しているのを見るとすごく驚いた。
理由がまったくわからなく、私が何か変なことをした!? と混乱したぐらいに。
「どうして泣いているの!? 少し汚いけど中にあるものは片付けるし、汚れは掃除すれば綺麗になるわ!? あ、もちろん雨漏りはしないから大丈夫よ!?」
静かな声でつぶやき、涙を流し始めたパルマ。そんな姿を見て、私は慌てて素早く近づくと床へ膝をついて視線を合わせる。
騎士の家の子だったから、もしかしてもっと上品な部屋で暮らしていたのかしら。
魔女だからもっと豪華な暮らしを想像していたとか!?
「違う、違うんだ。今日会ったばかりのボクに、こんなによくしてくれるとは思わなくて」
「バカな子ね。魔女の弟子というのは家族と同じ意味を持つのよ。悪い暮らしをさせることなんて決してないわ」
部屋の入口で止まっているパルマにそう言葉をかけ、私は部屋に入って窓を開ける。そうするとほこりっぽい部屋に涼しい風が入り、私の赤毛の髪を揺らす。
少し外の風景を見たあとに、入り口のほうを見るとパルマは涙を服の袖でごしごしと拭いていた。
そんなパルマを見ながら、もう少し落ち着くまで待ったほうがいいかしらと考えていると、パルマは早足で私に近づいてきて胸へと飛び込むように抱き着いてくる。
「ボクはシエナと一緒にいたい」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」
私のあまり大きくない胸に、ぎゅうっと顔をうずめているパルマの頭を撫で、ちょっとのあいだだけ金髪のさらさらとした感触を楽しむ。
そのあとは落ち着いて離れたパルマと一緒に部屋の片づけだ。
今まで捨てるかどうか悩んでいたものは、この部屋に入れておいた。
でもパルマが住むなら、いらないものはいらないとすぐに決心して家の外へと運んでいく。まだ必要だと思ったのは1階の作業場や私の部屋に運んでいく。
途中、パルマのものとなる部屋で体を動かしていると暑くなって汗をかいてきたため、黒のローブを脱ぐと、灰色のカートル姿(羊毛でできたワンピース)になる。
いつもなら家に帰るとすぐ脱ぐけれど、今日ばかりは魔女らしく見せたかったから今まで着ていた。
そのローブを部屋の隅っこに置くと、一緒に作業していたパルマも私を見てから上半身の服を脱いでいく。
肌着ごと脱いだパルマの肌はところどころ刺された傷が見られ、幼いのに苦労してきたのがうかがい知れる。それなのに、ひねくれもしない性格は親の教育のたまものだろうかとも思う。
その親は深い理由があったかもしれないけど、自分の子供を捨てるなんて許せないとは思うけど。
自分の心が静かな怒りに燃えながらも、パルマの白い肌と金色の髪色を目で楽しんでいると、変なことに気づく。
それはパルマの裸を正面から見たときだ。
私が知っている女の子とは何か違う。
パルマは女の子のはずなのに胸がない。そう、ふくらみが小さくても女の子ならば、見ただけでわかる。
でもパルマはまったくない。ないのである。
胸の!
ふくらみが!!
0
あなたにおすすめの小説
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる