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第一章 幼女エルフの偏屈ルーコ
第1話 現状と願望とお節介なお姉ちゃん
しおりを挟む━━誰かに宛てている訳でもないけど、ひとまず挨拶を。
はじめまして、私の名前はルーコ。エルフとしてこの世界に生まれてもう十年になる。
このルーコというのはもちろん本名……ではなく愛称だ。正式な名前が長ったらしいのでここでは自分の事をそう呼称してみようと思う。
っと、ちなみに伝え忘れていたが、これは私の日記とも言えないような生活記録である。
ところでなぜ生まれて十年……つまり十才の子供である私がこんな小難しい喋り方をするのだろうと疑問に思った人もいるかもしれない。
ざっくり言うとそれは私の育った環境に起因する。
まずその説明をする前に皆さんはエルフという生物についてどれだけ知っているだろうか?
森に住んでいる?耳が長くて尖っている?美男美女が多い?弓や魔法に長けている?寿命が長い?排他的?他にも色々知っているかもしれない。
答え合わせをするなら今挙げた特徴は合っているし、間違っているとも言える。
まず森に住んでいるのと耳が長くて尖っているというのは正解。
森以外の場所に住んでいるエルフもいるらしいが、それは少数派なので森に住んでいるという見解は正しい。
次に美男美女が多いというのも多分正解。私から見た主観でしかないけれどエルフ達の顔の一つ一つの部品は整っていると思う。
まあ、人によって好みがあるだろうから一概には言えないのかもしれないけど。
後は弓や魔法に長けている事と寿命が長くて排他的という点。
確かにエルフは生まれつき多く魔力を持っているし、森で狩りをする時に弓矢を扱うためある程度、腕は達者だ。
けれど魔力量は平均として高いだけで人間や他の生き物の中にだってエルフよりも多い魔力を持って生まれてくる個体もいる。
弓矢にしても鍛練を重ねれば誰だろうと上手くなるのでエルフが特別という事もない。
寿命に関していうならば長いというより膨大という表現が適当だろう。
なにせエルフの寿命は百や二百では収まらない。平均寿命で千五百歳……最高齢ともなれば三千歳を越えるのだから。
そして最後に排他的という点だが、これに関してはただの誤解としかいえない。
別にエルフの中にそういう戒律があるわけでもなければ、外との接触だって禁じられていないし、人間を拒絶してるわけでもない。
ただエルフの住んでいる森が険しく、人を寄せ付けない場所にあるのと、ほとんどのエルフがあまり物事に対して関心を抱かないためそういう噂が広まってしまっただけだ。
さて、大分前置きが長くなってしまったが、ここまで挙げたエルフの特徴を踏まえた上で、ここからは私の視点から育った環境を紹介しよう━━
「━━なんて思ってみたりして……」
頭の中で物語の導入のような文章の羅列を思い浮かべながらつまらなそうに一人呟く。
ここはとある大陸の辺境にある魔の森と呼ばれる危険地帯。獰猛な獣や凶悪な魔物が闊歩する魔境に佇む小規模なエルフの集落……私の生まれ育った場所だ。
木造、あるいは魔法による石造りの家が建ち並び、そこに百人程のエルフが暮らしていた。
「……周りを見渡しても木、木、木、木……何でこんな場所に集落を作ったんだろ?」
エルフが森に住むこと事態は何もおかしくない。けれどここまで人里離れた場所に作る必要はないと思う。
「人が寄り付かない以前に自分達でさえこの森を抜ける事が出来ないのは論外でしょ……」
ぶすっと不貞腐れたような顔で不満を呟き、こうなってしまったあの日の出来事を振り返る。
私が五才の頃、一人のエルフが人間のいる町を目指して森を抜けようとした事があった。
そのエルフは弓矢の腕も魔法の技量も集落の中で一、二を争う程の使い手でいつかここを出て外の世界を見たいといつも言っていた。
そして自らの力に絶対の自信を持ち、意気揚々と集落を旅立ったエルフはその次の日にあっさりと戻ってきた。
━━━━物言わぬ死体となって
おそらくは魔物に食い散らかされたのだろう。欠損や損傷が激しく、一目ではその死体が旅立ったエルフだとわからないほど凄惨な姿だった。
そのエルフがどうして命を落としたのかはわからない。魔物にやられたのか、はたまた他の要因があるのか、結局詳しい事は謎のままだ。
ただ普段からこの森で狩りをしているエルフがその辺の魔物相手に遅れをとるとは考えにくい。
現に普段の狩りで死者はおろか負傷者すら出ていなかった。
もし森に住む魔物に関する知識とそれに対応出来る力を有するエルフを惨殺できる存在がいるのなら他にも犠牲者が出ていてもおかしくない。
にもかかわらず旅立ったエルフ以外に犠牲者はいないという事はその存在は普段エルフが狩りをする範囲外……つまり森の外側付近を縄張りにしているのだろう。
死体を持ち帰ってきたエルフの話では狩りに向かい、いつも通り獲物を探すべく別れて散策していたら何かを引きずったような血の跡を見つけたらしい。
それを辿った先で死体を見つけて持ち帰ってきた、との事だ。
話をまとめると旅立ったエルフは森の外に向かっている途中で何かに襲われて負傷、必死に力を振り絞って逃げようとしたがあえなく力尽きたという事になる。
もちろんこの推論は私の想像でしかないが、限りなく正解に近いと思う。
と、また話が逸れてしまったが、つまり何が言いたいのかというとこの森から出る事が出来ないという事だ。
とはいえそのエルフ以降にここを出ようとした者はいないので絶対とは言えない。けれど腕利きのエルフを惨殺できる何かがこの森に潜んでいるのは事実。
運が良ければ遭遇せずに森を抜けられるかもしれないが、そんな一か八かで進むのは自殺行為に等しく、挑戦するような阿呆がいる筈もない。
そのためエルフ達は実質この森から出る事が出来なくなっていた。
「あ、ルーちゃんこんなところにいた!」
「……私に何か用?」
わざわざ見つからないように集落の隅っこにある岩の上で物思いに耽っていたのにと、目の前に現れた彼女を見て不機嫌を隠そうともせず応答する。
「ううん。別に用事はないよ?ただルーちゃんの姿が見えないなぁと思って探してただけー」
そんな私の不機嫌な表情を物のもせずに接してきた彼女は一応、十歳上の姉に当たる人物だ。
私が一人でいる時にこうやってちょくちょく話しかけてくる。
「ならもういいでしょ?私はここにいるから向こうにいって」
用事ないなら話しかけてくるなと言わんばかりの突っ慳貪な態度を見せると姉は少し怒ったようにぷくぅっと頬を膨らませた。
「むぅ……ルーちゃんったらそんなに邪険にしなくってもいいでしょー。お姉ちゃんはルーちゃんが難しいお顔をしてるから心配なんだもん」
「私よりも一回り上なお姉さまが語尾にだもんをつけないでよ……」
エルフの長い寿命から見ればまだまだ子供なのだろうけど二十歳にもなると体つきもさほど大人と変わらない。
そんな姉が小さい子供のような態度と言葉を使うのは妹としてあまり見たいものではなかった。
「ぶー。お姉ちゃんだってまだ子供だからいいの!それよりもルーちゃん何か悩み事?お姉ちゃんに何でも相談して?」
「私の顔は元々こんな顔だし、特に悩み事もないから」
頭痛を堪えるようにこめかみをぐりぐりしながらため息を吐いて岩から飛び降り、さっさとその場を離れるために歩き出す。
別段、姉が嫌いというわけではない。しかし事あるごとに私を過剰に心配してくるその好意が苦手だった。
「……もしかしてルーちゃん森の外に出ようなんて思ってないよね?」
先程までのふわふわした雰囲気と打って変わった姉の平坦な声色に思わず足を止めて振り返る。
「覚えてるでしょ?ここから出ようとしてあんな……あんな姿になったあの人を……」
姉の指すあの人とは五年前に旅立ったエルフの事だろう。
当時の私は知る筈もなかったが、姉はそのエルフと仲が良かったらしく見るも無惨な姿になった死体が彼だと気付いたのも姉だったそうだ。
「……心配しなくても外に出るつもりはないよ。私だって死にたくないからね」
この狭い集落の中での生活に嫌気がさしているのは確かだけど、死ぬかもしれない危険を犯してまで外に出ようとは思わない。
「そっか……そうだよね。良かった~。ルーちゃんはあの人とどこか似てるところがあったから、もしかしてって思っちゃった」
心の底から安心したように胸を撫で下ろす姉の姿に少しの罪悪感を覚えながら私は再び背を向けて歩き出した。
「あっルーちゃん待っ……」
「ついてこないで。きちんと夜までには帰るし、いつものところに行くだけだから」
引き留めようとする姉の言葉を遮って行き先と帰りの時間だけを言い残し、私は足早にその場を離れる。
「……今のところはだけどね」
姉には聞こえないよう小さな声でそう呟いた。
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