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第一章 幼女エルフの偏屈ルーコ
第4話 聡い私と天才なお姉ちゃん
しおりを挟む少し早歩き気味に進む私の後を転びそうになりながらついてくる姉と共に、いつも魔法の練習に使っている場所へとやって来た。
「……お姉さま大丈夫?」
「だ、大丈……痛っ」
転びそうになった拍子に捻ったのだろう。姉が足首を押さえながら顔を僅かにしかめる。
「大丈夫じゃないみたいだね……ほら、肩貸すから家まで帰るよ」
「えっ、だ、大丈夫だって!このくらいなら魔法で……あっ」
焦ったように顔の前で手をぶんぶん振り、必死に大丈夫だと訴えていた姉だったが、何か思い付いたらしく唐突に声を上げた。
「そうだ!この怪我はルーちゃんが魔法で治そう?そしたら私の怪我も治るし、魔法の練習にもなるよ!」
「治そうって、言われても……」
痛みを忘れたように笑顔で提案してきた姉に対して私は、困惑しながらどう答えようかと思案する。
「言われても?」
「……治すってお姉さまの怪我に治癒の魔法をかけるんでしょ?私、治癒とか回復の魔法って使った事ないよ」
いくら何でも使った事のない魔法は使えないし、まして治癒や回復の魔法は生物に直接作用するので難易度も高く、私の知る限り使えるエルフはいない。
もちろん私も全員の使える魔法を把握している訳じゃないから絶対とは言いきれないけど、いたとしても一人くらいだと思う。
「も~ルーちゃんったら、使った事ないからこそ練習しないと。ほらお姉ちゃんに向かってパーっと、ね?」
「パーっとって……お姉さまわかってるの?」
あっけらかんと言い放つ姉の言葉にまるで頭痛が襲ってきたような錯覚を覚え、思わず堪えるように頭を抑える。
「……あのね、練習って言ってもその手の魔法は生き物に干渉する以上、失敗すれば魔法をかけた対象がどうなるかわからない。下手をすれば治すどころか悪化、あるいは構造的に歪んだりする可能性だってある」
使えないし、使ったところを見た事もないから全部本で知った知識でしかないが、生き物なんて複雑なものに干渉するからにはそれ相応の危険性があるのは当然だろう。
「だから私が治癒魔法をお姉さまにかけるわけにはいかないの。わかった?」
理由を並べてそう言い聞かせると姉は「うーん」と唸りながら考え込んだ末にようやく口を開く。
「ん~……要するにもしルーちゃんが失敗しちゃったら大変だから駄目ってこと?」
「……いや、私が失敗したらどうとかじゃなくてね」
駄目だ。やっぱりこの姉はわかってなかった。わかってない上にまた天然で私を煽ってきた。
「でもそういう事でしょ?失敗したら危ないならルーちゃんが成功させれば良いんだけだもん」
「………………」
煽りとだもんの二重攻撃にイライラが沸々とわきあがってくる。
確かに姉の言う通り失敗しなければ問題はない……というよりそんな事は言われなくても誰だって分かる。
けれど失敗した時の事を考えて行動を起こすのが普通だ。まして失敗した時に背負う代償が大きければ尚更。
それをこの姉ときたら、まるで私が失敗するのを恐れているかのような言い回しで挑発してきて……もしこれが天然じゃなかったらグーで殴りかかったかもしれない。
「ふー……大丈夫、落ち着け私、大丈夫」
まず息を吐き、小さく呟きながら自分を落ち着かせる。とにかく練習のために危険を冒すなんて論外だ。これ以上姉が何かを言う前に連れて帰らないと。
「うーん……これ以上時間をかけてもしょうがないし、治癒魔法はまた今度にしよっか?」
「……え?」
どうやって説き伏せ、連れて帰ろうか思案している最中に姉が突然そんな事を言い出した。
「それじゃまずはこの足を治してしまおうかなっと〝光よ、歪みを正せ〟━━『癒しの導』」
姉が手をかざして呪文を唱えると、淡い光の粒が捻った箇所を包むように集まり、少し赤みを帯びて腫れかけていた患部を癒していく。
「治癒、魔法……」
目の前で起こった現象に思わず目を見開いて呆然と呟く。
まさか姉が治癒魔法を使えるなんて……いや、よくよく考えれば使えるからこそあの口振りだったのかもしれない。
万が一私が失敗しても自分が使えるのなら治せるし、助言も出来る事を見越していたのだろう。
「ふぅ……よしっ完璧!さあ、魔法の練習を始めよっか」
ものの数秒で捻った箇所を治し終えた姉は勢いよく立ち上がり、張り切った様子で声をかけてくる。
本当に治ったのかと魔法をかけた箇所に目をやるとまるで何事もなかったように元通りなっていた。
「お姉さま、治癒魔法使えたんだ……」
「んー?うん、ちょっと思うところがあってね。練習してたんだ」
独り言共とれる呟きに間延びした答える姉。思うところというのは聞かなくてもわかる。あの人の事だ。
五年前、あの人は集落に運ばれてきた時点ですでに事切れていた。
たとえあの場で誰かが治癒や回復の魔法……あるいはその先を使えたとしてもどうしようもなかった。
それは姉もわかっていると思う。けれど、それでも姉は後悔したのだろう。あの時、自分はどうして何も出来なかったのか、と。
「……そういえば練習ってどうやったの?さっきも言ったけど治癒魔法は扱いが難しいし、危険だから独学で修得するのはほぼ不可能だと思うんだけど」
姉の心情を推察する中で、ふと気になった疑問を口にする。
絶対に無理とまで言わないが、少なくとも師事する誰か、あるいはその魔法について記述されている書物を読み込む必要がある筈だ。
「どうって、お母さんから教えてもらったんだけど……」
「え、お母さん?」
あまりに意外な答えに思わずそのまま聞き返してしまった。
「うん。私が治癒魔法を使えるようになりたいって相談したら教えてくれたよ」
「お母さん、治癒魔法使えたんだ……」
言われてみれば確かに両親はおろか姉の使える魔法すらさっきまで知らなかった。
それは単純に興味がなかったのと、魔法の練習をしている事がバレないよう両親や姉の前でその手の話題を避けていたせいだろう。
「まあ、お母さんから教えてもらったのは基礎の部分だけだからその後は一人で練習してたけどね」
「そう……」
いくら一人で練習していたとはいえ、基礎の部分を教わっただけであんなに淀みなく治癒魔法を行使できるのは、姉に魔力を扱う才能があるからだ。
たぶん私が同じように教わったとしても姉のようにはいかない。
基礎を教わって、本を読み込んで、姉よりも練習をして、やっと使えるかどうか、それでもあんな風には行使出来ないと思う。
私は年齢の割に聡いだけで特別優れた才能があるわけではないのだから。
「……お姉ちゃんずるいなぁ」
「え、ルーちゃん何か言った?」
思わず本音が漏れ出てしまったらしく、姉が不思議そうにこちらを見つめている。幸い内容までは聞かれていないので、追及されないよう誤魔化さないと。
「ううん。何も言ってない。それよりも早く練習を始めよ!」
「え、あ、うん。それはいいけど……」
まずい、姉が私の態度を不審がってる。こうなったらさっさと練習を始めてしまおう。
「じゃ、じゃあとりあえず私が魔法を使うから、お姉さまは見ててね」
少し強引に話を切って魔法を使うべく準備に取り掛かった。
まず姉のいない方、開けた場所に向けて手をかざし、引き起こす現象を想像する。
「〝風よ、集まり爆ぜろ〟━━『暴風の微笑』」
魔力を集約させ、呪文と共に放出、周囲の空気と魔力が混ざりあって膨張し、一瞬で爆ぜる。
「わあっ!?」
甲高い風切り音を響かせて発生した暴風は数秒も経たない内に消えてしまったものの、その一瞬で派手に土煙を巻き上げ、辺りの草木を大きく揺らした。
「……使う魔法を間違ちゃった」
話を逸らすために慌てていたせいか、魔法が引き起こす現象の威力を考慮していなかった。
いくら姉のいない方に撃ったとはいえ、『暴風の微笑』ではその余波を思いっきり受けてしまう距離だと失念していた。
「けほっ……びっくりした~。ルーちゃんってばいきなりこんなに派手な魔法を使うんだもん」
案の定、魔法によって引き起こされた余波を受けたらしく、姉が咳き込みながら文句を向けてくる。流石に今回ばかりは私に非があるので素直に謝るしかない。
「……ごめんなさい」
「も~気を付けないとだめだよ?魔法は便利だけど使い方を間違えると、とっても危ないんだから」
魔法を扱う上で当たり前の事、基礎の基礎とも言える注意事項を諭され、ぐうの音も出なかった。
姉の言う通り魔法は一歩間違えれば他人はおろか自分の命すら危険に晒してしまう。
故に魔法を扱う場合はどんな状況だとしても冷静にならなければならない。
さっきの私のように動揺して焦り、不適切な魔法を使うなんてもってのほか、咎められて然るべき愚行だ。
「でもきちんと謝れるのは偉い!流石ルーちゃん!」
「……失敗した手前、言いづらいけど、当たり前の事を大袈裟に褒めるのはどうかと思うよ」
折角の注意もそうしてしまうと意味が薄れてしまう。褒める事を悪いとは言わないけれど、節度は必要だと思う。
「うーん……。大袈裟に褒めたつもりはないんだけど、まあ、うん。ルーちゃんがそう言うなら気を付けるよ」
いまいちピンと来ていない様子だが、一応は理解してくれたらしい。こうでも言っておかないと際限なく褒めるからね、本当に姉は私に対して甘過ぎる。
「じゃあ練習を始めよっか。ルーちゃん一応、魔法の基礎は出来てるみたいだし、折角だから実戦方式で、ね?」
「え、うん……」
一応、という部分は引っ掛かるけど、それは失敗した私が悪いので仕方ない。
特に断る理由もないし、そういう練習はあの人がいなくなってから出来なかったので丁度良い機会だと思い、姉の提案を了承した。
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