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第二章 エルフのルーコと人間の魔女
第63話 尻もちと意地悪と少しの後悔
しおりを挟むひとしきり飛び回った後、今度は着地の練習をすべく、先にサーニャに見本を見せて事になり、並走しながらアライアのいる辺りを目指して減速していく。
「着地の時に気を付けるのは速度。きちんと減速しきってからじゃないと地面に激突して大変な事になっちゃうからね」
ゆっくり旋回しながら降りつつ、注意点を説明するサーニャ。
飛び立つ時も落下の危険性があって気を付けないといけなかったけど、着地の際は死に直結する可能性があるため、細心の注意を払わないといけない。
そう考えると少し着地に苦手意識を覚えそうになるが、いつまでも飛んでいられる訳もないし、きちんと見本を見て学ばないと。
「じゃあ着地するからよく見ててね……」
サーニャはそう言うと徐々に速度を緩めながら下降し、アライアの丁度目の前で止まってそのまま着地する。
その際の動作には一切の無駄がなく、お手本としては完璧と言えるものだった。
「――はい、今みたいにゆっくりでいいからルーコちゃんもやってみて」
着地したサーニャが下から手を振り、大きな声で呼びかけてくる。
「ふー……よし、やろう」
軽く息を吐き出し、覚悟を決めて着地点を見据えた。
大丈夫、ゆっくりやれば最悪はない……大丈夫……。
自分に言い聞かせるように心の中でそう呟き、意を決して箒を進める。
サーニャの見本よりもさらに遅い速度で進み、ふらふらと覚束ない操作のまま下降していく。
うぅ……墜落の怖さが拭えなくて上手く操作できない……。
初めの失敗の事もあるけど、それ以上に墜落した場合のもしもが恐ろしい。
この時ばかりは自分の想像力を恨めしく思う。
「ルーコちゃん落ち着いてー。焦らなくても大丈夫だから」
「そうだよー。失敗しても私が何とかするから気楽にねー」
ふらふら危なっかしい私の様子を見かねてか、落ち着くように声を掛けてくれる二人。
そうだ……落ち着け、私。今は二人が見てくれてるんだから。
二人の呼びかけのおかげで多少の落ち着きを取り戻す事ができた私はなんとか箒の操作を安定させ、そのまま下降してゆっくりと地面に足をつける。
「やっわっとと……きゃっ!?」
見本とは程遠いにしろ上手く着地できたと思った矢先、空から地面に戻った影響で自分の体重が支えきれずにその場で尻もちをついてしまった。
「ちょっルーコちゃん大丈夫?」
「うぅ……ちょっと痛いけど大丈夫です」
心配して駆け寄ってきてくれたサーニャにそう返しつつ、痛む箇所を擦る。
幸い、着地しきった後だったのそこまでの衝撃はなかったものの、完全に気が緩んでいたため、思った以上に痛みを感じてしまった。
「――お疲れ、ルーコちゃん。お尻は大丈夫?」
少し笑いを堪え、冗談めかした口調でそう尋ねてくるアライアに私は思わず頬を膨らませる。
「……もう、笑う事ないじゃないですか」
そりゃ今の尻もちはあれだったけど、私としては真剣に取り組んでいるのでそういう反応をされるとむっとしてしまう。
「やーごめんごめん。さっきのルーコちゃんの様子が可愛くてつい、ね。でも、上手く着地できたみたいで良かったよ」
「……その後で失敗しましたけどね」
恨みがましく非難の視線と皮肉をぶつけるとアライアは肩を竦め、困ったように笑い、サーニャの方に目を向けた。
「どうしよう、怒らせちゃったみたい」
「……今のはアライアさんが悪いですよ。ルーコちゃんは一生懸命やってるんですから笑われたら怒るのは当然です」
どうしようと尋ねるアライアにサーニャは毅然とした態度でぴしゃりと突き放し、そのまま私の方へと向き直る。
「さ、意地悪を言うアライアさんは放っておいて向こうで休憩しようか」
「そうですね。あ、せっかくなら町を出る前に買った軽食を食べませんか」
アライアを放ってわいわいと休憩の相談をするサーニャと私。
正直なところを言うと私は別に怒っている訳ではなかった。
少しむっとはしたものの、あれくらいで怒るほど私の気は短くない。
にもかかわらずこんなやり取りをしているのはサーニャの言葉に乗っかって少し意地悪を返してやろうと思ったからだ。
……これくらいいいよね。
心の中でそんな事を思いつつ、サーニャと談笑している風を装う。
サーニャも私の意図に気付いているらしく話を合わせてくれたため、より上手い具合に装う事ができた。
「えー……そんな事言わないで私もまぜてよ」
「えーどうしようかなーねールーコちゃん……ふふ」
「ですねーどうしましょうかサーニャさん……ふっふふ」
示し合わせたような台詞の交わし合いに耐え切れなくなった私達は思わず吹き出してしまい、それがきっかけでここまでのやり取りがただの意地悪だとばれてしまった。
「……まさか二人にこんな意地悪をされるとは思わなかったよ」
「先に仕掛けてきたのはアライアさんですからおあいこです」
じとーっとした視線を向けてくるアライアへサーニャは悪びれた様子もなくそう言い返す。
「……それを言われると言い返せなくなるのがつらいとこだね」
ばつの悪そうな表情を浮かべるアライアに私は横目でサーニャをちらりと見つつ、咳払いをして声を掛けた。
「んん……えっと、ま、まあ、これでちょっとした意趣返しもできましたし、気を取り直してみんなで買ってきたやつを食べましょうよ」
誤魔化すようにそう言って私は無理矢理、話を終わらせようとする。
うう……こんなことならやらなきゃ良かった……。
自分から仕掛けた事なのに少しの罪悪感を感じてしまい、心の中でそんな後悔の言葉を呟いた。
それから休憩を挟み、軽食でお腹を満たした後、私は再度離着陸の練習へ挑んでいる。
このままの速度を維持して……ここで止める。
最初の失敗を繰り返さないよう何度も注意点を振り返って復唱しながら離着陸を繰り返す。
よし……今度も上手くいった!
そのおかげか、最初以降は目立った失敗もなく、少しずつ箒で空を飛ぶ事に慣れ始めていた。
「ルーコちゃんは呑み込みが早いね。もう基本的な部分は完璧なんじゃない?」
「確かに……これならちょっと踏み込んだ事を教えても大丈夫そうですね」
自分でも上手く着地できたと思っていると、二人のそんな話声が聞こえてくる。
……踏み込んだ事ってなんだろ?
飛び立つ、飛び回る、着地する、箒で空を飛ぶ上で必要な技術は一通り教わった気がするが、他に何があるのだろうかと疑問に思いながらアライア達の方へと駆け寄っていく。
「あ、ルーコちゃん。ちょうど良かった」
「サーニャさん……えっと、その踏み込んだ事って」
話が聞えてた事もあり、先回りして要件を尋ねる。
「私達の会話が聞えてたみたいだね。それなら話が早いよ」
「うん、ルーコちゃんには今、基礎的な事を一通り習ったと思うんだけど、今度は急いでいる時の離着陸を覚えてほしいの」
「急いでいる時……?」
そのまま聞き返すと、サーニャはもう一度頷いてどういう意味のなのか、実践を踏まえて説明してくれた。
「――普段の乗り降りに関してはさっきのやり方で問題ないんだけど、緊急時、例えば魔物に追われてる場合、ゆっくり箒に乗ってたら危ないでしょ?だからこういう風に……」
サーニャが自らの箒を持って走り出し、その勢いのまま跳躍して飛び乗り、空へと駆ける。
その飛び立つ速度は私が最初に失敗して魔力を込め過ぎた時よりも速く見えた。
え……あの速度で箒に飛び乗るの……?
空の上から「じゃあルーコちゃんもやってみてー」と手を振るサーニャに引き攣った笑みを返しつつ、息を吸い込んで覚悟を決める。
「……大丈夫。失敗してもちゃんと助けるから」
「…………お願いします」
引き攣った笑みに気付いたアライアからの不安をかき消す言葉を受け取りながら私は箒を握る手にぎゅっと力を込めた。
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