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第二章 エルフのルーコと人間の魔女
第76話 魔力集点と暴風による蹂躙
しおりを挟むルーコちゃんから時間稼ぎを引き受けた私は、一人奮闘するトーラスにもそれを伝えるべく強化魔法を全開にしてジアスリザードの群れの中へと斬り込んだ。
「ふっ……!」
勢いよく影の刃を振るって何匹かを仕留めようとするものの、やはりこちらの間合いは見切られているらしく、速度に任せただけの攻撃では当たらない。
ならその見切りを利用するまで……!
手首を返して杖をくるりと回す。
『影の黒鞭』
杖先の影が形を変えてしなり、細長い鞭となってジアスリザードの頭を捉え、巻き付いた。
「ギュアッ!?」
「ちょっと体ごと使わせてもらうわ、よ!」
そのまま強化魔法で上がった膂力に任せて杖を振るい、ジアスリザードの体を武器にして群れが固まっているところにぶつける。
「もうっ一回!」
もう一度杖を振るって薙ぎ払い、道を作ってトーラスのいるところまで一気に駆け抜けた。
「っノルン!?どうしてここに……ルーコを連れて逃げろっていっただろ」
突如として飛び込んできた私に驚きつつも、トーラスは一匹を斬りつけて仕留め、逃げていない事に対しいて非難と怒鳴りをぶつけてくる。
トーラスからしたらせっかく危険に身を晒して時間を稼いだのに、それを無駄にしてきたのだから怒るのも当然だろう。
「そのルーコちゃんから頼まれたのよ。時間を稼いでくれってね」
「……何?」
私がそう言うと、トーラスは眉をひそめて問い返してくる。
「……ルーコちゃんにはこの状況を何とかする考えがあるみたい。それでそのためには時間が必要だって」
「…………そうか、わかった」
特に言及してくることもなく、それだけ言って向き直り、剣を構えるトーラス。
どんな考えなのか、どのくらい時間を稼げばいいのか、本当にこの状況をなんとかできるのか、聞きたい事が山ほどあってもおかしくないのに何も言わないトーラスを見て思わずふっと笑みが零れる。
「……何だ」
「ごめん、ごめん、つい、ね。なんだかんだでトーラスもルーコちゃんを信じてるんだなと思って」
ルーコちゃんにはああ言ったけれど、実際にトーラスがどういう反応を示すのかは分からなかった。
信じないとまではいかないものの、何かしらは言うんじゃないかと思っていっただけに、その反応は良い意味で予想外だった。
「別に……付き合いは短いし、癪に障る事をいう生意気な奴だとは思っているが、あいつは……ルーコは自分にできない事をいうような奴じゃない。だからそのために時間稼ぎが必要というならそうする……それだけだ」
「……そう、ならルーコちゃんの準備が終わるまで付き合ってもらうわよ」
言葉に笑みを返し、私とトーラスは互いに背中合わせになってジアスリザード達と向き合う。
いくらか倒したとはいえ群れはまだ相当数が健在、おまけに異様に大きいジアスリザードキングまでいるという現状で時間を稼ぐのは相当に骨の折れそうだが、それでもやるしかない。
この状況で一番注意しないといけないのは――――
「ガアアアアアッ!!」
最悪を想定して考えを巡らせようとしたその瞬間、ジアスリザードキングが咆哮を上げて一方に向かい、駆け出した。
「っトーラス!アレを止めて!!」
キングの向かった先には詠唱中のルーコちゃんがいる。
おそらく経験から先に詠唱を止めるべきだと判断したのだろうけど、それはまずい。
このままキングを行かせてしまうと詠唱が完成する前の無防備なルーコちゃんがやられてしまう。
「っくそ!」
悪態を吐きながら強化魔法を足に集中させてキングの前へと躍り出たトーラスは剣を振るってその進行を止めようとする。
「ガアッ!」
進路を塞ぐように現れたトーラスに対してキングは邪魔だと言わんばかりに大刀を薙ぎ、吹き飛ばそうとしてくる。
「っなんて力をしてるんだよ……!」
強化魔法を足と手に集中させてどうにか踏ん張り、剣を受け止めたトーラスだったが、膂力の差が圧倒的に開いているらしく、苦悶の表情を浮かべていた。
「トーラス!」
「く……っこいつは僕が止める!だからノルンはその群れを……」
そこまで言いかけたところでキングが大刀を引き、再び振りかぶって一線に薙いでくる。
「ちっ、く……舐めるなぁっ!」
「グガァッ!」
激しい金属音と火花を散らしてぶつかり合う剣と大刀。
獲物と膂力の差を考えればすぐに決着がついてもおかしくないように思えるが、トーラスが上手く衝撃を流して剣戟を成立させていた。
「グギャァァッ!」
「っ向こうを気にしてる余裕はないみたいね」
キングと戦っているトーラスも心配だが、こっちの群れも放置するわけにはいかない。
ここでこいつらを放置すればキングと同じく詠唱中のルーコちゃんを狙いに行くのだろうから。
「影よ――『影千刃』」
影を鋭い棘に変えて攻撃、そしてすぐさま杖の先から影の刃を生み出して薙ぎ払うように斬りつける。
「っ同じ手は通じない事ね」
魔法で牽制して本命の攻撃を当てるというのはもう何度か使っている手法で、内容を変えているとはいえ、学習能力の高いジアスリザードにはもう通用しないらしく両方ともかわされてしまった。
「でも、ここは無理矢理にでも仕留める……!」
杖を回し切り替え、魔力をさらに込めて再び杖を振り抜いた。
「ギュ――」
「ァ――?」
魔力を注ぎ込まれた影の刃はその刀身を倍以上の大きさに変え、間合いを見切ってかわしていたジアスリザード達の胴体を切り裂く。
――――まだっ!
身体を軸に回転し、勢いをそのままに振り抜いた杖を再度振るう。
今度は杖先の影を放射状の刃に変えてより広範囲の敵を巻き込んで狙うも、逃げられてしまい、思いの他、数を仕留める事ができなかった。
……魔力をかなり消費した上に思ったよりも数を減らせなかったけれど、それでも警戒させる事はできた。
倒せるに越した事はないが、目的はあくまで時間稼ぎ……そしてさっきの攻撃は攻めあぐねさせるには十分な脅威に映った筈だ。
「……これでしばらくは稼げるかな」
様子を窺って攻めてこないジアスリザード達の方を向いたまま、ちらりとトーラスの方に目をやる。
「ぐっ……そっ!」
「ガアアアアアッ!」
最初は技術で受け流していたトーラスだったが、猛烈な剣戟の嵐を前に防戦一方を強いられていた。
あの巨体から繰り出される一撃一撃は重く速度を伴っており、さらにはここまで戦ってきた相手の剣技を学習して模倣しているらしく、剣線自体が捌きづらいようだった。
……しかもあそこまで密着してるとなると、トーラスはまともに技も使えないし、長くは持ちそうにないわね。
トーラスの使う技であの巨体に通じるものとなるとどうしても溜めが必要になる。
しかし、あんな激しい剣戟の中で溜めを作る暇なんてある筈もなく、このままではトーラスがやられるのも時間の問題だった。
「……とはいえ私が手助けに入ろうとすればこの群れは警戒を止めてルーコちゃんの方に行くだろうし……八方塞がり、ね――――――」
どうやってこれ以上の時間を稼ごうかと考えを巡らせた矢先、急に辺りが薄暗くなった気がしてはっと上を見上げる。
空が……ううん空気が震えている?
見上げた先、さっきまでまばらだった雲が渦を巻くように上空へ集まり始めていた。
時間を稼ぐためにノルンが駆け出していったすぐ後、私は残った魔力を振り絞って一点に集め、覚悟と共に詠唱を口にした。
「〝命の原点、理を変える力、全てを絞り、かき集める……先はいらない、今ほしい、灯火を燃やせ、賭け進め〟」
使用するのは魔力を集め、一時的に爆発させて使い切る魔術。魔力の少ない私にとって正真正銘の切り札だ。
今の私の魔力じゃ改良した方を使っても足りない……だからこっちで魔力を限界まで引き出す。
大きく息を吸い込んで魔力を身体の中心に集めて圧縮、呪文と共に一気に解き放った。
――――『魔力集点』
圧縮された魔力が勢いよく全身を駆け巡り、身体が脈打つように熱を持つ。
「っ……やっぱり改良前のこれはかなり危ない」
物凄い勢いで魔力が溢れ、一瞬でも気を抜けば暴発して霧散しそうになる。
初めて使った時は分からなかったけど、改良前のこの魔術は魔力を限界まで引き出すだけでなく、自身の生命力や活力といったものまで魔力に変換してしまうという効力を持っていた。
当然ながらそんなものまで魔力に変換してしまったら代償として命の危険が伴う。
最初に使った時は魔力切れの症状だけで済んだが、使用時間が長引けば長引くほど、あるいは使用する魔力が増えれば増えるほど、命を落とす可能性が高まるだろう。
「……それでもあれを使うにはこの魔術が必、要……だから危険を……承知で……やるしかないっ!」
今から使う魔術は本来なら私には扱えない量の魔力が必要だ。
そのため改良前の『魔力集点』でなければならず、それでも足りるか分からないし、仮に足りたとしても、私が生き残れるかはかなり分の悪い賭けになる。
たとえ分が悪くても全滅するよりは良い……覚悟を決めろ、私。
溢れる魔力を一気に練り上げ、決意と覚悟を込めてその詠唱を口にした。
「〝大気渦巻く空、降りろ、巻き込め、風の牢獄……〟」
詠唱に魔力を込める毎に全身から力が抜けていくのが分かる。
一言、また一言と口にする度、冷や汗が滝のように流れ落ちていく。
「〝っ……天より落つるは荒ぶる圧槍――――〟」
私の身体から流れ出た魔力が空気に溶け込み、さらなる風を呼んで雲をも巻き込む規模へと膨れ上がった。
「っ……二人共こっちへ!!」
詠唱は成った。意識を途切れさせないよう声を振り絞って叫び、トーラスとノルンが私の方に離脱してきたのを確認してありったけの魔力を……全てを絞り出す。
「――――――」
ひゅうひゅうごうごうぎゅるぎゅる……聞いた事もないような音が響き渡り、周囲の土や木といったあらゆるものを巻き込んで暴風が渦を巻く。
圧倒的な風の暴力の前に優れた知能による学習も巨体から飛び出す凄まじい速力も意味を為さない。
巻き込まれ、磨り潰され、木くずや土と共にジアスリザード達は宙を舞う。
「〝穿て〟――――『凄風の天獄穿』」
振り絞った全てを呪文に乗せて振り下ろしたその瞬間、風音が爆ぜ、遥か天高くから大質量を秘めた暴風の槍が渦巻くものを呑み込み、降り注ぐ。
そこには悲鳴を上げる暇も、咄嗟に逃げる隙もない。
ただただ蹂躙という言葉のみが目の前に広がっていた。
――――これで――――終わり――――…………
もはやまともに目を開ける事も叶わない衝撃と轟音で吹き飛ばされないように踏ん張るも限界がやってくる。
荒れ狂う暴風と巻き上げられた土煙で塞がる視界の中、放った魔術の行く末を見終えるよりも先に私の意識はそこで途絶えてしまった。
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